袴(はかま)の色
本日短めです。
禊が終わり、清川様、古川様と私が座敷に行くと、既に佳央様と更科さんが待っていた。
清川様がお茶をすすった後、
「朝は時間がなかったが、漸く一息ついた。
これから、次の予定を話すぞ。」
と言った。佳央様が、
「それは分かったけど、どうして私まで呼ばれたの?」
と不思議そうな顔をする。
清川様は、
「それは、後で話す。」
と先送りにすると、佳央様は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、
「分かったわ。」
と承知した。
清川様が、軽く咳払いをし、
「では、始めるぞ。」
と宣言した。そして、
「先ずは、粥を食べてもらう。」
と言って、全員を見回す。早速佳央様が、
「何で私まで?」
と茶々を入れると、清川様は、
「稲荷の側からも神職が何人か来るのじゃが、それでも雑用が足りぬ。
儀式に直接参加をさせるわけではないが、手伝う以上はの。」
と説明した。更科さんが、
「では、私も?」
と確認すると清川様は、
「うむ。」
と肯定した。更科さんが、
「それで、具体的には、どのようなお手伝いをすればよいのでしょうか?」
と確認すると、清川様は、
「うむ。
朝餉の後、山上が社に着くまでに、そこの前を掃除して貰おうと考えておる。」
と説明した。佳央様が嫌そうな顔をする。
清川様は、
「一昨日、儀式をしたばかりじゃし、落ち葉の季節も終わっておる。
すぐに終わる筈じゃ。」
と付け加えると、更科さんは、
「分かりました。」
と、そして佳央様も、
「なら。」
と引き受けてくれる様子。清川様は、
「では、頼んだぞ。」
とお願いした。
そして、
「次に、山上じゃ。」
と私を呼ぶ。私は、
「はい。」
と返事をすると、清川様は、
「山上にはこれから・・・、」
と話を始めたのだが、
「いや、これからは古川が山上に教えるのじゃからな。」
と理由を説明し、
「古川よ。
これから山上にしてもらう事を、説明せよ。」
と指名した。古川様は、
「私・・・ですか?」
と確認し、清川様がそうだと頷く。
古川様は、
「分かり・・・ました。」
と返事をし、私に向き直ると、
「先ずは・・・。
山上くんには・・・、今日使う祝詞を・・・憶えてもらうわ・・・ね。
私が・・・、朝餉が始まる前に・・・、今日使う祝詞を・・・紙に書き出す・・・から。
それを見て、・・・覚えて・・・ね。」
と言った。私が、
「どのくらいの長さですか?」
と聞くと、古川様は、
「2、3尺くらい・・・よ。」
と答える。私は、
「それは、いくらなんでも憶えられません。」
と言うと、清川様が、
「前も短冊を読んだじゃろうが。
それと同じで良い。」
と横から口を出した。佳央様が、
「古川様に任せたんじゃなかったの?」
と突っ込みが入る。清川様は、
「そうじゃった。」
とばつの悪そうな顔で返した。古川様が、
「良い?」
と確認してきたので、私は一向に良くなかったが、
「分かりました。
努力します。」
と返した。
古川様が、
「次に・・・。
朝餉が終わったら・・・、着替え・・・ね。
山上くんは・・・、権正階で3級だから・・・、前に着てたので大丈夫・・・よ。」
と説明した。だが、清川様が、
「ん?
正階じゃろう。
紫の袴でなくて良いのか?」
と反論する。古川様が、
「でも、・・・初めての宮司だから・・・。」
と反駁したのだが、清川様は、
「確かに、普通はそうじゃ。
が、先日、巫女様が同格と言うておらなんだか?」
と訝しそうな目で見る。古川様が、
「内々はそうだけど、・・・外からは・・・」
と説明仕掛けたところで、
「あれ?」
と迷い始めた。持論に矛盾が見つかったのかもしれない。
佳央様が、
「聞いたほうが、確実じゃない?」
と指摘すると、清川様は、
「そうじゃの。」
と同意し、一旦目を瞑ったが、すぐに目を開け、
「そうじゃ、古川よ。
何事も経験じゃ。
問い合わせてみよ。」
と指示をした。
古川様は、
「分かり・・・ました。」
と言って目を瞑り、念話を始めた。
暫くして目を開けたので、私は、
「どうでしたか?」
と聞くと、古川様は、
「庄内様に・・・聞いたけど・・・、稲荷の巫女に聞くようにって・・・。
これから・・・、聞いてみるわ・・・ね。」
と返した。古川様が、再び目を瞑る。
また暫くして目を開けると、
「一先ず、・・・3級の衣装で良い・・・と。」
と言った。清川様が、
「ん?」
と首を傾げると、古川様は、
「着物を、・・・誂える時間もないから・・・と。」
と説明した。清川様が、
「まぁ、確かにの。」
と困り顔となる。私は、
「それなら、前に貰ったのを着ればよいのですね。」
と言ったのだが、古川様から、
「終わったら・・・、ちゃんと作らないと・・・ね。」
と釘を刺されてしまった。
私は、ただでさえ物入りなのに、服も仕立てないといけないのかと思うと、思わず溜息をついたのだった。
江戸ネタも仕込めていなかったので、作中の解説をひとつ。
作中、古川様は「前に着てたので大丈夫」と言っていますが、前に着ていた衣装というのは、「神社を出発」の時に着ていた紺色の袍、浅葱奴袴、冠、浅沓の事となります。
神職の着物は身分(特級から4級まである)によって変わるそうなのですが、この衣装は、3級や4級の人が着る正装となります。普通の神社の神主さんになれるのは、権正階で3級以上なのだそうなので、衣装を変える必要がなかったという想定となります。
・神職
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