聞いていないな
私達は、咲花村から湖月村に向かう街道を通り、湖月村の横の湖に差し掛かっていた。
今は、未の刻を半分くらい過ぎた頃だろうか。
竜の里までは1刻欲しい所だが、もう半刻ちょとで日が暮れる筈だ。
私が、
「これは、里につく頃には、日が暮れそうですね。」
と話しかけると、雫様も、
「そやな。」
と同意した。私は赤光様に、
「今日の宴会は、何時から始まるか聞いていますか?」
と確認すると、赤光様は、
「・・・そう言えば、聞いていないな。」
と言い出した。だが、主催は赤竜帝。
遅れて行くのは、失礼だ。
──せめて、もう少し早く判っていれば。
そう考えると、私は思わず少しだけ、赤光様を睨みつけてしまった。
私は、
「場所は聞いていますか?」
と聞くと、
「ああ。
寿司屋だそうだ。
山上も、一回、行った事があると言っていたから言えば判ると言っていたぞ。」
と答えた。だが、私が行った事のある寿司屋は、竜の里に2件ある。
私は、
「港鮨ですか?
それとも、田舎鮨ですか?」
と質問すると、赤光様はバツが悪そうな顔になり、
「こっちの寿司屋には、とんと疎くてな。
店名までは、どうも思い出せぬ。」
と分からない模様。雫様は、
「なら、里に着いたら雅弘にでも聞いてみるか。
赤竜帝に田中と来れば、どうせ雅弘も呼ばれとるやろからな。」
と言ってくれた。私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
とお礼を言うと、雫様は、
「かまへん。
雅弘が出るなら、うちが行ってもおかしないしな。」
と一緒に来る模様。私は、
「身支度とか、大丈夫ですか?」
と聞くと、雫様は、
「連絡入れとったら、少し遅れても良いやろ。」
と答えた。私は、
「ですが、赤竜帝が来るんですよ?」
と確認したのだが、雫様は、
「かまへん。
向こうも、遠くから移動しとんのは、知っとるんや。
最後にちょっと、顔、見せるくらいに思うとるんちゃうか?」
と楽観的だ。私は、
「竜化して、飛んでくると思っているかも知れませんよ?」
と聞いてみたのだが、それは赤光様が、
「竜化は、滅多にするものではない。
飲み会如きで竜化すれば、逆に良い笑いものとなるからな。」
と苦笑いした。私は、
「それならば、良いのですが・・・。」
と心配したのだが、雫様から、また、
「何れにせよ、山上は連れられとる身や。
『遅れました』言うて、申し訳なさそうに入っていったら万事大丈夫や。」
とあまり気にした様子がない。
私は、事前に言い訳を整えるその態度もどうかと思ったが、体が里にない以上、どうしようもない事もまた事実。私は、
「分かりました。」
と頷いたが、誠意を見せる努力はすべきだ。だから、
「ですが、なるべく急ぎませんか?」
と提案した。赤光様は、
「これから、雪もあるんじゃないか?
俺らはともかく、山上は危ないんじゃないか?」
と心配してくれたが、私は、
「ですが、何もしなければ不義理です。
足元が雪になるまでは、なるべく早く行きませんか?」
と反論して急ぐように言うと、雫様が、
「しゃぁないなぁ。」
と苦笑いし、それを受けた赤光様も、
「分かりました。」
と了承した。
こうして私達は、途中まで急いで里に向かう事になった。
黄色魔法を身に纏い、軽く駆け足で湖の辺を移動する。
湖に流れ込む川を見つける。
竜の里は、この川を遡った先にある。
川は、大き目の石が多く転がっており、折れた枝や葉が沢山落ちている。
山の方に目を向けると、周りの木々はすっかり葉を落としていた。
石の形を見極めながら、滑りにくい所を選び、ゆっくりと駆け上る。
赤光様が、
「大丈夫か?」
と声を掛けてきた。
雫様や赤光様は竜人なので、私が一番体力がないに違いないから、心配したのだろう。
私は少し息を整えながら、
「はい。
まだ。
大丈夫です。」
と返事をすると、雫様が全く息を乱さず、
「なら、もう少しこのまま登ろか。」
と言った。
三人、川沿いを走る。
谷の両側は山なので、既に日はなく薄暗い。
途中から、石の上に雪が見え始める。
最初はそこを避けて走ったが、徐々に、そういう訳にも行かなくなってくる。
赤光様が、
「そろそろ、滑りそうですね。
ここからは、歩いていきましょうか。」
と声を掛け、私達の同意を待たず歩き始める。
