実家で夕餉(ゆうげ)
更科さんと私とムーちゃんの二人と一匹が実家につくと、早速裏から土間に入った。
家に入るとき、
「和人、鍵は?」
と更科さんが聞いてきたが、私は
「村じゃ鍵なんて使っているところはほとんど無いよ。
たぶん、地主さんとかは使っているだろうけど、家で金になるものなんて、田畑で使う鍬とかの鉄製品くらいなものだからね。」
と答えた。そこで、更科さんは、
「和人は町でもそうなの?
危ないよ?」
と言ってきたが、
「財布も持ち歩いているし、部屋で盗られて困るのは布団くらいだから大丈夫だよ。
まぁ、でも外に泊まる時くらいは鍵をかけていますが。」
と返した。そして、
「では、料理を始めますか。」
と言って、夕餉の支度を始めた。
まずは味噌汁に使う小さい干し椎茸を水に浸して戻し始める。本当は一晩かけてゆっくり戻したいところだが、時間がないのでここは諦める。
次に米を研ぎ、水にさらす。
四半刻くらい雑談をしてお米が水を吸った頃合いに竈に火をおこす。
更科さんが、
「始めちょろちょろだっけ。」
と楽しそうに言ったので、私も
「はい。
ちょろちょろです。」
と返した。
椎茸を一旦水からあげ、細かく切って、水と一緒に鍋に入れる。
更科さんが、
「そう言えば、干し椎茸は一晩かけて戻しますよね?
戻す時間が少し短くありませんか?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
でも、小さい干し椎茸を使っているのと、あと、さっき細かく切って戻りやすくしたので、茹でているうちに戻りますよ。
だけど、やっぱり一回り風味は落ちますね。」
と答えた。
ゴボウを笹掻きにして、水にさらす。更科さんが、
「ゴボウは酢水を使うと色が変わらなくなるよ?」
と言ったので、
「そうなのですね。
でも、家にはお酢はいつも置いていないので、だいたい水に浸して灰汁抜きしていますよ。
ただ、一緒にゴボウの旨味も流れ出すので、抜きすぎもよくないんですよね。」
と答えた。
次に、ニンジンを切り、水に浸していたゴボウと一緒に鍋に入れる。水から茹でても型崩れしない根菜は、最初から鍋に入れて火にかけるに限る。土間の机の上に灰汁抜きしている虎杖が置いてあったので、刻んで鍋に放り込み、味噌を溶いた。
私は更科さんに、
「これでどんな感じでしょうか。」
と言って、柄杓で小皿に味噌汁を注いで味見して貰った。すると、
「ちょっと薄いかな。
もう少し塩っぱくてもいいかも。」
と言って、更科さんが荷物の中からごそごそとなにかを取り出して注いだ。
私は、
「あまり見かけない濃い色の水ですね。
これはなにを入れたのですか?」
と聞いたところ、
「これは、濃口醤油と言って、ちょっと香りが強めのお醤油なの。
まだ、一部でしか出回っていないけど、何にでも合って美味しいのよ。」
と言っていた。私も味見をすると、みそ汁に濃口醤油固有の風味が加わっていて美味しく感じた。
最後に、別に沸かしておいた鍋で三つ葉をさっと湯がいて水にとり、おひたしにする。かなりの量をゆでたので、更科さんは驚いていた。
私が
「今日はこんな感じでしょうかね。」
と言うと、更科さんは、
「お肉は?」
と聞いてきたので、
「普段は、お肉はありませんよ。」
と言うと、衝撃を受けたようだった。
畑から両親や一兄が帰ってきたあと、私は
「次兄、遅いね。」
などと言っていたのだが、次兄はなかなか帰ってこないので、先に食べ始めることになった。
今日の夕餉は、ご飯、のお味噌汁、ミツバのお浸し、作りおきされていたゼンマイの煮物、沢庵が並んだ。ムーちゃんには木の新芽を準備した。
母が味噌汁を一口飲むと、
「あれ、いつもとお味噌汁の味が違うんね。
美味しくなっているけど、どうやったんね?」
と聞いてきたので、私はわざと、
「薫さんが実家の財力を使って手に入れた、高級調味料を入れていました。」
と言うと、更科さんが慌てて、
「和人、財力とか意地悪言わないで!
