二人を探しに
清川様と古川様に憑依している竜の巫女様との話し合いが終わり、これで解散となる。
私は、雨戸が閉められた暗い廊下に出た後、いつものように佳央様の部屋に向かう事にした。
薄暗くてどこに壁があるのかも良く判らないので、スキルを使い、温度を見ながら廊下を進む。
床や壁の青さに、ブルリと体が震える。
廊下の角を曲がり、佳央様の部屋が見えてくる。
だが、普段であればぼんやり明るくなっている筈の障子が暗いままだった。
私は、気配もないので部屋には誰もいないのだろうと思ったが、念の為、
「すみません。
誰かいますか?」
と声を掛けてみた。
だが、部屋の中から返事がない。
普段ならまだ寝る時間ではないが、念の為、奥の寝室を確認することにする。
障子を開け、佳央様の部屋に入る。
──やはり、誰もいない。
更に奥の部屋に入る。
だが、そこにも誰もおらず、布団すら敷いていない状態だ。
首を傾げる。
先日、更科さんが拐かされかけた事を思い出す。
──まさか、屋敷内で?
一瞬、そんな風に思ったが、ここの屋敷は守りが硬いと聞いている。
そんな筈はないだろうと、思い直す。
──見かけている人が、誰かいないか?
そう思った私は、人がいる可能性が高いであろう、お勝手に向かう事にした。
お勝手に着くと、予想通り数人の人が働いていた。
恐らく、明日の仕込みをしているのだろう。
私は、仕事中に悪いとは思ったが、恐る恐る、
「すみません。」
と声を掛けた。すると、お勝手の一人が、
「どうしたんだい?」
と少し不機嫌そうな声。私は、申し訳ない気持ちを感じながら、
「夜分に申し訳ありません。
佳央様や佳織を見ていないかと思いまして。」
と質問をした。すると、お勝手の人は、
「さぁ。」
と知らない様子。
「この時間、ここを通るのは、厠の時くらいだからねぇ。」
と付け加える。私は、
「それもそうですね。」
と同意すると、お勝手の人は、
「探してるなら、聞いてやろうか?」
と気を利かせて聞いてくれた。だが私は、仕事の邪魔をしては悪いと思ったので、
「いえ。
厠に行くついでで聞いてみただけですので。」
と断った後、
「ありがとうございました。」
と気を使ってくれた事にお礼を言った。
お勝手から、外に出る。
寒さで肩を窄め、腕を十字に組んで、二の腕を擦る。
口からは、白い息が出ている。
お勝手の人に言った手前、一先ず厠に向かう。
飛び石を進んでいくと、分岐に差し掛かる。
特に出す用事もなかったので、厠と違う分岐を進むことを思いつく。
なんとなく飛び石の上で立ち止まり、空を見上げる。
分厚い雲で、今夜は星が見えない。
少し残念に思いながら、また、飛び石を渡り始める。
少し風が吹き、身震いをする。
この寒さであれば、降るとすれば雪に違いない。
少し歩き、普段は行かない庭の池の石橋に辿り着く。
本来であれば、池に鯉が泳いでいる筈なのだが、今は1匹もいないようだ。
鯉も寒くて、池のどこかで引き籠もっているのかもしれない。
外を歩いて体が冷えたからか、厠に用事が出来る。
先程まで踏んできた石を逆に辿り、先ずは分岐の所を目指す。
そこまで急ぎではないが、誰も見ていないので、1つ飛ばしで飛び石を駆け進む。
──そういえば、1つ飛ばしで進むのは、お行儀が悪いのだったか。
私は、誰かに見られたら怒られるかもしれないので、1つ飛ばしを止めることにした。
一度止まり、体ごとぐるりと1回転して周囲を見回す。
誰もいない事を確認し、少しだけ安心する。
そこからまた、1つづつ飛び石を渡る。
先程の分岐に戻ったので、今度は厠の方に向きを変える。
井戸と柳の木が見えてくる。柳の木の葉は既に落ち、枝だけが垂れ下がっている。
その柳の下に、誰かが立っているのが見える。
足は・・・、丁度、井戸で隠れて見えない。
──夏の夜でもあるまいに・・・。
私はそんな事を思いながら、恐る恐るその人に近づいた。
──私と同じか、それよりも背丈がある。
佳央様や更科さんではないようだ。
風で、柳の葉と一緒に長い髪が揺れる。
その人が振り返り、
「山上様ではありませんか。」
と呼びかけてきた。どうやら、私を知っている人のようだ。
私は、
「どちら様ですか?」
と言いながら近づいたのだが、装いから下女のうちの一人だと分かる。
その下女の人が、
「ここでは、下女は名を名乗らないのがお作法です。」
とにこやかに話す。私は、
「そうでしたか。」
と頭を掻くと、下女の人は、
「内緒にしていただけるのでしたら、お教えいたしましょうか?」
と悪戯っぽく聞いてきた。
私は、後で揉めると困るので、
「いえ。
作法でしたら、仕方ありません。」
と少し頭を下げた。そして、
「すみません。
これから、この先に用事があるもので・・・。」
と言うと、下女の人は、
「これは、お引き留めして、申し訳ありませんでした。」
と謝った。私は、
「いえ。」
と少し笑いかけ、
「では、失礼します。」
と言って、それらしく早足で厠に向かった。
ついでに、下女の人の足元をちらりと確認する。
幽霊でない事が分かり、安心する。
ゆっくりと、厠で用を足す。
格子から外を見るが、空は相変わらずの曇天が見える。
幽霊でなかったのだから、先程の下女の人に佳央様や更科さんの居場所を聞けばよかったと、軽く後悔する。
用を足し終わり、手を洗う。
先程の下女の人がいないかと思いながら、厠を出て井戸の方を見る。
だが、既に下女の人はいない様子。
私は、失敗したなと思いながら、お勝手に向かって飛び石を辿り始めたのだった。
作中、池の鯉の話が出てきますが、こちらは観賞用の錦鯉の想定です。
錦鯉は、江戸時代に新潟の小千谷や山古志の辺りで明るい色の鯉がいることに気がついた農民が飼い始めたのが始まりで、世代を重ねるうちに、緋鯉や他の色の鯉も生まれていったのだそうです。当時、この辺りの農家は裕福な人が多かったので、趣味で錦鯉の後輩が進んだのではないかとのこと。
・ニシキゴイ
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本日、4回目のワクチン接種のため短めです。




