更科さんが拐(さら)われていた
蒼竜様が何か思いついたようで、私に、
「俺が名付けをしてやろうか?」
と言った。私は、
「『名付け』とは何でしょうか?」
と聞いたのだが、蒼竜様はポンと膝を叩いて、
「我々とは、言い回しが違っていたな。
さっき言っていた神社での祈祷のことだ。
山上、名付けは上位のものにしてもらうほど効果が高いから、こんな機会は一生ないと思えよ?」
と言った。私はその意味を理解していなかったが、
「ありがとうございます。
この御恩は、・・・」
と言ったところで、田中先輩が、
「あぁ、待った!
『名付け』をする前に、1週間くらい山上をシゴイてもらってもいいか?
さっきの話だと、『名付け』をしたら魂の融合が進んで、恐らくレベルも上がるんだろう?
そしたら今のステータスは低いから、レベルだけ上がっておかしなことになるぞ。」
と言った。蒼竜様は、
「ふむ。
言われてみればそうか。
明日、春高山に出掛けるのであったな。
山頂で1ヶ月くらいやってみるか。」
と言った。私は『1週間ではなくてか?』と思ったが、それを聞いて田中先輩は、
「よし、分かった。
社長には、1ヶ月ほど休職すると伝えておいてやる。
なに、事情もあるし、休職なら給料も出ん。
辞めさせられたりもせんだろう。」
と簡単に言った。私は、給料が出ないのはどうかと思ったが、考えてみれば冒険者として受け取った報酬があるので、家賃を普通に払うのであれば問題はない。が、そうすると更科さんとの新居に使うお金が・・・。と、ここで私は更科さんを探しに来たのだという事を思い出した。
私は、
「申し訳ありません。
今は薫を探しておりまして、すみませんが、中抜けさせていただいてもよいでしょうか。」
と言って抜け出そうとした。すると蒼竜様が、
「急いでいるようだな。
ふむ。
人探しなら多い方がよかろう。
拙者もついていってやろう。」
と言って、私の予想もしていなかったことを言いだした。私は更科さんを探すと言っても、今日、まだ見かけていないからというだけなので、
「申し訳ありません。
これ以上、蒼竜様のお手を煩わせるようなことになるのも心苦しいので・・・。」
と、額やら背中やらから冷や汗を流して言った。が、蒼竜様は、
「なに。
どうせ暇なのだ。
付き合わせろ。」
と、乗り気のようだった。岡本様は、
「それでしたら、拙者も人探しは本職ゆえ、一緒に参るでござる。」
と言って、蒼竜様、岡本様と私の三人で更科さんの実家の更科屋に向かうことになった。
私は、何気に話が大きくなってしまったので、冷や汗が止まらない。
なお、田中先輩は、
「また後でな。
どうせ今日、葛町に戻るだろ?
夜にでも更科屋に迎えに行ってやろう。」
と言ってから、社長に会いに行った。
私達が更科家に着くと、更科屋の中の様子が慌ただしかった。
店の中に入ると、青い顔をしたお兄様が岡っ引きの人と色々と話をしていた。
私は、
「茂お兄様、何かあったのでしょうか。」
と声をかけた。すると、
「昨日来たやつが、昼過ぎに手下を連れて薫を連れ去ってしまったんだ!
あれはやばいぞ!
一緒にいた修が切られて重症だ!」
と言って、あたふたしていた。私が蒼竜様の方を見ると、
「重症なのか。
拙者が診てしんぜよう。」
と言った。お兄様は私に、
「この御仁は?」
と言ってきたので、私は、
「その、さるやんごとなきお方でして、詳細は後ほど。」
と言うと、お兄様は眉をひそめながらも、
「信用してよいのだな?」
と言ってきたので、私は、
「疑っただけで、御用になってもおかしくないお方です。」
とだけ言っておいた。すると蒼竜様は、
「そんなやり取りはよい。
重症なんだろ?
