一角獣(いっかくじゅう)を
蒼竜様から、銚子が回ってくる。
また飲みすぎて寝てはいけないので、盃に半分だけ酒を注ぎ、更科さんに回す。
上座の方では、いつもの赤竜帝、蒼竜様、田中先輩の三人の他、不知火様を加えて話をしている。
田中先輩が、
「鮨と言えば、昔な。」
と何か話を始める様子。聞き耳を立てる。
田中先輩は、
「王都で、一角獣を鮨種にしたいって、貴族がいたんだ。
冒険者組合に、一角獣にしては目の飛び出るような額の依頼を出してな。
とある中級冒険者が、我先にと飛びついたんだ。」
と語り始めた。
蒼竜様が、
「一角獣は、確か、偉そうな顎髭を生やした角のある馬だったか。」
と言うと、田中先輩が、
「そうだ。」
と同意する。
不知火様が、
「しかし、一角獣なんて、食えるのか?」
と突っ込むと、田中先輩は、
「まぁ、聞け。
最後に、それも話すから。」
と苦笑いをする。このやり取りを見て、私は、不味かったのだろうなと推測する。
赤竜帝が、
「それで、そいつらに同行したのか?」
と話を振る。
田中先輩は、
「ああ。
等級的には受けられるが、そいつらでは実力不足だろって事で、冒険者組合が俺を斡旋してな。
それで、同行する事になったんだ。」
と経緯を説明した。不知火様が、
「それで?」
と合いの手を入れる。田中先輩は、
「普通、こういった依頼は最初に生息域を調べたりするんだが、その中級冒険者、心当たりがあると言ってな。
碌に調べもせず、準備だけ整えて、大峰山の方に行ったんだ。」
と話すと、酒を一口飲んだ。
田中先輩は、
「すると案の定、これが空振りでな。
1週間ほど山頂付近で張り込んだんだが、出てこなかったんだ。
それで一旦戻ろうって事になってな。
王都に戻って、一角獣の出没情報を探す事になったんだ。」
と苦笑いした。不知火様が、
「確か一角獣は、季節で移動するんだったか。」
と言うと、蒼竜様も、
「うむ。
確か、夏は北の方に行くか、高い山で暮らし、冬になると過ごしやすい所を探して南下するんだったな。」
と説明する。田中先輩が、
「だそうだな。」
と肯定。赤竜帝が、
「つまり、依頼を受けたのは秋以降。
夏、山頂付近で見かけたが、既に移動した後だったという事か。」
と補足する。田中先輩は、
「そういう事だ。」
と頷いた。そして、
「俺は、来年まで待った方がいいって言ったんだがな。
依頼主が、受けたからには急いで持って来いとか言って、責付いて来たんだ。」
と苦笑いをし、不知火様も、
「それは、難儀だな。」
と同情した。
田中先輩は、また一口酒を飲み、
「ああ。
だが、相手は貴族。
嫌とは言えないだろ?
だから、俺は、
『断る事は出来ないだろうが、事情を説明して、追加で遠征費を出すように交渉してみたらどうだ?』
って提案してやったんだ。」
と話した。不知火様が、
「目が飛び出るほどの額って、言ってなかったか?
織り込み済みのように、聞こえるが。」
と確認すると、田中先輩は、
「普通の依頼ならば高額ってだけで、遠征するとなれば、別だ。」
と苦笑い。赤竜帝が、
「なるほど。
で、行ったのか?」
と次を促すと、田中先輩は、
「勿論。
俺も含め、受けた5人全員で行って、説明したぞ。
だが、あの貴族ときたら、えらい剣幕で、
『この金子で受けたのは其方等の方じゃ。
受けたからには、鐚一文もまからぬわ。』
と激高してな。
中級冒険者なんて、大した力もない。
怖気づいて、
『これでやらせていただきます。』
って、頭を下げちまったんだ。」
と説明した。蒼竜様が、
「それは、いかぬ。
少々、懲らしめたほうが良さそうだが、相手は誰だ?」
と言ってきた。田中先輩は、
「随分前だ。
名前なんて、覚えている訳、ないだろう。」
と前置きをし、
「さ、さ、さ、・・・坂上?
坂下?
いや、斎藤だったか?
