田中先輩の知り合いの蒼竜さん
* 2019/10/26
蒼竜様と山上くんの掛け合いを微修正しました。
私は更科さんを、更科さんの実家の人達の話をしながら葛町から大杉町に送っていた。
そして、もうすぐ大杉町というところで、長谷川さんと遭遇した。
ムーちゃんは、さっきから気配を感じない。
年上で生真面目な知り合いと突然会うというのは、それだけでどうにもばつが悪く感じた。
長谷川さんは、
「おや、そこにいるのは山上と更科か。」
と言いながら近づいてきた。私は、長谷川さんは一度会っただけなのに、よく更科さんや私の名前が出てくるものだと思い感心した。私は、
「お久しぶりです。
長谷川組長。」
と返すと、長谷川さんは、
「田中の悪いところでも似たか?
組合長だ。」
と言って、和やかに笑った。田中先輩も以前、『長谷川組長』と呼んだことがあったのだろうか。私は、
「すみません、組合長。」
と言った後、長谷川さんと知り合ったきっかけを思い出し、
「先日はご助力いただき、誠にありがとうございました。」
と付け加えた。長谷川さんは、
「冒険者学校は冒険者組合の下部組織だからな。
そうなると、儂の落ち度とも言えなくもない。
まぁ、すまんかったな。
そのうち、ちゃんと決着がついたら、二人とも一緒にこれでもどうだ?」
と言って、指で盃を作って飲む仕草をした。私は断る理由もないので、
「お誘いありがとうございます。
今も、色々と考えてくださっているようで、恐悦です。」
と返事をした。更科さんも、
「その時は私もぜひ、ご一緒させていただきます。」
と答えた。長谷川さんは、
「うむ。」
と頷いた後、続けて、
「更科、王都から変なのが来ていたぞ。
一応、『大杉町冒険者組合の所属じゃないので、分からん』と答えておいたが、先日も騒ぎがあったばかりだ。
気をつけろよ。」
と忠告してくれた。更科さんは、
「はい。
先日、横山さんからも聞きました。
一応、実家の出入りも気をつけてはいるのですが、お金でどんな人を雇っているかわかりませんので、何か手を考えようと思います。」
と言った。私は、予想していたよりも事が深刻になっているようだったので、ふと思いついて、
「私に出来ることなんて、先に結婚するくらいでしょうかね。
まぁ、更科さんのご両親が首を縦に振ればですが。」
と言ってみた。すると、長谷川さんが、
「なるほど。
それもまた一手か。
先日のあれもあるからな。
何かあったら、婚約していると言ってやるぞ。」
と話してくれた。しかし、更科さんが、
「その、実家が従六位上で、本人も研究職についていますから、最低でも少初位上くらいはあるのではないかと思います。」
と言った。長谷川さんは、
「それは厄介だな。
頭だけは良さそうだったが、ひょろっとしてウドみたいだったから、せいぜい御用商人の倅程度に考えていたが、公家が相手では身分で握りつぶされるか。」
と眉をひそめた。
ちょうど、そこに一人の旅人が近づいてくるのが見えた。
袴を履き、腰に太く反った刀をぶら下げている。士族の下げる刀はもっと細いので、外国からの輸入品なのだろう。この時間で傘をかぶっているため、顔は分からなかったが、身のこなしが只者ではないのが私にもわかった。六尺五寸はあろうかという大男だ。尋常ではない気配がする。
私は更科さんを拐いに来た裏の人かとも思ったのだが、その男は、
「すまぬが、お主、黒山 闇介という黒竜と戦ったことはないか?」
と声をかけてきた。容姿は暗くてわからないが、まだ若い感じがする軽快な声だ。
私は何のことかは分からなかったが、黒竜と言えば田中先輩が倒した竜しか思い浮かばなかったので、
「申し訳ありません。
黒山様という黒竜様は、王都で炎を吐いた竜のことでしょうか。」
と聞いた。すると、
「心当たりがありそうだな。
拙者、蒼竜 雅弘と申す。
田中 厳吉という者を知らぬか?」
と言って、傘を脱いだ。私は、
「存じておりますが、・・・」
と言ったところで、更科さんに袖を引かれ、小声で
「和人、警戒しなさすぎ。」
と言って怒られた。しかし、私は小声で更科さんに、
「黒竜の名前を知っている時点で、この方はきっと、人外ですよ。
不用意に警戒するよりも、聞かれたことを素直に言ったほうが長生きできる気がします。」
と返した。高位の竜族は人に変化出来ると聞いたことがある。
すると、長谷川さんが頷いた後、
「山上、なかなかいい判断だと思うが、やはり情報は隠すべきだろうな。
さて、蒼竜。
私は大杉町の冒険者組合で組合長をしている長谷川と言うが、田中に何か用か?」
と聞いた。すると蒼竜様は、
「先日、黒山 闇介が討たれたと聞いてな。
奴は我が子の敵を探していると言っていたので返り討ちされたとしても、致し方のないことなのだがな。
