手順が違っていた
谷竜稲荷の社の中、稲荷神の分け御霊から合格を貰った私達は、瞑想を止めて目を開けた。
ムーちゃんが、
「キュィ、キュ、キュィ。」
と鳴く。私は古川様に、
「ムーちゃんは何と?」
と聞くと、古川様は、
「山上が・・・、目を開けるのが・・・少し遅かったから・・・ね。
稲荷神と・・・、何か話していたのか・・・だって。」
と通訳してくれた。私は、
「いえ。
最後に、祝詞を上げる必要があるかと聞いたのですが、不要だと言われまして。」
と説明すると、古川様は首を傾げ、
「えっと・・・。
不要・・・なの?」
と首を捻った。私は、何か勘違いしたのかもと思い、
「もう一度、聞いてきますね。」
と言って、瞑想を再開しようとした。だが、古川様から、
「それは・・・、お薦めしないわ・・・よ?」
と止められた。私が、
「それは、どうしてでしょうか?」
と尋ねると、古川様は、
「もう一度・・・、呼ばれて・・・いないから・・・ね。」
と答えた。私は、
「昨晩、呼ばれたではありませんか。」
と反論したのだが、古川様は、
「こういうのは・・・、一度会ったら・・・終わりなの・・・よ。」
と説明した。私は、
「終わりなのですか?」
と聞くと、古川様は、
「そう・・・よ。
山上も・・・、会った相手が・・・帰ってから・・・ね。
他の仕事を・・・始めたのに・・・、また・・・戻ってきたら・・・よ。
仕事が・・・、進められないと思う・・・でしょ?」
と答えた。私は不親切だなと思い、
「少しくらいなら、会っても良いと思うのですが・・・。」
と反発したのだが、古川様は、
「その仕事が・・・、他の人と会う・・・約束だったら・・・どう?」
ともう一度質問をする。私は、
「それは確かに、迷惑ですね。」
と納得した。そして、
「では、どのようにすれば良いのでしょうか?」
と確認すると、古川様は、
「本当は・・・ね。
ここに・・・入ってから・・・、先に祝詞を上げる・・・筈だったの・・・よ。
でも・・・、巫女様からの・・・伝言を伝えて・・・すぐに・・・ね。
瞑想に入った・・・でしょ?」
と、瞑想に入る前の事を振り返った。私は、
「えっと。
本当は、そういう段取りだったのですか?」
と聞き返すと、古川様は、
「そう・・・よ。」
と肯定し、
「だから・・・、色々と・・・手順が違ってて・・・ね。
私も・・・、困っているの・・・よ。」
と眉間に皺を寄せる。ムーちゃんが、
「キュ・・・、キュッ、キュィ?」
と鳴くと、古川様は、
「そう・・・ね。」
と言って、目を瞑った。そして、暫くして目を開けると、
「そのまま・・・、下がって良い・・・そう・・・よ。」
と伝えてきた。私は、
「そうなので?」
と確認すると、古川様は、
「巫女様に・・・、確認したから・・・大丈夫・・・よ。」
と太鼓判を押したので、私は、
「分かりました。」
と返事をした。
古川様を先頭に、ムーちゃん、私の順で社を出る。
冷たい風が吹き、ブルリと体が震える。
古川様は、例の神職の人に呼ばれ、端の方に移動を始めた。
私は古川様に、
「これから、どのようにすれば?」
と質問すると、古川様は、
「一先ず・・・、さっきの席に・・・戻っていて・・・ね。」
と返事をした。ムーちゃんが、私の体をよじ登り、肩の上に移動する。
私は、古川様に言われたとおり元の場所に戻ると、そこからムーちゃんが自分の場所に戻った。
小さな声で清川様が、
「無事、済んだか?」
と確認してきた。私も小声で、
「はい。
一応。」
と返すと、清川様は、
「一応とは?」
と聞き返してきた。私は、今すぐに説明するのも宜しくないだろうと思い、
「戻りましたら、説明を致します。」
と返事を先送りにすると、清川様も、
「分った。」
と了承した。
神職の人と古川様との話が終わる。
古川様は、神職の人に軽く会釈をすると、社の前に移動した。
そして、祝詞を上げ始める。
この様子を見ていた私は、少しドキドキし始めていた。
──先程上げなくても良い事になった2枚目の祝詞を、これから上げる事になるのではないか?
