ばたばたと
清川様の許可の下、障子を開けて部屋に踏み込むと、そこには布団の中で少しだらしのない笑いを浮かべている古川様が寝ていた。
私は、古川様の枕元まで行き、少し遠慮をしながら、
「古川様、起きて下さい。
古川様。」
と呼びかけた。
・・・古川様に、全く起きる気配がない。
私は、少し声を大きくして、
「古川様、起きて下さい。
急がないと、間に合いません。
起きてください。」
と呼んだのだが、やはり、起きる気配がない。
私は、少し失礼だとは思ったが、古川様の布団を胸元まで剥がし、大きめの声で、
「火急です!
起きてください!」
と呼びかけた。それでも反応がないので、私は古川様の肩を揺すりながら、
「古川様、起きてください!」
とお願いした。それで漸く、古川様が肩を揺らす。
これで起きたかと安心したが、その後、全く反応がない。
それどころか、先程よりも笑っているようにすら感じる。
私は、少しイラッとして、軽く【黒竜の威嚇】を使い、大きな声で、
「起きてください!」
と呼びかけた。
古川様の体がブルリと震え、私から距離を取るように飛びずさる。そして、片膝を立てて両手を突き出す構えをした。
私が、
「古川様、火急の要件です。」
と伝えると、古川様は、
「山上・・・?」
と首を傾げ、何を勘違いしたか、
「佳織ちゃんに・・・悪いわ・・・よ?」
と言ってきた。私は眉間に皺を寄せ、
「何が悪いかは知りませんが、一先ず、禊の準備をお願いしても良いですか?」
と依頼した。
すると、古川様は、
「禊・・・?」
と、また首を傾げる。
・・・説明が足りなかったようだ。
私は、
「はい。
先程、寝ている間に白狐から伝言がありまして。」
と前置きをし、
「稲荷神が、古川様とムーちゃん、後は私を呼んでいるのだそうです。
それで、夜明けまでに禊を済ませないといけなくなりまして。
すみませんが、私では手順が解りませんので、取り急ぎ準備をお願いしても良いですか?」
と説明した。古川様が、
「稲荷・・・神?
禊?」
と、まだ頭が回っていない様子。
私は、もっと説明したほうが良いかとも思ったが、
「先にお勝手まで行っていますので、白装束に着替えて、後は、棒とか七五三縄も持ってきて下さい。
前に禊をした時は、確か井戸の周りに棒を立て、七五三縄を張っていましたので。
前に使ったものがあるかもしれませんので、清川様に尋ねてみて下さい。
急いで、お願いします。」
と準備の説明をした。古川様は、まだ理解できていない様子だが、
「分った・・・わ。
一先ず、・・・隣の部屋に行く・・・ね?」
と返事をした。清川様に確認するのだろう。
私は、
「夜明けまで時間がありませんので、急いでお願いします。」
と声を掛け、この場を後にした。
新しい白装束がない事に気づき、一旦、清川様のいる部屋まで戻る。
清川様は念話をしているのか、目を瞑った状態だ。
だが、私は兎に角急いでいたので、
「すみません。
今回は、新しい白装束である必要がありますか?」
と確認した。すると、清川様は、
「あぁぁぁぁ、もう。
この忙しい時に、何じゃ。」
と言うと、さっと部屋の隅の長持まで移動し、蓋を開け、
「これを使うがよいじゃろう!
そこから先は、禊が終わってからじゃ!
