2個ならなんとか
座敷から部屋に戻った私は、茣蓙の上で、どうやったらお手玉が上手く行くのか考えていた。
手元にお手玉はないが、あるつもりになって試してみる。
何となく、出来たつもりになって満足する。
暫くして、女中さんが階段を降りてくる気配を感じる。
お手玉を持って来てくれたのだろうと思い、格子の方に移動する。
だが、微かだが、女中さんに遅れ、気配のない空間が付いてきている事に気が付く。
──雫様のお母上か?
そう思った私は、他の用事ではないかと考え直し、また元の茣蓙の上に移動した。
隣の牢に入っている雫様から、
「山上。
そわそわしとんなぁ。
そないにお手玉、したかったんか?」
と声を掛けてきた。私は、また笑われてもと思い、
「いえ。
誰が来たのだろうと思いまして。」
と肯定はしなかった。雫様が、
「女中やろ?」
と聞いてきたが、私はもう一人いる可能性を疑っていたので、
「本当にそうですか?」
と聞き返してみた。数瞬の後、雫様が、
「そのようですね。」
と返事した。丁寧な言葉遣いに変わった事で、先程迄、言葉が素に戻っていた事に気が付く。
それとほぼ同時に、女中さんが、
「お話中、すみません。
山上様。
お手玉を、お持ちしました。」
と話しかけてきた。薄暗いので、温度で顔を確認する。
すると、例の更科さんに似ていると思った女中さんだった。
私は、
「いえ、ありがとうございます。」
とお礼を言ってから、お手玉を受け取るべく格子に近付こうとした。
だが、女中さんから、
「牢を開けてお渡し致しますので、少々お待ち下さい。」
と止められた。私は、
「わざわざ開けなくても、格子からで結構ですよ。」
と提案したのだが、女中さんは、
「いえ、決まりですので。」
と言いながら錠前を外し始めた。
決まりならば、仕方がない。
錠前が外れ、女中さんが格子戸を開ける。
女中さんが中に入って、お手玉の入った籠を差し出す。
私はそれを受け取ったのだが、その時に指先が触れて少しドキッとする。
だが、私は何食わぬ顔で、
「ありがとうございます。」
と改めてお礼を伝え、やり過ごすことにした。
女中さんが、
「いえ。」
と言った後、小声で、
「緊張しているようですね。」
と付け加える。
──バレている。
私はバツが悪くて、
「すみません。」
と謝った。
女中さんが少しクスクス笑いながら、また小声で、
「大丈夫ですよ。」
と言った後、
「このお手玉には、微弱な魔力のある糸で織った布を使いました。
暗くても見えますので、頑張って下さいね。」
と教えてくれた。向こうの里で見た、魔法の成分が入った墨みたいな物だろうか。
そんな事を考えながらお礼を言おうとしたのだが、雫様が、
「何、コソコソ話しているのですか?」
と聞いてきた。私は、
「お手玉について、少し。」
と返事をしたのだが、雫様は少し大袈裟に、
「本当ですか?
まさか、佳織ちゃんを蔑ろにするような事ではありませんよね?」
と聞いてきた。声色からして、単にからかっているだけのようだ。
だが、私は念の為、
「決して、そのような事はありません。
佳織が一番ですから。」
と完全に否定しておいた。
雫様が、
「ならば、宜しいのですが。」
と笑いながら言った。
女中さんが下がり、籠の中を確認する。
お手玉らしきものが入っているが、薄暗くてはっきりとは見えない。
スキルで魔法を見てみる。
しっかりと、お手玉が見える。
将に、暗い中で練習するには、もってこいの代物だ。
お手玉は俵状で、白地に赤と黄色の2色が十字に折り重なっている柄が見える。
恐らく、それぞれの糸には白魔法、赤魔法、黄色魔法が込められているのだろう。
これが、籠の中に5つ入っていた。
籠を茣蓙の上に置き、右手で一つ持ち上げる。
お手玉が、シャリッと音を出す。
お手玉の感触は、白地の部分はしっとりとなめらかだが、赤や黄色の部分を触るとザラッとしている。
間近で見ると、小さい頃に見たお手玉よりも、若干大きい気がした。
恐らく、竜人向けだからなのだろう。
お手玉を握り直すと、シャリッと音がした。
手で握ったり、緩めたりする度に、音が出る。
右手に持っていたお手玉を左手に持ち替え、右手で別のお手玉を掴む。
右手でお手玉を投げ、その間に左手のお手玉を右手に渡す。
左手で追いかけ、落ちてきたお手玉を掴む。
動作する度に、シャリッ、シャリッと音が鳴る。
初っ端で落とさずに出来たので、気を良くして、もう一度お手玉を投げる。
今度は左手で追いかけきれず、茣蓙の上でシャリッと鳴った。
雫様から、
「山上。
今、2個で苦戦しとんのか?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
ですが、見てもいないのに、よく判かりましたね。」
と聞くと、雫様は、
「音が2つやからな。」
と答えた。私は、
「音ですか。」
と相槌を打つと、雫様は、
「そや。」
と頷き、
「後な、山上。
お手玉は、同じ場所に投げんとあかんで。
取りにくいやろ。」
と教えてくれた。
──音で、そこまで判るのか!
