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本を借りに

 反物屋で布が決まったので、採寸(さいすん)を始める。

 竹尺(たけじゃく)を当て、体の長さを測っていく。


 番頭と思われる人が、


「踊りのは、体が小さいね。

 こちらの大きさで作ると、腕があまり出なくなるけど良いかい?」


と聞いてきた。体が小さいというのは、余計なお世話だ。

 私は、


「竜人の皆様は、体が大きいですからね。」


と苦笑いすると、更科さんから、


「和人、まだ大きくなるわよ。

 そういう歳だもの。」


(なぐさ)められた。

 番頭さんと思われる人が一つ(うなづ)き、


「そうでしたか。

 ならば、幅を少し詰めた方が良いかとも思いましたが、普通の大きさで作っておきましょう。

 そのうち、丁度良くなるでしょうから。」


と言った。


 袢纏(はんてん)(そで)は、布の幅がその長さになるのが一般的と聞く。

 だが、この店の布は竜人向けなので、人間の物に比べて縦も横も一回り大きい。

 普通に作れば、人間が着る袢纏よりも一回り大きいものが出来るに違いない。


 私は、袖が長かったとしても、冬は困る事はない筈だと思い、


「その辺りは、専門家におまかせします。」


と笑顔で返すと、番頭さんは、


「はい。

 分かりました。」


と返事をした。



 採寸も終わり、お礼を伝えて反物屋から外に出る。

 少しだけ、陽の光が射しており、地面の雪が(かがや)いている。

 私は、


「晴れ間が見えましたね。」


と言うと、更科さんも、


「そうね。」


と楽しそうに私と腕を組んだ。そして、


「どこか、寄ってく?」


と確認をする。私は、


「私は特に。

 それよりも、佳織に行きたい所があるのなら、そちらに行きませんか?」


と返すと、更科さんは、


「なら、貸本屋さんでも探そうかしら。」


と提案してきた。私は、


「貸本ですか。

 何か、読みたい本でもあるのですか?」


と聞くと、更科さんは、


「ええ。

 雫様が、久しぶりに赤本を読んだら、面白かったと聞きましたので。」


と答えた。私は、


「赤本と言いますと?」


と尋ねると、更科さんは、


「表紙が赤い本でね。

 昔話や御伽草子(おとぎぞうし)とか、いろいろあるそうよ。」


と答えた。私は、


「昔話や御伽草子ですか。

 確か、(ほとん)平仮名(ひらがな)で書いてある本でしたっけ?」


と確認すると、更科さんは、


「うん。」


と頷いた。私は、それでも恐らくは自力では読めないだろうと思ったので、


「読み終わったら、内容を教えて下さいね。」


とお願いした。



 貸本屋と言えば、行商だ。

 私は歩きながら、


「貸本と言えば行商ですが、行商の人を探すのは、大変ですよね。」


と言うと、更科さんは、


「そう?

 背の高い本の入った箱を背負(しょ)ってるから、結構見つかるわよ?」


と否定した。私はなるほどと思い、


「あぁ、確かにそうですね。

 遠くからでも見つけられそうです。」


と同意すると、更科さんは、


「うん。

 でも、今日は貸本のお店を探すつもりなの。

 雫様から、大通りから一本入った所にあるって聞いたから。」


と説明した。私は平村(たいらむら)勿論(もちろん)葛町(かずらまち)にもそういったお店はなかったので、


「貸本のお店があるのですか?」


と少し驚きながら確認すると、更科さんは、


「うん。

 大杉にもあったけど、知らない?」


と聞き返してきた。私は、


「はい。

 向こうには、あまり行きませんでしたので。」


と返事をすると、更科さんは、


「そうだっわね。

 でも、貸本屋さんには、いろいろな本が(そろ)ってて面白いのよ?

