稲荷神と
谷竜稲荷の社の中、私は窮屈さを感じながら瞑想を始めた。
後ろでは、古川様とムーちゃんも瞑想を始めている筈だ。
私は、早く白狐がいる空間に行かなければと考えていた。
だが、暫く待っても、目の前に白狐が現れてくれない。
段々と、何かにと急かされている気分になる。
私は、
「申し訳ありません。
今すぐに。」
と声を掛けると、古川様から、
「山上・・・、ゆっくりで良いから・・・ね。」
と言ってくれた。ムーちゃんからも、
「キュ?」
と一鳴き。心配してくれたのだと思ったら、古川様が、
「急かしちゃ駄目・・・よ。」
と注意されていた。どうやら、ムーちゃんは、私に急ぐようにと煽ってきたらしい。
私は、
「すみません。」
と謝ると、ムーちゃんが、
「キュィ!」
と鳴いた。ムーちゃんが何を話したか、古川様は何も言わなかったが、何となく貶されているんだろうなと思うと、私は苦笑いしてしまった。
気を取り直し、もう一度背筋を伸ばして瞑想を始める。
先程の遣り取りで肩の力が抜けたのか、今度はあっさりと、目の前に白狐が現れた。
いきなり白狐から、
<<漸く、来たようじゃのぅ。>>
と文句を付けられた。
私は返す言葉もないので、
「申し訳ありません。」
と謝ると、白狐は、
<<うむ。>>
と頷き、
<<むささびとは、初対面じゃったの。>>
とどこからともなく扇を手に出し、くるりと翻して私の後ろを指した。
振り返ると、そこにはムーちゃんがいた。
ムーちゃんは、
<<そう。
始めましてたい。>>
と返事をした。そして、
<<和人の旦那も、直接話すんは初とね。>>
と私の方を見る。私はムーちゃんが話し始めてぎょっとしながらも、今までも古川様や佳央様とは話していたと思い出し、
「そうですね。
ムーちゃん。」
と冷静を装いながら返した。
ムーちゃんは、
<<それで、占子はまだとね?>>
と質問する。私が、
「占子と言いますと?」
と確認すると、ムーちゃんは、
<<古川の名前とよ。
知らんかったとね?>>
と聞いてきた。私は、
「初めて聞きました。」
と答えると、ムーちゃんから、
<<女性の名前くらい、ちゃんと憶えとかんね。>>
と言われてしまった。
暫くして、古川様が現れる。
白狐が、
<<ムーは直ぐ来たと言うに、遅かったのぅ。>>
と小馬鹿にしたように話した。
私が、
「すみません。
私も、ここに来るのが遅れましたので・・・。」
と謝ると、古川様は、
「別に、良いわよ。
なかなか、波長を合せられなかったのが原因だしね。」
と答えた。私は古川様の話し方に違和感を覚えたので、
「ひょっとして、竜の巫女様ですか?」
と確認したのだが、古川様は、
「違うわよ。
何で、そう思ったの?」
と首を傾げながら確認してきた。私は、
「いえ、いつもと話し方が違いましたので・・・。」
と指摘したのだが、ムーちゃんが、
<<あぁ、占子の奴、念話の時はスラスラ話すとよ。>>
と説明した。私は、
「へー。
そうだったのですね。」
と少し驚いたのだが、本人は分っていないらしく、
「私は、いつも普通に話してるわよ?」
と不服そうに言ってきた。いつもの間がないと言うのに。
だが、私達の遣り取りを見ていた白狐は、
<<そのような些事はどうでも良い。>>
と呆れたように話すと、
<<それよりも、今日の本題じゃ。
これからお呼びするから、心するようにの。>>
と稲荷神の分け御霊を呼ぶ準備を始めた。
ふと、前の時、白狐には分け御霊が見えていなかった事を思い出す。
私は白狐に、
「大丈夫ですか?」
と確認すると、白狐は、
「何がじゃ?」
と不思議そうに返してきた。
私は、
「いえ。
呼んだ後、どうするのかと思いまして。」
と伝えると、白狐から、
「それは、呼んだ後に説明してやるからの。
今は、黙っておれ。」
と軽く叱られた。私は、質問が伝わらなかった事にもやっとしたが、
「分かりました。」
と返事をした。
白狐が、短い祝詞を上げる。
すると、例の白い影が出てきた。
私は、
「おいでなさいましたね。」
と周りに伝えると、ムーちゃんが慌てて頭を下げ、私にも、
<<山上の旦那!
見えてんなら、早う頭下げんね!>>
と言ってきた。私は、
「分かりました。」
と言って、頭を下げると、ムーちゃんから、
<<土下座のこったい!>>
と怒られた。神様が相手ならば、それもそうかと思い、土下座をする。
古川様も、
「えっと・・・。
こっちね。」
と言って、私と同じ方向に土下座する。
すると、白い影が掌よりも少し大きな寸法の、ふっくらした幼女の姿に変わった。
その幼女が、
「苦しゅうない。
面をあげよ。」
と告げる。私が普通に頭を上げると、白狐から、
「上げ過ぎじゃ。」
と怒られた。ムーちゃんが、
<<それにしても、小さかとね。>>
と失礼なことを言うと、幼女は、
「分け御霊は、国中に散らばっておるのじゃ。
この背丈でも、大きい方なのじゃぞ?」
と不機嫌そうな顔をしながら話した。古川様が、
「申し訳ありません。」
と謝ると、幼女は、
「問題ない。
聖獣とは言え、所詮はむささびよ。」
と余り気にした様子がない。ムーちゃんは不服そうに、
「所詮って、」
と何か言いかけたが、
「何でもなか。」
と言うのをやめる。
この話を深堀しても碌な事にならないだろうと思った私は、次の話に移ろうと、
「それで、これからどのような確認をなさるのですか?」
と質問をした。すると幼女は、
「もう、済んでおる。
妾が見えれば、合格じゃ。」
と予想外の答えがかえって来た。古川様が、
「では。」
と確認し、幼女が、
「うむ。
もう、下がっても良いぞ。」
と告げる。ムーちゃんが、
<<折角来たとに、他になかと?>>
と聞くと、幼女は、
「何もない。
こっちの用事は、既に済んでおるのじゃからな。」
と答えた。ムーちゃんは、
<<少しくらい、質問とかしてよかと?>>
と確認したが、幼女は、
「時が来ればな。」
と答える気はない様子。ムーちゃんは、
<<そうとね。
なら、次の機会に。>>
と諦め、
<<では。>>
と、この場から消えた。古川様も、
「なら、私もお暇するわね。」
と挨拶をして消えた。
白狐が、
<<では、山上もの。>>
と追い払おうとしたので、私は、
「念の為ですが、前の時のように祝詞は必要ですか?」
と確認すると、幼女は、
「良い心がけじゃが、不要じゃ。」
とにこやかに返事をした。私は、
「分かりました。
では、私もこれにて失礼します。」
と挨拶をし、瞑想を止めて目を開けたのだった。
本日、所用につき短めです。(^^;)
あと、江戸ネタも仕込めていないので、今回も他で1つだけ。
作中出てくる稲荷神ですが、前に説明をしていなかったようなので少しだけ。
この稲荷神ですが、宇迦之御魂神という女神様を指すそうです。最初は五穀豊穣の神とされていたようですが、後に商売繁盛の神様でもあるとされるようになったのだそうです。
女神様×分け御霊なので小分けになっているに違いない⇒小さな女の子だろうという発想から、本作では幼女の姿での登場となっております。(本体が直接出てくる予定はありませんが、こちらは淑女の想定)
・稲荷神
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・ウカノミタマ
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