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更科家での晩御飯

 更科さんがご飯にしましょうと言って食べ始めたので、私も食べることにした。

 お膳には、左手前にご飯、真ん中に香の物と醤油の入った小皿、右手前に吸い物、左手奥に煮物、右手奥にお刺身が並んでいた。

 香の物は沢庵(たくわん)で、煮物は高野豆腐に花の形に切った人参、しいたけで、彩りの絹さやの黄緑が鮮やかだ。お刺身は、魚の名前はわからないが、お皿の左手前に白身の魚、右手前に魚が小さいからか、銀色に光っているものが全面についている白身の魚、そしてお皿の奥に赤い縁取りのある白身の魚の三品がそれぞれ紫蘇(しそ)の葉に乗っている。薬味は(おろ)した山葵(わさび)生姜(しょうが)、あと小葱(こねぎ)だ。

 お刺身というのは、私は食べたことがなかったのだが、氷の魔法を使いながら運ばないといけないので、とても高価だと聞いている。更科さんは、こんなものを普段から食べていたのだろうかと思うと、お育ちの違いというものを感じた。


 私は相変わらず、庄屋さんでの作法を思い出していた。

 まず、私は手を合わせて、


「いただきます。」


と言ってから、右側手前にある汁椀の蓋を取り、蓋の水滴を椀の中に流してからお膳の右側に置いた。

 次に、お(はし)を右手でとり、左手を添えて二本の箸先を揃えながら、右手でしっかり持つ。

 左手で右手前の汁椀を持ちあげ、右手で持った箸の先を(しる)に少しだけつけて、軽く混ぜながらお椀を口元に運び汁を少し(すす)り、汁椀を元の位置に戻す。これでお箸の先が湿るのでご飯が食べられる。

 左手前にあるお茶碗を左手で持ち上げ、胸の前まで持ってきてから、お箸で少しご飯をつまんで口に運び入れ、あまりもぐもぐしないように気をつけながらもとの位置にお茶碗を戻す。

 これだけの所作で、普段は作法など気にせずに食べているので、少し疲れてきた気がした。


 更科さんの方を見ると、お刺身にお醤油をたっぷりつけて食べていたので、次はお刺身を食べることにした。そういえば、庄屋さんでの作法を教えてもらったとき、『お皿の中身は基本的に手前から奥に食べなさい』と言われたのを思い出た。確か、ちゃんとした席で出てくる料理は家庭料理と違って、料理人が食べてもらいたい順番に並べているとかで、例外はあるが、お皿の中の左手前のものから順に右手奥に向かって食べると聞いた気がする。また、例えば胡瓜(きゅうり)が三枚重なり合っている場合は、重なっている一番上の胡瓜から食べることで、他の胡瓜をできるだけひっくり返さないというか、形が崩れないように食べるのが基本だったと思う。

 なので、醤油の小鉢を手にとって胸元まで持ち上げ、手前左側の白身の魚を重なっている一番上から箸でつまみ、醤油に少しだけつけていただいた。

 お祖母様が、私と薫さんを見比べていてなんだか食べづらい。

 しばらく私達を観察していたお祖母様は、


「薫、なんだい、その食べ方は。

 横の和人君を見てみな。

 いくらお刺身が美味しいからって、いきなりお刺身ばかり食べる人があるかい。

 久しぶりで一緒のお膳を囲んだらこれじゃぁ、恥ずかしくてお嫁にやれないよ。」


と言って呆れ、そしてお母様に、


小百合(こゆり)さん、政略結婚させることだってあるかもしれないんだから、ちゃんと躾けくらいやっておくれよ。

 恥ずかしいったら、ありゃしないよ。」


と、お母様に愚痴(ぐち)を言った。私は慌てて、


「その、すみません。

 私もこういう作法というのは分かっていなくて、昔、庄屋様のところに連れて行かれるときに習っただけなのですよ。

 なので、私も普段はもっとこう、お作法を無視していただいています。

 今は、薫さんもご実家ですし、他人もいませんから、そこは良いのではないでしょうか。」


と取り(つくろ)ったところ、お母様が、


「和人さん、それはそれ、これはこれなのですよ。

 あと、まだ正式に結婚もしていないのに、『他人がいない』というのもちょっと・・・。」


と言って、少し怒られた。更科さんは一旦箸をおいて口の中の物を飲み込んでから、


「お母様、お言葉ですが、昨日も和人とは一緒に寝ていますし、もう他人ではありません。

 あと、和人も他人じゃないんだから、普通に食べても大丈夫ですよ。」


と、私も少し怒られた。するとお父様が、


「和人くん、一応、まだ結婚していないのだから子供はもう少し後にしてもらえないか。」


と、不機嫌そうに言った。私は、更科さんはきっとご両親を説得するためにわざとあんな言い回しをしたのだろうと思ったので、


「申し訳ありません。

 配慮が足りませんでした。」


と、素直に謝っておいた。お祖父様は、


「いいんじゃないか?

