再び山へ
稲荷の巫女様との話し合いが終わり、佳央様と私は、またい先程の朝餉を摂った座敷に移動した。障子を開け、中に入ると、更科さんが待っていた。
そして、こちらに気づき、私に顔を向けると、
「どうだった?」
と聞いてきた。私は、どこまで話しても良いのだろうかと思いながら、
「はい。
それが・・・、前に白狐が封じられていた神社があったではありませんか。」
と言葉を選びながら話し始めると、横から佳央様が、
「谷竜稲荷ね。」
と補足する。私は、
「はい。
その谷竜稲荷の管理を、将来、する事になりまして。
ですが、私はそのお役目を任せるに足る技量がありません。
なので、それまでは古川様が、その代わりをやってくれる事になりました。」
と掻い摘んで説明した。
更科さんが、少し首を傾げながら、
「神主って事?」
と確認してきたので、私は、
「はい。」
と同意した。更科さんが、
「ひょっとして、竜の里から離れられなくなる?」
と心配そうに聞いてきた。私はそこまでは考えていなかったので、
「どうでしょうね。
ただ、後の藪入りはともかく、藪入りは稼ぎ時でしょうから、帰るのは難しいかもしれませんね。」
と答えると、更科さんは、
「やっぱり、そうよね。」
と困った顔をした。
私は、更科さんの心配を少しでも減らそうと、
「佳織だけでも里帰りできるように、相談してみましょう。」
と言ったのだが、更科さんは、
「う〜ん、まぁ、そうね。」
と、歯切れが悪かった。恐らく、一緒に里帰りしたいのだろう。
私は、
「手軽に、里と実家を行き来できる手段があれば良いのでしょうけど・・・。」
と苦笑いするしかなかった。更科さんも、
「そうね。」
と同意した。
暫く、3人でお茶をいただきながら雑談していると、下女の人がやって来た。
その下女の人が、
「不知火様からの使いの者が、またやって参りました。
お座敷に通しましたが、直ぐ、お会いになりますか?」
と要件を告げる。
私は、
「焔太様ですね。
直ぐに行きます。」
と返事をし、飲みかけのお茶を残さず飲んだ。
更科さんが、
「そんなに、慌てて飲まなくても。」
と少し笑う。私は、
「折角のお茶ですし。」
と笑顔で返しながら立ち上がり、
「佳央様も、お願いします。」
と声を掛けた。
下女の人に連れられて、焔太様の待つ座敷に移動する。
先程とは、違う座敷に通された。
部屋に入ると、先程の座敷と同じく、左手に大きな掛け軸や違い棚があった。
棚には、色が徐々に変わる壺と、首が揺れる赤い動物の人形が飾られている。
私が上座の座布団に座ると、その脇の座布団に座った佳央様が、
「面を上げよ。」
と焔太様に声を掛けた。
焔太様も、
「ははぁ。」
と言って、頭を上げる。
佳央様は、
「して、どうじゃった?」
と呼びかけた。佳央様が清川様の物真似をしているように見えて、思わず笑いそうになる。
焔太様が、
「山に行く件を、不知火様に確認して参りました。
稲荷の巫女様の用事の後で良いそうです。
用事が終わりましたら、東の門で待っておりますので、そちらまでお出で下さい。」
と要件を告げた。だが、私は稲荷の巫女様との用事を、既に終えている。
私は佳央様の方を見ると、佳央様は、
「稲荷の巫女との用事は、先程、済んでおる。」
と返した。視線を送ったら、私の所に話を聞きに来る手筈なのに、佳央様は忘れているようだ。
私は、もう一度佳央様に視線を送ったが、意図が解かっていない模様。
焔太様は、そういった事情を知らないので普通に、
「そうでしたか。
ならば早速、山に向かいましょう。」
と少し安堵したような表情で返した。
もう一度、佳央様に視線を送ってみる。
すると、その視線に答えてか、佳央様がこちらにやって来た。
そして、小声で、
「やっぱり、山に行くの?」
と確認してきた。だが、その質問に私は答えず、代わりに、
「その前に、視線を送ったら聞きに来る約束をしましたよね?」
と少し文句を言ってみた。
佳央様は、
「視線、送ってた?」
と眉根を寄せる。私は、
「はい。」
と答えたのだが、佳央様から、
「なら、もう少し分かり易くならない?
もう少し、目に力を込めるとか、ちょっとだけ気配を大きくしたのでもいいわよ。」
と提案してきた。私はもう少し小言を言いたかったのだが、気づいていなかったのであれば仕方がない。
私は、気配を大きくする方法は練習していなかったので、
「分かりました。
ならば、次からは、少し魔法を集めてみます。
それなら、佳央様もわかりますよね?」
と折れる事にした。佳央様から、
「そうね。
そうして。」
と同意した。そして、
「それで、山は?」
と再度、確認する。私は、すっかり行く気になっていたので、
「清川様にも言われましたし、勿論、行きます。」
と答えて、
「先程、佳央様も承知したではありませんか。」
と付け加えると、佳央様は、
「そうだけど、やっぱり面倒じゃない?」
と山に行くのを渋った。
私は、
「何か、あるのですか?」
と確認したのだが、佳央様は、
「別に、用事がある訳ではないわ。」
と返事をするばかり。私は、
「山なら、先日も行きましたよね?」
と首を傾げたのだが、佳央様は、
「そうね。
でも、一昨昨日にかなり雪が降ったみたいだから、同じ山と思わないほうが良いわよ?」
と指摘した。私は、同じ山と思えないほど変わる点は、去年も故郷の山で体験したので、
「確かに、沢山積もった後はそうですね。」
と同意した。そして少し考え、
「ならば、かんじきが借りられないか、聞いて頂いても宜しいでょうか?」
とお願いすると、佳央様は、
「かんじきを履いたら、速くは走れないわよ?
