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試しの岩で

 土砂を取り除く作業が一段落した後、里に戻った雫様と私は、雫様の家の門の前で立ち話をしていた。

 時間は正午前。まだ、雨が降り出す気配はない。


 門の(わき)の小さな扉が開き、


「屋敷の前で、先程から何用か?」


と言いながら門番さんが出てきた。

 思わず首を傾げる。

 気配を読めば、私はともかく、雫様の気配は判る筈だ。

 だが、門番さんが雫様を見るや、


「やっ!

 申し訳ありません。

 姫でしたか。」


と頭を下げた。誰がいるのか、気配を確認していなかったようだ。

 門番さんとして、これはどうなのだろうかと思わず苦笑いする。

 雫様が、


「すまんな。

 山上と、ここの門の話をしとったんや。」


と軽く謝ると、門番さんは、


滅相(めっそう)もない。

 ここの竜は、名工と名高い風谷(かぜたに) 弥三郎(やさぶろう)の作。

 小僧が心()かれるも、当然にて。」


と納得顔になった。雫様が、


「そやな。

 ほな、少し(いわ)れとか山上に教えたって。」


と言うと、門番さんは、


「この竜の謂れですか・・・。」


と答え、その先が出ない。雫様が、


「どした?」


と聞くと、門番さんは、


「謂れと言われましても、実は拙者、この作については詳しくありませんもので・・・。」


と尻窄みになった。雫様が、


「その名工に関する薀蓄(うんちく)でもええわ。」


と助け舟を出す。すると門番さんは、


「それでしたら。」


と言って、出自(しゅつじ)から代表作まで、いろいろと話し始めた。

 私は余り興味がなかったので、話の途中で眠くなり、一瞬だが妖狐の顔が見えた気さえした。

 話の長さに、雫様も、


「長いわ!」


と突っ込みを入れて終了となった。



 座敷に移動し、昼食となる。

 女中さんが、朝と違い、ちゃんと足の付いた膳を運んできた。

 上には、器が5つ乗っている。

 魚に薄黄色の何かを塗って焼いた物と、大根と人参の(なます)、真ん中には白菜の漬物がある。

 後は、麦飯と蒟蒻(こんにゃく)味噌汁(みそしる)だ。


 私が、


「この薄黄色のは何でしょうか?」


と聞くと、女中さんが、


「こちらは、(はも)白味噌(しろみそ)焼きとなります。」


と答えた。雫様が、


「鱧は小骨が多い魚なので、『骨切り』と言って、身に細かく切り込みを入れていくのですよ。」


と付け加えた。

 私は、


「味噌も、普通の味噌と違う香りですね。」


と言うと、女中さんは、


「はい。

 頂くと、柔らかな甘さもあるのですよ。」


と教えてくれた。私は、


「それは、楽しみです。」


と返事をした。



 昼食が終わり、食後の雑談となる。

 雫様のお母上が、


「報告を聞いたぞ。

 小童よ。

 随分と、大きく崖を崩したそうじゃの。」


と話を始めた。私は、何となく雫様を見ると、何故(なぜ)か雫様が(うなづ)いた。

 私は、どうして頷いたのだろうかと思いながら、


「はい。

 まさか、あれほど崩れるとは思いませんでした。」


とその時のことを思い出しながら話した。雫様のお母上が、


「三竜隊の戸赤(とあか)を破ったとも聞いておる。」


と急に焔太(えんた)様の話に変える。

 私はどういう事だろうかと思いながら、


「はい。」


肯定(こうてい)した。雫様のお母上は、


「崖を大きく崩すほどの力。

 焔太には手加減したのか?」


と聞いてきた。私は、


「とんでもありません。

 当時、私は崖を崩すような魔法は使えませんでしたので。」


と否定すると、雫様のお母上は、


「ほう。

 では、どのように?」


と聞いてきた。私は、


「はい。

 威嚇(いかく)してふらついた所に、拳骨を一発・・・。」


と簡単に説明しようとしたのだが、途中で雫様のお母上が、


「待て、待て。

 威嚇されただけで、ふらついたのか。」


と話を止めた。私は、


「はい。

 飛んでいる所に威嚇しました所、そのまま土手に突っ込みまして。」


とその時の様子を話すと、雫様から、


「山上は、河原の方で戸赤とやりあっておりました。」


と説明を加える。雫様のお母上は少し考え、


「ふむ。

 つまり、戸赤でも素手の人間に敗れる程度だったという訳か。

 竜人というだけで、随分と慢心(まんしん)しておったようだ。」


と感想を言った。

 雫様が、


「それで、あの崖を崩した時の魔法ですが、どこまで威力は上がりますか?」


と聞いてきた。私は、


「さあ。

 試したこともありませんので。」


と答えると、雫様は、


「ならば、これから試しに行きませんか?」


と聞いてきた。雫様のお母上が、


「試しの岩か。」


と付け加え、雫様が、


「はい。」


と肯定する。私が、


「試しの岩と言うのは?」


と聞くと、雫様が、


「この里には、魔法の威力を確認出来る岩があるのです。

 魔法が当たると、その威力に応じて岩が光るので、それで測ります。」


と答えた。私は、


「壊れたらどうしましょうか?」


と聞いたのだが、雫様のお母上が、


「過去に、村一つ焼き払う規模の魔法を打ち込んだ者がいたそうだ。」


と答えた。

 村一つがなくなる魔法。想像しただけで、背中がゾクッとする。

 私は、


「そのような恐ろし気な魔法を打ち込んでも、その岩は平気だったという事ですか?」


と聞くと、雫様のお母上は、


「そうじゃ。」


と答えた。そして、


「では、参ろうか。」


と言うと、雫様が驚き、


「お母上も参られるのですか?」


と聞き返した。雫様のお母上が、


「たまの気晴らしじゃ。」


と涼しそうな顔をして言ったのだが、雫様は、


「そうですか。」


と一言。何か表情を隠したような、のっぺりとした顔になったのだった。



 里を出て、四半刻(30分)

