山の主(ぬし)だったりしませんよね?
風で雲が流されていき、徐々に青空が広がり始める。
目の前には、堂々と立ち上がり、両の腕を上げて威嚇する雪熊。
半間程の穴の中から、別の雪熊も出てきて、殺気を振りまいている。
出てきた雪熊は全部で5頭。
一番大きいのは、胸に傷のある雪熊で、これは別格。だが、残りは最初に出てきた2頭よりも小柄なものばかりだった。
私は、十分に溜めた魔法を放ったにも拘らず、半分を掻き飛ばす事で無事だった雪熊を眺めながら、
「あれ、山の主だったりしませんよね?」
と確認した。すると、焔太様も同じように考えていたらしく、
<<可能性はあるな。>>
と渋い顔で返事をした。私は、
「倒したら不味いという事ですよね?」
と確認すると、焔太様は、
<<そうだな。>>
と同意した。佳央様が、
「なら、どうするの?」
と確認する。焔太様は、
<<あの雪熊以外を狙うか。
元々、今日は4、5頭って事になってるんだ。
もう2頭は倒したんだから、後2頭倒したら、ここから離れるぞ。>>
と作戦を指示した。焔太様は、数だけ合えば良いという立場のようだ。
私は、
「分かりました。」
と返したが、佳央様が、
「あれ、倒さないで逃げるの?」
と聞いてきた。焔太様が、
<<主かもしれない奴は、倒せないだろうが。>>
と眉根を寄せる。私も同意見だったので、
「また、地下牢は勘弁ですからね。」
と同意だったのだが、佳央様は、
「本当に主なの?
前に、もっと大きいのを倒したわよね。」
と言ってきた。私は、
「そうでしたっけ?」
と首を捻ったのだが、佳央様が返事をする前に焔太様が、
<<体は大きい方が有利だが、絶対じゃないからな。>>
と指摘した。
以前、小さな雷熊が巨大な狂熊王を倒した瞬間を目撃したのを思い出す。
私も、
「確かに、そうですね。」
と同意したのだが、佳央様から、
「気配の大きさの話よ。」
と言われてしまった。体格の話ではなかった模様。
私は、
「確かにいましたね。」
と納得した。焔太様は、
<<そんな奴がいたなら、そいつは確実に山の主だったんじゃないか?>>
と指摘したが、佳央様が、
「違うって、認定されたわよ?」
と反論する。焔太様は、
<<認定?>>
と首をひねり、少し考えて、
<<・・・あの個体か。
確かに、そうだな。>>
と思い出したようだった。そして、
<<あれは、他と群れない個体だったからな。>>
と説明する。佳央様は、
「山の主なら、取り巻きがいないのは変って事ね。」
と補足すると、焔太様は、
<<そうだ。>>
と肯定した。
佳央様が、
「そういえば、殺気の割に、全く襲ってくる気配がないわね。」
と指摘する。
視線は切っていないとは言え、こちらは長話をしているのだ。
向こうから動きがあっても良さそうなのに、確かに、その気配はない。
焔太様が、
<<そうだな。
恐らくあいつ等も、直感でこちらを襲ったら死ぬと解ってるから、防御に徹してるんだろう。>>
と現状について考察する。
私は、
「なら、こちらから動いた方が良さそうですね。
傷のある雪熊は私が誘い出しますから、他をお願いできますか?」
と提案した。
焔太様が、
<<どうやるんだ?>>
と作戦を質問する。私は、
「先ずは、威嚇しようと考えています。
それから、今溜めている魔法をちらつかせながら近づいて、徐々に移動させます。」
と説明すると、焔太様は、
<<そうだな・・・。
まぁ、やってみろ。>>
と同意が取れた。佳央様は、
「気をつけてよ。」
と軽く心配してくれた。
雪熊から見て正面から斜め方向に移動し、軽く【黒竜の威嚇】を使う。
雪熊がビクッとして、こちらを注視する。
気を引くだけならば、これで十分。
更に魔法を集めながら、傷のある雪熊に近づいた。
雪熊達の殺気が、私に集中する。
グォーッと一鳴き。向かってくるのかと思ったが、群れ全体で後退っていた。
向こうも、生死がかかっているのだ。
なんとかして、生き延びる道を模索しているのだろう。
膠着状態が続き、時間とともに魔法が溜まっていく。
今は、どう考えても私が優勢だろう。
だが、あの雪熊は倒すわけには行かない。
──この魔法を半分に分ける事は出来ないか?
