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田中先輩が行った所は

 私は、田舎鮨(いなかずし)の一室にて、宴会に参加していた。

 今は、1品目、寒天(かんてん)味噌漬(みそづ)けで酒を飲んでいる。



 私は、


「それで、田中先輩はどちらに行かれていたのですか?」


と話を切り出した。

 すると田中先輩は、


広重(ひろしげ)、どこまで話して良いんだ?」


と赤竜帝に確認する。

 赤竜帝は、


「そうだな・・・。」


と少し思案し、


「自分で話すか。」


と言った。そして、


「先日、向こうの里と戦っただろう?」


と聞いてきた。

 私が、


「はい。」


(うなづ)くと、赤竜帝は、


「それを、他の里にも伝えてもらったのだ。

 (うわさ)で中途半端に情報を手に入れた者が、(おそ)って()ぬとも限らぬからな。」


と答えた。不知火様が、


「周りに、今回は攻めて来たのを返り討ちにしただけで、他を攻めるつもりはないと分かって貰う必要があるからな。」


と付け加える。

 私は、


「何故、そう説明しないと、(おそ)ってくるかもしれないのですか?」


と聞くと、蒼竜様が、


「山上。

 こちらから攻めたとなれば、周りに野心があると思われるのだ。

 さすれば、それを阻止せんと、連れ立って攻めてくる可能性もある。

 それは、面倒であろうが。」


と説明してくれた。

 私は、


「面倒なのですか?

 前は、田中先輩の威嚇(いかく)一発で、相手が総崩れになったと聞きました。

 連れ立って来ても、同じではないでしょうか。」


と首を(かし)げた。すると不知火様が、


「いや、同じじゃないぞ。」


と否定し、


(いく)つか方法はあるが、一番解り(やす)いのは、2箇所から仕掛けて来た場合だろうな。

 田中は、一人しかいないのだ。」


と理由を説明した。そして、


「そういえば、山上は【黒竜の威嚇】が使えたな。

 2箇所目に行ってみるか?」


と聞いてきた。私は慌てて、


「それは、勘弁して下さい!

 間違いなく、死にますから!」


拒否(きょひ)すると、不知火様は、


「いや、死ぬというのは大袈裟(おおげさ)だろう。

 そこの戸赤(とあか)が、自分よりもずっと強いと言っていたぞ?」


と笑いながら言ってきた。恐らく、焔太(えんた)針小棒大(しんしょうぼうだい)に話したのだろう。

 私は、


「前ならともかく、今は弱くなりましたので、もう死にますよ。」


と返したのだが、焔太様が、


「いや。

 雪熊との戦いで、どう考えても俺が倒したのよりも格上のを一撃だっただろうが。」


と言ってきた。私は、


「いえ、あれは時間を掛けて魔法を集めたからです。

 今からやれと言われたら、あのような威力(いりょく)は出ません。

 焔太様にも、勝てませんよ。」


と説明した。何となく、集めるまでの時間が周りに左右される事は、()せておく。

 不知火様が、


「条件付きという事か。」


と言って少し考え、


「まぁ、その話は後にするか。」


障子(しょうじ)の方に目をやった。部屋の外で、店の人が待っている気配がした。

 恐らく、次の品を運んできたのだろう。

 障子の向こうから、


「次の膳を持ってまいりました。」


と声がかかる。

 不知火様が、


「今日は、型式通りの宴会ではない。

 どんどん、持ってきてよいからな。」


と返事をした。

 障子の向こうから、


「恐れ入ります。」


と返事が来て、障子が開かれる。

 そして、次の膳が運び入れられた。


 膳に乗った皿は、一見、柚子皮の入った紅白なますなのだが、それ以外にもくすんだ橙色(だいだいいろ)の何か入っている。

 一先ず、この橙色のものを(はし)(つま)み、口に運ぶ。

 甘酢だけではなく、果物の甘みも口に広がる。


 串柿(くしがき)だ。


 私は更科さんに、


「串柿は、そのまま食べるだけではないのですね。」


と話しかけると、更科さんも、


「そうね。」


と珍しそうに食べていた。佳央様が、


「私は、串柿のままの方が好きだけどね。」


と一言。実は私もそう思ったが、お店の中で話すには、少々失礼だなと感じた。



 赤竜帝が、


「不知火。

 話の続きをしたらどうだ?」


と指示を出す。不知火様は(さかずき)を口に付けていたが、慌てて置き、


「分かりました。」


と返事をした。

 不知火様が、


「2箇所から攻められては(たま)らぬ、と話した所までだったか。」


と前置きをし、


「外交には、このような豆な気遣(きづか)いが必要なのだ。」


(まと)めた。赤竜帝が話すように促すくらいだから、もっと長いのかと思ったが、存外にも、続きは短かったようだ。

 私は、


「大変なのですね。」


と感想を言うと、大月様が、


「山上は、他人事のように言っていられるのも、今のうちであろう。

 人里に帰れば、調整役を頼まれる立場となる(はず)ゆえ。」


と言ってきた。そういえば、以前、似たようは話を言われた気がする。

 私は、


「調整役なんて、どうすればよいやらさっぱり・・・。」


(おび)えると、大月様から、


「仮の巫女の修行が終われば、その後はまた、小生のもとで勉強となるのであろう。

 その時、多少は考える時間を作るからな。」


と言ってくれた。私は、


「宜しくお願いします。」


と軽く頭を下げた。



 次の膳が運び込まれてくる。

 膳の上の皿には、人参と牛蒡(ごぼう)に似た茶色い何かを細切りにして煮付けたような物が出てきた。

 寿司屋なのに、不自然ではないか?

