下山を始めた
山小屋の中、私は囲炉裏の火の番をしていた。
眼の前には、雫様と赤光様が寝息を立てている。
小屋の中から外の様子はほとんど分からないが、それでも、徐々に太陽の気配が感じられるようになってくる。
なんとなく、山小屋を出てみる。
外の冷たい空気に、思わず身を縮める。
一歩外に出て見上げると、夜空が広がっていた。
今は星明りと、山小屋から微かに漏れる光だけ。
完全な暗闇ではないが、足元もはっきりと見えない。
数歩前に出て、鎖場の方を見てみる。
ほぼ夜空の中、一方の空が着実に明るくなってきているのが分かった。
恐らく、あちらが東なのだろう。
太陽があるであろう方を向き、腕を大きく上げて伸びをしながら、胸いっぱいに深呼吸する。
冷たい空気が体に入り、また、ブルっと震えが来る。
だが、朝が来たという実感が湧いてきた。
また、山小屋に戻る。
日が昇る前に朝食を摂ってしまえるよう、準備を始める事にする。
先ずは、火の勢いを弱める。
薪を火箸で少し散らすと、パチパチと小気味の良い音が鳴り響いた。
昨日準備した鍋を、火に掛ける。
並行して味噌汁も作りたかったのだが、赤光様に起きる気配はない。
昨日の内に相談しなかった事を、後悔する。
暫くして、散らした薪を鍋の下に集める。
火が強くなり、鍋がグツグツと煮え始める。
徐々に、米の炊ける良い匂いが広がり始める。
少しだけ薪を散らし、火を弱める。
雫様が、
「朝か?」
と言いながら欠伸をした。
私は、
「おはようございます。
雫様。」
と挨拶すると、雫様は体を起し、
「山上か。」
と挨拶を返し、鍋を見て、
「まだ、掛かりそうやな。」
と付け加えた。私は、
「はい。
まだ、炊いている所です。」
と同意した。雫様が、
「なら、もう一眠りするか。」
と言って、二度寝を始めるべく横になった。
私は、
「分かりました。
では、炊けそうになったら起しますね。」
と提案すると、雫様も、
「よろしゅうな。」
と同意した。
また暫くして薪を散らし、弱火で蒸らしに入る。
身支度を整えれば、ちょうどだろうと思い、雫様と赤光様に声を掛けることにした。
私が、
「起きて下さい。
そろそろ炊けます。」
と声を掛けると、先ずは赤光様が、
「そろそろか。」
と言いながら体を起した。
続いて雫様も、少し目を擦りながらも、
「起きたで。」
と言って正座した。
雫様が、
「鍋ひとつだけやけど、ひょっとして、今日は飯だけか?」
と聞いてきた。
私は申し訳なく思い、少し小さめの声で、
「他に、材料も出してもらっていませんでしたので・・・。」
と口籠もった。そして、思ったことをそのまま、
「せめて、漬物でもあれば良かったのでしょうがね。」
と付け加える。
赤光様が、
「また、蒸し返すか。」
とバツの悪そうな顔をした。
ただ今回は、赤光様が寝る前に、味噌汁について相談しなかった自分にも責任がある。
なので、私は、
「申し訳ありません。
責めるつもりでは、ございませんので・・・。」
と謝ったのだが、雫様が、
「いや、いや。
山上の言う通りや。
前の具のない味噌汁だけでもええから、あったら良かったんやけどなぁ。」
と、何故か私ではなく赤光様に文句を付けた。
赤光様が、
「兵糧丸なら、ございますが・・・。」
と申し訳なさそうに返事をしたが、雫様は、
「いや、それはええわ。
あれ、蜂蜜入っとる割に、苦いからなぁ。」
と苦笑いした。私は兵糧丸を食べた事はないが、あまり、美味しくないらしい。
赤光様は、
「分かりました。」
と返事をした。
だが、今回、朝食を準備したのは私だ。
赤光様ばかりが責められているのは、何となく筋が違う。
私は赤光様に、
「申し訳ありません。
赤光様が寝る前に、私が味噌汁についても相談するのを忘れていたばかりに・・・。」
と謝ったのだが、雫様は、
「それは、しゃぁない。
起きてすぐで、頭も回らんかったんやろ。
それに、材料持っとるんは赤光や。
山上が謝る話ちゃうやろ。」
と私を怒る気はない様子。私は、
「ですが、今回は私にも責任がありますので・・・。」
ともう一度謝ると、赤光様は、
「いや。」
と断り、
「朝、山上は一度、外に出たな。
あれは、何か食べられるものを探そうと思ったのだろ?
