ムーちゃんは種が好物らしい
* 2019/09/29
誤記を修正しました。
ご報告いただき、大変ありがとうございました。
更科さんと雑貨屋さんの前で合流した後、更科さんが、
「確か、明後日からまた春高山の山小屋に行くのよね?」
と確認をしてきた。私は、
「はい。
暫くは、平村、書類の整理、春高山、休日の繰り返しの予定ですが、どうかしましたか?」
と聞いた。すると、更科さんは、
「じゃぁ、帰りに私の家に来ませんか?」
と提案してきた。私は、
「急にお邪魔してもご迷惑じゃありませんか?
それに、手土産もありませんし。」
と言った。すると更科さんは、
「さっき、和人のお母様から、乾燥したぜんまいときくらげをいただいたの。
これで十分よ?
だから、これを私が持って帰れば問題ないと思うの。」
と言った。私はいつの間にそんなものを準備したのだろうと思ったが、その前に田中先輩が、
「盛り上がっている所悪いがな、明日も書類整理で仕事だぞ?
明日、日の出ころに掃除まで終わらせるのは辛くないか?」
と言った。更科さんは、
「掃除?」
と聞いてきた。どうも、事情がわかっていないようだ。すると田中先輩は、
「あぁ。
山上は、俺たちが出社する前に、いつも掃除をしているんだぞ?
新人の義務というやつだな。
まぁ、掃除しないにしても、日の出ころにちゃんと出社するには更科の所を夜が明ける前に出なきゃならんが、日の出の時間にならんと、よそ者では木戸番が開けんだろ?」
と答えた。
大きな町では、町をいくつかに区切って夜間は木戸を閉め、人の往来を制限している。これが作られた理由は一般には広まっていないが、昔、夜逃げが多かったからだとか、夜間の押し入りが横行したからだとか、中には身分のある人のご子息が町娘と駆け落したからだなど、いろいろと言われているようだ。その木戸を開け閉めするのが木戸番だ。
私はせっかくのお誘いだったが、、
「田中先輩のおっしゃるとおりです。
葛町の門番さんなら、亥の刻でもなんとか入れてくれますが、木戸は開きませんから。」
と申し訳なく思いながらも断った。更科さんは、
「じゃぁ、分かった。
明日、書類が終わったら私の実家に行って、夕餉を一緒に食べませんか?
その後で戌の刻までに家を出れば、少しくらい酔っていても間に合うわよね?
申の刻くらいに集荷場の外で待っているから、早めにお願いね?」
と言っていた。口ぶりからして、まだ納得はしていないようだが、田中先輩に、
「二人共、無駄口もそのくらいにして、そろそろ行くか。」
と、バッサリと切られて平村を出発することになった。私は、
「分かりました。
明日の午後、よろしくお願いします。」
と言って、背負子を背負って、平村から出発した。
平村から葛町に戻る途中、なんとなく妙な気配を感じた。私は、
「田中先輩、森の様子がいつもと違います。」
と言うと、田中先輩は立ち止まり、
「思ったよりも早く気がついたな。
おそらく猿だな。
こいつらは増えすぎると木の皮まで剥いで食っちまうから、出会ったら全部倒しても良い事になっているんだ。」
と言ってから、少し考えて、
「何匹くらいいるか分かるか?」
と聞いてきた。私は、まわりを見回してみたが、どのくらいかは判からなかったので適当に、
「10匹くらいでしょうか。
囲まれていて、よく判かりません。」
と答えた。すると、更科さんが、
「少なくとも、三匹は見えているよ?」
と言って、猿がいたという方角を指で差した。私はそっちの方を見ると、既に何もいなかったが、木が不自然に揺れていたので、確かにそこに何かがいたのだろうと思った。田中先輩は、
「ありゃ、蒼目猿だな。
青い目をしていて、植物魔法を使ってきやがる。」
と言った。私は、
「青なのに植物なのですか?
植物なら緑とかじゃないのですか?」
と聞いた。すると、田中先輩は、
「俺も詳しいことは知らないんだがな、昔、じいさんから聞いた話だと、青が植物を司る色だからだそうだぞ。
これは冒険者になってから聞いたんだが、『木や草が鬱蒼と茂る』なんて使うだろ?
