山小屋で
雪熊から逃げた雫様と私は、鎖場を目指して歩いていたのだが、立ちはだかる深い雪に難儀していた。
今は、雫様が雪を掻き分けて進んではいるが、暫くすれば、私と交代となる。
休憩用に、饅頭でも食べたい所だ。
私は、赤光様が気を利かせ、ついでに買ってきてはくれないだろうかなどと思いながら、雫様の後ろを歩いていた。
私は、
「もう、赤光様は里を出発した頃でしょうかね。」
と質問した。雫様が、
「そやな・・・。」
と空を見上げて太陽の位置を確認し、
「もう、辰の刻は過ぎとるみたいやな。
けど、店屋が開いても、すぐに売ってくれるとも限らん。
微妙なとこやろな。」
と答えた。私は往路の会話を思い出し、
「ついでに、漬物も買ってきてくれると良いですね。」
と言うと、雫様は一瞬何か考えたようだったが、
「そうや。
それもあったな。」
と思い出した模様。だが、
「ただ、赤光は忙しい時は忘れるからなぁ。
半々っちゅうとこやろか。」
とあまり期待していない様子。私は、
「ちゃんと、頼んでおけばよかったですね。」
と軽く溜息をついて話すと、雫様も、
「そやなぁ。」
と同意した。
雫様と私で交代しながら、新雪に新しい道を作っていく。
尾根に登る坂は、登りやすいよう、斜めに向かって階段状に固めていく。
場所によっては足場が整えられず、木に手を突きながら、落ちない姿勢を整える。
ただ、不注意に触ると、漆の木のように触るとかぶれる木もあるので、そこは要注意だ。
時間をかけ、尾根まで登る。
少しは見晴らしがあるかと思ったが、周りの木が邪魔をして、景色はあまり良いとは言えない。
私のお腹が鳴る。
雫様が空を見上げ、
「そろそろ、弁当の時間やな。」
と話しかけてきた。私は少し恥ずかしく思いながら、
「そうでうね。
私も、お腹が空いてきました。」
と返事をすると、雫様は、
「もう少し行った先やけど、見晴らしの良い所があるんや。
そこまで行ってから、弁当広げるんで良いか?」
と確認してきた。わざわざ確認するくらいだから、実は時間がかかるのだろう。
私は、
「いいですね。
景色は良い方が、弁当を美味しくいただけますしね。」
と返すと、雫様は、
「ほな、決まりや。
行こか。」
と歩き始めた。
左右に木の立ち並ぶ尾根を伝い、景色が良いという所を目指して歩いていく。
暫くして、小高くなった、ちょっとした広場に出る。
この広場は、ほぼ高い木に囲まれているのだが、太陽のある方だけ、何故か背の低い木になっていた。
そこから、木に邪魔されること無く、雪で白くなった山並みが見える。
私は念の為、
「ひょっとして、ここですか?」
と確認してみたのだが、雫様から、
「ちゃう、ちゃう。
もっと、見晴らし良い所があるんや。」
と返事をした。私は、
「そうでしたか。」
と言って、また雫様の後ろについて歩いた。
別の所から登ってきた、かんじきの足跡が見つかる。
私は、
「この足跡も、行き先は同じなのでしょうか?」
と聞くと、雫様は、
「多分、そうやろうな。」
と頷いた。そして、
「恐らく、赤光のやろうからな。」
と付け加えた。
私は、
「なら、いつの間にか追い抜かれたという事ですね。」
と確認すると、雫様は、
「そうやろな。」
と同意した。私は心配になって、
「このまま先に誰もいないので、向こうの里まで行ってしまったりはしませんかね。」
と聞いたのだが、雫様は、
「こっちから抜けてったっちゅう事は、うちらの足跡も見つからんのや。
流石にないんちゃうか。」
と答え、
「恐らく、鎖場登った所にある、小屋で待つんちゃうか?」
と付け加えた。私は、
「どうしてですか?」
と聞くと、雫様が、
「ちゃんと泊まれるん、この辺は山小屋くらいやからな。」
と説明した。
登りは、下りに比べて倍の時間がかかる事もある。
そして、前に下山した時は、雪熊の件があったとはいえ、午後いっぱいかかった。
私は、
「そういう事ですか。
なら、今夜は山小屋に一泊するのですね?」
と確認すると、雫様は、
「そや。
まぁ、夕方前には着くやろ。」
と返事をした。
私は、地元民の同意も得たので、
「夕方前ですか。」
と安心したのだが、今の季節、日が落ちるのは早い。
私は、
「少し、急いだほうが良いですか?」
と確認すると、雫様は、
「そうでもないやろ。
けど、山上が心配なら急いでも良いで。」
と答えた。私は、改めて黄色魔法を集めながら、
「ならば、少しだけ急ぎましょう。」
