でっち上げ
古川様から、自分の身分に慣れるようにと言われた後、座敷に下女の人がやってきた。
下女の人が、
「失礼します。」
と言って、膳を運んで来る。
その膳の上には、表面に火を加えた乙女色をした何かの肉の刺し身、大根と人参に柚子皮の入ったなます、薄く切った蕪のお漬物と白いご飯、後は葱の味噌汁だ。
この他に、醤油の入った小皿もある。
私は、
「これは、何の肉ですか?」
と聞くと、下女の人が、
「鶏にございます。」
と答えた。私は驚いて、
「これ、人が生で食べたら当たるやつではありませんか?」
と確認すると、下女の人は、
「いえ、大丈夫です。
お勝手に、人里でこれの作り方を習った者がおりまして。
その者が捌いた鶏ですので、問題ございません。」
と答えた。私は、
「そうでしたか。
なら、食べられるのでしょうね。
ですが、昔から、肉は生で食べるとよく当たると聞いていたものですから・・・。」
と一兄から聞いた話を披露すると、下女の人は、
「それは、間違いありません。
これを料理した者も、内蔵を傷つければ、竜神ならばともかく、人は生で食べられなくなると言っておりましたので。」
と説明してくれた。私は、
「なるほど、良いことを聞きました。
つまり、内臓さえ気をつければ、美味しくいただけるのですね。」
と纏めたのだが、下女の人は、
「判りません。
他にも、骨があるのかもしれませんので。
とそれだけではない模様。私は、
「結構、面倒なので?」
と質問をすると、下女の人は、
「私では判りかねます。
興味がお有りのようですので、料理した者を紹介しましょうか?」
と提案してくれた。私は、
「是非とも、お願いします。」
と二つ返事で了承すると、横から佳央様が、
「まだ続く?」
と聞いてきた。皆、食事を始めるのを待ってくれていたようだ。
私は、
「気が付かず、申し訳ありません。」
と今度は頭を下げずに謝ると、佳央様から、
「良いから、食べるわよ。」
と言って皆で夕食を摂り始めたのだった。
食事が終わり、雑談の時間となる。
私は、
「そういえば今日、大月様から作法の勉強の日程を聞きました。」
と伝えると、古川様は、
「そう・・・ね。
明日は、・・・朝からだった・・・かな?」
と返してきた。
「あ・・・。」
午前か午後か聞いていなかった事に気が付き、思わず声を漏らす。
私は、
「そういえば、いつからか聞いていませんでした。」
と苦笑いすると、古川様は、
「そう・・・なの?」
と聞き返してきた。佳央様が、
「そういえば帰り際、和人を夕食に誘ってたじゃない?」
と質問する。私は、
「はい。」
と相槌を打つと、佳央様は、
「ひょっとして、これ伝えたかったんじゃない?」
と指摘した。だが、私は、
「いえ。
作法の勉強の時に聞かせてもらえればと言って、お誘いを断ったのですよ?」
と反論すると、佳央様は、
「そういえば、そうだったわね。」
と同意した。私は、
「それで、明日の午前という事は、明日は終日作法の勉強なのでしょうか?
それとも、午後から神社の用事となるのでしょうか?」
と確認すると、古川様は、
「どちらも、・・・違うわ・・・よ。
山に、・・・行くって聞いた・・・わ。」
と答えた。帰りに、佳央様から聞いた話とも合致する。
私は、
「山ですか。」
と返すと、古川様は、
「さっき、・・・不知火から・・・連絡があって・・・ね。
大月とも話をして、・・・・決まったの・・・よ。」
と教えてくれた。だが、そこに私の意思はない。
私は、事前に一声掛けて欲しいものだと思いながら、
「分かりました。」
と了承したのだった。
寝る時間となったので、更科さんにおやすみの挨拶をして床につく。
暫くすると、例によって私の目の前に、白狐が現れた。
白狐は、
<<ようも飽きずに、毎晩来るのぅ。>>
と苦笑い。私も意識して会いに来ている訳でもないので、
「白狐こそ、寂しくて呼んでいるのでは?」
と聞き返してみた。
すると白狐は、
<<何を言うか、小童よ。
それが、神使に向かって言う言葉か?>>
とやや怒っている形を取る。が、この程度の遣り取りは、軽いじゃれ合いのようなものだろう。
私は、
「すみません。
失言でした。」
と軽く謝ると、白狐は、
<<まぁ、良い。>>
と許してくれたかに見えた。だが、白狐は、
<<今夜も、小童には託けがある。
が、その態度じゃ。
うっかり、何か言い忘れる事があるやもしれぬのぅ。>>
と軽く脅迫めいた事を言い出した。
しかし、白狐に言付けした主は、稲荷神に違いない。
私は、
「それは、困ります。
ですが、稲荷神にも白狐にもお咎めがあるのでは?」
と確認すると、白狐も少し考え、
<<まぁ、問題にされるやもしれぬか。>>
と思い留まってくれた模様。私は、
「それで、どのような伝言なので?」
と確認すると、白狐は、
<<うむ。
どうも、狐講の連中じゃが、放っておくと面倒な事になるのだそうなのじゃ。>>
と答えた。私は、
「面倒事ですか。
ひょっとして、また、火付けをするので?」
と確認すると、白狐は、
<<今回は、そうではない。>>
と否定した。私は、
「では、どのような面倒を?」
と確認すると、白狐は、
<<それがのぅ。
稲荷神社の神職を人質に、いつもの社に立て籠もるそうなのじゃ。>>
と答えた。私は、
「神職を人質にですか?