が、この時間に外は出歩けまい。
早々に引き上げたのではないか?」
と言い出した。勿論、山小屋を出た時、私にそのような意図は全くなかった。
なので、私は、
「いえ、そのようなつもりは。
買いかぶり過ぎです。」
と訂正したのだが、雫様まで、
「うちも、気付いたで。
急に寒なったからなぁ。」
と正しく伝わらなかった模様。
どうやら、雫様も赤光様と同じく、私が小屋を出たのは朝食の材料を探しに行ったからだと解釈していたようだ。
私は、
「申し訳ありません。
起してしまったようで。」
と謝ると、雫様は、
「かまへん。」
と笑顔だ。私は赤光様に申し訳なく思い、
「ですが、本当に外に出たのは、単に外の空気を吸いたかっただけでして・・・。」
と改めて訂正したのだが、雫様は、
「これ以上は、堂々巡りやな。
赤光も、山上に免じて、許したるわ。」
と私の思いと関係なく、この話は終わりとなった。
白米だけの、そっけない朝飯が終わる。
茶碗に、魔法でお湯が注がれる。
雫様が、
「それで、赤光。
今日はどこまで、移動するんや?」
と質問すると、赤光様は、
「夜になりますが、向こうの竜の里まで戻る予定です。」
と答えた。
雫様が、
「一気にか?
今日、何かあるんか?」
と首を傾げる。
赤光様は、
「はい。
昨日は伝え損ねましたが、本日、尻尾きりが里に戻るそうです。
それで、その宴に山上が呼ばれておりまして・・・。」
と事情を説明説明した。田中先輩が飲み会に呼んだのであれば、私も参加するべきだろう。
私はそう思ったのだが、雫様が怪訝な顔になり、
「それは、ちゃんと伝えんとあかんやろ。」
と呆れた口調。
「で、誰が主催や?」
と確認した。赤光様は、
「赤竜帝にございます。」
と答えたると、雫様は、
「そりゃ、あかんな。
ほな、すぐに片付けて出発するで。」
と言って、茶碗のお湯を一気に飲み干した。
急いで鍋を洗い、茶碗は懐紙で水気を拭き取って、赤光様の亜空間に仕舞う。
かんじきを出してもらい、草履の下に履く。
山小屋の外に出る。
朝出た時と変わらない、冷たい空気が体の中に入ってくる。
空を見ると、随分としらんでいる。
もうすぐ日が出てくるのだろう。
雪を踏みしめながら、下山を始める。
足元に注意しながら、前に進む。
赤光様から、
「雪道は、気を抜くと一気にずり落ちるからな。
気をつけろよ。」
と注意が入る。
私は、
「勿論です。」
と答え、少し急ぎ目だが、なるべく慎重に下り坂を歩いたのだった。
本日も江戸ネタを仕込めず・・・。
ひとまず、作中の漬物にかこつけてひとつだけ。
先日、おっさん、スーパーで「いぶりがっこチーズ」という、大根のいぶりがっこをチータラに挟み込んだものを見つけて買ってきました。これが(酒のつまみに)大変美味しかったです。
この「いぶりがっこ」と言うのは、秋田名産の燻製にした野菜を漬物にするいぶり漬けの事ですが、元はとある店がいぶり漬けに付けた商品名だったそうです。これが一般に広がり、2019年にはGI登録もされたのだとか。
・いぶり漬け
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