と少しだけ足早に移動を始めた。
赤光様のものと思われる足跡を追いながら、前に進んでいく。
赤光様はかんじきを使っているので、私達よりも進みが早い。
私は、重さ魔法で雪を潰して道を作りながら、
「やはり、雪の上を歩くなら、かんじきが欲しいですね。」
と声を掛けると。雫様も、
「そやな。
そしたら、こんな無駄な事、せんでも良いのにな。」
と足元を見ながら同意した。
私は、
「そうですね。」
と返事をしながら、また、重さ魔法で雪を潰し、道を作った。
暫く歩くと、雫様が、
「ここや。
着いたで。」
と両手を伸ばした。
太陽が出ている側の木々が全て低木になっており、木々の隙間からしか見えなかった山並みが、その全貌を曝け出している。
今は雪で痕跡は判らないが、ひょっとしたら、数年内に崖崩れか何かがあったのかもしれない。
私は、
「という事は、ここでお昼にするのですね。」
と言うと、雫様は、
「そうや。」
と同意し、指を差して、
「そこに広場があるやろ?」
と言ってきた。
先程と同じくらいの広場がある。
私は、
「はい。」
と言って移動し、
「では、早速弁当を広げましょうか。」
と言ってそこに移動した。
肩に掛けた竹で編まれた箱の一方から、弁当を取り出す。
弁当の包を開けると、海苔に覆われた握り飯と沢庵が入っていた。
私は、
「具は、何でしょうかね。」
と言いながら握り飯にかぶりつくと、海苔の風味と少し多めの塩の味が、口一杯に広がった。
雫様が、
「中身が分かったら、おむすびの楽しみが半減やろが。」
と笑いながら言ってきたので、私も、
「それもそうですね。」
と返事をしながら、しっかりとご飯を食べる。
しっかりとした弾力と、米粒の甘み。
少しして、梅干しが出てくる。
定番だ。
私は少し残念に思いながら、
「梅干しでした。」
と言うと、雫様は、
「こっちは、きゃらぶきや。」
と報告してきた。私は、先に楽しみをとられた気分になりながら、
「きゃらぶきも美味しいですよね。」
と返した。雫様は、
「そやろ。
この甘辛いんが、おむすびとも良く合うからな。」
と説明する。私は、
「そうですね。」
と言いながら、梅干しの種を味わう作業に取り掛かった。
雫様が、
「もう、腹いっぱいなんか?」
と聞いてきたので、私は、
「梅干しの種が勿体無いので。」
と返事をすると、雫様は首を捻りながら、
「そうなんか?
まぁ、早やく食べな出発、出来んで。」
と催促してきた。私は仕方がないので、
「分かりました。」
と、まだ味の残っている梅干しの種を弁当箱に出し、次の握り飯にかぶりついた。
私は、貧乏性だと言われるのは分かっていたが、握り飯と沢庵を食べ終わったら、もう一度種を口の中に含もうと思ったのだった。
作中、漆の木が出てきます。
作中では、触るとかぶれると言っていますが、人によっては、近くに寄っただけでかぶれる場合もあるのだそうです。
この漆の木は、お椀などの塗り物の漆の原料となります。
漆の木に傷を付けて樹液をとり、ろ過して撹拌や天日干し、油や顔料などを混ぜたりして漆を作るのだそうです。
この漆ですが、乾いたら固まるため、江戸時代、割れた茶碗に漆と小麦粉を混ぜ、接着剤としても使ったのだそうです。
なお、現代の瞬間接着剤と違い、乾くまでは2週間もかかったのだとか。
あと、きゃらぶきは、随分前の「食べざかりなら」にも出てきた通り、蕗の佃煮です。
元禄頃、伽羅牛蒡(牛蒡の金平)という料理が文献に出てくる事から、きゃらぶきもこの頃に出来たのではないかと推測されているのだそうです。
・ウルシ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B7&oldid=90118195
・漆
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%BC%86&oldid=89911131
・きゃらぶき
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%8D%E3%82%83%E3%82%89%E3%81%B6%E3%81%8D&oldid=90502629
・金平
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%87%91%E5%B9%B3&oldid=91252631




