甘味所にて
冒険者組合を出て田中先輩と分かれた後、更科さんと私は更科さんの実家のある大杉町に向かっていた。
更科さんの頭には、ムーちゃんが乗っている。
私は、
「薫さん、今日は遅くまですみません。
晩ご飯が遅くなるので、そこで大福を買って、歩きながら食べませんか?」
と聞いた。すると、
「和人、お行儀悪いよ?
ちゃんと座って食べないと、変な所に大福、入っちゃうかもしれないし。」
と返してきた。私は、
「なら、お店で食べますか。
四半刻くらいなら時間はあると思いますし。」
と言うと、更科さんは、
「うん。
でも、晩ご飯の前だから1個だけね。」
と言って、喜んでいた。私はその笑顔でほんわかしながら、葛町の門の近くにある甘味所に入った。
二人で椅子に座ると黄八条のよく似合う女性の店員さんが、快活な笑顔で注文を取りにきた。
「いらっしゃいませ!
注文は何にしますか?」
すると更科さんは、
「いつもの1個とお茶をお願いします。
和人は何にする?」
と聞いてきた。何となく入ったつもりが、更科さんは常連だったようだ。私は壁にかかる木札に書かれたお品書きを見ながら、
「では、草大福を1つと私もお茶をお願いします。
あ、それとお土産用に16個包んでもらえませんか?」
と言った。すると店員さんは奥に向かって、
「草大福とお茶二つ!あと、お土産用に別に16包んで!」
と元気な声で伝えた。奥から親父さんなのだろうか、
「八百屋じゃねぇんだから、ちゃんと奥まで来て伝えな!」
と、年配の男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
私は、
「おっちゃんも怒鳴り声で返しているから、どっこいどっこいですね。」
と店員さんに言うと、今までそう思っていなかったのか、キョトンとした顔をしてから、
「あはは、そうですね。
お互いさまですね。」
と笑って返事をした。更科さんが少しむくれて、
「和人、ここの店員さんは明るくて笑顔も素敵よね?」
と聞いてきた。私は、これは褒めないと不味いと思い、
「そうですね。
でも、薫の方が素敵ですよ?」
と返すと、更科さんは満足したようで、にっこりとしながら、
「ありがとう、和人。」
と返してきた。店員さんは、私の方に向かって、
「お二人は仲がよろしいのですね。」
と、ちょっと羨ましそうな感じで言ってきた。すると更科さんが、
「ええ。
私たち、結婚しますから。」
と言ってにこやかに返した。すると奥から女性の声で、
「他人の恋路なんて聞いてないで、自分の相手を探しな!」
と聞こえてきた。おそらく彼女の母親なのだろう。店員さんは、
「分かっているわよ。
でも、この店で働いている限り、出会いなんて無いわよ。
なにせ、甘味所にくるような男は、もれなく彼女と来てるんだからどうしようもないじゃない!」
と言っていた。確かにその通りだと思ったが、そもそも客を物色する店員はちょっと不味いよねと思った。
更科さんは、
「そうですよね。
店員さん、素敵だから店内で声をかければなびく男性もいるのでしょうが、彼氏を取りにくる店員のいる店になんて、女性客は寄り付かなくなるでしょうし、それでなびくような浮気者なら、こちらから願い下げですから難しいですよね。
やはり、普通にしていたらお見合いしかないですよ。」
と話した。すると店員さんは更科さんと私を見て、
「おや、お見合いで知り合ったようには見えませんが。
彼氏さんが思い切って、声をかけたのでしょう?」
と私の方を見ながら言った。すると更科さんが、
「いえ、私の方から声をかけましたよ。」
と答えた。すると、店員さんは意外そうな顔をして、
「女性から言ったのですか!
彼氏さんは、はしたないとか思わなかったのですか?」
と、おそらく店員さんに悪気はなく、うっかり本音を喋ってしまったのだろう。
ちょうどこの時、奥の扉から少し粉のついた鉄紺の着物に前掛けをした親父さんが出てきた。そして、
「こらっ!
いつまで油を売っているんだ!
これ、お客さんに出しな!」
と言って、扉の近くの机に、お茶と大福を乗せたお盆を置いてまた奥に引き返していった。店員さんは奥に向かって、
「いっけない!