 10間(18m)はあろうかという、半透明の巨大な水晶のようなものが目に入った。

 雫様が、


「これが、試しの岩です。」


と教えてくれた。

 私は、


「綺麗ですね。」


と言うと、雫様は、


「そうですね。

 ですが、魔法を撃ち込んで光った時は、もっと綺麗ですよ。

 夜、恋人と連れ添って撃ちに来る者もいるくらいですから。」


と説明した。私が、


逢引(あいびき)でですか。

 昔、雫様もしたのですか?」


と聞いてみると、雫様は素に戻って、


「んなわけ、あるかい。

 うちはやりとうても、(いえ)が許さんわ。」


と答え、咳払いをした。そして、


「失礼しました。」


と謝る。雫様のお母上を見ると、目がギロッと光っていた。

 雫様が、


「それよりも、山上。

 準備・・・を初めては如何(いかが)でしょか。」


と言われ、話し方の落差に少し笑いがこみ上げつつも、


「分かりました。」


と言って、魔法を()め始めた。

 重さ魔法で、いつもの赤魔法(火魔法)緑魔法(風魔法)、雷魔法の3魔法を集め、一つに(まと)め上げる。

 だが、今は風も少ないし、雷も聞こえない。周りに温泉もない。

 つまり、魔法が集まりにくい。

 私は、


「これは・・・。

 上限まで集めるのに、かなり時間がかかりそうです。」


と苦笑いすると、雫様は、


「何か、条件でもあるのですか?」


と聞いてきた。私は、


「天気に左右されまして。」


と答えると、雫様のお母上は、


「魔法を集める・・・。

 天候に左右・・・。」


(つぶや)き、空を見上げ、


「つまり、天候が悪くないと、威力が出ぬという事か?」


と聞いてきた。私は、


「いえ、時間がかかるだけです。」


と否定すると、雫様のお母上は、


「なるほど。

 では、時間をかければ行けるのだな?」


と確認してきた。手元には、少しずつ魔法が集まっている。

 これを見せて、


「はい。

 今日のような天気でも、一応は。」


と話した。



 四半刻(30分)近く()ち、雫様が、


「まだ、時間は掛かかりますか?」


と質問してきた。明らかに、待つのに()きた様子。

 私は、


「そうですね。

 まだ、少しずつ集まっているようです。」


と返事を返すと、雫様は、


「そうですか。

 では、その間に、先に試しの石を使わせていただきますね。」


と断った。雫様のお母上も、


「そうじゃの。」


と同意する。

 先ずは雫様が、


「では。」


咳払(せきばら)いをし、雰囲気を一変させる。そして、


「オンドリャー!」


と雄叫びを上げながら、3尺(90cm)はあろうかという火の玉を一発放った。


 試しの石に当り、赤い光の輪がまるで1つの波紋のように石全体に広がっていく。

 光の輪の内側には、ほんのりと紅色の光りが残る。光の輪自体は、外に広がるに連れて光が弱くなっているようだ。


 試しの岩の(はし)まで、光の輪が到達する。


 すると、その輪は、水紋のそれと同じように折返して更に広がった。

 暫くして、(ほの)かな光も見えなくなる。


──なるほど、これは夜に見たら綺麗だろう。


 私は、そう思った。


 余韻(よいん)を楽しんだ後、雫様のお母上が、


「雫。

 気合を入れるのは良いですが、あの掛け声は何ですか。

 みっともない。」


と駄目出しをした。そして、


「次は、私の番ですね。」


と言って、魔法を出し始める。

 そして、


「ハーッ!」


と気合と共に魔法を放ったのだが、こちらは赤い線が脈打つように太くなったり細くなったりして出ていった。

 それが試しの岩に当たると、光の円が広がり、その輪の中は明るい部分と暗い部分が交互に広がっていた。更に、試しの岩の端で折返し、互いに交わりながら進んでいく。

 それがもう一度繰り返された所で、光が消えていった。


