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蜜柑の話

 軽い(しも)の話が混ざっているので、嫌いな人はごめんなさい。

 遅めの昼食が終わる。

 清川様は、すぐに部屋の片付けへと座敷を出ていく。

 手伝いをして欲しいという事で、古川様も一緒だ。

 残った佳央様、更科さんと私の3人で雑談が始まる。


 佳央様が、


「もうすぐ、蜜柑(みかん)が届くそうよ。」


と話を切り出すと、更科さんが、


「そうなの?

 でも、種の無い蜜柑もあるじゃない?

 あれは、和人には出さないでね。」


と返した。私は、


「種はない方が食べやすくないですか?」


と聞いたのだが、更科さんは、


「ええっと。

 ・・・ほらっ。

 種がないって、縁起悪いじゃない?」


と説明する。佳央様が、


「あぁ、子種と掛けてるのね。」


と苦笑い。私も気まずくて、


「そういう話は、別でやって下さい。」


と文句を付けた。



 今日は、午後からは特に予定もない。

 だが、外は雪が降ったりやんだりしており、部屋の中もそれなりに寒い。

 私が長火鉢で指先を温めていると、更科さんから、


「和人。

 ちょっと、外に行かない?」


と誘われた。私は少し不機嫌に、


「外ですか?」


と聞き返すと、更科さんは、


「ほら。

 折角(せっかく)褒美(ほうび)が出たじゃない?

 あれで、正月の着物と綿(わた)入りも欲しいの。」


と答えた。これから寒い冬が続くので、綿入りの袢纏(はんてん)是非(ぜひ)とも手に入れたい。

 私は、


「分かりました。

 それで、他には何か買う物はありましたか?」


と確認すると、更科さんは、


「そうね・・・。

 例えば、正月に渡す扇子も欲しいけど、それはまた、年末が近づいてきてにするわ。」


と答えた。佳央様が、


()けはどうするの?」


と指摘する。私は、


「そうだ。

 町では、年末には鬼が出るのでした。」


と軽く笑い、佳央様も、


「そうらしいわね。」


と同意した。だが、更科さんは、


「でも、取り立てられないと、お店が(つぶ)れるのよ?

 仕方ないじゃない。」


(けわ)しい顔。実家は反物屋なので、切実なのだろう。

 私は、


「すみません。

 鬼は言い過ぎました。」


と謝ると、更科さんも、


「うん。」


(うなづ)いたのだが、何となく思う所がある模様。

 私は、更科さんに気分を切り替えてもらうためにも、


「では、出掛ける準備をしましょうか。」


と話を終わらせて座布団から立ち上がると、更科さんも、


「そうね。」


と立ち上がった。



 着替えが終わり、町に出掛ける。

 歩いていると、更科さんが、


「やっぱり、寒いわね。」


と眉根を寄せ、腕を組んできた。

 足元は、踏み固められた雪。

 私は(すべ)るので()めて欲しいという気持ちと、もっとくっつきたいという気持ちに揺れながら、


「こうしていると、少しは温かいですね。」


と返事をした。更科さんも(うれ)しそうに、


「うん。」


と同意した。

 