気をつける!」
と言って、小走りにお盆を取りに行った。お盆を持ち上げてからは、お茶が溢れないようにゆっくりと、でも綺麗な歩き方でこちらに戻ってくると、私たちに配膳した。私は店員さんに、
「別に『はしたない』だなんて思いませんでしたよ?」
と返すと、更科さんは、
「和人、疑問形?」
と聞いてきたので、私は、
「そもそも、最初に声をかけられたとき、付き合うとかそういう話ではありませんでしたし。
田中先輩が、おそらく冗談で言ったのがきっかけで付き合うことになったわけですから。」
と、その時のことを思い出しながら誤魔化した。更科さんはお茶をすすってから、
「そうだったっけ?」
と言って大福を食べた。すると店員さんは、
「おや、なるほど。
一旦別の事に誘っておいて、よさそうだったら付き合う作戦だったという事ですか。
これなら、いい人か見分けられて良さそうね。」
と言って納得していた。奥から、
「いつまでも喋っていないで、早く戻っといで!」
と声が聞こえてきて、ようやく店員さんは店の奥の定位置に戻っていった。
私が大福を食べながら更科さんの顔を見ると、ちょっと慌てて、
「違うわよ?
別に物色していたわけじゃないのよ?」
と言い繕っていた。私は口の中を空にしてから、
「そんなこと、思っていませんよ。」
と言った後、ちょっと悪戯をしたくなって、
「作戦だったのですか?」
と聞いた。すると、
「そんなこと無いって言っているじゃない。
・・・和人の意地悪。」
と拗ねたように言ってきた。更科さんには悪いが、何だかかわいい。私は、
「まぁ、作戦だったとしても、そうじゃなかったとしても、どのみち付き合っていたと思いますよ?」
と言うと、更科さんは少し不機嫌に照れながらも、
「・・・だから、違うって言っているじゃない。
意地悪な和人には、こうよっ!」
と言って、私の食べかけの大福を取り上げて食べてしまった。私は意図が分からず、
「気がつかずにすみません。
もっと食べたいなら、もう一つ頼みますか?」
と聞くと、更科さんに、
「えっと、そういうわけでは・・・。
その、じゃれただけだからね?
替わりに、これ食べて?」
とちょっと不満そうにしながら、更科さんの食べかけの大福を私の口に入れてきた。唇に更科さんの指が少しあたり、私は驚きながら、自分の顔が熱をおびて赤らんでいくのを感じた。ふと更科さんの方をチラ見すると、更科さんも耳まで赤くなっていた。
口の中の大福の味がよく分からなくなるほど、唇に当たった指の感触を繰り返し思いだしていたが、更科さんが、
「和人、そろそろ行く?」
と聞いてきたので我に返った。私は、
「はい。」
と答え、店員さんに向かって、
「お姉さん、お勘定をお願いします。」
と声をかけた。すると店員さんは、
「大福18個で1個銭10文とお茶が1杯5文で2杯だから・・・、銭190文になります。
それにしても、お客さん、羨ましいですね。
私も、あんなことの出来る相手が欲しいですよ。」
と言われてしまった。私は銭190文を支払って、おみやげの大福を受け取り、
「ご馳走さまでした。」
と言って、店を後にした。
店の外に出てから更科さんは、
「和人、また来ようね。」
と言ったので、私も、
「はい、そうしましょう。」
と答えながら門に向かって歩いた。
門につくと、門番のおっさんから、
「お前ら、これから外に行くのか。
今日戻ってくるのか?」
と聞いてきた。普段、こんなことは聞かれたことが無いが、これから日が沈むので気になったのだろう。
私は、
「彼女を大杉の町まで送ってから、今日の内に戻ろうと思っています。
多分、亥の刻のちょっと前になると思いますが、よろしくお願いします。」
と言った。すると門番は、
「あぁ、そうか。
彼女を送るんじゃしょうがねぇな。
分かった。
気をつけていけよ?」
と言って、送りだしてくれた。
こうして、二人で葛町の門を出て大杉町に向かったのだった。
店員さん:お二人は仲がよいのですね。
更科さん:ええ。私たち、結婚しますから。
和人くん:(薫は事ある毎に『結婚』を強調するな・・・。)
更科さんが次々とフラグをへし折っているので、和人くんは簡単には他の女性との間にフラグを立てられません。
あと、途中出てきた黄八条と鉄紺は布地の色柄になります。
黄八条は黄八丈の事ですが、この世界に八丈島の地名が入っているのはおかしいので、漢字だけ変えています。
黄八丈は黄色をベースに樺(かば・赤茶っぽい色)と黒の線が格子状に入った生地で、鉄紺は濃紺に緑を足したような色の生地です。




