赤竜帝が来ない事には
* 2022/10/09
後書きの出典が間違っていたので修正しました。
田中先輩が竜の里に戻ったという事で開かれる宴に呼ばれた私は、待ち合わせの田舎鮨で、先に到着していた人達と歓談をしていた。
現在、店に来ているのは、席順に主賓の田中先輩、不知火様、蒼竜様、私、更科さん、大月様、佳央様、焔太様の8人だ。私も巫女様の側という事になったのが原因だが、大月様や佳央様、焔太様よりも上の席に座っているのが、なんとも落ち着かない。
他は赤竜帝と雫様が来るはずだが、残っている座布団は2つではない。
恐らく、他にも呼ばれている人がいるのだろう。
不知火様が、
「此度は田中も、ご苦労だったな。」
と労いの言葉を言う。
確か、田中先輩は赤竜帝の用事で何処かに出かけていた筈だ。
私は、どのような話を聞けるのか、興味津々で田中先輩を見た。
田中先輩が、
「いや、なに。」
と返事をする。
私は、
「何かあったのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「広重が来てからな。」
と先送りにされた。恐らく、赤竜帝が来たら、また話す事になるのが面倒だからだろう。
私はすぐに聞けず不満だったが、
「分かりました。」
と引き下がる事にした。
田中先輩の話が先送りになったので、私が巻き込まれた事件の話を聞く事にする。
私は話のきっかけにと、
「蒼竜様、申し訳ありません。
少し前にしたお約束を、反故にしてしまいまして。」
と声を掛けた。蒼竜様が少し考え、
「前に話した、作物の交配を研究している竜人を紹介する件だな。」
と思い出す。私は、
「はい。」
と頷くと、蒼竜様は、
「仕方あるまい。
命を狙われていたのだからな。」
と返事をした。私は上手く話しに乗ってくれたと思い、
「その件です。」
と言って、蒼竜様と不知火様にも視線を送りながら、
「お陰で、拐かされたり、向こうの里に急に行ったりと、ここ数日、息を吐く暇もありませんでした。
これがどういった事情だったのか、教えていただけると有り難いのですが。」
とお願いした。
すると、蒼竜様は、
「これは、不知火の方が良いか?」
と話を振った。不知火様は、
「そうだな。」
と一旦、了承したものの、
「が、どこまで話せるかは赤竜帝に確認が必要だろう。」
と、やはりこの話も、赤竜帝が来るまでは出来ないらしい。
私は、
「そうですか。
では、後ほどお願いします。」
と、こちらも後回しとなった。
どれも、赤竜帝が来ない事には、話を聞けないようだ。
ここで、予想外の気配に気が付いた。
障子が開き、清川様と古川様が入って来る。
何故、赤竜帝は田中先輩が戻ってきた宴なのに、この二人が呼ばれたのだろうか?
思わず、首を捻ってしまった。
不知火様が、
「ご足路、ありがとうございます。」
と敬語で挨拶をする。清川様が、
「苦しゅうない。」
と挨拶を返す。が、清川様が普段使わない言葉だからか、古川様がクスッと笑った。
清川様が、古川様を軽く睨みつける。
古川様は、少し気不味そうに笑顔で返した。
この場で、言葉で謝るのは不適切と考えたのだろう。
清川様が向き直り、
「そこに座るぞ。」
と空いている一番上座の座布団に移動しようとした。
不知火様が、
「本日は、赤竜帝が来る・・・いらっしゃいます。
あと、主賓は尻尾切りだ・・・ですので、お二人には、3番目の席・・・に、お願い出来ないでしょうか。」
と普段使わない言葉に苦慮しながら、本日の席順について説明した。
清川様が、
「そうか。」
と言って、素直に3番目の席に座る。もちろん、古川様は4番目の席だ。
残りの座布団は2つ。
後は赤竜帝と雫様だけだと思たのだが、お店の人が、
「申し訳ありません。」
と言いながら入ってきた。そして、末席の更に下に座布団を敷くと、焔太様に、
「こちらにもう1席と、承っております。
ご着座の所、心苦しいのですが、こちらに移動をお願いしても宜しいでしょうか?」
と頭を下げた。
不知火様が、
「誰の分だ?」
と質問すると、お店の人が、
「火山様と、お伺いしております。」
と答えた。そういえば最近、火山様がいなくなるという事件も起きていた。
焔太様は、
「見つかったのか。」
と言うと、お店の人は、
「姿がお見えにならなくなっていたので?」
と逆に聞き返した。焔太様は、きまりの悪い顔をして、
「失言だ。
忘れてくれ。」
と言わなかった事にした。
お店の人が、
「承知しました。」
と頷く。
焔太様が新たに準備された席に移動し、お店の人が空いた席の座布団を別の物に取り替える。
不知火様が、
「戸赤。
自分で気が付いたようだが、もう少し考えろよ。」
と一言。本人は分かっていても、立場的に、注意する必要があったのかもしれない。
焔太様が、面倒臭そうな口調で、
「申し訳ありません。」
と形だけ謝罪する。
不知火様は、その様子にカチンと来たらしく、
「俺は、話をする前にもう少し考えろと言ったぞ?」
と少し怒っている様子。だが、戸赤様は、
「分かっております。」
と反省した様子はない。
私は、神妙な口調で謝ればすぐに終わるのにと思いながら、外の気配を察し、
「赤竜帝がいらっしゃったようですね。」
と言うと、不知火様は、
「そのようだな。」
と言って、この話はこれでお仕舞いとなった。
更科さんが小声で、
「和人。
向こうの里で、いじめられていなかった?」
と聞いてきた。私は、橋を落とし、川を塞き止めて地下牢に入っていたとは言い出せず、
