稲荷神か貧乏神か
昼下がり、お屋敷の座敷で私は、清川様と机を挟んで座っていた。
誰がほうじ茶を出すように指示したかは不明だが、これは清川様が止めたので、これ以上詮索が出来ない。
このため、私は少しもやっとしていた。
下女の人がやってきて、私の側に火鉢を置く。
私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
とお礼を言うと、下女の人は会釈をして下がっていった。
清川様が、
「それで、何か問題があったのじゃったな。」
と話を切り出す。
私は、
「はい。
実は、白狐が天上から分け御霊と思われるものを連れてきたようでして。
それを、私が鏡に入れたのですよ。」
と簡潔に何があったか伝えると、清川様は、
「分け御霊か。
稲荷神の方針は解らぬが、小さいとは言え、新しく社を建てたのじゃ。
そういう事も、あるじゃろう。」
と頷いた。そして、
「それの、何が問題なのじゃ?」
と確認する。私は、
「はい。
最初、私の仕事は祝詞を3回上げればよいだけだった筈ではありませんか。
なのに、急に連れ帰るものですから、白狐と相談して予定外の事をしましたので。」
と説明すると、清川様は、
「予定外か・・・。」
と言って少し考え、
「それで、稲荷の巫女は何か言っておったか?」
と聞いてきた。
私は、
「はい。
これから神社に戻って、確認すると言っていました。」
と答えると、清川様は、
「そうか。」
と一つ頷いたが、
「つまりじゃ。
稲荷の巫女も、事前にこの件を聞いておらなんだという事じゃな?」
と確認する。私は、
「はい。」
と返事をし、
「戻ってきた時、白狐も知らなかったようでして。」
と付け加えた。清川様が眉間に皺を寄せ、
「白狐も?
白狐が連れて来たのではなかったのか?」
と首を傾げる。私は、
「いえ。
私が、そこにいると指摘したのですよ。」
と答えると、清川様は、
「んん?」
と唸り、
「白狐は、連れて返ったことを知らなんだという事か?」
と、いよいよ解らないという顔つきで確認した。
私は、
「はい。
どうも、私だけに見えていたようでして。」
と返事をすると、清川様は少し考え、
「・・・これは、巫女様に相談した方が良いやもしれぬな。」
と言って、難しい顔をしながら目を瞑った。恐らく、念話を始めたのだろう。
この間に、お茶のおかわりを貰う。
お茶菓子に羊羹も出してくれたのだが、私はお昼を食べていなかったので、瞬く間に食べてしまった。
暫くして、清川様が目を開ける。
清川様は、
「これから、古川が来るそうじゃ。」
と話たので、私は竜の巫女様が直接話を聞いてくれるのだろうと思い、
「分かりました。
それは、大変ありがたいです。」
とお礼を伝えた。だが、清川様は、
「巫女様が、
『あれは、稲荷神か貧乏神か・・・。』
と言っておった。
よもや、儀式中、貧乏揺すりでもしておったのではあるまいな?」
と厳しい顔つきで指摘してきた。私は、身に覚えがあったので、
「貧乏神ですか?!」
と声を裏返すと、清川様が呆れた顔で、
「どうなのじゃ?」
ともう一度聞いてきた。私は、
「貧乏揺すりしそうになりましたが、堪えました。」
と返事をした。
清川様が半眼で、こちらをじっと見続ける。
私はその視線に負け、
「近い事はやりましたが・・・。」
と白状した。清川様が、
「どのようにしたのじゃ?」
と確認をする。私は、
「左右のふくらはぎに、交互に力を入れただけです。」
と説明すると、清川様は、
「これはまた・・・、微妙じゃの。」
と苦笑いし、
「これも含め、報告するのじゃぞ。」
と言われてしまった。
どうせ巫女様は、先見か何かで知っているのだろう。
そう考えた私は、
「はい。
聞かれたことは、必ず答えます。」
と言って、自分の行動を反省したのだった。
暫くして、古川様が到着する。
座敷に入ると、清川様の側の下座に座る。
清川様が、
「それで、巫女様は何と言っておったのじゃ?」
と確認すると、古川様は、
「これで・・・、山上も・・・反省したじゃろう・・・と。」
と答える。
巫女様は、私が儀式の最中、貧乏揺すりをした事を咎めるため、清川様にわざとそう伝えたという事なのだろうか?
