報告
雫様のお母上、雫様と私は、雫様の実家に戻り、一旦座敷に移動した後、雫様のお母上は用事があるという事で退出した。
雫様が、
「はぁ〜。
ようやっと、行ったか。」
と喜びの笑顔。雫様は雫様のお母上の前では丁寧に話しているが、雫様にとっては、よほど窮屈だったのだろう。
雫様が、
「抜け出そ思うて、試しの岩に誘うたっちゅうのに、付いてくるとか、あれへんわ。」
と愚痴り始めた。私が、
「でも、面白いものが見られたではありませんか。」
と言ったのだが、雫様は、
「あれは、おべんちゃらや。」
と否定し、
「上手い奴は、どんどん魔法飛ばして、沢山輪を出すんやで。
そっちの方が、見ごたえあるわ。」
と付け加える。私は、
「なるほど。
ならば、沢山の人と協力したら、いろいろな色も出来て綺麗でしょうね。」
と言うと、雫様は、
「そやな。
けど、一応、決まりがあってな。
3人同時までゆうて、決まっとんのや。」
と説明した。私が、
「どうしてですか?」
と聞くと、雫様は、
「そりゃ、大勢で強力な魔法使うたら、流石に壊れるからちゃうか?」
と答えた。私は、
「なるほど、そういう事ですか。
ちなみに、同じ人なら4つ飛ばしても大丈夫だったのでしょうか・・・?」
と聞くと、雫様は、
「何でや?」
と聞いてきた。私が、
「先程の魔法は、重さ魔法で、赤魔法と緑魔法、後、雷魔法を纏めています。
つまり、4種類の複合魔法でしたっけ?・・・とかいうやつになる筈です。
なので、同時に3種類までという意味での上限3人設定でしたら、破った事になるかなと思いまして・・・。」
と説明した。雫様は目を瞑り、何か考えながら
「複合魔法か。」
と呟くと目を開け、
「まぁ、考え過ぎやろ。
『そんなんあったか?』思うて思い出してみたけど、思い浮かばんかったし。」
と言った。そして、
「さっき、3人同時まで言うたやろ?」
と話した。私が、
「はい。」
と相槌を打つと、雫様は、
「さっき、思い出したんやけどな。
3人1組で隊を作るんやけどな。
練習で、先の魔法の光が消える前に、別の魔法、次々打ち込む練習とかもするんやわ。」
と話した。私は、
「つまり、虹ではありませんが、4色同時に輪が出来る事もあるという事ですか?」
と聞くと、雫様は、
「そや。」
と答えた。私はホッとして、
「ならば、あれは大丈夫なのですね。」
と言うと、雫様も、
「そういう事や。」
と頷いたのだった。
未の刻を過ぎた頃、向こうの竜の里に伝言を届けに飛んだ赤光様が屋敷にやってきた。
割り当てられた部屋に入っていた私は、女中さんに呼ばれ、座敷に移動する。
私が、
「遅くなって、申し訳ありません。
赤光様も、お疲れ様です。」
と謝りながら入る。雫様から、
「問題ないで。
うちんお母上も、まだや。」
と言ってくれた。
赤光様が、
「姫。
ご母堂様が参られましたら、怒られますよ。」
と話し方を注意したが、雫様は、
「んなもん、気配感じたら判るやろが。」
と笑い飛ばした。
私が、
「気配と言えば、こちらの門番さんは大丈夫なのでしょうか?」
と質問した。雫様が、
「ん?
何か、あったか?」
と質問で返す。
私は、
「昼前ですが、雫様と二人、門の竜について話していた時、『何用か』と言って出てきたではありませんか。」
と話し始めると、雫さまが、
「そやな。」
と合いの手を入れる。
私は、
「不思議に思いませんか?