そう考えた私は、魔法でお手玉をした時の事を思い出しながら、2つ目の重さ魔法を出した。
重さ魔法同士が引かれ合い、制御が難しい。
だが、頑張って集中してこの状態を維持。2つ目の方にも魔法が集まっていく。
2つに分ける事は出来なかったが、時間とともに後から作った方の魔法もある程度育つ。
私は、群れを散けさせる為に、後から集めた魔法を傷のある雪熊に打ち込んだ。
風魔法が多めに集まっているので、それなりの速さで飛んでいく。
だが、傷のある雪熊はその動きをしっかりと捉えているらしく、左の前足で今度は半分以上、敲き落としてしまった。
着弾した瞬間、ボシュッと音も鳴るが、先のも耐えたのだ。体がゆらりと揺れた後、鋭い眼光が飛んで来た。そしてまた、両の腕を上げて威嚇の形に戻る。
今度は大峰町で更科さんが襲われた時の事を思い出しての、本気の【黒竜の威嚇】を放つ。
傷のある雪熊はグォーッと一鳴き、威嚇し返してきた。
だが、他の雪熊はそうは行かなかったらしく、後ろの2頭が逃げ出した。
そこを、焔太様と佳央様が襲いかかる。
私は、傷のある雪熊に撃つぞ、撃つぞと牽制する。
傷のある雪熊が後ろをチラチラと確認しているが、動くに動けない状況。
逃げ出した2頭が討ち取られると、傷のある雪熊はその度にグォーッと威嚇したが、それが精一杯だった模様。私はその様子を見て、なんとなく心がチクチクした。
焔太様が、
<<終わったぞ。>>
と声を掛けてきた。
私は、
「分かりました。」
と返事をした後、直ぐに魔法を消すと襲われると思ったので、後退りながら雪熊と距離を取った。
ある程度離れた所で、傷のある雪熊が他の雪熊を連れて、逃げていく。
これで漸く終わったと、私も魔法を霧散させた。
帰り道、竜から人の姿に変わった焔太様が、
「山上。
あの魔法、2つ目も作れたんだな。」
と声を掛けてきた。
私は、
「はい。
最近、お手玉を始めましたので。」
と答えると、焔太様は、
「お手玉?
何の関係があるんだ?」
と不思議そうに返してきた。私は、
「いや、お手玉をして、魔法の練習をしていたのですよ。
おかげで、同じ種類なら、2つ目の魔法もなんとか扱えるようになって来まして。
3つ目は、まだまだ練習中ですが。」
と説明した。佳央様が、
「私は何となく判ったけど、この説明じゃ駄目よ。」
と苦笑い。そして、積もっていた雪を3つ丸めるとそれを重さ魔法で浮かべ、
「要は、こういう事よ。」
と言って、その雪玉を自在に飛ばしてみせた。
私はそれを見て、
「そうなのですが、佳央様の方が二枚も三枚も上手ですから。
私は、集めて飛ばすのが精一杯です。」
と苦笑いすると、焔太様は、
「まぁ、何となくは解ったが、曲芸みたいだな。」
と感心したように言ってきた。
佳央様が4つ目の雪玉を投げ、こちらも制御してみせる。そして、
「数が増えると、やっぱり難しいわね。
これ、細かい魔法制御の練習に良さそうよ。」
と感想を言った。焔太様は、
「俺は、これは無理だろうな。」
と苦笑いをした。
少し下山すると、焔太様は、
「そろそろ、弁当にするか。」
と言った。私は、弁当なんて頭になかったので佳央様に、
「持ってきましたか?」
と確認すると、佳央様は、
「当然よ。」
と亜空間から1つ弁当を取り出した。そして、
「和人は、準備してなかったの?」
と不思議そうな顔で言ってきた。私は、どうせなら一緒に作ってくれたら良かったのにと思いながら、
「・・・いえ。」
と返事をした。佳央様が、
「恨めしそうな顔ね。
冗談よ。」
と言って、私の分の弁当も取り出してくれた。
焔太様も、懐から竹の皮で包まれたものを取り出す。
大きめの岩の雪を払い、三人並んで腰を掛け、弁当を食べ始める。
焔太様は握り飯だが、佳央様と私は、ちらし寿司を四角く整えたような押し寿司だった。
何でも、昼食に準備していたものを詰めたそうで、そうでなかたら、弁当の準備のために出発が1刻遅れていたかもしれなかったのだとか。
昼食は、その話で持ちきりだった。
弁当が片付き、少し、食休みを取ってから下山することとなる。
空を見上げると、すっかり雲は遠くに行ってしまい、青空が広がっていた。
足元は、雪が陽の光でキラキラと輝いている。
一仕事を終えたせいか、私は、この景色が妙に綺麗に思えたのだった。
今回は小つぶなネタを一つだけ。
作中、焔太様が「曲芸みたいだな」と言っています。
江戸時代にも曲芸が行われておりましたが、軽業師が行う梯子乗りや綱渡り、弄丸(ジャグリング)のようなものなど、色々な種類が行われていたようです。梯子乗りは、出初式なんかのニュースで見る事があると思います。
この曲芸を披露する場としては、道でやる大道芸や、見世物小屋という店舗を構えた形態もあり、結構盛んだったのが窺えます。
あと、「ちらし寿司を四角く整えた押し寿司」は、大村寿司のような物を想定しています。
こちらの発祥は室町中期との事なので、江戸時代にも食べられていたに違いないという事で出してみました。
・軽業
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・アクロバット
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・梯子乗り
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%A2%AF%E5%AD%90%E4%B9%97%E3%82%8A&oldid=92428031
・ジャグリング
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・出初式
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・大道芸
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・見世物小屋
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・大村寿司
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