・・・やはり、思い出せん。」
と思い出そうとはしたものの、思い出せなかった様子。
蒼竜様が、
「まぁ、王都の冒険者組合に問い合わせるとしよう。
一角獣なら、普通は角の依頼だ。
肉の依頼なら、すぐに出てくるだろう。」
と言った。不知火様が、
「角は、毒消しになるらしいからな。」
と補足し、田中先輩が、
「そうらしいな。」
と同意した。
赤竜帝が、
「それからどうなった?」
と話を戻す。田中先輩は、
「先ずは、どうやったら遠くで狩った一角獣を鮮度よく持ち帰れるかって課題を話し合ってな。
調べた結果、冒険者組合から冷凍保存する魔道具が借りられる事が判ったんだ。」
と説明し、
「かなり、高額だったらしいがな。」
と付け加える。そして、酒を飲むと、
「次に、一角獣がどこに行ったかが問題になってな。
これは、冒険者組合に金を渡して、調査してもらう事になったんだ。
これも、結構な額になったそうだ。」
と話すと、不知火様が、
「なるほど。」
と相槌を打つ。
田中先輩は、
「宿代も馬鹿にならないからな。
金子は節約。
野宿で移動する事になった。」
と苦笑い。蒼竜様が、
「貧乏遠征か。
だが、中級ならそんなものだろう。」
と言った。田中先輩が、
「確かにそうなんだがな。
一角獣がいるのが、半月かかる場所と判明したんだ。
それだけ時間がかかれば、他に移動するかもしれないだろ?
流石に、気が気でなかったぞ。」
と顰面になる。
赤竜帝が、
「それで、いたのか?」
と確認する。
田中先輩は、
「ああ。」
と肯定し、
「そこからが大変でな。
奴ら、かなり凶暴だろ?」
と言った。不知火様が、
「そうだな。」
と同意する。田中先輩は、
「向こうは10頭いてな。
だが、こっちは俺を含めて5人だ。
一頭だけ誘い出さないと、あれは無理だろうって話になったんだ。」
と言った。赤竜帝が、
「なるほど。
で、どうやって誘い出したんだ?」
と確認する。すると、田中先輩は、
「それが、丁度な。
居場所を探す間に、一角獣の性質を調べた奴がいたんだ。
そいつが言うにはな。
一角獣は、嫁入り前の娘の匂いが好きだって話でな。
流石に、それは似非情報だろうって笑ったんだが、他に良い手がない。
近くの村から、金で嫁入り前の娘の着物でも買えば、おびき出せないかって話になったんだ。」
と答えた。赤竜帝が、
「そんなもの、買えるのか?」
と眉間に皺を作る。田中先輩は、
「いや。
だが、一人娘の家で、俺達の中の1人が婿入りするって条件で、貸し出してくれる事になってな。」
と苦笑いした。不知火様も、
「跡継ぎとしてか。」
と苦笑い。赤竜帝が、
「それで、釣れたのか?」
と確認する。
すると田中先輩は、
「ああ、釣れたぞ。
3頭も。」
と返し、
「3頭もいたら、流石に難しいだろうと思ったんだがな。
獣は大体、匂いを覚える。
次はないから、ここで決めようって話になったんだ。」
と少し苦笑いする。
赤竜帝が、
「大丈夫だったのか?」
と少し心配そうに質問をすると、田中先輩は、
「ああ。」
と頷いたが、
「だが二人、角で足を刺されたのと、腹を蹴られて気絶したのがいてな。
命に別状はなかったから俺はこの程度と思ったが、怖さが先立つようになって、冒険者を続けられなくなってな。」
と険しい表情になった。
そして、また酒を飲み、
「その後、王都に戻って角と一緒に肉を納品しに行ったんだがな。
俺達が苦労している間に、そいつ、他で食べる機会があったそうだ。
そして、これだけ苦労して手に入れた肉だというのに、
『あれは、筋の多い馬刺しと一緒で不味い。
もう、下がって良いぞ。』
と言われてな。」
と怒った顔つきとなる。
田中先輩は、
「金子は払ってくれたが、割に合わない。
冒険者組合に報告はしたが、相手は貴族。
組合も動けなくてな。
あの頃は、流石に堪えたぞ。」
とこの話を締め括る。なんとなく、やるせない気持ちになる。
不知火様が、
「辞めた奴らは、その後、どうなったんだ?」
と心配そうに聞くと、田中先輩は、
「あぁ。
腹をやられた奴は、農家の入婿になってな。
子供は3人、小作人までいて元気にしているそうだ。」
とにこやかな顔になる。そして、
「足を怪我した奴も、冒険者組合の斡旋で酒造りの仕事に就いてな。
今では、立派に杜氏を努めていると聞いたぞ。」
と、二人共、それなりに成功している様子。
田中先輩は、
「冒険者で成功する奴らは、一握りだからな。
そのまま冒険者を続けているよりも、今の方がよほど幸せだろうよ。」
とやや強引に纏めた。
私は、その時は悪くても、将来はどう転ぶか分からない物だと思ったのだった。
本日は、江戸ネタはお休みです。(~~;)
作中、一角獣が出てきます。
このユニコーンですが、本作では、昔ながらの顎髭とライオンの尻尾を持った青い目の白馬を想定しています。
角には、毒消しの効果があるそうで、昔、イッカクという、北極海の方に生息するイルカに角をつけたような生き物の角が、ユニコーンの角として流通した事があるのだそうです。
なお、一角獣が過ごしやすい所を求めて移動するという表現がありますが、こちらは、話の都合上、おっさんがでっち上げた設定となりますので、あしからず。。。
・ユニコーン
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・イッカク
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