神主の代理
不知火様の使いで来た焔太様との話し合いが終わり、佳央様と私は朝食を摂っていた座敷に戻る。
座敷に入ると、清川様と古川様が何やらまだ話をしていた。
だが、すぐに私達が戻ってきた事に気がついた古川様が、
「向こうのお話・・・、終わったの・・・ね。」
と話しかけてきた。竜の巫女様は、古川様への憑依を解いたようだ。
私は、
「はい。
不知火様からの、山に行くようにとの連絡でした。
ですが、これから稲荷の巫女様も来る筈ですので、一旦、お持ち帰りいただきまして。」
と良いように説明すると、古川様は、
「そう・・・なのね。」
と返した。私は、
「それで、清川様。
巫女様からの話は、何だったのですか?」
と尋ねると、清川様は、
「巫女様とは、稲荷の側に山上をどう引き継ぐかという話をしておったのじゃ。」
と答えた。そして、
「暫く、古川を預けるとも仰っておったぞ。」
と付け加える。私は、
「『預ける』と言いますと?」
と疑問に思った事をそのまま質問すると、清川様は、
「そのままの意味じゃ。
山上が里の外に行くには、監視役の佳央ともう一人が必要となっておるじゃろうが。
古川が常に側についておれば、それも解決するという訳じゃ。」
と答えた。私はありがたいお申し出だと思ったが、念の為、
「稲荷の巫女様方に、角が立ちませんか?」
と確認した。すると清川様は、
「向こうからは、神主の代理となる者を一人出すから、心配せずとも良いそうじゃ。」
と答えた。私は、
「折り合いとかは、大丈夫でしょうか?」
と聞いてみると、清川様は、
「そこは、問題ない筈だそうじゃ。」
と心配していない様子。私も、先見で見えているのであれば、わざわざ古川様に辛い思いはさせないだろうと思い直し、
「分かりました。」
と答えた。私は、
「そうなりますと、清川様は、竜の巫女様の元に帰るのでしょうか?」
と質問すると、清川様は、
「すぐではないがの。」
と返事をした。私は、
「そうなのですね。」
と相槌を打つと、清川さまが、
「うむ。
稲荷の側に、引き継ぎがあるからの。」
と簡単に説明した。私は、
「引き継ぎですか。」
と反復して詳細を聞くと、清川様は、
「うむ。
例えば、白狐と山上は二階建てのようになっているから乗っ取られる事はないだとか、色々と伝えねばならぬ事もあるからの。」
と答えた。佳央様は、
「古川様が残るんでしょ?
なら、引き継ぎも何もないじゃない。」
と指摘する。確かに、佳央様の言う通りだ。
するとその問いに清川様は、
「今の、山上の担当は私じゃ。
ならば、形式としては、私から引き継ぎを行うが筋じゃろうが。」
と反論した。佳央様は、
「面倒ね。」
と一言。清川様は、
「そんなに、私を追い出したいか?」
と眉根を寄せると、佳央様は、
「そういう訳じゃないけど、効率の問題よ。」
と意地悪で言っている訳ではない模様。清川様は、
「そうか。」
と返したが、あまり表情はなかった。
暫くして、屋敷に稲荷の巫女様が訪れる。
座敷に入ると、稲荷の巫女様とそのおつきの人4名が、頭を下げて待っていた。
こちらも座敷に入り、私が上座に、清川様と古川様、佳央様が脇に控える形で座る。
清川様が、
「面をあげよ。」
と言葉を掛けた。
稲荷の巫女様が頭を上げたが、お付きの人は半分上げるに留まる。
清川様が、
「して、どうじゃった?」
と確認すると、稲荷の巫女様は、
「はい。
稲荷神の分け御霊にございました。」
と結論を言った後、
「白狐を試すために分け御霊を遣ったそうですが、それを山上様が見出したとの事。
稲荷神が、
『天晴、良く修行をしておる。
褒めて使わすぞ。』
と仰っておいででした。」
と説明した。私は清川様に視線を送ると、清川様が首を捻りながらやってきた。そして、私の耳元で、
「何か、良い返しでも思いついたか?」
と確認してきた。私も小声で、
「いえ。
『よく修行をしておる』という部分に違和感を覚えまして。」
と返すると、清川様は、
「解呪の修行で、呪いから出る細い糸が見えるようになったじゃろう?
