表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/680

冒険者組合に報告

 夜中、私は家についてから、持って帰った(おり)に入れてもらった煮物を食べた。

 既に睡魔が襲ってきていたが、高そうな重箱は手入れを怠ると傷むと思ったので、懐紙(かいし)(ぬぐ)ってから寝た。


 翌朝、風呂敷で重箱を包んでからそれを持って下に降りると、いつものように千代ばあさんが飯の支度をしていた。

 私は、


「おはようございます、千代ばあさん。」


と挨拶をした。すると千代ばあさんも、


「あぁ、おはようさん。」


と挨拶を返した後、


「ん?

 その(つつみ)はどうしたんだい?」


と言って、目についた風呂敷について聞いてきた。

 私は、


「昨日、薫の実家で晩御飯の残りを詰めてもらいまして。

 でも、借りたはいいのですが、どうやって返せばよいか困っています。」


と言った。すると千代ばあさんは、


「今時の若いんは、そういうのも出来んもんかねぇ。

 昨日はちゃんと懐紙で中を()いたか?」


と言った。私は、


「それは、流石にやらないといけないと思って()きました。

 重箱は、水で洗っちゃいけないと実家で言われたのを思い出しましたので。」


と返した。すると、千代ばあさんは、


「中途半端だねぇ。

 洗ってそのまま返すと、もう二度といらないって意味になるんだよ。

 でも、仕事してから返しに行くとしたら夕方かい。

 よし。

 ちょいと貸してみな?」


と言ったので、包から重箱を出して千代ばあさんに渡した。


「あぁ、雑だねぇ。

 ちょっと待ってな。」


と言って、大きめのたらいに湯を注いでぬるま湯を作り、サッと通してよく絞った布巾(ふきん)を当てるようにして隅々まで水気を拭き取った。千代ばあさんは、


「絵柄が剥げるんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしたよ。

 しかし、これはいい器だねぇ。

 これ一つでも、ばばぁの給金なんかじゃぁ足りないくらいだろうね。」


と言っていた。私は高価なものだと予想はしていたが、改めて雑に取り扱えないなと思った。


「ありがとうございます。」


と言って、風呂敷で包もうとしたところ、千代ばあさんは、


「ちょっと待ちな。

 こういう物は、陰干(かげぼ)しにしてから仕舞(しま)うもんだよ。

 出掛ける前にしな!

 後な、空で返すのは失礼にあたるから、おうつしってんだけど、ちゃんと懐紙も少しずらして折って入れとくんだよ!」


と言った。私は、


「わかりました。

 いろいろと、千代ばあさんがいてくれて助かりました。」


とお礼を言った。千代ばあさんは、


「よせやい。」


と言って返した。

 私はお重の件も片付いたので、集荷場の方に行って掃除を始めた。


 大方掃除が終わった頃、後藤先輩が出社してきた。私は、


「後藤先輩、おはようございます。」


と、いつものように挨拶をした。すると後藤先輩も、


「山上、おはよう。」


と言ってから、


「今日はもう掃除は終わったのだな。

 ひょっとして、最近日が長くなっているのに、入社した頃と同じ日の出の半刻前くらいからやってるんじゃないのか?」


と聞いてきた。私は、日が長くなってきていることは分かっていたものの、だんだん起きる時間も早くなっていることまでは気が回っていなかった事に、今更ながら気が付いた。なので、


「はい。

 いつも日の出の半刻前から始めています。

 でも、後藤先輩のおっしゃるとおり、もう少し遅く始めても良さそうですね。」


と返した。すると後藤先輩は、


「普通は寝足りなくなってきて気がつくもんだが、お前、夜いつも早く寝ているだろう。」


と聞いてきた。後藤先輩にとっての早く寝る時間というのは分からなかったが、


「昨日は少し遅めで、亥の刻(22時)を過ぎてから寝ました。」


と言ったところ、


「お前、よくそんなに早く寝られるな。

 俺がお前の頃は、よく飲みに行って子の刻(0時)を過ぎてから帰って寝たものだぞ。」


と自慢気に話していた。私はそんな時間までは起きていられないなと思ったので、


「そんなに遅い時間まで、普段から起きていたのですね。

 私がそんな時間に寝たら、おそらく寝不足で目が回ってしまいます。」


と感想を返した。ここで田中先輩が出社してきた。

 私は、


「田中先輩、おはようございます。」


と挨拶した。田中先輩は、


「昨日のうちにちゃんと帰れたか?