あの蒼って字は蒼とも読むが、あれが緑のことだそうだぞ。」
と説明した。私は漢字が書けないので、分かったような、分からないようなもやっとした気分になったのだが、更科さんが、
「ひょっとして、和人だったら青く見えるかもしれないという事かなぁ。」
と言った。すると田中先輩が、
「そういや山上、魔力色鑑定なんていう変なスキル持っていたな。
試しに見てみたらどうだ?」
と言って確認するように促した。私は、
「試してみますが、青じゃないと思いますよ。」
と言って、確認したのだが、青い魔力のもやが木の奥に点々と見えた。私は、
「・・・青ですね。」
と、一瞬で自分の思い込みを訂正することになった。私は、
「1、2、3、4・・・、少なくとも10匹はいるようです。」
と、何匹いるか報告した。私が猿を数えたとき、木の陰からはみ出しているもやを数えたが、大きな木の後ろで完全に隠れている猿もいるかもしれない。
田中先輩が、
「ぼやっとするな!
何か魔法を使っているってことだろうが!」
と早口で喋ったが、言い終わるかどうかというところで青いもやが消え、四方の森の奥から固い種子がすごい勢いで何十と飛んできた。当たると怪我をするほどではないが、地味に痛い。私は、咄嗟に更科さんを押し倒して地面に伏せた。
私も青いもやが見えた時点で、蒼目猿が魔法を使っていると気がつくべきだった。
田中先輩は、腕を上げて種を防ぎながら、
「そういえばこいつら、普通は痛いだけの種だが、たまに刺さると痺れる棘のついたやつを飛ばしてくるんだよな。」
と言った。それを聞いて更科さんも私も戦慄した。こんな状態で痺れたら、猿は基本的に雑食なので、腹が減っていれば食われる可能性もあるからだ。それに、猿が見逃してくれたとしても、痺れている間に、他の魔獣に食われるかもしれない。
が、ムーちゃんを見ると、飛んできた種を夢中で食べていた。ムーちゃんは思ったよりも大物なのかもしれない。
田中先輩が、
「普通の歩荷は一目散に逃げるんだがな、冒険者なら討伐報酬が出るので退治する所だな。
山上はどうする?」
と聞いていた。私も更科さんを後ろにして腕で目をかばいながら、
「私は歩荷なので逃げますよ。」
と言った。すると更科さんが、
「威嚇して追い払えない?」
と聞いてきた。私は妙案だなと思ったのだが、田中先輩が、
「猿は逃げても、種を飛ばしてきている植物が残るから、結局、種が無くなるまで今の状況は変わらないぞ?」
と言った。私は田中先輩に、
「蒔かれた種はどうなるのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「そのままほったらかしておくと、来年当たり、ここはしばらく通れなくなるかもしれんな。」
と返した。
しばらくすると、一方から飛んでくる種が飛んでこなくなった。おそらく、種が尽きたのだろうが、それでもまだ、三方から飛んでくる。私は来年は田中先輩はいないだろうから、今のうちに何とかしておいた方がよいと思った。
「種のうちに始末しないと、大変なことになりますね。
また青いもやが見えますので、二つ目を生やしているような気がします。
今のうちに、ちょっとやっつけてきます。」
と言って、青いもやの方に向かって走った。すると田中先輩は、
「近くに行くほど種の勢いが強いから、怪我するかもしれん。
気をつけていけよ。
あと、狂熊ほどではないが、猿もそこそこ強い・・・て、まぁ、並の新人と違って山上は熊に拳骨だから大丈夫か。」
と言って思い出し笑いを始めた。
私は、まずはなんとか猿に追いつこうとしたのだが、すばしっこくて捉えられなかった。猿なだけに、木を使って右に左に上に下にと自由自在だ。
暫くは頑張って追いかけていたのだが、猿に遊ばれていることに気がついた。私はいらっとして、逃げる猿を睨みつけた。すると、黒竜の威嚇が発動したらしく、猿はビシッと背筋を伸ばして固まった。そう言えば、次兄もあんな感じの反応をしてたっけと思い出した。
私は猿が固まっている隙に、ようやく1匹倒した。しかし、猿はまだたくさんいる。
私は他の猿も睨みつけたのだが、黒竜の威嚇は発動しなかった。
仕方がないので、次の猿を一生懸命追いかけ回したのだが、やはり捕まらない。
私はいらっとして、また逃げる猿を睨みつけると、今度は黒竜の威嚇が発動して猿が固まった。どうやら、私はいらいらが溜まらないと黒竜の威嚇が発動できないらしい。
追い回していらっときたら固めて倒す、という手順を踏んでいたので、殆どの猿に逃げられ、結局倒したのは4匹だけだった。
私は、倒した猿と種を出す植物を引っこ抜いて、道の脇に並べた。そして、
「この草は、焼却したほうがよいのでしょうか?」
と田中先輩に聞いた。しかし、田中先輩は、
「山火事になったら困るだろ?