山に行ったら、雪熊の間引きをするんでしょ?」
と懸念点を説明した。私は、
「確かにそうですね。
でも、向こうは雪に埋もれますから、こっちが有利に戦えるのではありませんか?」
と聞いてみた。すると、佳央様は、
「甘いわね。
向こうは、そのために太い脚が付いているんだから。」
と返事をする。私は、
「ひょっとして、雪熊に遅れを取らないか心配していますか?」
と確認したのだが、佳央様は、
「私は大丈夫よ。
でも、和人があの爪にかかったら、一撃よ?」
と心配してくれた。私は、
「そんなヘマはしませんよ。」
と安心させようとしたのだが、佳央様から、
「ヘマをする人は、皆そう言うのよ。」
と言われてしまった。私は、
「そうですね。
気をつけます。」
と返事をした。
ふと、焔太様が、まだ話しは終わらないかと視線を送ってきている事に気が付いた。
私は、
「そろそろ、焔太様が焦れているようですが・・・。」
と言うと、佳央様は、
「それはそれよ。」
と苦笑いされてしまった。だが、私としては、気持ちが悪い。
私は焔太様の方をチラッと見ながら、
「ここで時間を稼いでも、結局は行くことになるんだと思いますよ?
もう、早く行ってしまいませんか?」
と言うと、佳央様は、
「小心者ね。」
と一言。そして、
「分かったわよ。」
と漸く納得してくれた。
佳央様が席に戻り、
「行ってやろう。」
と返事をする。そして、先程の話には出ていなかった、
「しっかりと、山上様を守るのじゃぞ。」
と一言、付け加えた。
焔太様が、
「お言葉ですが、私が守らなくとも、山上様は十分に強いと存じますが・・・。」
と困惑しながら言葉を返す。だが、佳央様は、
「何を言っておる。
赤竜帝であればともかく、山上様は人の子ぞ?
少し考えれば解るじゃろうが。」
と私には戦わせない方針の模様。焔太様が、
「申し訳ありません。
解ると申しますと・・・。」
と不思議そうにしている。佳央様は、
「赤竜帝であれば、一騎当千。
単独で行動しようとも、問題あるまい。
じゃが、人間はそうは行かぬ。
故に、身分の高い者を守る風習があるそうじゃ。
ならば、それに倣い、山上様を守るように行動するが良いとは思わぬか?」
と改めて理屈を並べて説得しようとした。焔太様は、
「そういう事でしたか。
ならば、然様に致します。」
と返事をしたものの、何となく、納得していない様子だった。
少し魔力を集め、佳央様を呼ぶ。
佳央様がこちらにやってくると、小声で、
「何よ。」
と不満げに言ってきた。私は、
「先程の話から、少し尾鰭が付いていませんか?」
と確認すると、佳央様は、
「良いじゃない。
別に、和人が損する訳じゃないんだし。」
と言った。私は少し迷ったが、
「分かりました。
一先ず、そうしいう事にしておきます。」
と返事をした。佳央様が、物凄く、何か言いたそうだ。
私は、
「何か、隠していませんか?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「何も。」
と軽く返し、また自分の座布団に戻った。
佳央様が、
「では、この場は終わりじゃ。
支度するから、後ほどの。」
と言って、私に退出を促した。
私は、佳央様の動きに釈然としない点はあったが、ここで発言するわけにも行かないので、座敷を後にしたのだった。
作中、「後の藪入りはともかく、藪入りは稼ぎ時」という箇所があります。
藪入りは、以前の「丸膳で鯨肉」の後書でも説明しましたが、実は、今で言う盆休みと正月休みのどちらにも使われる言葉となります。
ただ、2つ並べる場合は不都合がありますので、盆休みの事を「後の藪入り」とか「盆の薮入り」と言い、正月休みの方を単に「薮入り」と言ったようです。
ただ、藪入りというのは商家での休日だったようなので、神社で薮入とは言わなかったのではないかと思われます。このため、山上くんに思い違いがあったという想定です。なお、更科さんも商家の出身で、普通に使っていたので、違和感を覚えませんでした。
後、違い棚に飾られていた「首が揺れる赤い動物の人形」は、赤べこを想定しています。
こちらも「不知火様からの使い」の後書きに出てきた「起き上り小法師」と同じく、約400年前の会津藩主 蒲生 氏郷が内職にと考えて作らせたのが始まりなのだそうです。
・藪入り
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%97%AA%E5%85%A5%E3%82%8A&oldid=92808919
・赤べこ
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・蒲生氏郷
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