まだ1週間ちょっとしか過ぎていないのに
庄内様との話が終わった後、夕餉まで少し時間があったため、佳央様、更科さんと私の3人で更科さんと私に割り当てられた部屋に戻って来ていた。
更科さんが、
「最近は忙しかったけど、これで少しは落ち着くかしらね。」
と話を切り出した。
私は、
「そうだと有り難いのですが・・・。」
と返すと、佳央様も、
「ええ。
私も、黒竜の魂を移してから、まだ1週間ちょっとしか過ぎていないのに、まるで季節が2つも3つも進んだように感じるわ。」
と遠い目をして話した。佳央様は1周間ちょっとと言っているが、正確には、佳央様に黒竜の魂を移したのは8日前だ。
更科さんが、
「そうね。
和人が捕まったり、私が拐かされかけたり。」
と懐かしそうに振り返ると、佳央様が、
「ええ。
後。白石様と竜帝城と、後は向こうの竜の里でもだっけ?
地下牢巡りも、してたんだったわよね。」
と話を振ってきた。私は、
「そんな、『巡り』って・・・。
好きで入っていた訳ではありませんよ!」
と文句を言った。佳央様が、
「そう言えば、向こうの竜の里では、どうして地下牢に入ったんだっけ?」
と聞いてきたので、私は、
「雪熊に襲われて、魔法を使ったら、橋は落ちるし、崖は崩れるしで散々だったのに、責任を問われまして・・・。」
と苦笑いで返す。更科さんは、
「でも、今ここにいるんだから、軽いお咎めで済んだって事よね?」
と確認したので、私は、
「はい。」
と返事をした。
更科さんが、
「なら良かった。」
と笑った。そして、
「ところで、地下牢、どんな感じだったの?」
と聞いてきた。私は向こうの竜の里の地下牢の事を聞いているのだろうと思い、
「はい。
食事はそれなりでしたし、思ったほど寒くもありませんでした。」
と答えると、佳央様が、
「どんな食事?」
と興味津々の様子。私は、
「確か・・・、松花堂弁当?
そんな感じの名前だったと思います。」
と教えると、佳央様は、
「何、それ。
全然、牢屋の食事じゃないじゃない。」
と期待外れの様子。私は、
「では、どのような食事だと思ったのですか?」
と聞いてみると、佳央様は、
「そうね・・・。
やっぱり、囚人に序列があって、一番の人から順に食べ物を取っていくのよ。
で、和人は新入りだから、お櫃にこびりついたのしか、食べられなかったとかかしらね。」
と本当にあったら命に関わりそうな事を言ってきた。私は、
「流石にそれは、悲惨すぎではありませんか?」
と苦笑いしたのだが、佳央様は、
「そう?
草紙物の中なら、いくらでもありそうじゃない。」
とあっけらかんとしている。私は、
「そうなのですか?」
と聞くと、佳央様は、
「まぁ、そんな話、読んだ事ないけど。」
といい加減な話だったようだ。私は、
「そうですか。」
と無表情で返した。
夕餉の時間となり、一同、座敷に移動する。
今日は、紅野様、庄内様、清川様、古川様、佳央様、更科さんと私の7人だ。
紅野様と庄内様が何やら話をしていると、障子の外から、
「もし。
夕餉をお持ちいたしました。」
と声がした。初めての声だが、下女の一人だろう。
紅野様が、
「入ってまいれ。」
と声を掛ける。下女の人が、
「承知しました。」
と返事をし、障子が開いた。最近、井戸で見かけた女中さんだ。
私は、そういえばあの時、どうして井戸の側で立っていたのだろうかと思ったが、膳を運んできたので、直ぐに忘れてしまった。
その膳の上には、焼いた魚の切り身と、柚子の香が漂う大根と人参の膾が乗っていた。この他、白菜のお漬物、沢庵、蓋がしてあるが、おそらくは茶碗蒸し、そして白いご飯がある。
更科さんが小さく、
「塩鯖かぁ・・・。」
と遠い目で呟く。そう言えば、更科さんは魚の干物はあまり好みでなかった筈だ。
私は更科さんに近づき、小声で、
「大丈夫ですか?」
と確認すると、更科さんも小声で、
「ええ。」
と少し嬉しそうに返事を返した。そして、
「前に、一緒に塩鯖定食、食べたでしょ?
