橋を渡った
橋を渡った雫様と私は、ゆっくりと鎖場に向かって歩いていた。
息を整えながら移動する。
なんとなく、空を見上げてみる。
畝雲と言ったか。
空の一部に横長の大きな雲が幾つも連なっているが、太陽を隠す様子はない。
ついでというわけでもないが、周囲の気配を確認してみる。
雪熊が近づいたことで、詳細な事も分かってくる。
数は、とりわけ大きい気配が1つと、それに比べれば劣るが、並の雪熊ではなさそうな気配が3つ、後は小さいものが7つ程だろうか。かんりの大所帯だ。
しかも、気配のする位置が、予想よりも近い。
というか、峡谷を超えているように感じる。
私は、
「あの気配、谷を渡っていませんか?」
と確認した。すると、雫様も気が付いたようで、
「ん?」
と返事をし、ハッとすると、
「橋かっっっ!」
と驚いた様子。雪熊が橋を使ったと言いたいのだろう。
私も驚き、
「雪熊も橋を渡るのですか?」
と聞くと、雫様は、
「あの位置や。
橋渡った考えるしかないやろ。」
と答えた。そして、
「あそこの橋、今考えたらやけに傷んどったやろ?
ひょっとしたら、前から使うとったんかもしれんで。」
と付け加える。
私は今後の方針を決めてもらおうと、
「それで、これからどうしましょうか?」
と確認すると、雫様は、
「ちょっと行った先に、少し開けた所があるんや。
そこまで、移動するで。」
と言った。恐らく、そこで迎え撃とうというのだろう。
私は、
「分かりました。
少し急いで、移動しましょう」
と同意した。
二人で小走りし、雫様の言っていた、少し開けた所に移動する。
20畳ほどだろうか。
広場の陽が当たる部分は雪が溶けているが、水たまりもあり、泥濘んでいる所もある。
私は、
「何となく、中途半端な広さですね。」
と言うと、雫様もそう思っていたらしく、
「仕方ないやろ。
こなへんには、他に良え所無いんや。」
と説明した。地元民が言うのだから、そうなのだろう。
私は、
「なら、仕方ありませんね。」
と返事をした。
早速、重さ魔法で赤魔法、緑魔法、雷魔法を纏め始める。
思ったよりも、雷魔法と緑魔法が集まってくる。
山は平地よりも風が出る事が多いので、緑魔法については、なんとなく納得は出来る。
だが、雷魔法は説明が付かない。
この魔法は周囲から魔法を集める都合上、天気が良ければ、集まりは悪いはずだ。
私は、
「雷雲も見えないのに、妙ですね。」
と言うと、雫様は、
「何がや?」
と首を傾げた。私が、
「思ったよりも、雷魔法が集まって来ているように感じましたので。」
と説明すると、雫様は、
「そうなんか?」
と首を傾げた。私が、
「はい。
今は、雪熊が近いので有り難いですが。」
と返事をすると、雫様は、
「まぁ、そやろな。」
とそっけない。私は、
「理由が分かれば、今後の参考にもなるのですが、何か分かりませんか?」
とお願いしてみると、雫様は、
「こういうんは、自分で試行錯誤した方がええんやけどな。」
と前置きはしたが、
「まぁ、少しくらいなら見たるか。」
と了承してくれた。
雫様が、私を隅々まで眺め始める。
なんとなく、視線がこそばゆい。
私が、
「まだですか?」
と聞くと、雫様は、
「多分やけどな・・・。」
と前置きをして、
「山上の魔法な。
ちょっとだけ、上手うなったんかもしれんで。」
と答えた。私が、
「そうなのですか?」
と聞くと、雫様は、
「前は、もっと強引に魔法を集めとった感じやったからな。」
と簡易に説明してくれた。
私は、ひょっとしたらお手玉の効果が出たのかもしれないと思い、
「恐らく、皆の協力のお陰ですね。」
とお礼を言うと、雫様は、
「どういう事や?」
と聞いてきた。私が、
「実は、お手玉が魔法の練習でして。」
と説明すると、雫様は困惑した表情で、
「何のこっちゃ。
もう少し、解るように説明せなあかんで。」
