次に来たのは
大鷺山から下山する途中、橋を渡った所にある小さな広場で、私は雪熊の襲撃を受けていた。
相手は、前方3間先に森を背にした大きな雪熊が1頭と、取り巻きと思われる小さめの雪熊が4頭。そして、2間後ろにも、落ちた橋の側に1頭いる。
挟み込まれた形になるので、前も後も油断ならない。
──兎に角、何とかしなければ。
そう思った私は、先日覚えた例の魔法で対処することにした。
重さ魔法で赤魔法、緑魔法、雷魔法を集め始める。
が、間髪入れず、後ろからこちらに突進する音が聞こえてきた。
──そっちか!
橋を落とした雪熊が動いたのだろう。
私は大きな雪熊から視線を切らざるを得ない事に不安を感じながら、後ろを振り返り確認した。
案の定、雪熊が殺気を出しながら私に向かって来ていた。
──もう1間!
私は溜めが甘いのを承知の上で、向かってきた雪熊に魔法を放つた。
いつもよりも、随分と貧弱な魔法が飛ぶ。
雪熊は、大した驚異ではないと判断したのだろう。
前足の爪で、私の魔法を軽く払い退けようとした。
爪に当たった拍子に、パンッと小さく炸裂。雪熊の手や肘の周りを、小さな稲妻が走った。
予想外に効いたのか、雪熊が一瞬だけ体を仰け反らせ、前のめりの前傾姿勢になる。
私は寒さ対策で黄色魔法を纏っているのを思い出し、思い切って雪熊に駆け出した。そして、頭に拳骨を叩き込む。
雪熊が反応できず、鈍い音と共に、そのまま雪の上に倒れ伏す。
──まずは1頭目。
森の方に目を遣りながら、また重さ魔法で赤魔法、緑魔法、雷魔法を集め始める。
出来るかどうかは分からないが、大きな雪熊に視線を送り、牽制を試みる。
お返しとばかり、大きな雪熊もまた、私を睨みつけ殺気を送ってくる。
視線の切れない時間が続く。
が、それ即ち、私の魔法が溜まるという事だ。
天候のせいで雷魔法も赤魔法も集まりは悪いのだが、時間があれば沢山集められる。
緊張の中、お互いに攻めるための機会を窺う。
暫く膠着状態だったのだが、取り巻きの雪熊くらいなら倒せるであろう魔法が集まる。
──打って出るか?
気持ちは逸るが、ぐっと我慢する。
大きな雪熊が健在ならば、大きなしっぺ返しを喰らう可能性がる。
どうすれば倒せるか、思案を巡らせる。
──はやり、魔法が十分に溜まるまで、待つしか無いのか。
色々と考えてみるが、結論は変わらない。
まだ溜まらないかと、焦りを覚えながら相手の様子に注視する。
空の太陽が隠れ、また出てくる。
大きな雪熊が軽くひと吠えし、森の方にゆっくりと下がり始める。
小さい雪熊も、それに追従する。
どうやら、向こうは退却する事に決めたらしい。
あの大きな雪熊と戦わずに済み、何となくホッとする。
このような意図しない邂逅は、勘弁して欲しい。
また戻って来ても困るので、私は森の中の気配を探って警戒しながら、魔法は溜め続けることにした。
壊れた橋の杭を背もたれにして、座ることにする。
視界の隅で、さっきまで倒れていた雪熊が、四つん這いになる。
頭を振り、周りをキョロキョロと見回す。
そして、私と目が合った。
──絞め忘れた!