早く上げろ!」
と言ったので、お兄様も慌てて女中にすすぎを指示し、弟君のところまで連れて行った。
見ると、弟君は袈裟斬りにされたようで、からだに巻かれた包帯から斜めに血が滲んでおり、体を捻るようにしながら唸っていた。
蒼竜様は、
「これはひどいな。
どれ。」
と言って、神聖魔法で治癒を始めた。時折、透明な感じの魔法を使っているようだった。私は、透明な感じの魔法が何なのか気になったものの、今は好奇心に任せて聞くべき時ではないので、店の方に行って、お兄様から詳しい状況を聞きに行った。
店では既に岡本様がお兄様から話を伺ったようで、
「ということは、公家の仕業かもしれないのでござるか。
少々厄介だな・・・。」
と呟いていた。そして、
「同心は所詮、町民の犯罪を取り締まる組織に過ぎぬのでござるよ。
公家がどんな悪いことをしていても、拙者共には何も出来ぬのが通例でござる。」
と言った。お兄様は私に気がついたようで、
「修の容体は?」
と確認してきた。私は、
「蒼竜様が治癒しておりますので、万が一はないと思いますが、やはり公家というだけで手が出せないというのは納得いきませんね。」
と言った。すると、蒼竜様の名前を聞いたお兄様が、青い顔になった。岡本様は、
「拙者も滅多なことは言えぬ立場故ここだけの話ではござるが、その通りでござるな。
お主、番屋で蒼竜様が入る前に気がついておったが、探知魔法とかで探せぬか?」
と聞いてきた。私は、
「その、あれは魔法ではありませんし、私なぞでは、普通の人の見分けはつきません。
今はそれが歯痒いです。」
と答えた。しかし、お兄様が、
「岡本様、これは内緒なのですが、実は薫の服に蛤石が縫い込んでありまして・・・。
この魔道具を使えば、大まかな場所だけは特定できるようになっております。
ただ、どうも大杉のお城の中にいるようでして、我々では手も足も出せません。」
と言って、お城を示した魔道具を見せた。私は、
「なぜ、お城が出てくるのでしょうか。」
と不思議に思い聞いた。するとお兄様が、
「相手は公家だからな。
おそらく、寝泊まりするのに十分な格の宿がなかったから、お城の部屋を借りたんじゃないかと思うのだ。
しかしそうなると、俺達では入ることもままならぬからどうしようもないのだよ。」
と嘆いていた。すると、奥から蒼竜様が出てきて、
「今すぐに行かないと、奥方が取り返しがつかんことになるな。
これから行くか。」
と言った。私は、
「修はどうなりましたか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「今は寝ておる。
まぁ、少々血が足りていなかったようなので錬金で足しておいたが、なに、一晩寝れば起きるだろう。」
と言ったので、お兄様は一瞬だけ顔を緩んだ。しかし、すぐに険しい表情に戻り、
「蒼竜様、大変ありがとうございます。
申し訳ありませんが、薫の事もよろしくお願いいたします。」
と言った。蒼竜様は、
「なに。
もののついでという奴だから、気にしなくても良いぞ。」
と涼しい顔で言ってから、
「では、城に行くか。
ついでだ。
岡本も来るが良かろう。」
と話した。
これには岡本様も驚いたようで、首が挙動不審に動いてから、
「分かり申した。
これも乗りかかった船。
最後まで、お供させていただくでござる。」
と言って腹を決めたようだった。
こうして、蒼竜様、岡本様と私の三人でお城に乗り込むことになったのだった。
山上くん:蒼竜様が治癒しておりますので、万が一はないと思いますが、やはり納得いきませんね。
お兄様:(蒼竜様だと?昨日話していた竜人のか?竜人様に治癒なんて本当に頼んでよかったのか?いや、不味くないか?)
岡本様:拙者も滅多なことは言えぬ立場故ここだけの話だが、その通りでござるな。
蛤石は、位置が判る→二つで一組→貝合せに使う→二枚貝→蛤というところからの発想です。
古河城の蛤石とは縁もゆかりもありませんので悪しからず。(^^;)