罰当たりな。」
と眉間に皺を寄せると、白狐も、
<<うむ。
大月とやらが、神職にも狐講がおると言うておったじゃろうが。
その者が、捕まる手筈となっておるそうじゃ。>>
と追加の説明をした。だが、それであれば、本来の意味で人質はいない事になる。
私は、
「それならば、面倒という程でもないのではありませんか?」
と首を傾げると、白狐は、
<<ここまでであれば、そうなのじゃがな。
その後が悪い。
要求が通らぬ場合、最悪、その神職の首だけ返すそうなのじゃ。>>
と恐ろしい事を言い出した。そして、
<<そのせいで、小童。
そちまで、取り調べを受ける事になるそうじゃぞ。>>
と付け加える。
私は何もしないというのに、それで取り調べを受けるのは、理不尽という物だ。
私は慌てて、
「どうやったら、止められるので?」
と確認すると、白狐は、
<<直接出向いて止めるように言えば、これは解決じゃ。
じゃが、その頃、小童は山に連れられておると言うではないか。
そこでじゃ。
稲荷神は、適当な儀式をでっち上げ、こちらに留まるようにと仰せじゃった。>>
と答えた。私は、朝の禊の準備や口実をどうしたものかと思いながら、
「でっち上げ、でっち上げ。
でっち上げですか・・・。」
と繰り返すと、白狐は、
<<適当に、『年に1度、特別な祝詞を上げる必要があると聞いた』とでも言えばよいじゃろうが。
何か言われてもすっとぼけるは、小童も得意だったじゃろう?>>
と口実を準備してくれた。が、後半の言葉には引っかかりがある。
そう思ったのだが、よくよく考えると心当たりが多々ある。
私は、
「・・・そうですね。」
と少し苦笑いしながら同意すると、白狐は、
<<行ったら、立て籠もっておった。
じゃから、説得した。
何も不自然はあるまい?>>
ともうひと押ししてきた。私は、
「確かにそうですが、それよりも、禊の準備をどうしようかと思いまして・・・。」
と残りの心配事を言うと、白狐は、
<<ならば、古川をこれから起こして準備させればよいじゃろう。>>
と呆れながら返した。私は、
「もう、朝なので?」
と確認すると、白狐は、
<<夏であれば、起きていても不思議ではないじゃろう。>>
と答えた。私は、
「分かりました。
でしたら、早速起こしてお願いしてきます。」
と言って、真夜中の時間帯に目を開けた。
私は、古川様はまだ寝ているだろうに、迷惑だろうなと思いながら、布団の外に出たのだった。
本日は、微妙な江戸ネタを一つ。
作中の「表面に火を加えた乙女色をした何かの肉の刺し身」というのは、鶏刺しを想定しています。
こちらは南九州の郷土料理だそうで、江戸時代の頃から鶏を絞めて刺し身にして食べられていたのだそうです。ただし、鶏の消化器官には食中毒の原因となる菌がいるため、鹿児島や宮崎では、鶏の生食のために県独自の衛生管理基準が設けられており、これを満たした施設で精肉しているそうで、お店やさんでも食中毒予防対策をしているのだそうです。
尚、乙女色というのは、ピンクがかった肌色となります。
こちらは、乙女椿という江戸時代から栽培されている園芸品種からきた色名なのだそうです。
↑乙女の肌の色という由来ではない模様・・・。(^^;)
・鶏刺し
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/torisashi_kagoshima.html
・鶏刺し
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%B6%8F%E5%88%BA%E3%81%97&oldid=92413644
・MBC南日本放送
https://www.mbc.co.jp/
※MBC NEWS TOPICS > アーカイブ > 2019年11月 > 2ページ目 > なぜ鶏を刺身で食べるの?
・伝統色のいろは
https://irocore.com/
※赤系のカテゴリ > 乙女色