 それとも、まさか、閉門に間に合わずに、野宿したってことはないだろうな。」


と、返してきた。私は、


「昨日はちゃんと帰れましたよ。

 それよりも、昨日、蒼竜(そうりゅう)様と言う人に会いまして、黒山(くろやま)様のことで聞きたいことがあると言っておられました。」


と報告した。田中先輩は一瞬なんのことだろうという顔をしたが、すぐに嫌そうな顔をして、


「あぁ〜、バレたか。

 思ったよりも早かったが、まぁ、仕方ないか。

 蒼竜相手に、逃げる訳にも行かないしな。」


と言った。私は命が惜しいので、仮に田中先輩が合わないと言っても、首に縄をつけてでも連れて行こうと考えていたが、素直に会ってくれそうで安心した。

 後藤先輩が、


「蒼竜様とやらは何者だ?

 聞いたことないが。」


と聞いてきたので、私は、


「なんでも、田中先輩の古い知り合いで、いろいろと説教したいのだそうですよ。」


と答えた。すると、後藤先輩は、


「そうなのか?

 まぁ、田中さんだし、何かやらかしていたんだろうな。」


と言った。すると田中先輩が、


「そんな、心外な。

 俺はやらかし属性じゃないからな。」


と言って怒っていた。

 それから私は、


「あと、すみません。

 昨日なのですが、裏の人と(おぼ)しき人に襲われました。」


と言った。すると後藤先輩が、


「ははは、なんの冗談だ?」


と笑ったので私は、


「いえ、その、苦無(くない)という武器で襲われまして。」


と言って、私は背負子のところまで行って、苦無が刺さった跡の傷を見せた。

 田中先輩はその跡をじっくりと吟味し、


「今日は書類整理の日だが、緊急事態だな。

 山上、今日は冒険者組合が開く時間に間に合うように書類を済ませるぞ。

 今日は仕方がないから、一言二言だけで書いておけ。

 事情が事情だからな。

 それでも文句を言われたら、来週直すぞ。

 あと、後藤、すまんが冒険者組合に行ってくるから、そのつもりでいてくれ。」


と言った。青ざめた顔で後藤先輩は、


「わかった。

 山上、生きててよかったな。

 裏家業なんて、都市伝説か何かだと思っていたが、本当に実在するのだな。

 これからも気をつけろよ。」


と言っていた。私は、


「はい。」


と答えた後、


「田中先輩、一言二言というのはどういうことでしょうか。」


と質問した。すると、


「なんでもいいんだよ。

 例えば、

  仏滅、春高山に登山

  大安、天狗草を取って狂熊を倒す。春高山から下山。

  赤口、休み。

  先勝、平村に荷物を運ぶ。

  友引、葛町に荷物を運ぶ。

     途中、蒼目猿を撃退。

 ぐらいでいいんじゃないか?」


と言った。

 しばらくして後藤先輩が出かけ、私は、田中先輩が言ったとおりに平仮名で書類を書くと、田中先輩に提出した。田中先輩は何も言わずに誤字を直して書類を仕舞ってから、


「少し早いが行くか。

 誰か来れば入れてくれるだろう。」


と言って、まだ冒険者組合が開くには少し早い時間に集荷場を出た。

 私は証拠になると思い、空の背負子を背負っていった。

 そして、冒険者組合の建物の前に着いたのだが、予想通り、まだ冒険者組合は開いていなかった。

 暫く待っていると、里見さんが出勤してきて、


「おや、先生。

 お早いですね。

 今日はいらっしゃらないと思っていたのですが、どうしたのですか?

