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悪い形を覚えているようじゃ

 気が付くと、私はの目の前には、妖狐が立っていた。

 また、夢に出てきたのだろう。


 私は、


「こんばんは。

 また、出てきたのですね。」


と挨拶をすると、妖狐も、


<<そのようじゃの。>>


と返した。既に、私と妖狐の双方に用がなくても会える事は認識済みだ。

 私は念の為、


「一応、確認しておきますが、連絡事項がありましたら、(おっしゃって)って下さい。」


と伝えると、妖狐は、


<<連絡は特に無いのじゃがな。

  教えるのが下手で、悪かったのぅ。>>


と謝罪した。


──まさか、こんな事で妖狐が謝ってくるとは!


 私は少し驚き、思わず、


「何か、悪いものでも食べましたか?」


と確認してしまった。

 妖狐が、


<<妾に食事は不要じゃ。>>


と苦笑いながら答える。まぁ、そうだろう。

 私も、


「確かに、実体もありませんしね。」


と苦笑いした。妖狐も、


<<その通りなのじゃがな。>>


と苦笑いした。そして、


<<それはそうと、これから、またお手玉をするのか?>>


と聞いてきた。私が、


「はい。」


と答えると、妖狐は、


<<そうか。

  では、昨日と同じく、魔法2つで試してみよ。>>


と指示を出した。私は、


「3つに取り掛かるつもりだったのですが。」


と文句を付けたのだが、妖狐は、


<<現実と夢では、勝手が違うぞ。

  出来のぅなる前に、復習がてら、やってみてはどうじゃ?>>


とどうしても2個でやらせたいようだ。

 今更2個と思う所はあるが、ここで()めても仕方がない。

 私は、とっとと終わらせようと思い、


「分かりました。」


と了承した。



 現実のお手玉でも、2個であれば成功する。

 (ここ)でも同じだろうと思いながら、右手に重さ魔法の球と左手に雷魔法の球を準備する。

 右手の重さ魔法の球を上げ、左手の雷魔法の球を右手に渡す。

 重さ魔法の球が落ちてきた所で、左手で受け取る。

 これを繰り返す。


 思った通り、あっさりと成功。


 私は、


「やはり、出来ました。」


と言うと、妖狐は、


<<そうじゃな。

  今であれば、現実に出来た事をなぞるだけで、出来るからの。>>


と笑った。そして顔を引き締め、


<<じゃが小童は、現実にはお手玉3つは失敗続きじゃったじゃろう?>>


と聞いてきた。

 私は、


「そうですが。」


と答えると、妖狐は、


<<夢も、現実に引っ張られるからのぅ。

  恐らく、小童は3つで試しても失敗するじゃろうな。>>


と断言した。そういうものかもしれないと納得する。

 続けて妖狐は、


<<3つで失敗すれば、2つにして試すじゃろう。>>


と当たり前の事を言ったので、私も、


「まぁ、そうですね。」


と同意すると、妖狐は、


<<うむ。

  じゃが、小童は3つで失敗する事しか思い浮かべられなくなっておるのじゃ。

  恐らく、2つでも失敗するじゃろう。>>


と首を捻る事を言い出した。私は、


「ですが、先程、ちゃんと出来ましたよ?」


と指摘したのだが、妖狐は、


<<それは、先にやったからじゃ。

  『出来のぅなる前に』と言うたじゃろうが。

  失敗が続けば、自信がなくなり、出来なくなるものじゃ。

  夢の中であれば、尚更のぅ。>>


と呆れたように言ってきた。そして、


<<じゃから今回は、(わび)がてら、その予防をしたと言うわけじゃ。>>


と説明した。私は納得はしていなかったが、詫びというくらいだ。

 きっとそうなのだろうと思い直し、私は、


「ちゃんと、理由があったのですね。」


(うなづ)いてみせると、妖狐は、


<<当たり前じゃ。>>


と苦笑いしたのだった。



 私は、


「では、次はいよいよ3つですね。」


と言うと、妖狐も、


<<まぁ・・・、そうじゃのぅ。>>


と迷いながらではあるが同意する。私は、


「では。」


と言って右手に重さ魔法と、雷魔法の2つの球、左手に赤魔法(火魔法)の球を出し、準備をした。


 先ずは、重さ魔法を上に飛ばす。

 次に、重さ魔法が上がり切る前に、雷魔法を上に飛ばす。

 左手の火魔法は、右手に移動させる。が、その間に重さ魔法が下に落ちた。


 現実にお手玉をした時と、大差ない。


 妖狐が、


<<やはり、悪い形を覚えているようじゃのぅ。>>


と少し笑いながら言った。そして、


<<ここは夢なのじゃ。

  多少、無理でも取れるものじゃぞ?>>


と付け加える。私は、


「無理にと申しましても・・・。」


と困惑したのだが、妖狐は、


<<考えても見よ。

  夢であれば、落ちてくる球を止める事すら可能じゃろうが。>>


と言ってきた。そう言われると、出来ない方が不自然に思えてくる。

 私は、


「それもそうですね。」


と言って気楽にもう一度試したのだが、今度は、2番めに投げた雷魔法が明々後日の方向に飛んでいった。

 妖狐は、


<<これは、現実に出来るようになるまで、難しいやもしれぬのぅ。>>


と諦めた様子。私は、


「できれば、もう少し詳しく教えていただけると有り難いのですが・・・。」


とお願いしたのだが、妖狐は、