「はい。
向こうの里は殆ど回れませんでしたが、魔法を当てると光る岩とか、色々とありまして。
結構、面白かったですよ。」
と当たり障りのない事だけ答えた。焔太様が、
「あぁ。
試しの岩か。
あれは、魔法の種類によって色が変わるからな。」
と楽しげに話に乗ってきた。私が、
「はい。
水紋の様に岩の端で跳ね返るので、波が重なり合って綺麗でした。」
と思い出しながら話すと、更科さんが、
「そうなんだ。
私も、見てみたかったわ。」
と感想を言った。
私も、
「そうですね。
恋人を連れて、撃ちに行く人もいるそうですし。」
と言うと、焔太様が私の席まで来て、耳元で、
「そういえば、山上。
伝言はどうした?」
と尋ねてきた。私が、
「伝える時間もありませんでしたので、赤竜帝に言付けました。」
と言うと、焔太様がぎょっとした顔で、
「今、誰にと言った?」
と聞き返してきた。私が、
「はい。
ですから、赤竜帝に・・・、」
と答えかけると、障子が開いた。
一同、そちらに注目する。
赤竜帝と、その後ろに竜人が一人、控えていた。
先日は暗くてはっきりと顔は見えなかったが、彼が火山様なのだろう。
赤竜帝が、
「その席は?」
と雫様の席を指差す。蒼竜様が、
「すみません。
うちので。」
と軽く謝り、
「恐縮ですが、遅れて来るそうです。」
と説明した。
赤竜帝が、
「そうか。」
と一言。次に私を見て、
「此度は、里のゴタゴタに巻き込んで済まなかったな。」
と謝ってきた。私は、
「いえ、とんでもございません。」
と返すと、赤竜帝は、
「この件は、後でな。」
と後ほど、説明してくれるらしい。
次に、赤竜帝は焔太様を見て、
「紅口には、伝えておいてやったぞ。」
と一言。不知火様が少し怒気を含んだ大きめの声で、
「赤竜帝に、何を頼んだのだ!」
と叱りつけた。
私が、
「申し訳ありません。
私が考え無しに、赤竜帝に言付けまして・・・。」
と謝ると、焔太様も神妙に、
「いや、俺が不用意に頼んだのが原因です。
・・・面目ありません。」
と謝った。赤竜帝が、
「お互い、気遣っての事だ。
良いではないか。」
と一言。不知火様は、
「分かりました。」
と納得はしていなさそうだが、これ以上の追及はしないようだ。
赤竜帝と火山様が、座布団に座る。
赤竜帝が、
「では、始めるか。」
と障子の外にも聞こえるように言うと、障子が開いた。
店の人の手によって、膳が運び込まれる。
田中先輩に、お酒が入っているであろう銚子が渡される。
前にお荒れた膳を見ると、皿とお猪口が1つづつ。
お皿には、羊羹を薄く切ったような、だが、焦げ茶で透明な物が乗っている。
更科さんが、
「煮凝りかしら。」
と言うと、お店の人が、
「いえ。
こちらは、寒天の味噌漬けになります。」
と答えた。
蒼竜様が、
「寒天か。」
と言ったので、よく知っているのだろうと思い、私は、
「寒天というのは、どのようなものなのでしょうか?」
と聞いてみた。
蒼竜様は、
「海に生える海藻と言うものを干して煮た後、濾して上澄みを固めるのだったか。
そうしてところてんを作った後、氷が出来るような寒い日に干して作ると聞く。」
と答えた。店の人が、
「流石は、蒼竜様。
博識ですね。」
と世辞を言った後、
「その、棒寒天にする前の生天を味噌に漬け込んだものが、こちらとなります。」
と補足してくれた。
蒼竜様が、
「なるほど。
生天は、ところてんだったか。」
と言ってくれたお陰で、二人の話の辻褄がある。
蒼竜様は、
「しかしこれは、見た目も綺麗だが、酒にもよく合いそうだ。」
と言いながら、回ってきた銚子を受け取り、盃に酒を注いだ。
作中の通り、寒天はところてんを寒い日に干したものです。
この寒天ですが、江戸時代、美濃太郎左衛門さんという人が、旅先で捨てられたところてんが寒い日に凍った後、干からびているのを見つけたのだそうです。これを試しに溶かして固めた所、ところてんよりも癖がなかったので、いんげん豆を持ち込んだことで有名な中国から亡命してきた隠元禅師に見てもらい、寒天と命名されたのだとか。
この寒天にする前の生天(ところてん?)を味噌漬けにした物が、作中に登場する寒天の味噌漬けと呼ばれるものになります。
長野の郷土料理なのだそうで、作中の通り、酒の肴にもピッタリの一品とのこと。
あと、作中の銚子はお酒を温めたり、盃に注ぐ器です。
・寒天の味噌漬け
大和書房編集部『信州のおばあちゃんたちに聞いた 100年後にも残したいふるさとレシピ100』大和書房, 2022年, 69頁
・寒天
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AF%92%E5%A4%A9&oldid=91641291
・ところてん
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%A8%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%A6%E3%82%93&oldid=91590516
・インゲンマメ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%A1&oldid=87591873
・銚子
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%8A%9A%E5%AD%90&oldid=88230101




