聞く相手が違う
冷たい風が吹き抜ける門の下、雫様と私は、里の門で佳央様が到着するのを待っていた。
門のの外には、日も暮れてすっかり暗くなった中、筋肉隆々の門番さんが1人。堂々とした佇まいだ。
暫く待っていると、佳央様が迎えにやってきた。
私が門番さんに、
「佳・・・、黒山様が来ました。」
と声を掛けた。
普段から佳央様と呼んでいるせいで、うっかりそちらで呼ぼうとしてしまった。
だが、こういった場では、苗字で呼ぶのがふさわしい筈だ。
門番さんは、
「そうか。」
と言いながら、何やら帳面を取り出した。
佳央様が到着する。
門番さんが、
「黒山か。」
と声を掛けると、佳央様は、
「ええ。」
と返事をする。
門番さんが、帳面に何かを書き込む。そして、
「では、踊りの。
行っていいぞ。」
と言ってくれた。
私は、
「はい。
では、失礼いたします。」
と別れの挨拶を済ませる。
雫様が、
「そういや、赤光、まだ来んなぁ。」
と問いかけてきた。
私はこれで待ち合わせの店に向かうつもりだったのだが、門番さんがこの言葉を聞き、
「赤光・・・?
あぁ、赤光ですか。
この後、来るのですか?」
と質問してきた。門番さんは、雫様には敬語のようだ。
雫様は、
「ここに来る途中、谷から山の中に入る足跡があってな。
ちょっと、見てくるように言うたんや。」
と説明すると、門番さんは、
「山中にですか。
少し気になりますが・・・、分かりました。」
と状況を把握し、
「赤光が来たら、何か伝言を伝えましょうか?」
と質問をした。雫様は、
「特に無いんやけどな・・・。」
と返答しながら少し考え、
「『うちらも、無事、里に着いた』伝えてくれたらええわ。」
と答えた。門番さんは、
「分かりました。」
と返事をした。
雫様が、
「それで、今日は宴会聞いたんやけど、何処でやるんや?」
と今度は佳央様に質問した。佳央様は、
「田舎鮨だそうよ。」
と答えると、雫様は、
「そうか。
分かったわ。
で、今日は雅弘も出るんやろ?」
と確認すると、佳央様は、
「そう聞いているわ。」
と頷く。雫様は、
「うちも行くから、伝えとってな。」
と言うと、佳央様は、
「分かったわ。
でも念の為、念話で蒼竜様にも伝えておいて。」
と返事をした。
雫様が、
「分かった。
では、後でな。」
と言って、門の外に出ていった。蒼竜様と雫様の家が、門の外にあるのを思い出す。
私は、
「はい。
また、後で。」
と返事をした。
門番さんに、改めて挨拶をし、この場を離れる。
それにしても、1つ不思議なことがある。
店に向かって歩いている途中、私は、
「佳織も一緒に出迎えてくれると思っていたのですが、ひょっとして、何かあったのですか?」
と確認をした。すると佳央様は、
「昨日、拐かしに遭いかけたの。
それで、不知火様から、今の騒ぎが治まるまで、外出は控えるようにと言われててね。」
と理由を説明し、
「でも、宴には出るそうよ。
今日は、赤竜帝のお声がかりだから。」
と付け加えた。私は、
「一人で、大丈夫なのでしょうか?」
と心配したのだが、佳央様は、
「蒼竜様が、迎えに行くそうよ。
多分、先に着いてるんじゃない?」
と答えた。私は、
「蒼竜様となら、安心ですね。」
と納得し、
「それで、拐かしの件は誰の差し金だったのですか?」
と確認した。だが、佳央様は、
「さぁ。
昨日の今日だし、まだ、調べてるんじゃない?」
と知らない様子。私は、不安になって、
「大丈夫なのですか?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「判らないわ。
それこそ、不知火様とかにでも聞かない限り。」
と困った顔をした。
だが、そんな細々とした事を、かなり上の立場の不知火様が把握しているだろうか?
