更科家の人達
葛町の門を出てしばらく更科さんと二人で歩いていたのだが、更科さんから、
「和人、先に私の家族構成とか、話しておかないとだよね?」
と言ってきた。私は、
「確かに、事前に分かっていた方がありがたいです。
特に、薫さんのご両親のお名前とかは聞いておかないと、やはり心象が悪くなりますよね・・・。」
と答えた。すると更科さんは、
「初対面だし、そんなことはないと思うよ?
いざとなれば、お父様、お母様で何とかなるわよ。
私たち凡才には、仕方がないわよね。」
と言った。私は、
「ひょっとして、身内に一発で覚える人がいるのですか?」
と聞いてみた。すると更科さんは、
「いるのよ。
お祖母様が凄くてね。
来年還暦なんだけど、何でも一回聞いたら覚えちゃうのよ。
その上、計算が早いの何の。
8桁くらいの暗算ならスイスイでね、自分を基準にしてしまうものだから、お祖父様もお尻に敷かれてペチャンコよ。
世間では、お祖父様が更科屋を御用商人に育てたということになっているけど、本当はお祖母様がいたからじゃないかと思うの。」
と言った。私は、何故お祖父様が『ペチャンコ』とまで言われているのか、とても気になったのだがグッと堪え、
「薫さんの実家は、お祖父様の代で御用商人になったのですね。
それで、ご両親は?」
と、聞いた。すると、
「お父様も、お母様も、まぁ、凡庸ね。
ついでに兄と姉、双子の弟がいるのだけど、姉だけは物が違うわね。
お祖母様ほどではないけど、物覚えもいいし、普段はおっとりとしているのに何故か弁も立つし、何かあった時に一番頼りになるのはお姉様なの。
ちなみにお兄様は、私が言うのも何だけど餓鬼っぽくて話にならないわね。
和人の方が、ずっと落ち着いて見えるわよ。」
と言った。私は、親に対して凡庸とか、兄に対して餓鬼っぽいという表現もどうかなと思ったが、それだけ心を開いているのだろうと思うと嬉しく感じた。私は、
「ところで薫さん、お名前は・・・?」
と聞いた。更科さんは、
「あっ!
忘れてた。」
と言って、ご家族の名前を話し始めた。
「えっと、ごめんね?
まず、お祖父様が孝司で、お祖母様が文絵ね。
それで、お父様が茂で、お母様が美希で、お姉様が恵・・・」
と次々に言ってきた。私は慌てて、
「ちっ、ちょっと待って!
これじゃぁ、早くて覚えられません。
えっと、とりあえず、ご両親に絞りましょう。」
と、もう一度ご両親のお名前をお願いした。更科さんは、
「ごめん、お祖母様じゃあるまいし、それもそうよね。」
と言って謝ってから、
「まず、お父様の名前は茂ね。
し・げ・る。」
と、ゆっくり言ってくれた。私も、
「茂様ですね。
ありがとうございます。」
と返した。更科さんは続いて、
「うん。
で、お母様の名前が美希よ。
み・き。」
と、これもゆっくりと話した。私は、
「美希様ですね。
念の為確認しますが、お父様が茂様で、お母様が美希様ですね。」
と、繰り替えした。更科さんは、
「そうよ。
正解!
じゃぁ、次に、お姉様が恵ね。
め・ぐ・み。
私より綺麗だからって、色目とか使わないでよ?」
と言ってきた。私は、
「そんなことはしませんよ。
お姉様が恵ですね。」
と言った。すると、
「ちょと、和人。
私の事は滅多に呼び捨てにしてくれないのに、お姉様は呼び捨てなのですか?」
と、引っかかってきた。私は意識していなかったが、うっかりつけ忘れたのだろう。私は、
「すみません。
今度からは、薫さんの事も呼び捨てにします。」
と言うと、更科さんは、
「『も』ってどういうこと?
お姉様にもちゃんと様は付けてね?」
と言った。私は焦って、
「すみません。
間違えました。
もちろん、お姉様なのですから、『恵様』と呼びます。」
と謝った。更科さんは、
「うん。
ごめんね?
こういうのは、商家だからという訳でもありませんが、お祖母様がうるさいの。」
と言って、悪意がないことを伝えてきた。身内に一人くらい礼儀作法にうるさい人がいるものだが、一部敬語が混じったのは、それを思い出したからだろう。更科さんは家の中でも、敬語を使わされているのかもしれない。
更科さんは、
「じゃぁ、次がお兄様ね。
誠と言うのだけど、頭も良くて格好も良いのだけれども、私に対してちょっと過保護でね。
お兄様が一番の難関のように見えるけど、お父様とお母様さえはいと言えば私たちの勝ちだから、どんなことを言われても無視して大丈夫よ。」
とムッとした顔で紹介した。私は、家族円満に了承してもらうのが一番なので、あまり蔑ろにするのもどうかなと思った。
「お兄様は、誠様と言うのですね。
なにやら機嫌が悪いようですが、仲が悪いのですか?」
と聞いてみた。すると更科さんは、
「あの件を知って以来、私が外出するとつけてきたりね。
なんか最近、おかしいのよ。
お仕事はいなくても平気だけど、やっぱり長男でしょう?」
と返してきた。私は、先日大杉で起こった事件を思い出して、
「薫さ・・・薫をつけるのは心配だからじゃないですかね。
あの件を聞いたら、普通、気が気じゃないと思いますよ。」
と先程の約束を思い出して慌てて言い直しながら、お兄様の肩を持ってみた。更科さんは嬉しそうな声で、
「でも、やっぱり気持ちが悪いの。
昔は凄いと思っていたのだけど、年々、度が過ぎるようになってきたと思うの。」
と言っていた。私はふと思い付いて、
「そうなのですか。
そういえば、尾行はお父様の指示という可能性はありませんか?
お店を出るなら、お父様の許可とかがないと難しいように思えてきました。」
と聞いてみた。更科さんは、
「うーん・・・。
状況からするとあり得なくもないけど・・・。
どうかな。」
と言っていた。私は家族の紹介が途中だったのを思い出して、
「えっと、この詮索はここで話してもしょうがない気がするので、最後に行きましょうか。
末は、双子の弟がいるのでしたっけ。」
と聞いてみた。更科さんは、
「はい。
弟は修と言います。
一応、同じ冒険者学校に通っていたのだけど、弟は剣の方だったの。
ただ、前衛にしては線が細くて心配なのよ。」
と言った。私は、
「弟君は修というのですね。
ご兄弟で一緒に組んだりはしないのですか?」
と聞くと、更科さんは、
「そういうのはまだないわね。
でも、初心者だけで組んだら、命の危険もあるかもだし、組んでも来年か・・・」
と言ったところで、私の方を見た。そして、
「来年は和人のお嫁さんだから、やっぱり組まないかもね。」
と言い直した。辺りは暗くなってきているが、更科さんが照れているのが何となく判った。
更科さんが、
「最後、私の名前は?」
と聞いてきたので、
「ん?
薫さんですよね?」
と言ったのだが、不満そうな声で、
「さっき、呼び捨てにする約束、したわよね?」
と指摘された。
私は『しまった』と思ったのだった。