と言われてしまった。
これを始めたのは、妖狐からの提案だと言えば、何か言われるかもしれない。
そう思った私は、
「実は最近、魔法をお手玉に見立てて、魔法の制御をする練習をし始めまして。」
と、わざと誰が言い出したかという部分を省いて説明すると、雫様は、
「お手玉はともかく、魔法の制御か。
なら、上手うなっても当然やろ。
逆に、今まで通り思う方がおかしないか?」
と言われてしまった。私は、
「まだ、始めてから幾日も経っていませんので。」
と説明すると、雫様は、
「なるほど。
そやから、まだ実感、涌かんかったっちゅう事か。」
と納得した模様。私が、
「実感ですか。」
と返すと、雫様は、
「そうやろ。
使ってみるまで、気付かんかったっちゅう事やから。」
と説明した。なるほどと思った私は、
「そうですね。」
と返事をした。
暫くして、広場に雪熊が到着する。
想定と異なり、大きな雪熊が5頭、中くらいのが3頭、小さいのが3頭だ。
私は気配の大きさから、てっきり大きな雪熊が1頭、中くらいのが3頭、小さいのが7頭と考えていた。
だが、気配の大きさと見た目の大きさが、大きく食い違っている。
向こうは、広場に入ってから、動きが止まっている。
これからの方針を決めてもらおうと、雫様に目配せする。
が、雫様に意図が伝わらなかったらしく、
「?」
と首を傾げるだけだった。
私は仕切り直そうと思いながら、
「どうやって戦いましょうか。」
と言葉で伝えた。
すると雫様は、
「多分やけどな。」
と少しもったいぶり、
「あれ、将来の山の主になるんちゃうか?」
と言った。
──これを倒した場合、また地下牢か?
私は嫌な予感がしたので、
「その場合、今倒すとどうなるのですか?」
と確認した。
雫様は、
「まだ、主ちゃうんや。
普通は、お咎めなしな。」
と答えた。私が、
「普通でない場合と言いますと?」
と確認すると、雫様は、
「そやな・・・。」
と少し考え、
「何らかの事情で、この辺り限定で主に準ずると認定される場合やろな。」
と答えた。私は、
「準ずると言いますと?」
と聞くと、雫様は、
「普通、動物には縄張りがあるやろ?」
と質問を返した。私が、
「はい。」
と返事をすると、雫様は、
「主にだって、縄張りはあるんや。
そこから外れたら、影響力はないっちゅう事になるやん?」
と確認してきた。私は、
「恐らくそうですね。」
と返すと、雫様は、
「そこに、主とはちゃうんやけど、それに準ずるような奴が出てくる場合があってな。
それも、間引いたらあかん事になっとんのや。」
と説明した。
私は、
「なるほど、主でなくても、捕まる場合があるのですね。」
と納得したのだった。
それにしても、向こうの雪熊は、相変わらず何もしてこない。
私は、『どうぞ』と言って道を譲ったら解決しないかなどと甘いことを考えていたのだった。
本日は江戸ネタはお休みです。
しょうもない単語解説をひとつだけ。
作中の畝雲は、層積雲とか波状雲とも言われているそうです。
作中の通り、横長の大きな雲が幾つも連なった並状の雲となります。
あまり雨を降らさない雲なのだそう、成因は、大気波だと考えられているのだとか。
・層積雲
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B1%A4%E7%A9%8D%E9%9B%B2&oldid=90639114
・波状雲
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B3%A2%E7%8A%B6%E9%9B%B2&oldid=67033410
・大気波
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A7%E6%B0%97%E6%B3%A2&oldid=87590277