そう考えた私は、
「すみません。
不知火様に聞くのは敷居が高いので、後で佳織に聞いてみます。」
と本人に聞く事にした。
佳央様は一旦、
「そうね。」
と肯定したが、
「でも、普通は怖い思いをしただろうからと、気を遣うものよ。」
と私の言動を窘めた。
本人に事件の事を聞いて思い出させるような事は、まだするべきではないという意図だろう。
だが、更科さんに限っては、私よりも肝が座っている。
私は問題ないと思ったのだが、
「そうですね。
強面の竜人に囲まれたら、流石に怖かったでしょうから。」
と想像で話しをした。
佳央様が、不思議そうな顔で、
「強面?」
と確認する。
私は、
「拐かしと言ったら、強面の人が俵担ぎで拐って行くのではないですか?」
と質問で返す。すると、佳央様は、
「違うわ。
そういう場合もあるかも知れないけど、今回は違うそうよ。
私も聞いただけだけど、女中のような人達に囲まれて、連れて行かれそうになったって。」
とその時の様子を話した。
だが、私は状況が理解できなかったので、
「囲まれただけですか?」
と聞くと、佳央様は、
「竜人の女の人は、皆、佳織ちゃんに比べたら背が高い人のよ。
そんな人達に囲まれて、両脇をしっかり抱えられたら、逃げられないじゃない。」
と答えた。
自分に置き換えて、想像してみる。
男の竜人に壁のように囲まれ、両脇から持ち上げられたら、私には何が出来るだろうか。
私は、
「それは、ちょっと怖いですね・・・。」
と言うと、佳央様は、
「そうよ。
偶々、古川様が通りかかったから良かったけどね。」
と付け加えた。私が、
「古川様ですか。
なら、助けてくれたのは巫女様だったという事ですね。」
と言うと、佳央様は呆れたように、
「巫女様が、そんな事まで先見をするわけないじゃない。」
と言った後、
「それに、本当に偶々だったみたいよ?
巫女様の用事で御札を届けた帰り、今日は右折を繰り返す縛りがあるとかで、偶然通りかかったって言ってたから。」
と事情を説明した。
私は、
「右折だけでですか。
あれ、面倒なんですよね。
左に曲がったらすぐなのに、右に3回も曲がらないと行けないんですから。」
と苦笑いすると、佳央様は少しの間上を向き、顔を戻して、
「確かに、面倒くさそうね。」
と同意した。話が逸れたので、元に戻す事にする。
私は、
「はい。」
と頷き、
「それはそうと、偶々だったすると、凄い偶然ですね。
古川様にも、何かお礼を持っていかないといけませんが、どうしましょうか。」
と相談した。佳央様は、
「それは、佳織ちゃんと相談して。」
と面倒臭そうに返事をした。
これは確かに、聞く相手が違う。
私は、
「ご尤もです。」
と軽く謝ったのだった。
店が集まる繁華街の中を通り、細い小路に入る。
田舎鮨に着いたので、私は、
「ここですね。」
と声を掛けると、佳央様が、
「ええ。」
と返事をした。
店の中に入る。
すると早速、店の人が私に、
「お待ちしておりました。
・・・踊りの様。」
と声を掛けてきた。名前を忘れたらしく、締まらない。
私は、
「山上です。」
と苦笑いすると、お店の人は、
「申し訳ありません。
山上様。
お待ちしておりました。」
とバツが悪そうに言い直した。そして、
「蒼竜様達がお待ちです。」
と佳央様と私を部屋に案内する。
お店の人がある部屋の前で立ち止まり、障子を開ける。
するとそこには、不知火様、蒼竜様、大月様、田中先輩、焔太様、更科さんの6人が座っていた。
私は、
「失礼します。」
と言って中に入った。佳央様も続く。
田中先輩が、
「山上か。」
と挨拶をしたので、私も、