 雫様が、


「そのようなやり方もあるのですか。

 幾重(いくえ)もの輪が重なり合って、綺麗ですね。」


と感心し、


「さすが、年の功ですね。」


と余計な一言。雫様のお母上は、熊も射殺さんという鋭い視線を雫様に向け、


「年の功?」


と一言。私が弱体化する前の、【黒竜の威嚇(いかく)】に匹敵する圧を感じる。

 雫様は、


「申し訳ありません。

 失言でした。」


と頭を下げた。

 雫様が、


「そういえば山上。

 まだですか?」


と話を変える。私は、


「はい。」


と答えたのだが、これ以上は時間の無駄のような気がしてきた。なので、


「ですが、今日はもう集まりも悪いので、ここまでにしたいのですが・・・。」


と提案した。雫様も、


「実用性を考えても、この辺りが限度でしょうね。」


と納得し、


「如何でしょうか。

 お母上。」


と確認する。雫様のお母上も、


「そうじゃな。

 そろそろ、戻り始めねばならぬ時間でもある。

 放つが良いぞ。」


と時間切れの様子。私は、


「分かりました。

 では。」


と言って、集めた魔法を前に向けて飛ばした。


 魔法の球が、高速で飛んでいく。

 ほとんど風がないとは言え、十分な時間をかけたお陰だろう。

 試しの岩に当り、黄金色(こがねいろ)の輪が広がる。

 その輪が試しの岩の端で2度、折り返す。

 先程の赤も良いが、こちらの黄金色もなかなかだ。


 雫様のお母上が、


「なるほど、二度(ふたたび)折り返したか。

 このような威力では、崖が崩れるは当然よの。」


と納得し、雫様も、


「そうですね。

 お母上。」


と同意した。

 私は、


「2度折り返すのは珍しいのですか?」


と聞くと、雫様は、


「これが出来るのは、里の者でも上位の者だけです。

 見た限りでは、時間はかかりますが、威力だけなら赤井よりも上でしょう。」


と答えた。赤井様と聞いても、誰なのか思い出せない。

 恐る恐る、私は、


「赤井様と言いますと?」


と聞くと、雫様は、


「戸赤のいた隊の隊長です。

 私の旦那様と、いい勝負をしたと言っていましたでしょう?」


と答えた。私が、


「私の魔法が、蒼竜様に匹敵すると言っていますか?」


と確認したのだが、雫様は、


「天気によっては、そうかもしれませんね。」


と少し笑いながら答えたのだった。


 作中、蒟蒻(こんにゃく)の入った味噌汁が出てきます。話の中では特に触れてはいませんが、こちらは狸汁(たぬきじる)を想定しています。

 狸汁は、元は狸の肉を使っていたそうですが、お坊さんは肉を食べるのを禁止されていましたので、代わりに蒟蒻を使ったのだそうです。


 あと、(はも)の白味噌焼きは、鱧の西京(さいきょう)焼きの想定です。

 西京焼きに使う味噌は西京味噌と呼ばれるものですが、明治に御所が東京に移った後、京都を西京と呼んだことから西京味噌という名になったそうなので、江戸時代以降という事で、作中では単に白味噌としています。(^^;)



・たぬき汁

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%9F%E3%81%AC%E3%81%8D%E6%B1%81&oldid=80606104

・蒟蒻百珍 - 狸汁

 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536696/14

・西京味噌

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%A5%BF%E4%BA%AC%E5%91%B3%E5%99%8C&oldid=88863777

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