<<起きたら、隣の牢に入っておる者にでも助言してもらえばよいじゃろうが。

  恐らく、今回はそれが最善じゃ。>>


と断られてしまった。隣の牢に入っているのは、勿論(もちろん)、雫様だ。

 私は、


「分かりました。」


と同意したが、


「ですが、何もしないと、夢の中で手持ち無沙汰(ぶさた)になってしまいます。

 やはり、こちらでも練習したいのですが・・・。」


と付け加えた。妖狐は、どこからともなく稲荷寿司とお茶を出し、


<<そういえば、暇つぶしで始めたのじゃったな。

  まぁ、やっても良いのではないか?>>


と苦笑いし、お茶を一啜(ひとすす)り。そして、ふと顔を上に向け、



<<そろそろ、起きる時間のようじゃがの。>>


と付け加えた。もう、朝らしい。

 私は、


「分かりました。

 では、起きたら練習いたします。」


と断った。



 ゆっくりと、目を開ける。

 格子(こうし)(そと)の、行灯(あんどん)薄明(うすあ)かりが目に入る。

 くるくると回り、布団(ふとん)代わりに体に巻きつけてあった茣蓙(ござ)から抜け出す。

 (かご)の前に移動し、早速、お手玉を触ってみる。


 シャリッと音が鳴る。


 雫様から、お手玉は音が出るので寝られないという(むね)の苦情を言われたのを思い出す。


──これは、触らない方が無難(ぶなん)だろう。


 そう思ったのだが、目の前に現物があるのだ。

 触りたくて、そわそわする。

 お預けを食らった犬は、このような気持ちなのだろうか・・・。


 ふと、魔法を使ったお手玉であれば、音が出ないのではないかと思いつく。

 音が出なさそうな魔法という事で、重さ魔法と緑魔法(風魔法)を使う事にする。


 スキルで魔法を見ながら、右手で重さ魔法の球を作る。

 次に、左手に重さ魔法で雷魔法を集めて球を作る。

 が、思ったような球にはなってくれなかった。

 私に、2つ同時に魔法を使うのは、まだ早いという事なのだろう。


 そうは言っても、2つ球を出さねば、お手玉は出来ない。


──同じ魔法であれば、少しは制御が楽になるのではないか?


 そう思った私は、一旦、左手の魔法を霧散(むさん)させた。

 そして、代わりに重さ魔法で球を作る。

 今度は両方とも、ちゃんとした球になる。


 私は、これでお手玉の練習が出来ると思ったので、顔が(ゆる)んだ。 


 右手の球を投げ、左手の球を右手に移す。

 球が落ちてくるのを待つ。

 ・・・が、そのまま天井の方にぶつかり、(かす)かにミシッと音を立てて消えた。

 投げる力を()()ぎたらしい。


 もう一度、重さ魔法の球を作り、先程よりも軽く投げ上げる。

 左手の球を右手に移しながら、投げ上げた球法の行方(ゆくえ)を見守る。

 天井近くまで上がり、今度はきちんと落ちてきた。

 ただ、思ったよりも遠くまで飛んだので、左手をめいいっぱい伸ばして球を受け止める。


 上手く行ったので、右手に持った球を上に軽く投げる。

 左手に持った球を右手に移そうとしたのだが、投げ上げた球が予想より早く落下開始し始めた。

 慌てて取ろうとしたのだが、茣蓙の上に落ち、一部が丸くささくれた。

 私はそこを見ながら、魔法でお手玉をするのも駄目だと思った。


 お手玉を使えば、音が鳴る。

 魔法を使えば、茣蓙が傷んでしまう。

 だが、お手玉の練習はしたい。


──落ち着かない。


 仕方がないので、体でも動かそうと茣蓙から立ち上がり、なるべく静かに牢の中を歩き始めた。

 だが、地下牢の中はそれほど広くはない。

 半間(0.9m)くらいの所をくるくると回りながら歩いていると、暫くして隣から、


「山上。

 さっきから、五月蝿(うるさ)いで。

 何しとんのや。」


(しか)られた。雫様だ。

 私は、


「申し訳ありません。

 お手玉をしたくて、ウズウズしてしまいまして・・・。」


と事情を話すと、雫様は、


「あぁ。」


と納得したのだが、


「気持ちは分かるけど、まだ朝早いで。

 太陽(ひ〜)、出る前ちゃうか?」


と言ってきた。私は、


「それなら、いつもの私の起床時間ですね。」


と返すと、雫様は、


「そやったな。

 けど、こっちは眠いんや。

 出来たらもう少し、寝とってくれんか?」


と頼まれた。私はもう目が()えていたので、


「ちょっと、二度寝は無理そうです。」


と話すと、雫様は少し(だま)


「今、武じぃ呼んだから、来るまでおとなしゅうな。」


と言った。地下牢から出て、お手玉が出来る場所まで、連れ出してくれるに違いない。

 私は、


「分かりました。」


と言って、にこにこしながら武じぃ様が来るのを待ったのだった。


 本日は江戸ネタを仕込み(そこ)ねたので、本当にくだらないのをひとつだけ。(--;)


 作中、妖狐が稲荷寿司を食べていますが、実は狐は肉食に近い雑食なのだそうです。

 なので、狐は稲荷寿司も油揚げも好んで食べないのだとか。


・キツネ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%8D&oldid=90861126

・稲荷神

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E&oldid=90642059


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