 山上さんが背負子を担いでいますが空ですし、ひょっとして冒険者として採取か何か依頼を受けたいのですか?」


と聞いてきた。すると田中先輩が、


「いや、昨日、山上が裏の連中に襲われたらしくてな。」


と返した。すると里見さんは青い顔をして、


「よくぞ無事でした。」


と言ってから少し悩んだ後、


「えっと、すみません。

 裏からで申し訳ありませんが、付いてきてもらっても良いですか?」


と言って、普通は職員が入る通用口から中に通された。

 私は、入り口の下駄箱に書いてある名前を読んで笑ってしまった。


「えっと、この下駄箱の『さとみん』ってなんですか?」


と聞いた。すると里見さんが顔を赤くして、


「その、こっちのほうが持てると言って、入社した時に山瀬さんに書かれてしまいまして・・・。

 でも、今日はそれどころではありません。

 下駄に上野組合長の下駄が入っていますので、こちらにお通しします。」


と言って苦笑いしていた。上野組合長のところには、『上野 末吉』と書いてあった。私は、


「末吉って、組合長でもいじられるのですね。」


と聞くと、里見さんは苦笑いしながら、


「えっと、お気持ちはよくわかりますので何も言いませんが、組合長の本名ですよ。」


と言ったので、私は、


「知らなかったとは言え、すみません。」


と、本人がいないので意味はないとは思ったが謝らずにはいられなかった。

 他に、山瀬さんのところには『かず君』、沼田さんのところには『さっきん』と書いてある。

 書いてある字が古くなっているので、山瀬さんや沼田さんが入った当時の先輩に書かれたのかもしれない。


 それから私達は、里見さんに冒険者組合の二階にある上野組合長の部屋まで案内された。

 正面奥に大きな机が置いてあって、そこに紋付(もんつき)を着た上野組合長が座っていた。


「あぁ、田中か。

 どうした。

 こんな朝早くに、何をやらかしたんだ?」


と聞いてきた。

 田中先輩は、


「いえ、俺ではな・・・ありません。

 実は昨夜、山上が何者かに襲われたそうだ・・・でして、苦無を投げられた・・・のだそうです。」


と言った。すると、上野組合長は、


「苦無はあるか?」


と聞いてきた。私は、


「昨夜、門番の人に事情を話しまして、苦無も預けました。

 ひょっとして、何かまずかったでしょうか?」


と聞いた。すると、上野組合長は、


「うむ。

 門番の連中はそんなことはないだろうが、武家の連中がどうも信用ならんのだ。

 以前にも、裏の関係の証拠を武家に渡した後、そんなものは受け取っていないという趣旨の事を言われて調査が頓挫(とんざ)したことがあるのだよ。

 おそらく、武家の連中に都合が悪い何かがあったのだろうな。

 それっきり、問い合わせても知らぬ存ぜぬだ。

 他の町の組合長とも話したことがあるのだがな、裏が絡むとそういう話になる事が多いようだ。

 今回も既に証拠を渡してしまっているのだから、なかった事にされると考えてくれ。」


と、はっきり言い切った。私は、捜査の進展は諦めることにしたが、


「それでも、そういう訴えがあったということで届け出の受理だけでもお願いできませんか?」


とお願いした。上野組合長は、


「そのくらいはこっちの管轄(かんかつ)だから、問題ない。

 が、進展がない場合は、圧力がかかったと思って諦めてくれ。」


と、歯切れの悪い返事だった。

 私は納得は出来ないが、受理はしてくれるとの事だったので、一階に行って時間はかかったが届け出の書類を書き、里見さんに提出したのだった。


山上くん:被害届を出したいので、書類をお願いできますか?

里見さん:はい。この書式に書いてください。

山上くん:あの、私は平仮名しか書けないのですが、大丈夫でしょうか。

里見さん:大丈夫ですよ。今日はまだ始まったばかりですから。

〜結局この日もいつもと同じ未の刻(14時)まで被害届と悪戦苦闘したのでした・・・。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