だが、そのような心配とは裏腹に、最後まで私が呼ばれる事もなく儀式は終了となった。
大きく一つ、深呼吸をする。
後はお屋敷に帰るだけなのだが、その前に少しだけ休憩となる。
清川様が空を見上げ、
「そろそろ、降り出しそうじゃの。」
と言った。私は、
「雨だったら、嫌ですね。」
と返すと、清川様は、
「どうかの。
これだけ寒ければ、雪。
・・・いや、霰か雹やも知れぬぞ。」
と言い出した。私は、昔、大粒の雹が畑の作物を駄目にしたのを思い出しながら、
「そんな、縁起でもない。」
と返したものの、私も、いつ降り出しても可笑しくないと思ったので、
「神職の方は天気の祈祷もすると聞いた事がありますが、清川様も出来ませんか?」
とお願いしてみた。だが、清川様は、
「そのよう事、出来るわけがなかろうが。」
と呆れた様子。私は、
「えっと・・・、申し訳ありません。
悪い事を聞きました。」
と謝ると、清川様は、
「いやいや。
私の徳が足らぬとか、そういう話ではない。
出来ぬのじゃ。」
と断言した。そして、
「稀に、出来ぬのに出来るとか申す山師の類の話は聞く。
山上も、そのような痴れ者の話でも聞いたのではないか?」
と指摘する。私は、
「山師ですか?」
と反復すると、清川様は、
「そうじゃ。
『特別に神様にお願いする』とか言うて、雨乞いを引き受ける輩がおっての。
実際に、降ると喜ばれておるのだそうじゃ。」
と苦笑い。私は、
「実際に降るなら、本物ではありませんか。」
と何が問題なのか解らず返したのだが、清川様は、
「いや。
考えても見よ。
雨が降るまで、粘れば良いだけじゃろうが。」
と説明した。私は少し考え、頭の中が纏まらないままに、
「粘ると言いますと・・・。
始めて何日も雨が降らなければ、どのようにするのですか?」
と聞いてみた。すると、清川様から、
「その場合は、『神様との交渉が難航している』など反論すれば良い。
他にも、依頼者の信心が足らぬだとか、お供え物やら寄進やらが少ないからだと難癖を付けてな。
降った後にもお礼を要求し、もうひと稼ぎする。
ほんに、たちが悪いと聞く。」
と少し、怒っている模様。
──金の亡者は、巫女様たちも同じだろう。
私はそんなことを考えながら、
「そのような、からくりでしたか。」
と納得して返した。
ここで古川様がやって来て、
「そろそろ・・・、お屋敷に向けて・・・出発・・・よ。」
と声をかけた。
私は、
「分かりました。」
と返事をすると、清川様も、
「では、並ぶかの。」
と言って、二人で古川様の後ろに移動したのだった。
今回は、小粒なのを。
作中、雨乞いの話が出てきます。こちらは、飛鳥時代に書かれたという日本書紀にも登場するそうで、日本でも大昔から行われていたようです。
江戸時代の頃もやはり行われていたそうで、例えば熊本県宇土市では、雨乞い大太鼓を叩いて雨乞いをしていたのだそうです。(現在は、地域起こしのために「宇土大太鼓フェスティバル」で使われているのだそうです)
ちなみに雨乞いとは関係ありませんが、日本書紀は全30巻が現存しています。じつはこれに系図も1巻付随していたそうですが、この系図は失くなっているのだそうです。
おっさん、こういう話を聞くと、つい、不都合な何かが書いてあって誰かが故意に廃棄したのではないかと邪推してしまいます。(^^;)
・《雨乞い》
https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no11/09.html
・雨乞い
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%9B%A8%E4%B9%9E%E3%81%84&oldid=90547242
・宇土市
https://www.city.uto.lg.jp/
※「雨乞い大太鼓」で検索すると「雨乞い大太鼓」のページが見つかる
・日本書紀
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80&oldid=93516085