私は感心しながら、
「ありがとうございます。」
とお礼を言った。
早速私は、左手の場所を決め、お手玉1個を右手に持った。
先ずは、そこに落ちるように上に飛ばしてみる。
が、思った所にお手玉が落ちてこない。離れた所でシャリッと音が鳴る。
雫様から、
「癖付く前に、もう少し高こう上げた方が良いで。
3個の時、頭の上くらいやったから、そのくらいを目安にしてみ。」
と、まるで見ているような助言が来る。
私は感心しながら、
「ありがとうございます。
頭の上くらいですね。
早速、試してみます。」
とお礼を言って、お手玉を握る。
もう一度、1つで試してみる。
何十回も試している内に、概ね左手の位置に落ちるようになってきた。
雫様が、
「ある程度でええで。
そろそろ2個にしてみ。」
と言ってきた。私は、
「分かりました。」
と言って、もう一度、2個で挑戦した。
左手の位置が決まった事で、取り易さが格段に上がる。
私は、
「ありがとうございます。
これで、お手玉2個ならなんとか出来るようになりました。」
とお礼を言うと、雫様は、
「それは、良かった。」
と満足そう。
私は、妖狐はこのような助言をくれなかったので、良い師匠が出来たと思った。
雫様が、
「ほな、次は3個やな。
が、これが3個に増えたら、難しなるんやわ。
一回、試してみ?」
と言ってきた。私は、
「はい。」
と答え、早速試してみる事にする。
雫様が、
「最初に投げる方の手に2つ持ってな。
2つ目投げたら、3つ目を投げる手に移すんや。
先ずは、その後、最初に投げた2つを取るんから始めてみ。」
と指示をした。
右手に2つ、左手に1つ持つ。
1つ目、2つ目と投げると、1つ目は左手の方に落ちてきたが、2つ目が明々後日の方向に飛んでいった。
雫様は、
「やっぱりか。
まぁ、皆通る道や。」
と笑った後、
「2つ目も、ちゃんと思うたような山なりになるよう練習してみ。」
と指示をした。そして、
「そうそう、目線は手元やのうて、飛ばしたお手玉の頂点の方、見るようにした方が取りやすいで。」
と付け加える。私は、
「分かりました。
早速試します。」
と言って暫くやったのだが、上手くいかない。
私は、もう少しのような気がしたので、何度も繰り返し挑戦した。
暫く夢中で練習していると、雫様から、
「もう半刻経ったで。
今日は寝て、明日にし。」
と声がかかった。私は、いつの間にそんなに時間が経ったのだろうと思いながら、
「分かりました。
でも、もう少しだけやってみます。」
と返事をした。だが、雫様から、
「あかん。
こういうんは、もう少しのつもりでも、平気で半刻過ぎるもんや。
今日はきっぱり諦めて、明日にし。」
と言ってきた、私はもう少しで出来ると考えていたので、
「ですが・・・。」
と途中まで言いかけたのだが、雫様から、
「お手玉、音出るやろ。
寝れん。」
と言われてしまった。どうも、雫様に迷惑を掛けていたようだ。
私は、
「申し訳ありませんでした。」
と謝り、今日は止める事にした。
私は、疼く手をぐっと堪え、茣蓙を体に巻いて寝りについたのだった。
(例によって強引にねじ込んだ感がアリアリですが)作中、錠前が出てきますが、こちらは和錠の想定となります。
和錠というのは、江戸時代に日本で独自に発展した鍵です。
豪華さや芸術性を追求した鍵から、セキュリティ重視で複数の鍵を使うもの、遊び心やパズル性のある鍵(からくり錠)まで、いろいろあったそうです。
ちなみに、江戸時代の頃の一般的な家では鍵は使われていなかったそうで、専ら、心張り棒と言って、引き戸が開かないようにするための長めの支え棒が使われていたのだとか。
・鍵
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%8D%B5&oldid=90384323
・心張り棒
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BF%83%E5%BC%B5%E3%82%8A%E6%A3%92&oldid=90691269
今日でおっさんの夏休みは終わりなので、また土日更新に戻ります。