あれでも黒竜帝の直系だ。
この国の竜の力のバランス、では通じんか。
勢力図が塗り替わってしまってな。
よその領域から、外の竜が領域を広げに攻めてくるかもしれないという危うい状況になったのだ。」
と言った。
私は、
「田中先輩をどうするのですか?」
と聞いたところ、蒼竜様は、
「なに。
拙者も知らぬ仲ではないのでな。
どうせ、田中が倒したのだろうから、厳重注意して、外からの襲来に備えてもらおうと思ってな。」
と言った。蒼竜様も色々と言葉が足りないようで、事情が今ひとつわからない。私は一つづつ確認しようと思い、先ずは
「その、田中先輩とはどのようなご関係なのですか?」
と聞いた。すると、蒼竜様は、
「なに、ちょっと、昔、赤竜帝の跡目争いで過激派を蹴落とすのに協力してもらっただけだ。」
と、事も無げに言った。跡目争いだとか蹴落とすだとか、尋常の話ではない。それも、人間どころか竜族のだ。そして、
「お主を鑑定したところ、黒竜の魂が融合しておる最中のようだが、説明してもらえるな?」
と言った。私は『最中』というのに疑問を感じたが、
「蒼竜様が、隣りにいる薫さんと私とが結婚の約束をしていることを証言していただけるのでしたら、お話し致します。」
と交渉してみた。力の差があるのが肌でビリビリと感じていたので、心臓が飛び出しそうなくらい緊張した。更科さんは何か言いたいようだが、我慢しているようだ。が、長谷川さんが先に、
「蒼竜様は、青竜なのでしょうか?」
と聞いた。蒼竜様は、
「一応、隠してはいるのだが、やはりバレたか。
仲間内からも、あまり演技できるようではないと言われていたからな。」
と、右の頬をポリポリと掻きながら話した。そして、
「まぁ、山上とやら。
証言するくらいならいいだろう。」
と言って、了承してくれた。私は、竜そのものだと聞いてさっき以上に緊張しながら、
「大変感謝いたします。
その、青竜様を人間の内輪揉めに巻き込むようなお願いをしてしまい申し訳ありません。」
と言ったところ、
「・・・内輪揉めとは、何か事情があるということか。
拙者も迂闊だったようだ。
まぁ、いいだろう。
約束は約束だ。
して、どういう事情なのだ?」
と聞いてきた。私は、
「その、申し訳ありませんが、本日は急いでおりまして・・・。
明後日、ここを田中先輩と一緒に通って春高山までまいりますので、その時にお話してもよいでしょうか。」
と言ってその場での話を避けた。きっと更科さんの話の後に黒竜の話をすることになるが、黒竜の話は田中先輩に口止めされているので、長谷川さんの前ではしないですむように考えてだ。もっとも、あの長谷川さんなので、今まで話した内容だけで既に手遅れのような気もするが。おそらく田中先輩を連れて来ると言えば、今日は見逃してもらえるだろうという打算もある。すると蒼竜様は、
「おう、田中を連れてくるのであればありがたい。
外の連中も明日明後日に攻めてくる訳もなし、急ぐこともなかろう。
しかし、お主、拙者は一応竜族なのだが、それを知った上でよくもまぁ、交渉を仕掛けるものだな。」
と呆れたように聞いてきた。しかし、私は余裕がなかったので、
「その・・・、今、手汗がぐっしょりでして・・・。
緊張で吐きそうですよ。」
と正直に答えた。蒼竜様は、
「そうか。
まぁ、下手に余裕ぶるよりも、よほど好感が持てるというものだ。
もっとも、赤竜帝がどうしたいかは別だがな。」
と言って、頭を撫でてきた。私は恐れ多くて一瞬ブルっときたが、不興を買うわけにもいけないので撫でられるままになっていた。しかし、どうしてここで赤竜帝が出てくるのだろうか。
長谷川さんは、
「山上、これはまた凄いのに好かれたものだな。」
と言ったものの、戸惑っている感じだった。
話も一区切りついたと見たのだろう。更科さんが、
「そろそろ実家まで送ってくれないと、和人が葛町に帰れなくなるわよ?」
と私に言ったのを聞いて、蒼竜様は、
「だから今日は駄目なのか。」
と言って、納得しているようだった。
大杉町に入り、蒼竜様、長谷川さんと別れた後、更科さんの実家の裏戸まで送った。
私はこの時点で、ちゃんと帰れる時間に更科さんの家にたどり着くことができて良かったと安心したのだった。
蒼竜様:お主を鑑定したところ、黒竜の魂が融合しておる最中のようだが、説明してもらえるな?
山上くん:(竜族の関係者なら公家より上かもしれないから、上手く行けば勝てるかも。ダメ元でお願いするか。)蒼竜様が、隣りにいる薫さんと私とが結婚の約束をしていることを証言していただけるのでしたら、お話し致します。
更科さん:(和人、たぶんその人、竜人よ。いくら私のためでも、ちょっと無謀よ!)