高級なのはそんなに間違ってはいませんが、冒険者なら手が出せる程度よ!」
と言っていた。薄々は気がついていたが、やはり濃口醤油は高級調味料だったらしい。両親は、
「さすがにいいとこのお嬢様は美味しいものも知っているんだねぇ。」
と言って感心していた。そして、食後のお茶に、
「これ、つまらないものですが。」
と言って、更科さんが最中を出した。農家で甘味は珍しいので、みんな、喜んで食べていた。
歓談していると、家の扉が開き、次兄が帰ってきた。
父が、
「信次、遅かったな。
町まで職探しに行ってきたんか?」
と聞いたので、次兄も、
「あぁ。
儂も、もういい加減職を決めねばだが、伝手も当てもねーので、冒険者になることにしたんだ。
ほら、仮登録もしてきたんだぞ。」
と言って、木札を見せた。どうも、次兄は大杉町の冒険者組合に登録したらしい。
父は、
「そうか。
ようやく職が決まったか。
でも、冒険者なんてその日暮らし、大丈夫か?」
と聞いたので、次兄も、
「まずは装備を買い揃えるまではポーターをするんだが、日当でそこまでひどくもないので大丈夫だ。」
と言った。すると父が、
「昔聞いた話だが、ポーターは荷運びの他に魔物の気を引いたり、足止めまでやらされることもあるとか聞いたぞ。
結構、いじめもあると聞いているが、騙されていないか?」
と聞いた。次兄は、
「それは大丈夫だ。
なんでも、昔、葛町の偉い人がポーターの待遇を改善したらしくて、今ではそういうのは無いそうだ。」
と言った。私は、野辺山さんのことだなと思ったが、その前に全員揃ったので更科さんの紹介をしないとなと思い直した。父が、
「それは良かった。
薫さんは葛町の冒険者組合と言っていましたが、ご存知ですか?」
と聞いたのだが、更科さんは、
「私は一度野辺山さんという冒険者組合の副組合長さんとの飲み会に参加したことがあるくらいで・・・。
和人は知ってる?」
と聞いた。すると、次兄は驚いた顔をして、
「なんで大杉ん木偶がここにいんだ?」
と言った。木偶は更科さんの事だろうか。私は、
「薫の事を知っているんですか?」
と聞いた。すると、
「いや、まぁ、はははっ。」
と誤魔化された。次兄は、
「そういえば、学校は卒業したと聞いてはいたが、研究職に就いた後、すぐに逃げ出したと聞いたぞ?」
と言った。私は更科さんの顔を見ると、青い顔をしているので、どうやら本当のことらしかった。私は、あまり深堀りすると更科さんが辛い思いをすると思ったので、
「えっと、次兄の思う所もあるようですが、それは仕舞っておいてください。
薫さんとは結婚する流れになりまして、今日は親に顔合わせです。」
と言った。すると、次兄は、よりにもよって、
「何言ってんだ?
こいつ、大杉の冒険者学校で・・・」
と言ったので、思わず次兄を強く睨みつけてしまった。次兄が借りてきた猫、いや、硬直して背中までピンとした猫のようになってしまった。
私は、
「前にそれらしいことは聞いているので、薫の事情は知ってはいますが、今それを聞くのも胸糞悪いので、胸の奥に仕舞っておいてもらえませんか。
さっきも言いましたよね?」
とゆっくりと言った。更科さんが、
「あんまり強く言うと、ご家族の皆さんが怖がっているではありませんか。」
と言った。見ると、次兄以外も背筋を正して硬直していた。私は、
「すみません。
少し怒ってしまいました。」
と言ったので、一兄が、
「和人、怒ると迫力あるな。
これじゃ、地回りも真っ青だ。」
と言って、場の雰囲気を和ませようとしたようだ。更科さんも、
「そうですね。
和人に睨まれたら、狂熊も固まってしまいますし。」
と言うと、父母が顔を見合わせてから笑っていた。母が、
「狂熊だなんて物騒なことじゃね。
でも、そのくらい、迫力あったねぇ。」
と言って笑っていた。私は、ここは冗談風にしておいた方がよいだろうと思ったので、
「そうそう。
狂熊なんて拳骨でこうです。」
と言って、拳骨をする仕草をして茶化しておいた。
この後、厠に行くふりをして次兄を呼び出し、かなりキツめのお願いをした。
この時、次兄はムーちゃんの件にも触れてきたので、これまたキツめにお願いをしておいたのだった。
一兄:これじゃ、地回りも真っ青だ。(人、殺ってないよな・・・。)
父:(昔はおとなしい子だったのに、女が関わるとこんなに豹変するのか・・・。)
次兄:(あんな剣幕で、心の蔵が止まるかと思った・・・。)
薫さん:そうですね。和人に睨まれたら狂熊も固まってしまいますし。
母:(狂熊って大げさだねぇ。)狂熊だなんて物騒なことじゃね。でも、そのくらい、迫力あったねぇ。」
和人:(ここは冗談ということにしておいた方がいいだろうな。)
 