早う行け!」
と捲し立てた。私は、
「分かりました。
ありがとうございます。」
とお礼を言ってから、
「後、井戸の周りで使う棒やら七五三縄も、古川様にお願いします。」
と伝えておいた。清川様は、
「分った、分った。
分ったから、早う行け!」
と追い出されてしまった。
自分の部屋に戻ると、更科さんが、
「おかえり。」
と挨拶をした後、怪訝な顔になり、
「何、持ってるの?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
これから、禊をするので、その時に使う白装束です。
今日は、社に出掛けてきますので。」
と伝えると、更科さんは、
「また、神社の用事なのね・・・。」
とつまらなさそうに返してきた。私は、
「すみません。」
と右手で軽く拝んで謝った後、
「その後は、竜帝城に行ってきます。」
と予定を話した。そして、
「これから着替えるので、手伝ってもらっても良いですか?」
とお願いすると、更科さんは、
「うん。」
と返事をし、白装束への着替えを手伝ってくれた。
着替えの最中、更科さんから、
「ひょっとして今朝は、またお粥?」
と確認してきた。私は、そこまで気が回っていなかったので、
「そうでした。
すっかり、忘れていました。
申し訳ありませんが、佳央様にお願いして貰っても良いですか?」
と確認すると、更科さんは、
「分かったわ。」
と快く引き受けてくれた。
着替えが終わり、更科さんにお礼を言った後、私はお勝手の方まで移動した。
お勝手を待ち合わせ場所にしたのは、朝餉の準備で火を使っているだろうから、きっと温かいに違いないと思っての事だった。だが、今朝はまだお勝手の人達は来ておらず、そうなると当然、竈にも火が入っていなかった。
土間にしゃがみ、体を揺すりながら両腕を手で擦り、黄色魔法も使って寒さに対抗する。
暫く待つと、清川様と白装束の古川様がやって来た。
清川様の手には、笹のような細い竹の棒と、七五三縄がある。
清川様は、
「では、すぐに井戸に向かうぞ。」
と話をする間もなく、お勝手を出た。
後を追って外に出ると、随分、空が白んでいた。
私は歩きながら、
「稲荷の巫女様は、何か仰っていましたか?」
と聞くと、清川様は、
「向こうも昨晩聞いたとかで、慌てて準備をしておるそうじゃ。
そのせいで、輿も手配できなんだと抜かしておった。」
と答えた。私は、
「そうすると・・・。
今回は社まで、歩いて行けば良いので?」
と確認すると、清川様は、
「そうせざるを得まい。」
と厳しい表情だ。古川様は、
「方角とかも・・・、見ないと・・・ね。」
と付け加える。
井戸に着き、古川様が棒を受取って、四方に立て始める。
その棒に七五三縄を結んで張ると、大麻を出して手に持ち、何やら小声で祝詞を上げ始めた。
祝詞を上げ終わると、古川様は釣瓶を井戸に落とし、水を汲み上げた。
釣瓶から、桶に水を移す。
古川様は、その水に向かって、何やらまた祝詞を上げ、大麻で桶の水を祓った。そして、その桶を両手で持つと、
「これ、・・・被って。」
と私に差し出した。私は、
「はい。」
と答え、両手で腕を擦ってから、その桶を受け取った。そして息を止め、えいやでその水を頭から被る。
一気に体の熱を奪われ、今すぐにでもしゃがんでしまいたい気分となる。だがここでしゃがめばやり直しとなってしまうので、ぐっと我慢する。
清川様から、
「山上も出来るよう、祝詞を覚えるのじゃぞ。」
と言ってきたが、寒くてそれどころではない。
私は、
「分かりました。
後日、紙にでも書いて教えて下さい。」
と先送りにしようとした所、清川様は、
「山上は、憶えるのは苦手じゃったな。」
と苦笑い。私は、今でなければ何でも良いと思い、
「申し訳ありません。」
と謝ってやり過ごした。
その後、同じ手順で3回水を被り、片付けをしていると、朝日が昇り始めた。
清川様がそれを見て、
「なんとか、間に合ったの。」
とホッとして言うと、古川様も、
「そう・・・ね。
できれば・・・、昨晩の内に・・・教えて貰えたら・・・良かったんだけど・・・ね?」
と私を見てきた。だが、私だって知ったのは寝ている時だ。
私は、
「無茶を言わないで下さい。
私も、夢の中で白狐から言われましたので、これ以上はちょっと・・・。
それに清川様も、稲荷の巫女様も今朝知って、大慌てだと言っていたではありませんか。
それこそ、稲荷神にもっと早く知らせるよう、お願いする他は・・・。」
とぼやくと、清川様から、
「山上よ。
余り神を悪く言でない。
罰が当たるぞ?」
と軽く叱られてしまった。私は、
「すみません。
仰るとおりです。」
と謝ったのだった。
本日もネタを仕込みそこねたので、正月近辺で使えそうな小ネタをひとつ。
ここのところ、山上くんが寝る度に夢の中に白狐が出てきますが、正月の夢と言えば「一富士、二鷹、三茄子」が縁起がよいとされています。
では、4以降はと言いますと、どうも決まって言われていたものはないようで、「四扇、五煙草、六座頭」とか「四葬式、五雪隠」としている文献があるのだとか。
なお、座頭は視覚障害者(正確には当道座の下っ端)を指します。また、雪隠は厠と同じくトイレの事です。
・初夢
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%9D%E5%A4%A2&oldid=92799654
・座頭
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BA%A7%E9%A0%AD&oldid=92540671
・当道座
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