雫様と私も、それに倣って駆け足をやめる。
そして、雫様が、
「そやな。
そろそろ、滑りそうや。」
と同意した。私は、
「普通なら、ここからもう少しですが、今日は雪があります。
日暮れまでに、里に着けますかね?」
と聞くと、雫様は、
「どやろ。
歩いてみんと、うちも判らんなぁ。」
と答えた。私も、
「そうですよね。」
と頷いた。
雪に残る、一人分の足跡を見つける。
私は、
「田中先輩のでしょうかね?」
と聞くと、赤光様は、
「足跡で誰のものかなど、特定できるものか。」
と断言されてしまった。
雫様は、
「まぁ、草鞋の大きさからして、子供っちゅう事はないやろ。」
と言ったのだが、この雪で遭難していたら困る。
私は、
「念の為、これを追ったほうが良いですかね?」
と確認すると、雫様が、
「ええんちゃうか。」
と否定した。だが、赤光様は承知したと思ったらしく、
「そうですね。
竜の里に着けば良し。
そうでなければ、人助けが出来ます。」
と探す気のようだ。雫様が、
「ほな、赤光。
その時は頼むで。」
とお願いし、赤光様だけ探す方向で決定した。
雪に残る足跡を追い、川沿いを進み続ける。
淡く青白い雪の岩場と、その真ん中を流れる川の景色が続く。
この足跡、途中で山の中に消えていった。
私は心配になり、
「これ、大丈夫ですかね?」
と言うと、雫様が、
「そやなぁ。」
と同意し、
「赤光、探しに行ってくれるか?」
と指示を出した。赤光様が、
「ですが・・・。」
と渋ると、雫様は、
「なら、うちが追おか?」
と一言。赤光様は、
「いえ。
俺が行ってきます。」
と答えた。
赤光様と別れ、雫様と私の二人で竜の里を目指して歩いた。
それから四半刻、漸く竜の里に着く。
日が暮れれいるので、スキルで温度を見ながら、何とか里まで辿り着けた。
この時間だからか、門に向かう足跡は残っているが、立っているのは門番さんだけ。
その門番さんは、近くに寄ると前にも話をしたことのある、筋肉隆々の門番さんだった。
門番さんに、
「お久しぶりです。」
と挨拶をすると、門番さんも、
「踊りのか。」
と挨拶を返し、
「向こうの竜の里に行っていたそだな。」
と聞いてきた。私は、なんとなく肯定せずに、
「誰から聞いたのですか?」
と確認すると、門番さんは、
「不知火様からだ。
今日、確実にある出入りだからな。」
と説明した。私は、不知火様からかと納得し、
「そうでしたか。
それで、入門の手続きをお願いしたいのですが、どうすればよいですか?」
と聞くと、門番さんは、
「手続きは問題ないが、踊りのは監視役がいるだろう。
もうすぐ黒山が迎えに来るから、そうすれば、中に入って良いぞ。」
と答えた。私は、
「佳央様がですか。
なら、今後の予定も問題ありませんね。」
と言うと、門番さんから、
「これから、何か予定でもあるのか?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
田中先輩がまた来ていると聞きましたので、飲みに。」
と答えると、門番さんは、
「尻尾切りか。
なら、楽しんでこいよ。」
と言ってくれた。
私は、
「ありがとうございます。」
と笑顔でお礼を言った。
暫く、門で待機する。
ふと見上げると、また徐々に雲が広がっていく事に気が付く。
門番さんは、
「夜中か、明日には降るかも知れぬな。」
と呟いたのを聞き、私は、
「帰るまで、持ってくれるとよいのですが・・・。」
と返した。
冷たい風が、門を吹き抜ける。
私は、仮に降るとしたら、雪だろうなと思ったのだった。
今回、また江戸ネタを仕込みそこねたので、少し無理やりな寿司ネタをひとつだけ。
「すし」を漢字で書く時、寿司の他に、作中の店名にもなっている「鮨」という字や、「鮓」という字が存在します。
まず、「鮨」と「鮓」は、今となっては同じ物なのですが、元は中国で、「鮨」は魚の塩辛、「鮓」は鮒鮓のような魚を漬け込んだ物だったのではないかという話です。
次に、寿司の字なのですが、これは江戸時代、「すし」の音を縁起が良いように漢字で当てたものなのだそうです。(つまり宛字だった。)
・寿司
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