瞑想では来られなく
私は、白狐が神様に会うため、真新しい谷竜稲荷の社の中で瞑想をしていた。
外からは、笙やら太鼓やらの音。
社の戸は格子戸なので、思ったよりもよく聞こえてくる。
そして、入ってくるのは音だけではない。
冷気も同様に、格子から入ってくる。
肩を窄めたいが、今は儀式中。仕方がないので、我慢して胸を張る。
雑念が多いのを感じながらも、瞑想を続ける。
きっと、いつものように目を瞑ってじっと待っていれば、そのうち白狐が出てくるに違いない。
私はそう考えていたのだが、いつまで経っても白狐が出てこなかった。
──外から聞こえてくる、囃子のせいだろうか?
だが、あちらも仕来りで演奏しているのだろう。止めてくれと頼むわけにはいかないだろう。
私は出来るだけ音を聞かないように、手で耳を覆う事にした。
だが、暫く待ったのだが白狐は現れない。
──音が原因ではないなら、ひょっとして、木の匂いのせいだろうか?
普通であれば、新築の木の匂いは清々しい気持ちになる。
だが、今はその匂いさえも、邪魔なように思えてきた。
仕方がないので、少しだけ口を開けて息をする。
良い時間が経つが、やはり白狐が現れる気配はない。
──これは寒さのせいだろう。
なるべく考えないようにしていたが、もう自分を誤魔化しきれないと観念する。
この寒さを凌ぐには、どうすればよいか。
普段であれば、火鉢を置くか、上に何か着るかだろう。格子戸に、障子紙を貼るという手もあるかもしれない。
だが、このどれも今すぐに出来はしないだろう。
午前中のうちに社には入ったものの、最後の肝心な所が出来ていない。
白狐が神様とお会いになる時間に間に合うだろうかと、心配になって来くる。
社に入ってから、半刻以上、過ぎた気がする。
徐々に正午までの時間がなくなり、ソワソワし始める。
貧乏揺すりをしたくなったが、ぐっと我慢する。
小さい頃、母から『貧乏神が来るから止めんね』と言われたのを思い出す。
神社の中に、他の神様を呼び込むわけには行かないに違いない。
どうにも寒いので、何か抜け道はないかと考える。
そう言えば、魔法を使ってはいけないと言っていなかった事に思い至る。
知らなかったで押し通す事にして、黄色魔法を集める。
寒さが、ほんの少しだけ増しになる。
稲荷の巫女様から、文句を言われないか心配になる。
暫くして、何も言って来ない事に安心する。
が、後から言われるかもしれないと、思い直す。
大きく一呼吸し、どうせ怒られるのであれば、少し使っても沢山使っても一緒だろうと割り切る事にする。
今度は、仕来りを破ったと認定された場合、どんな罰が下るか想像する。
竜帝城で見た拷問道具を思いだす。
あれは神社にはないだろうと、自分の想像を打ち消す。
色々と考えているうちに、また、拷問部屋を思い出す。
考えが、堂々巡りしている。
私は、このままでは不味いと思ったのだが、ここで漸く、白狐が私の目の前に現れた。
<<遅いではないか>>
白狐が、叱りつけてきた。
私は、
「申し訳ありません。
何やら今回は、なかなかこちらに来られませんで・・・。」
と言い訳にもならない事を話すと、白狐は少し考え、
<<ひょっとすると、小童。
瞑想では、こちらに来られなくなってはおらぬか?>>
と言い出した。私が、
「ですが、今もここにいますし、輿の中でもちゃんと来られましたよ?」
と指摘したのだが、白狐は、
<<寝ておったのではないか?