 そう思った私は、


「また、(すし)ではないのですね。」


と指摘した。すると、蒼竜様が、


「田中に、この店で食べたい物を()げさせたのだ。

 すると、鮨よりも酒の(さかな)が良かったようでな。」


と苦笑いした。

 私は、それならば、普通に料亭で良かったのではないかと思ったが、


「今日は、田中先輩が上座ですし、そういう趣向(しゅこう)も良いのではないですかね。」


と返した。赤竜帝が、


酒肴(しゅこう)だけにな。」


と言う。他の人が、口元を抑えて少し笑う。

 私はどうしたのだろうかと首を傾げると、更科さんが私の耳元で、


駄洒落(だじゃれ)よ。

 趣向(しゅこう)酒肴(しゅこう)を掛けたみたい。」


と教えてくれた。私も更科さんの耳元で、


「駄洒落と言いますと?」


と聞くと、更科さんは、


「同じか、似た音の言葉を並べたり、同じ意味の言葉を並べる言葉遊びよ。」


と教えてくれた。私は、


「言葉遊びですか。」


と繰り返して少し考え、


「それで、なんで笑ったのですか?」


と聞いてみた所、更科さんは、


「目上の人が言ったら、笑う仕来(しきた)りなの。」


と説明した。私は、


「仕来りなら、仕方ありませんね。」


と納得した。

 これが、大月様にも聞こえていたらしく、


()(ふた)もない・・・。」


と苦笑いしながら(つぶや)いていた。



 一先ず、目の前の煮物を食べてみる。

 あの茶色いのは、するめのようだ。

 甘塩っぱい味付けが、酒とよく合う。

 更科さんに、


「これ、美味しいですね。」


と言うと、更科さんも、


「そうね。」


と同意し、


「さっきは柿の甘みだったけど、これはざらめかしら。」


と付け加えた。私は、


「ざらめと言いますと?」


と聞くと、更科さんは、


「お砂糖の種類よ。」


と教えてくれた。どうやら、砂糖には色々と種類があるらしい。

 私は、焔太様が攻めてきて逃げる時、信八(しんぱち)(じい)さんが(つぼ)(かか)えていたのを思い出し、


「砂糖ですか。

 私の住んでいる村にも、砂糖づくりの名手がいましたね。」


と話した。更科さんが、


「戸板に乗ってた、お爺さんよね?」


と確認てきたので、私は、


「はい。

 信八爺さんです。」


と肯定した。更科さんが、


「確か、村のご禁制だからといって庄屋様が取り上げて、ハプスニルのレモンさんに渡してたわよね。」


とその時の状況を振り返る。田中先輩が、


「レモンって、あのレモンか?」


と聞いてきた。私が、


「はい。

 向こうの里の竜が平村に攻めて来るという事で、皆で避難したのですが、その時に居合(いあ)わせまして。」


と返事をした。攻めてきた竜人の中に焔太様もいたので、バツの悪そうな顔をする。

 佳央様が、


「ニコラ様もいたわね。」


と補足する。田中先輩は、


「爺さんも、もう少しゆっくりしていったら良かったのにな。」


と少し寂しそうに、一口、酒を飲んだ。



 何巡目かの銚子(ちょうし)が、蒼竜様から回ってくる。

 少し、酒に()ってくる。

 私は、早めに聞かないと、また記憶がなくなると思い、


「そういえば、不知火様。

 (かどわ)かしの件は、どのような事情だったのでしょうか。」


と聞いてみた。不知火様は、


「そう言えば、後で話すと約束したな。」


と答え、


「赤竜帝。

 どこまで話してもいいか・・・ですか?」


と相談し始めた。赤竜帝が、


「そうだな。」


と少し考え、


「蒼竜と火山(かやま)、後は戸赤(とあか)が問題ないと考える範囲で話すというのはどうだ?」


と提案した。すると、不知火様は、


「それは、妙案だ・・・です。」


肯定(こうてい)し、


「そうだな・・・。

 先ずは、焔太から話してやれ。」


と言った。これで(ようや)く、話が聞けそうだ。

 私は焔太様の方に体を向け、傾聴(けいちょう)姿勢(しせい)をとったのだった。


 作中の串柿の入った紅白なますは、『干し柿なます』の想定です。

 干し柿なますは、千切りにした大根と人参に塩をしてしんなりしたら水洗いし、縦斬りにした干し柿、柚子皮の千切りと一緒に合わせ酢で和えて作るそうです。

 参考にしたところでは佐賀県の郷土料理となっていますが、他の地域でも作られているようです。

 (ちな)みに作中では、『干し柿』ではなく『串柿』と言っています。

 干し柿の中でも、紐に吊るして干したものを『つるし柿』、柿を串刺しにして干した『串柿』と呼ぶそうですが、江戸時代の頃は串柿の方が多かったらしいという話を聞きましたので、こちらの言葉を使ってみました。(出典注意)


 もう一つ、サラッと流していますが、人参と牛蒡(ごぼう)に似た茶色い何かを細切りにして煮付けたような物は、「いかにんじん」の想定です。

 いかにんじんは、するめと人参の細切りを、酒、醤油、ザラメ糖を煮て冷ましたタレに漬け込んだ料理となります。

 するめは、江戸時代の頃は、日本から中国に輸出していました。



・農林水産省Webサイト 干し柿なます 佐賀県

 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/45_18_saga.html

・干し柿

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B9%B2%E3%81%97%E6%9F%BF&oldid=89570181

・いかにんじん

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%93&oldid=86924193

・農林水産省Webサイト いかにんじん 福島県

 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/30_1_fukushima.html

・スルメ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A1&oldid=89633365


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