私はともかく、少なくとも雫様は気配で分かると思うのですが・・・。」
と指摘すると、雫様は、
「あぁ、あれな。
職務怠慢ちゅう訳でもないんや。」
と回答する。私は、
「どういう事ですか?」
と聞くと、赤光様が、
「門番ですか?」
と話に入ってきた。雫様が、
「そうや。
前の門番、今、向こうの地下牢やろ?」
と一言。赤光様が、
「あぁ。
そういえば、そうでしたね。
だから、新しい門番だったのですか。」
と答えた。なるほど、そういう事情だったらしい。
私は、
「前の門番さんは、長かったのですか?」
と聞くと、雫様は、
「うちが生まれる前からやからなぁ。」
と答えた。私は、
「なるほど、長そうですね。」
と頷いた後、失言に気が付き、
「すみません。」
と謝った。雫様は、
「謝ったらええっちゅうわけでも、あれへんで。」
と軽く怒られた。
ここで雫様の後ろに、雫様のお母上が立っている事に気が付いた。さっきまで、一切気配がなかったので、思わずぎょっとする。
雫様も気が付いたようで、表情が強張り、ぎこちなく振り返る。
雫さまのお母上が、ニッコリと微笑んだ。
雫様は、サッと土下座の体勢に入り、
「申し訳ありませんでした。」
と謝った。雫様のお母上はそれを無視し、上座に座る。
雫様は土下座をしたまま、上座に向けて器用に回転する。
雫様のお母上は、雫様に触れる事なく、
「赤光、ご苦労。
して、向こうではどのように申しておったか。」
と確認した。
雫様が頭を上げようとすると、雫様のお母上が、視線で牽制。
赤光様はその様子に苦笑いしながら、
「はい。
それが、向こうは大捕物で忙しいそうでして。
兎に角これから2日、これ以上、水が溜らぬように、そちらで処置せよとの仰せでした。」
と話した。雫様のお母上が、
「して、現状は?」
と何故か私に顔が向く。
雫様が、
「恐れながら、申し上げます。」
と言うと、雫様のお母上が、
「山上、申せ。」
と私に振ってきた。あの話し方をしていたのが、よほど気に入らなかったのだろう。
私は雫様を真似て、
「恐れながら、申し上げます?」
と話した。雫様のお母上が、
「何故、疑問形なのじゃ。」
と少し笑う。私が、
「このような報告は、したことがありませんでしたので。」
と笑って誤魔化そうとすると、雫様のお母上は表情を引き締め、
「笑うでない。」
と叱り付け、
「簡潔に、事実だけ述べれば良い。」
と話した。私は、
「分かりました。
では、先程の水位についてお話いたします。」
と断り、
「現状は溝を1本作り、緩やかに水位が下がるようにしてあります。
ただし、今夜、雨が降りましたら、水位は上がるかもしれないそうです。」
と簡単に説明した。雫様のお母上が、
「他には?」
と聞いてきたが、特に思い浮かばない。私は、
「水位については、これだけです。」
と答えた。雫様のお母上が、
「そうか。」
と頷き、
「最後に、報告に続きがない事を付け加えると、確認する手間が省けてよいかの。」
と教えてくれた。私は、
「以後、気をつけます。」
とお辞儀をした。雫様のお母上は、
「では、赤光。
その旨、向こうに伝えよ。」
と言うと、慌てた雫様が小声で、
「山上。
他にも、話しておく事がありますよ。」
と伝えてきた。雫様のお母上が、
「そうじゃの。」
と肯定し、
「山上。
今後の計画を話すが良いぞ。」
と言ってきた。私は、赤谷様が雫様にどのように説明していたのかを思い出しながら、
「はい。
明日、水位の増減の様子を見て、2本めの溝を深めに掘る予定です。
そうやって交互に溝を深くしていき、最終的には谷底と同じ高さまで下げると聞きました。」
と答えた。雫様のお母上が少し考え、
「なるほど。
では、こちらで対処できるという事だな?」
と確認する。
私は、
「聞く限りでは、出来ると考えます。」
と肯定すると、雫様のお母上は、
「うむ。
して、それは誰の案じゃ?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
赤谷様の案にございます。」
と報告すると、雫様のお母上は、
「相わかった。」
と答え、
「『聞いた』というのだけではなく、誰が話したかも教えてくれると助かるかの。」
と注意した。私は、
「次から、気をつけます。」
と答えた。
その後、雫様のお母上は、赤光様に私が話していない事も含め、向こうの里への言付けを話した。
どうやら、先に赤谷様から説明を受けていたようだ。
話に一区切りついたのを見計らい、私が、
「すみません。
どうして、私に報告をさせたのですか?」
と聞いてみた所、雫様のお母上は、
「良い機会となったじゃろう?」
と一言。私は、あまり有り難いとは思わなかったが、
「はい。
ありがとうございました。」
と返事をしたのだった。
雫様のお母上が、上座を立つ。
そして、まるで今、思い出したかのように雫様の方に向くと、
「そうじゃ。
雫よ。」
と声を掛け、
「言葉が治るまで、地下牢がお前の部屋じゃ。
よいな。」
と申し付け、反論を言う前にサッと座敷を退出した。
雫様は、
「またかいな・・・。」
と一言。
私は、雫様が自分の部屋で寝るのは、当分無理なのではないかと思ったのだった。
作中、(いつもの如く強引ですが)「虹ではありませんが、4色同時に輪が出来る」という箇所があります。
これは、江戸時代の頃、虹の色を4色で表現したものが残っているという話に基づいています。
ただ、『明治以前は二色から三色がせいぜい』という話もあり、こちらが一般的だった可能性もある模様。(出典注意)
日本で虹の色が赤橙黄緑青藍紫の7色だと言われるようになったのは明治からで、ニュートンの7色説が学校教育で広まったからなのだそうです。
因みに、アメリカやイギリスは6色、ドイツやフランスは5色と数えるそうで、中には2色とする国もあるとの事。
もっとも、虹は連続して光の周波数が変わっていくので、何色かなんて話はナンセンスなのですけどね。(--;)
・虹
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・古来、日本では虹は七色ではなかったときいた。何色と考えられていたのか。
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・六十余州名所図会 対馬 海岸夕晴
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