恐らくは、あの修行で微かな違いに気付けるようになったのじゃろう。
ならば、稲荷神の仰せとも矛盾すまい?」
と説明した。
私は、
「あれですか。」
と納得すると、清川様は、
「では、稲荷のには何と答えればよいか?」
と質問してきた。私は、
「褒めていただいたわけですから・・・、感謝の意をお願いします。」
と返すと、清川様は、
「まぁ、良いじゃろう。」
と少し笑い、元の位置に戻っていった。そして、
「山上様は、稲荷神に
『勿体なきお言葉、恐悦至極に御座います。』
と伝えて欲しいそうじゃ。」
とよしなに答えてくれた。
稲荷の巫女様が、
「承知いたしました。」
と承る。清川様は、満足そうに、
「うむ。」
と頷いた。そして、ひと呼吸置いた後、
「他はあるか?」
と確認する。
稲荷の巫女様は、
「今後は、谷竜稲荷でも分け御霊の入った鏡をお祀りする事になります。
神社としての格も上がりますので、山上様には神主として管理していただきたいと考えております。
ですが、今は巫女の修行すらも途中との事。
こちらからは、氷川を出しますが、まだ23の若輩者。
幸い、竜の巫女様からも一人出すとのお話でしたので、当面はその方に神主の代理を務めていただきたいと考えております。」
と緊張した面持ちで伝えた。清川様が険しい表情で私の所にやって来て、小声で、
「巫女様から聞いていた話と違うゆえ、少々、巫女様と相談をするぞ。」
と言って目を瞑り、念話を始めた。
どうも、前提が違うらしい。
暫くして、清川様は納得が出来ないという顔になる。
そして目を開けると、また私に小声で、
「古川に代理をさせるそうじゃ。
じゃが、古川もまた、26ぞ。
大丈夫かの・・・。」
と心配そうに言う。私は、古川様が想像していたよりも若かったので少し驚いたが、
「巫女様が言うのですから、大丈夫なのでしょう。」
と返した。清川様は、
「じゃが、巫女として振る舞えと言うのであればともかく、神職の、それも神主の代理はの・・・。」
とまだ心配な様子。私が、
「いざとなれば、憑依して出てくるつもりなのではありませんか?」
と聞くと、清川様も、
「うむ。
巫女様も、そのつもりではあるようなのじゃ。」
とこれは聞いていたらしい。だが、清川様は、
「じゃが、二六時中という訳にもいくまい?
坂倉様や、危なっかしくはあるが庄内様ではないのじゃぞ?」
と、本来であれば巫女になっていてもおかしくない二人の名前を引き合いに出す。
お酒が入ると普段では考えられない事をしでかす庄内様はともかく、坂倉ならば安心だろう。
私は、
「氷川様でしたっけ?、・・・も意見が言えるようにとの配慮でしょうか・・・。」
と古川さまの方が良い点を《ひね》捻り出したが、清川様は、
「いやいや。
遊びでやっておる訳ではないのじゃぞ。」
と眉間に皺を作る。私は、
「ならば、結局は巫女様が憑依し易いという点だけなのではありませんか?」
と最初に思った事を伝えると、清川様は、
「それでは乗り越えられぬ事があるやもしれぬから、心配なのじゃ。」
と皺を深くする。私は、これ以上は堂々巡りだし、稲荷の巫女様を待たせるのも悪いと思ったので、
「ですが、こちらでいくら考えても答えは出ません。
一旦、稲荷の巫女様に伝えてはどうでしょうか?」
と聞いてみると、清川様は、
「まぁ、そうするかの。」
と渋々了承した。そして、元の位置に戻ると、
「相わかった。
じゃが、元々、神主の代理は稲荷の側で出すと聞いておる。
ゆえに、こちらから出すのも、26の古川と決まった。
若人ばかりとなるが、よいか?」
と伝えた。稲荷の巫女様は、一瞬だけ眉根を寄せたが、
「こちらも、要所要所では人を貸しますれば、問題ございません。」
とあっさりと承諾した。
清川様は、また私の所に来て、小声で、
「ああは言っておるが、本当に大丈夫かの・・・。」
と心配そうだ。あまりに清川様が心配するので、私もその心配が移ってきたが、
「やってみるしかないでしょう。
そもそも、竜の巫女様が先見で古川様で十分と踏んだのでしょうから、きっと成るようになりますよ。」
と伝えた。すると、清川様は、
「楽観的じゃの・・・。」
と呆れたように言ったが、
「じゃが、まぁ、確かに山上の言う通り、巫女様が古川で十分と見たのじゃ。
信じるしかあるまい。」
と少しは納得した模様。元の場所に戻ると、
「相わかった。」
と告げた。
稲荷の巫女様の表情が、ここで緩む。
清川様は、
「他に、山上様に申す事はあるか?」
と聞くと、稲荷の巫女様は、
「ございません。」
と返事をした。
清川様は、
「ならば、これにて山上様は退出なさる。
他の雑多な事はこの後話すゆえ、暫し待たれよ。」
と指示をして、私に退出するように促した。
清川様、古川様、佳央様と私の四人が廊下に出る。
清川様は、
「ここからの細かい話は、我等でしておくからの。
山上は、不知火の使いとやらが戻ってきたら、山に行って参るがよい。
佳央もの。」
と言うと、佳央様は、
「山ねぇ。
あまり行きたくないんだけど。」
と返した。前の焔太様への態度は、行かなくても良いならば断りたいと考えてのようだ。
私も、廊下ですらこんなに寒いのに山となればどれだけ寒いかと想像し、
「確かに。」
と同意した。だが、清川様から、
「今は、対外的に山上は我等の一派ではあるが、基本は竜人格と同じじゃ。
不知火からの指示では、我等の用事がなければ行くしかあるまい。」
と言われてしまった。私は、
「確かに、そうですね。
用事も終わった今、断る理由もありませんので、来たら行って参ります。」
と返事をすると、佳央様も、
「和人がそう言うなら、仕方ないわね。」
と渋々、山に行くことを了承したのだった。
今回もネタを仕込みそこねたので、単語の解説だけ。
そう言えば、お話の中で「神主」と「神職」が出てきます。
昨今は、地鎮祭などで神社から来た人を一緒くたに神主と呼んでいるように見受けられますが、元々、神職というのは神社で神事やら社務やらをしている人達の事を指し、それを取りまとめているのが神主となります。(このため、普通、1つの神社に神主は1人しかいません。)
本作は江戸時代風と銘打っておりますので、この話に基づいて、神社で働く人を神職、その取りまとめをしている人を神主と呼んでいます。
・神主
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・神職
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