それ、思い出しちゃって。」
と付け加える。私は、
「そう言えば、会った頃に一緒に食べましたね。」
と返すと、更科さんは、
「そうね。
あの時、本当はあまり得意じゃなかったんだけどね?
和人が頼んだから、私も同じものが食べたくて頼んだのよ。」
と回想した。私は、
「そうだったのですか。」
と、私も少し笑いながら頷いた。
庄内様から、
「いつも、仲が良いの。」
と嫌味を言われてしまったので、私は、
「飯時に、申し訳ありませんでした。」
と謝った。
少し酒も振る舞われた後、食事が終わり、雑談の時間が過ぎていく。
紅野様は、まだ仕事があるとかで、既にこの場から下がっている。
庄内様が、
「そろそろ、妾は帰るとするかの。」
と腰を上げると、清川様も、
「では、お見送りします。」
と立ち上がった。庄内様から、
「なんじゃ。
一緒に戻らぬのか?」
と聞くと、清川様は、
「申し訳ありません。
まだ、荷物が・・・。」
と答えた。庄内様は、
「今朝、纏めておけと伝えたじゃろうが。」
と文句を付けたが、清川様は、
「庄内様がいらっしゃいましたので、片付ける時間が取れませなんで・・・。」
と言い訳をする。庄内様は、
「む・・・。
そう言われれば、その通りか。」
と直ぐに納得した後、
「では、明日戻ってくるのじゃぞ。」
と改めて指示を出し、清川様も、
「はい。」
と返事をした。庄内様は、
「見苦しい所を見せたの。」
と苦笑いした。そして私に、
「山上よ。
古川をくれぐれも頼んだぞ。」
と声を掛ける。私は、
「もちろんです。」
と返すと、庄内様は、
「うむ。」
と言って、この場を後にした。
古川様と更科さんも立ち上がり、私も一緒に見送りに行く。
玄関で庄内様が、
「では、またの。」
と挨拶をし、皆も、
「さようなら。」
と挨拶を返す。
余程、心配なのだろう。
玄関を出る間際に、また振り返って、私に、
「くれぐれもの。」
と心配そうに言ったので、私は、
「はい。」
と返事をした。
見送りが終わり、このまま解散となる。
更科さんと自分の部屋に戻り、長火鉢の炭に火を点ける。
少し回転させたり、炭同士の重なり具合を調節して、なるべく早く炭全体が赤くなるように面倒を見る。
更科さんが、
「和人、明日はどうするの?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
明日、赤竜帝から竜帝城に呼ばれているので、出かけるつもりです。」
と返事をした。そして、
「ここに使者が来たという話でしたが、なにか聞いていませんか?」
と尋ねると、更科さんは、
「あぁ、あれね。」
と言って長持の所に移動し、中から書状を取り出した。そして、それを私の所に持ってきながら、
「今朝、あれから蒼竜様が来ててね。
庄内様が来てたから、渡しそびれてたけど、これを預けていったのよ。」
と説明し、手渡してくれた。私はこれを受け取って書状を広げたのだが、読めない字が含まれている。
私は、
「佳織、すみません。
読んでもらってもいいですか?」
と渡すと、更科さんは、
「うん。」
と言って、読んでくれた。
これには、明朝、使いの者を送るので竜帝城まで来てほしいと書いてあった。
細かな時間まで、書いてある。
私は、
「佳織、ありがとうございます。
いつも助かります。」
とお礼を言うと、更科さんも、
「うん。」
と嬉しそうに返す。
私は、
「ひょっとして、何か計画でも立てていましたか?」
と確認すると、更科さんは、
「私は、その後でもいいから。」
とニッコリ笑う。私は、
「分かりました。
では、明日、竜帝城から戻ったr、時間が取れるようにしますね。」
と返すと、更科さんは嬉しそうに、
「うん。」
と嬉しそうに返し、私にぴったりとくっついてきた。
この後、更科さんと私は、お互いの頭を撫でたり体を擦りつけたりして、佳央様がいたら出来ない事をしながら夜を過ごしたのだった。
作中、塩鯖が出てきますが、ご存知の通り、鯖を2枚におろして塩水で洗い、塩をして干したものです。
この塩鯖ですが、江戸時代のころの京都では、若狭湾からの物が鯖街道を通って供給されていました。
といっても、鯖街道というのは、若狭湾から魚介を運んでいたルート全般を指すらしく、魚介の中でも塩をした鯖が多かったので、このように呼ばれたのだそうです。
・鯖街道
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