清川様も同じように思ったらしく、
「つまりじゃ。
鏡には、稲荷神の分け御霊が入っておるという事で良いか?」
と確認すると、古川様は、
「多分・・・ね。」
と答えた。清川様が、
「多分とは何じゃ、多分とは。」
と眉根を寄せると、古川様は、
「はっきりとは・・・、聞いていないから・・・ね。」
と返事をする。清川様は、
「これにより、対応も変わるじゃろうが。
巫女様が何も言わなんだという事はあるまい?」
ともう少し思い出すように促すと、古川様は、
「巫女様は・・・、稲荷の側の話じゃ・・・と。
こちらから・・・は、・・・手出しは不自然?・・・と言う事みたい・・・よ。」
と事情を説明する。
清川様が、
「確かにそうじゃが、仮に貧乏神じゃた場合、こちらの教育がなっていないという事にもなろう。
由々しき事態とは思わぬか?」
と指摘しつつ、私の方に視線を送った。私はばつが悪くて、古川様の方に顔を向ける。
古川様は、
「指示したのは・・・、白狐・・・よね?」
と私に確認してきた。私が、
「はい。
白狐が、鏡に移すようにと言いました。」
と答えると、古川様は、
「そういう・・・話。
だから・・・、巫女様も、・・・あちらに任せよ・・・と。」
と伝言を伝える。清川様は、
「ならば、最初にそう言わぬか。」
と文句を言った。古川様が、
「だから・・・、稲荷の側の話じゃと・・・、伝えたわ・・・よ?」
と反論する。古川様は、確かにそう言っていた。
清川様も、
「む。
・・・確かに。」
と眉間に皺を寄せる。古川様が私の方を見て、
「輿で昼寝?・・・疑惑もあるから・・・ね。」
と指摘する。私も、白狐から寝ていたのではないかと指摘されていたので、
「申し訳ありません。
私は瞑想のつもりだったのですが、そうなっていなかったのかもしれません。」
と少し声が小さくなりながら肯定した。
そのせいで、清川様から、
「もう少し、厳しく修行を見た方が良さそうじゃな。」
と言われてしまった。
先日、私は清川様からの指導は一旦中断となり、先に大月様の方から作法を学ぶ事になった筈だ。
だが、それはただの揚げ足なので、言わない事にする。
替わりに私は、
「お手柔らかに、お願いします。」
と返した。
次は巫女様のお言葉だろうと思い、古川様に巫女様が憑依するのを待つ。
が、古川様が、
「どうした・・・の?」
と質問してきた。私は、
「これから、巫女様が憑依なさると思ったもので。
仮に伝言だけでしたら、念話で済みますし。」
と答えると、古川様は、
「そうなの・・・ね。
でも、・・・今はこれだけ・・・よ。」
と拍子抜け。私は、
「今はという事は、後という事ですか?」
と聞くと、古川様は、
「稲荷の側の・・・、動き如何・・・だそう・・・よ。」
と答えた。私は、
「それは、どういった具合でしょうか?」
と確認したのだが、古川様も、
「まだ、・・・聞かされて・・・いないから・・・ね。」
と知らない模様。清川様が、
「稲荷の巫女は、帰って天上に問い合わせると言っておったのじゃろう。
ならば、それ如何という意味じゃろう。」
と補足する。私は、
「それで、最悪の場合、竜の巫女様の力が必要となるわけですか。」
と現状から推測すると、清川様は、
「そうじゃろうな。
じゃが、何事もなければ古川を寄越したりはすまい。
十中八九、何かあるのじゃろう。」
と不穏な事を言い始めた。
あれが貧乏神だった可能性がまだ残っていて、もしそうだった場合に対処が必要という事なのだろうか。
十中八九という事は、一か二は何も起きないという事になる。
私は、その一か二になると良いのだけれどと思ったのだった。
本日は江戸ネタはお休みです。(--;)シコミ ソコネタ...