 多少順番が変わっても。」


と言った。が、お祖母様が、


「はぁ。

 誰も気づかないのかねぇ。

 特に(しげる)、あんた、公家相手にもう薫は嫁に出したって言ったんだろ?

 和人君には悪いが、嘘がバレたら面倒だ。

 もう、薫とは結婚したということにしないと辻褄が合わなくなっちまうよ。

 いいね?」


とお父様を(にら)むように言った。お父様は、


「え?!

 いや、その・・・。」


と言葉に詰まっていた。お兄様は、


「いや、薫は嫁にはやらんぞ?

 和人くん。

 薫とはお友達だよな?」


と拒否したが、お姉様が、


「まさかとは思うけど、妹可愛さに、事の重大さを判っていないという事はありませんよね?

 (まこと)、お(うち)が潰されたらどうするの?」


と言って、(たしな)めた。お兄様は、


「どうしても駄目か?」


と聞いたので、お父様が、


「娘はまだやらん、と言いたいところだが、すまん。

 このまま嫁として認めてくれ。」


とお願いされた。私は、満面の笑みを抑えようとして『にらめっこ』の時のような顔になっていたと思う。お父様は続けて、


「嫁入り道具だがな。」


と言ったところで、私は不躾とは思ったが、


「すみません。

 薫さんはありがたく頂戴(ちょうだい)いたしますが、嫁入り道具については私がまだ家を持っておりません。

 申し訳けございませんが、置き場所もございませんので、待ってもらってもよいでしょうか。

 あと、薫さんと一緒に住むなら、ちゃんとしたところに引っ越さないといけませんが、私もつい先日社会に出たばかりの歩荷です。

 すぐには準備が整いません。

 心苦しいのですが、もう(しばら)く薫さんをあずかってはいただけないでしょうか。

 それと、準備が整ったとしても、私の今の給料では長屋か小さな借家がせいぜいだと思います。

 本当に至らなくて申し訳ありませんが、ご容赦ください。」


と、更科家がたくさんの嫁入り道具を()()()()()くるのを阻止できないか話してみた。お父様は、


「なるほど、場所を決めないことには嫁入り道具の量も決められないということか。

 なるほど。

 まずは鏡台だけ送って、引越し先の広さで他に何を送るか決めるとするか。」


と言った。お祖母様は、


「そうだねぇ。

 (しげる)、ご祝儀(しゅうぎ)代わりに湖月(こげつ)村の反物を運ぶのに杉並運送・・・じゃなかったね。

 今は山並運送だったか。

 量は少ないが、そこに出してみちゃどうだい?」


と提案した。私は、二つ返事で受けられる立場ではないので、


「申し上げにくいのですが、私では伝言くらいしか出来ません。

 仕事の話は、後日で良いでしょうか。」


と聞いた。するとお父様は、


「それは判っているよ。

 それより、お母様が言ったからってお店は動かないよ?

 私が許可して、初めてお店は動くんだ。」


と言って怒られた。すると、更科さんが、


「ごめんなさい、お父様。

 事前に私が誰が強いかお話したの。」


と言うと、お父様はばつが悪そうな顔をして、


「それは薫も誤解していたということだね。

 あまり外で、そういう話はするんじゃないよ?」


と更科さんを叱っていた。と、ここでいぬの刻の鐘が聞こえた。

 私は、


「申し訳ありませんが、明日仕事がありますので、そろそろ帰らせていただこうかと思います。

 その、すみません。

 お父様が最初に言っていたお話とは、どのようなご用件だったのでしょうか。」


と聞いた。すると、お父様は、


「あぁ、大した話ではない。

 結納金のことを話そうと思っていてな。

 普通は男の家が結納金を出して、女の家はそのお金で嫁入り道具を準備するものなのだが、和人くんのご実家は農家だそうだね。

 和人くん自身もまだ新人だし、結納金を準備するのは難しいだろうから、中身はなくてもいいと伝えておきたくてな。」


と言った。お父様に悪気がないのは雰囲気で判ったが、暗に私は貧乏だから出してやると言われたのと同じで(しゃく)だったので、なんとか恰好がつくだけのお金を工面する手段はないかと考えたのだった。


魚の名前がわからない山上くんに変わって説明すると、本日のお刺身は、白身の魚が(たい)、銀色に光っているものがついている白身の魚が少し時期が早くて小ぶりな(あじ)、最後の赤い縁取りのある白身の魚は(さわら)でした。

後書きで説明するのもいまいちなので、分からない物の名前は是非とも周りの人に聞いてもらいたいものです。

↑作者お前だろうって・・・。(--;)


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