まだ種はついていないみたいだし、そこらに穴でも掘って埋めとけ。」
と言って、眉間に皺を寄せた。まわりを見渡すと、辺りには梅干しの種くらいの種子が散乱している。
「分かりました。
でも、種は埋めると生えてきちゃいますよね。
やはり、種の方は燃やした方がよいのでは無いでしょうか。」
と聞いた。田中先輩は、
「だから、山火事になると困ると言っているだろ?
自分の出来る範囲で何があるか考えてみろ。」
と言った。私は、自信なく、
「重さ魔法で潰す?とかでしょうか・・・。」
と聞いた。すると、田中先輩は、
「それもありだな。」
と言った。が、ムーちゃんが
「キュール、キュール!」
と鳴いて、種の周りを走っている。なんとなく、ムーちゃんがご飯を潰すなと言っているような気がした。
なので、ムーちゃんが喜ぶように、
「ひとまず、この種を集めようと思います。」
と言って、種を重さ魔法で集めて大袋を出して詰めた。私が持っていた袋では足りなかったのだが、更科さんも袋を出してくれたので、なんとか集めた分は持って帰れそうだ。田中先輩が、
「道の外に飛んだやつはどうする?
まぁ、種はある程度、動物が餌にするからな。
今、山上が思っているほどは悲惨なことにならん気がしてきたぞ。
もう行かないか?」
と言った。私は、
「来年通れなくなると言ったのは、田中先輩ではありませんか。
ここはちゃんと後始末をした方がよいのでは無いでしょうか。」
と聞いた。すると、
「山上は面倒だな。
冒険者組合に報告して、豚でも出してもらう手もあるが、金がかかるぞ?」
と言った。なんでも、植物の種を2~3個持って行けば、冒険者組合で状況を把握して、豚の旺盛な食欲を借りて種を除去することは出きるのだそうだ。
ただし、その費用を誰かが払わなければならない。
普通は通れなくなってから、平村で予算が付いて除去されるのだそうだ。
ちなみに、危険だということで、種が飛び交う間は、歩荷は開店休業となるとのこと。
私は、
「それじゃ、来年は商売上がったりじゃないですか。
会社では出ないのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「あのな。
大の男が数人雇われて、1週間くらいかけて、道が数年、種の射程外になるように豚をくまなく歩かせるんだぞ?
そんな金、会社で出すわけが無いだろ?
慈善事業じゃないんだぞ?」
と言われた。私はなるほどと思ったが、
「この猿でなんとかなりませんか?
範囲もこの辺だけに絞って。」
と聞いてみた。しかし、
「お前な、冒険者がそういうことをやるのはお門違い・・・、って、まぁ、山上は歩荷だったな。
おそらく、足りんと思うぞ?
本来は止める所だが、まぁ、分配した後の金なら口を出す筋合いじゃないか。
ちなみに、俺は今回も見ていただけだから辞退するが、普通は報酬は三等分だからな?」
と言った。田中先輩も更科さんも何もやっていないが、辞退しない限りは、等分するというのが冒険者の流儀だ。
蒼目猿から必要な素材を剥ぎ終わり、出発しようとしたのだが、ムーちゃんはまだ道の脇に残っていた種子を目ざとく見つけて食べていた。更科さんが、
「ムーちゃん、そろそろ行くよ?」
と言ったが、反応がない。私が、
「袋一杯に積めたから、今帰るなら、今夜も食べられるよ?」
と言うと、
「キュイッ!」
と嬉しそうに反応して、私の肩に登った。
私は、これで暫くムーちゃんの餌には困らないなと思ったのだった。
ムーちゃん:(モシャ、モシャ、モシャ、モシャ、モシャ・・・)
更科さん:ムーちゃん、そろそろ行くよ?
ムーちゃん:(モシャ、モシャ、モシャ、モシャ、モシャ・・・)
山上くん:袋一杯に積めたから、今帰るなら、今夜も食べられるよ?
ムーちゃん:キュイッ!(でかした!)
田中先輩:(ムーの餌に、俺も少し持って帰るか。)