 挿絵(さしえ)だけでも、楽しいし。」


と勧めてきた。私が、


「そうなのですね。

 でも、仮に本を借りたとしても、私はあまり字が読めませんから、挿絵ばかり見ることになりそうです。」


と苦笑いすると、更科さんは、


「御伽草子なら殆ど平仮名だから、きっと大丈夫よ。」


と微妙な顔をした後、


「でも、もし駄目なら、私が代わりに読んであげるわね。」


と笑顔になった。私は、


「その時は、(よろ)しくお願いします。」


と返したのだった。



 雫様から紹介されたという貸本屋に到着する。

 更科さんが、


「結構、沢山置いてるわね。」


と言いながら、手頃そうな1冊の本を手に取ると、お店の人が、


「初見さんだね。」


と話しかけてきた。更科さんが、


「はい。」


と答えると、お店の人は、


「何か、読みたい物はあるかい?」


と聞いてきた。更科さんが、


「赤本を少し。」


と答えると、お店の人は、


「赤本かい?」


怪訝(けげん)な顔で見てきた。更科さんが、


「改めて読むと、子供の頃と違った物が見えてくると聞きましたので。」


と説明すると、


「あぁ、なるほど。」


と納得した様子。お店の人は、


「例えば『大雪山の鬼退治(おにたいじ)』なんて典型だね。

 子供の頃は、なんちゃら四天王が怖い鬼を退治して(すご)いって思ったもんだ。

 だが、今、大人になって読み返したら、あれは鬼になったからあんな風に性格が変わったんだろう。

 手紙を燃やしたくらいで、流石にやり過ぎってもんだ。」


と納得する。更科さんが、


「それは、どんなお話ですか?」


と聞くと、お店の人は、


「お客さん、興味津々だね。」


と笑顔で返し、


「そうだね・・・。」


と数瞬考えた後、


「ある美少年が女子(おなご)から持てて恋文を沢山貰ったんだけどね。

 読むのが面倒で、燃やしてしまったんだ。

 そうすると、その煙が怨念(おんねん)となってね。

 その美少年を鬼に変えてしまったのだそうな。」


と語り始めた。そして、


「その鬼は、山を転々としてね。

 王都の近くの山に陣取って仲間を増やし、貴族の女子を(さら)っては血肉を(むさぼ)ったのだそうな。

 それで色々な策を講じられて、最後には退治されてしまうんだが・・・。

 まぁ、詳しくは借りて、読んどくれ。」


とあらすじを話してくれた。更科さんは、


「そうね・・・。」


と少し悩んだようだが、


「なら、借りようかしら。」


と、『大雪山の鬼退治』を借りたのだった。



 本を借りた後、外に出る。

 先程まで日が出ていたのに、今度は、また雪が降り出す。

 私は、


「そろそろ、お屋敷に戻りますか。」


と提案すると、更科さんも、


「そうね。

 少し、甘い物も食べたかったけど・・・。」


と一応、同意したものの、まだ一緒に出歩きたい様子。

 だが、私としては早く火鉢で温まりたいと思ったので、


「分かりました。

 では、次は一緒に甘い物も食べましょうね。」


と先送りにした。更科さんは少し考えたが、


「うん。」


と言って、私の腕を組み、また歩き出したのだった。


 作中、貸本屋で赤本を借りるという話が出てきます。

 江戸時代の頃、本はお高めでしたので、安く借りられる貸本屋が繁盛していたのだそうです。

 現在は本を借りると言えば図書館ですので、公が民の仕事を奪った形となります。


 あと、赤本というのは受験生御用達のアレではありません。

 絵草紙というか草双紙(くさぞうし)の一種で、江戸時代中期に上方で出版された子供向けの本のことです。表紙が赤色だったので、赤本と呼ばれていたそうです。

 お話の通り、御伽草子(おとぎぞうし)等も出版されていました。


 それと、「大雪山の鬼退治」について、酒呑童子に似た話があったという事を想定しています。


 もう一つ、冒頭の竹尺(たけじゃく)は竹で出来たものさしです。

 和裁でよく使うそうで、今でも目盛りの片方は鯨尺で出来ている物が売られているようです。

 通常は曲尺(かねじゃく)と呼ばれる1尺が約30cm(=10/33(33分の10)m)の長さなのに対し、鯨尺(くじらじゃく)の1尺は曲尺の1.25倍の約38cm(=25/66(66分の25)m)となります。


・貸本屋

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%B2%B8%E6%9C%AC&oldid=93231575

・画本東都遊 3巻

 https://dl.ndl.go.jp/pid/2533327/1/32

 ※こちらには江戸の絵草紙屋さんのさし絵が載っています。

・草双紙

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8D%89%E5%8F%8C%E7%B4%99&oldid=93677649

・御伽草子

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BE%A1%E4%BC%BD%E8%8D%89%E5%AD%90&oldid=93736769

・酒呑童子

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%85%92%E5%91%91%E7%AB%A5%E5%AD%90&oldid=93204151

・定規

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AE%9A%E8%A6%8F&oldid=91438507

・尺

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B0%BA&oldid=91595977



 最後に、国立国会図書館デジタルコレクションで適当な絵はないかと探していたとき、偶然、2頭身キャラらしきものを発見。おっさん、江戸時代からあったのかとひと笑いしました。(^^;)


・再建御膳浅草法 4巻

 https://dl.ndl.go.jp/pid/10301231/1/16


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