「お久しぶりです。」
と挨拶を返した。
次に、不知火様が、
「戻ったか。」
と声を掛けてくれたので、私は、
「この度は、色々とお骨折り下さったようで、ありがとうございました。」
とお礼を言うと、不知火様は、
「いや。
一人、漏らしていたようで済まなかったな。」
と謝ってきた。恐らく、向こうの竜の里に行く途中に襲ってきた竜人の事を指しているのだろう。
私は、
「いえ、とんでもありません。」
と返した。そして、
「蒼竜様も、ありがとうございます。
雫様には、大変お世話になりました。」
と言うと、蒼竜様は、
「なに。」
と笑顔で返した。佳央様が、
「雫様が来るって言ってたわよ。
と伝言を伝えると、蒼竜様は、
「うむ。
話は、聞いたゆえな。」
と返した。ちゃんと、事前に念話でも伝えたようだ。
最後、私は更科さんの席の隣りに座り、
「佳織にも、大変心配を掛けました。」
と言うと、更科さんは、
「いいのよ。
和人も大変だったんだし。」
と優しく返事をしてくれた。
私は、
「そちらも色々あったと聞いています。
この後、ゆっくり話しましょう。」
と提案すると、更科さんよりも先に不知火様から、
「聞いたか。」
と声が掛かった。
私は、
「はい。
佳織が、拐かされそうになったと聞きました。」
と返事をすると、不知火様は、
「一応、こちらからは外出を控えるように連絡していたのだがな。」
とチクリ、小言を言った。
更科さんは、どうやら不知火様の警告を無視して出掛けていたようだ。
更科さんが、
「申し訳ありません。」
と謝ると、不知火様は、
「年末も近いし、懐事情が心配なのも理解は出来る。
が、人間は竜人よりも弱いのだ。
命あっての物種だからな。」
と注意を促した。
──更科さんは、どこかに金を稼ぎに出掛けたという事なのだろうか?
更科さんが、済まなさそうな顔をして、
「仰るとおりです。
以降は気をつけます。」
と頭を下げる。不知火様はまだ話そうとしている様子だったが、更科さんは何度も謝っている様子。
私は、
「まぁ、まぁ。
詳しくは聞いていませんが、今日は、田中先輩が戻った宴と聞いています。
水を注すのもよくありませんから、この話はこのくらいにしませんか?」
と適当に言って、話を止めてもらうようにお願いした。
不知火様は、
「そうだったな。」
と、小言を言うのを打ち切ると、次に、
「此度は田中も、ご苦労だったな。」
と先輩に話を振った。
──そういえば田中先輩は、何の用事で何処に出掛けていたのだろうか?
私には直接関わりのない話ではあるが、確か、田中先輩は赤竜帝からの依頼で出掛けた筈だ。
私は、田中先輩が何を話すか興味津々になったのだった。
今回も、小粒なのを一つ。
本作の田舎鮨は、細い小路に入った所にあります。
この小路、どのくらいの幅かと言うと概ね1間くらいを想定しています。
これは、江戸の町の道は、大通りが10〜15間、横町が2〜5間、小路や新道が1〜2間、更に狭い3〜6尺の道まであったという話を参考にしました。
ちなみに3尺の道を通る時は、自転車の占有幅は1mとなっていますので、すれ違うのにも苦労する計算となります。(^^;)
あと、「俵担ぎ」は、今時は「お米様だっこ」の方が通りが良いかもしれませんね。
・新道
著:榎本 滋民/編:京須 偕充『落語ことば・事柄辞典』角川ソフィア文庫, 2017年, 電子書籍で呼んだため、ページは不明
・道路構造令の各規定の解説 2.幅員構成に関する規定 2-2 占有幅の考え方
https://www.mlit.go.jp/road/sign/pdf/kouzourei_3-2.pdf