 反物(たんもの)屋に着くと、私は、


「ごめんください。」


と声を掛けた。店の主人と思われる人が、


「いらっしゃいませ。」


と挨拶した後、


「あぁ、佳央ちゃんのところの。」


と笑顔になった。

 私は、


「これから、綿入りの袢纏を作ってもらいたいのですが、申し訳ありません。

 今、どのくらい、付けが残っていますでしょうか?」


と確認すると、更科さんは()ずかしそうに顔を赤らめながら、私の(そで)を引き、耳元で、


「和人。

 そういうのは、聞いちゃ駄目よ?」


と怒られてしまった。私も小声で、


「ですが、手元の金子(きんす)にも限りがあります。

 ()りるかどうか、気になるはありませんか。」


と反論すると、更科さんは、


「大丈夫よ。

 私がちゃんと、計算してるから。」


反駁(はんばく)した。私は金額が解らずに不安もあったが、


「それならば、安心ですね。」


と笑いながら返事をした。

 この遣り取りが、番頭さんと思われる人には聞こえていたらしく、苦笑いしていた。



 更科さんと二人、どの反物にするかを相談する。

 私は、紺に白抜きで井形の(がら)の反物を見て、


「あれなんか、良さそうですよ。」


と言うと、更科さんは、


「うん。

 和人なら似合うと思うわ。

 でも、ちょっと高い(はず)よ。」


と笑いながら返した。

 私は、


「そうですか。」


と少し溜息(ためいき)をつく。番頭さんと思われる人が、


「少しくらいなら、負けますよ?」


と提案する。私は、「やった」と喜んだのだが、更科さんは、


「いえ。

 他にも、見たい品がありますから。」


と無難な返事をする。番頭さんと思われる人は、


「そうですか。

 でしたら、こちらの柄もお勧めです。

 如何(いかが)ですか?」


と言うと、更科さんは、


「いえ、こちらの無地の方が素敵かしら。」


と安い方を選ぼうとしている模様。

 私は、


「佳織が無地が好みなら、私もそれが良いです。」


と話に乗る。すると番頭さんと思われる人は、


「ならば、こちらは如何でしょうか。」


と光沢の良い生地を勧める。私が、


「あまり、光っているのもどうかと思うのですが・・・。」


と言うと、更科さんが、


「和人の好みに合わないのを買っても、仕方ないわね。」


とニッコリ笑う。番頭さんと思われる人は、


「そうですか・・・。」


と引き下がる。こちらには目利きがいるので、程よい生地を選んでくれるに違いない。

 私は、


「どうしましょうか。

 やはり、紺が良いと思うのですが。」


と言うと、更科さんは、


「そうね・・・。」


と少し考え、


「じゃぁ、これはおいくら?」


と少し淡黄がかった紺の無地の指差した。

 番頭さんが、


「2両です。」


と言うと、更科さんは、


「仕立てもあるし、どうする?」


と私に相談してきた。私は、


「迷いますね・・・。

 以前の、白装束のお代もあるのですよね・・・。」


と悩むと、番頭さんと思われる人は、ちらりと店主と思われる人の顔を見て、(うなづ)くのを確認してから、


「1両と40(もんめ)で。

 これ以上は、勘弁して下さい。」


と答えた。私が、


「佳織のと、2着分でですか?」


と聞くと、番頭さんと思われる人が慌てて、


「いえ、まさか。

 1着分ですよ。」


と返す。更科さんまで、


「和人。

 それは、いくらなんでも無理よ。

 仕入れと同じになっちゃうわ。」


と番頭さんと思われる人の肩を持つ。

 私も仕入れよりも安い()で売れば、店が立ち行かなくなる事は理解が出来るので、


「それは、確かに駄目ですね。」


と相槌を打つと、番頭さんも、


「ええ。

 そうですよ。

 お客さん、勘弁して下さい。」


と苦笑い。更科さんは明るい茶色の反物を指差し、


「あれと併せて、3両でどう?」


と確認した。番頭さんは少し考え、


「・・・はい。

 少々、お待ち下さい。」


とこの場を離れ、その反物を手に取り、


「柿渋染めですね。」


と戻って来た。

 更科さんは、


「どうかしら・・・。」


と改めて確認すると、店主と思われる人が、


「いや、参りましたな。」


と笑顔でやって来た。そして、


「普通はこの値段ではやらないのだけど、佳央ちゃんのお知り合いだったね。

 大負けに負けて、それで手を打ちましょう。」


と言ってくれた。私は、


「有難うございます。」


とお礼を言うと、更科さんは、


「ついでに、裏地になる木綿も付けてもらえると助かるのですが・・・。」


と追加のお願いをした。すると、店主と思われる人は、


「綿入りの袢纏を作るんだったね。

 では、また次も買って(もら)うという事でいいかい?」


と念を入れてきた。更科さんは、


「ええ。

 ここまで、やっていただけるのでしたら。」


と了承する。店主と思われる人は、


「なら、これは(わし)からという事で。」


と笑顔で裏地となる木綿を付けてくれた。

 更科さんは、


「有難うございます。

 本当に、助かりました。」


と笑顔でお礼を言った。流石は更科さん。

 実家が商家なだけあって、買い物上手だなと思った。


 本日は、小粒なのを1つ。


 作中、種がない蜜柑は縁起が悪いという話が出てきます。

 こちらは、江戸時代の頃、種のある小蜜柑(紀州蜜柑(きしゅうみかん))は食べられていましたが、温州蜜柑(うんしゅうみかん)は種がなくて不吉という事で広まらなかったという話を踏まえた話となります。

 あの有名な紀伊國屋文左衛門が、江戸で小蜜柑が高騰したのを見て紀州から江戸まで船で運ばせ、大儲けしたという話が残っているのだとか。


 後、佳央様が軽く「付けの分」と言っていますが、こちらは白装束の代金を月極にした事を指して言っています。(「別れの挨拶」参照)


 もう一つ、山上くんが「年末には、鬼が来る」と言っています。

 江戸時代の頃、極月(ごくげつ)払い(年末払い)や節季払い(年2回払い)での取引が一般的でしたので、取り立てられなければお(たな)が回りません。掛乞(かけごい)(取り立て)には鬼気迫るものがあったようで、「大晦日首でも取ってくる気なり」という川柳まで()まれたそうです。

 (のち)に、情け容赦なく取り立てをする人を債鬼(さいき)とも言うようになったようなので、このような表現にしてみました。

 ただ、山上くんは村から出てきたばかりで、実際に取り立てにあったり、取り立てている様子を見たりはしておりませんので、伝聞での表現となっております。


・ウンシュウミカン

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3&oldid=93646456

・キシュウミカン

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3&oldid=93660480

・お金の「絶望名言」 前編

 https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/shinyabin/AJh11sMn9G.html

・鬼

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%AC%BC&oldid=93296621

・柿渋

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9F%BF%E6%B8%8B&oldid=88812159

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