元々、巫女もそのように封をしたと言っておったではないか。>>
と返してきた。私は、
「そうなので?」
と首を傾げると、白狐は、
<<忘れておるようじゃのぅ。>>
と呆れた口調。そして、
<<仮に、これが当たりとすれば説明はつく。
朝起きて飯を食べ、直ぐに輿の中でも寝た事になるのじゃからな。
つまり、寝すぎじゃ。>>
と解説した。私は、
「確かに、そうであれば辻褄は合いますね。
ですが、急にどうしてでしょうか?」
と聞くと、白狐は、
<<恐らくじゃがの。
小童の瞑想の質が、悪くなたからではないか?>>
と答えた。私が、
「『質』ですか?」
とまた首を傾げると、白狐は、
<<うむ。
考えても見よ。
修行中は、気を張って瞑想の質も高かったに違いない。
じゃが、ここ数日はそうでなない。
黒竜の魂を移したり、あちこちの牢に入ったりしておったじゃろうが。
その間に雑念も増え、ぞんざいな冥想しか出来なくなったのではないか?>>
と答えた。私は心外だと思いつつも、心当たりもあったので、
「つまり、たったの数日で集中できなくなったと言う事ですか?」
と確認すると、白狐は、
<<うむ。>>
と同意した。私は、
「ならば、今、どうして私はこちらに?」
と聞いた所、白狐は、
<<解らぬ。
が、焦りが緊張を生んだのかのぅ。>>
と曖昧な返事。私は、
「とにかく、ちゃんとこちらに来られてよかったです。」
と返すと、白狐は、
<<うむ。
間に合わぬかと思うたわ。>>
と苦笑いした。
話が戻ってきたので、本題に入ることにする。
私は、
「それで、私はここで待っていればよいのでしょうか?」
とこれからの行動を確認した。すると、白狐は、
<<そうじゃな。>>
と頷いたが、
<<そうじゃ。
念の為、後ろを向いておくのじゃぞ。>>
と付け加えた。私は、
「目が潰れるからですか?」
と確認すると、白狐は、
<<潰れはすまい。
が、念の為じゃ。>>
と答えた。実の所、白狐も影響が分かっていないのだろう。
私は、
「分かりました。」
と同意し、後ろを向いた。
祝詞だろうか。
白狐が何やら呟いた後、辺りが猛烈な光りに包まれる。
雷に打たれた時の事を思い出し、すぐに目を瞑る。
だが、目を瞑った筈なのに、先程の光が消えてくれない。
──このまま、目が潰れてしまうのか?
私は、顔を手で覆い、一生懸命目を瞑って白狐が戻ってくるのを待った。
暫くして、徐々に瞼の中が暗くなってくる。
目が潰れていなくて良かったと、ほっとする。
周囲を確認することにする。
顔を覆っている手の中指と薬指を開き、その隙間から外の様子を窺う。
いつもの、白狐と会っている所だ。
ゆっくりと、後ろを振り返ってみる。
だが、まだ白狐は戻ってきていない様子。
私の中に、悪い予感が過ぎる。
白狐がここに戻ってくる時、さっきのように猛烈な光りに包まれるのではないか。
そして、今度こそ、失明するのではないかというものだ。
私は、再び逆側を向き、顔を手で覆ってやり過ごす事にした。
それから、体感で四半刻、未だに白狐は戻ってこなかった。
徐々に、もう戻って来ないのではないかと心配になってくる。
別に、白狐が恋しいから心配なのではない。
私は、私に憑依している白狐の実体の方を倒しているからだ。
今は白狐が私に憑依しているから問題になっていないが、この問題が再燃すると、私は大変不味い立場に立たされる筈だ。
神使を倒してしまった事になるのだから、最悪の場合、磔か何かになっても不思議ではないのだ。
仮にそうなった場合、全く罪のない更科さんや更科さんと私の親兄弟、親戚連中も罪に問われる可能性だってる。
悪い方に思考が流れていき、背中が冷めたくなる。
私は、一刻も早く白狐が戻ってこないかと切に祈ったのだった。
本日も、小つぶなのを一つだけ。
作中、貧乏揺すりをすると、貧乏神が来るという話があります。
これは、諸説ある貧乏揺すりの語源の中に、江戸時代の頃、足を揺すると貧乏神に取り憑かれると考えられていたためとするものがあるのに基づいています。
・貧乏揺すり
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