実家に紹介した
実家に向かう途中、私は実家の畑の前を通った。実家の畑は、今年は空豆を育てている。
多くの作物でそうなのだが、空豆も連作はあまりよくないので、この村では、いくつかの農家で持ち回りで作物を育てており、今年は家が空豆の番と言うわけだ。もちろん、年貢に米も育てているが、水が豊富というわけでもないので、実家で消費する分くらいしか作らない。
平村は米があまり育たないのと、取れても大杉まで運ぶには道が狭いので、年貢は米だけでなく、お金で収めても良いことになっていた。
私は畑で一兄を見つけると、
「あっ、いた。
一兄、ただいま戻りました。」
と手を上げながら声をかけた。一兄はこちらを向いた後、隣の更科さんを見て、
「おまえ、いつからそんな上品な喋りになったんだ?
何が『戻りました』だ。
隣に別嬪さんがいるたからって、気取りすぎじゃないか?
農家の倅の癖に。」
と言って、笑い始めた。笑ったのは、私がいつもと違う言葉遣いだったのが面白かったのだろう。
こんな感じで一兄と雑談をしていると、私達がいる道と畑を挟んで逆側にある桜の木陰から、両親がやって来るのに気がついた。おそらく、両親は木の下で休憩していたのだろうと思うが、私を見て腰を上げたのだろう。両親とはまだ距離があるので、今から声をかけても聞こえないだろう。
私は一兄に、
「いつもみたいに田舎の言葉で話すと、薫さん・・・えっと、私といい仲の娘さんなのですが、彼女に通じるか判りませんので、笑われてもこれで話そうと思います。」
と言った。すると、一兄は、何故かいつもよりも早口で、
「これが和人の彼女か?
いや、隣にいるので知り合いだろうとは思っていたが彼女か?」
と言った。普段は落ち着いた雰囲気なので、私はどうしたのだろうと思った。両親が近くまで来ると、さっきの一兄との話が聞こえていたようで、父が
「和人は、えらい別嬪さんを捕まえたのぅ。
高い人形にだって、こんな綺麗なのは見たこと無いぞ。」
と言って更科さんを褒めていた。そして、父は続けて、
「おい、一徳は嫁はまだなのか?
このままだと、和人の方に先を越されるぞ?」
と言って、嬉しそうに一兄を煽っていた。一兄は、
「儂は村で出会いもないし、畑が恋人みたいなものだから、そんなことを言われてもしかたがないんぞ?
和人は、町でいくらでも出会いがあるんだろうが。」
と、私の方に話をふってきた。なので、私は更科さんの紹介もついでにしようと思い、
「いくらでもと言うことはありませんが、今回、あちらの両親からも承諾をいただきまして・・・」
と、途中まで話したところで、一兄が、
「ちょっと、まてぃ!
今、『承諾を貰った』と言ったか?」
と、話を遮って質問してきた。私は、
「はい。
こちら、大杉で商売をしている・・・、」
と話していると、一兄がまた、
「おまえ、葛に行っているんだろ?
なんで、どうして大杉のなんだ?
どうやって知り合った?」
と、話を遮って質問してきた。私はなかなか話が出来ないなと思いながらも、長男を無下にはできないので、
「はい。
彼女が大杉町から葛町に・・・」
と言ったところで、また一兄が、
「遊びにきていたのか?」
と話を遮ってきた。私は、一兄はいつもはこんな感じじゃないのにと思いながら、
「いえ、薫さんとは葛町の冒険者組合で知り合いました。」
と言ったところ、また一兄が、
「お前は歩荷だろ?
何でまた冒険者組合に・・・あぁ、仕事で色んなところに出入りしているんだな。」
と言った。私はいつもと違う兄の様子に、きっかけに繋がることなら何でも聞きたいんだなという事に思い至った。でも、こればかりは縁なので私ではどうにもならない。私は、
「いえ、最近、ちょっと色々ありまして。
でも、この話が長くなるので、後にしましょう。
今は名前だけ紹介させて下さい。」
と言って、落ち着くように促した。一兄は、
「判った。
悪かったな。」
と言ったので、私もこれで話に割り込まれないと思い、安心して、
「いえ。
また後で、次兄がいる所で紹介しますが、こちら、大杉の更科屋という反物屋の娘さんで、更科 薫さんと言います。
この度、薫さんの両親からも認めて貰って、結婚前提でお付き合いすることになりました。
今日はお父さんと、お母さんに紹介したく、連れてきました。」
と話した。認めて貰った話は更科さんからまた聞きした話だが、ここはそのまま話すことにした。
父も母も、『お父さんと、お母さん』の件で今にも笑い出しそうになっていた。
更科さんが、
「先ほど和人さんから紹介に与りました、更科 薫です。
商家の娘ですが、今は駆け出しの冒険者で魔法師をしています。
今すぐにでも結納どころか式も上げてしまいたい気分ですが、今日はご挨拶と、あと、厚かましくて申し訳ありませんが、こちらに宿がありませんでしたので、1泊させていただければと思います。
もし駄目でも、天幕を一式持って来ましたので、軒先だけでもお借り出来ればと思います。」
と言った。すると、家の母が、
「あれ、まぁ。
魔法師だなんて、すごい娘さんなんね。
婚前の娘さんを泊めるんも、家には部屋はないので、申し訳ねが、みんなで雑魚寝になってしまいます。
それでもよければ、泊まっていくといいです。」
と、慣れない敬語で返した。更科さんは、
「先日も山に天幕を張って野宿しましたので、お気になさらなくても結構ですよ。」
と笑顔で答えた。母は、
「わかりました。
では、ゆっくりとして行ってくださいな。」
と返事をした。一兄は、
「そいじゃ、儂等はもう一仕事してから戻るんで、晩飯ん支度しといてな。」
と言った。私は、
「わかりました。
ご飯を炊いて待っていますね。」
と返した。両親とも、明らかに私が準備する雰囲気で返したからだろう。母が、
「やらせんの?」
と聞いてきたので、私は、
「二人で。」
と言って誤魔化した。どのみち、実家に入る分けではないので、味がどうこうということであれば問題にはならないだろうが、さすがに料理ができないとなると生活にも支障が出かねないので、結婚を認めてもらえないかもしれない。
父は、
「商家の娘さんなら、さぞ立派なものをこさえるんだろうね。」
と言ったので、私の方から、
「立派な料理は、普段は女中さんが作っているでしょうから、薫さんの実家でないと出てこないと思いますよ。」
と言って、それとなく否定した。すると、母が察したようで、
「あぁ、それもそうだねぇ。
立派な家は、みんな女中さんがやってくれるんだものねぇ。」
と言って納得していた。
両親の様子から、更科さんのつかみは良いとは言い難いものの、悪いものでもなかった筈だ。
実家についてから寝るまでは中盤戦になるが、このまま何事もなく行ければ良いなと思ったのだった。
和人:ご飯を炊いて待っていますね。
母 :(せっかく嫁になってくれる娘がきているなら、夕餉の支度を)やらせんの?
和人:(薫さんだけに支度をさせたら、結婚を反対されるかもしれないから)二人で。