私は苦笑いしながら、雪熊を睨みつけた。
が、どういう了見か、恐る恐るという感じで、雪熊がこちらに近づいてき始めた。
私は、手土産にもなるので、もう一度倒して肉にしようと思ったのだが、よく考えると手元に解体するための道具がない。
道具がないという事は、今倒しても、血抜きが出来ない。
すぐに血抜きが出来なければ、熊の肉なんて臭くて食べられたものではない。
その結論に至った私は、解体の道具を持っているかもしれない赤光様が来る迄、この雪熊を足止めする事にした。
現在、雪熊との間は2間もない。
何か行動を起こすなら、すぐに決めないと危険な距離だ。
──一先ず、森に逃げられないようにしなければ。
そう考えた私は、雪熊の周りをぐるりと回って、森を背に雪熊と向かい合った。
雪熊がゆっくりと歩き、徐々に私との距離を詰めてきた。
残り、1間半。
真っ直ぐ後ろに下がり、間隔が2間を保つように下がる。
雪熊が近づき、その度に私が下がる。
これを何回か繰り返すと、後ろの森が近くなってくる。
先程の雪熊が森から出てきたら、あっという間に餌食になってしまうかもしれない。
そう考えた私は、どうにかして、雪熊を後退させられないかと思案した。
──あれはどうだろう。
私は思いつきのままに、軽くスキルの【黒竜の威嚇】を使ってみた。
雪熊がビクッとなって、後ずさる。
──2間半か。
思ったよりも、雪熊が下がってくれた。
そう思った私は、前に出て、雪熊との距離を2間にする。
雪熊が警戒して後ずさり、私との間が、また2間半となる。
どうやら、この雪熊は、私と2間半開けないと心配のようだ。
こうなれば、睨みつけてさえいれば、雪熊は逃げられないに違いない。
──このまま、雫様達や赤光様が合流するまで、膠着状態が続けばよいのだが。
私はそんなふうに思いながら、目の前の雪熊を監視した。
雪熊には次の手がない状態となり、思惑通り、雪熊の足止めに成功する。
もうそろそろ、雫様たちが来ないかと森の中の気配を探っていた所、雫様とは別の気配がある事に気が付いた。
数としては10頭前後で、気配の大きさも大小様々。結構、速い速度でこちらに向かってきている。
──仲間を呼んだか?
そう考えたのだが、例の大きな雪熊の気配が何処にもない。
雪熊にしては、小さすぎる気配も混ざっている。
つまり、これは別の集団なのだろう。
時間が経つに連れ、気配が増えていく。
目の前の雪熊に意識を割いているので、正確な数は今の私には数えられない。
──このまま、雪熊を足止めしていても良いものか?
判断に迷う。
だが、森の一団は確実にこちらに向かってきている。
気配が近づくに連れ、私に一直線に向かってきている訳ではない事に気が付く。
──取り囲む気か?
もしそうなら、理知的な行動と言わざるを得ない。
主か、それに匹敵する何かが指示を出しているに違いない。
雪熊の足止めが疎かになったとしても、これは調べざるを得ないだろう。
私はそう考え、森に意識を集中する事にした。
──私を取り囲むだけにしては、動物たちが広がりすぎている。
そう感じた私は、どうして動物たちがこのような行動をとているのか、不思議に思った。
──何かから、逃げている?
私がそう思ったのとほぼ同時に、薄っすらとではあるが、雫様がこちらに向かってくる気配がした。
どうやら森の動物達は、雫様の気配に怯えて、移動しているようだ。
私は、原因が分かったので、目の前の雪熊に意識を戻した。
すると雪熊は、谷沿いの雫様と逆方向に動き始めていた。
逃さないよう、雪熊の進行方向に移動する。
雪熊が、一吠え、威嚇してきた。
窮鼠猫を噛むと言う。
熊だが。
私は、死物狂いで襲ってくるのではないかと思い、手に集めた魔法を構えた。
あれから随分と時間が経つので、あの大きな雪熊でも一撃に違いない。
だというのに、森の中で、こちらに急速に近づいてくる気配を一つ確認した。
目の前の雪熊に意識を裂き過ぎていたらしく、かなり近い。
そう思っている間に、森から濃い灰色の猪が飛び出してきた。
──闇猪か!
思わず、闇猪に【黒竜の威嚇】を使う。
すると、闇猪が蹴躓いて回転しながら横を通過していった。
ドンと鈍い音が響き、続いてザッザッザッと音がした。
恐らく木に衝突し、枝に積もった雪が落ちたのだろう。
一応、目でも確認する。
予想通りとなっていた。
意図せぬ1勝。
他にも来ないかと心配になり、森の中の気配を確認する。
すると、ここは駄目だとばかり、他の動物たちがここを避けて移動していた。
これで、目の前の雪熊に専念できそうだ。
雫様の気配も近い。
私はそろそろ頃合いかと思い、雪熊に向けて魔法を放ったのだった。
今回は江戸ネタは仕込んでいないので、他で一つだけ。
作中、しっぺ返しという言葉が出てきます。
意味は皆さんご存知と思うので割愛しますが、ここで出てくるしっぺの語源について一つ。
このしっぺというのは、竹篦という竹で出来た少し曲がった杖に事で、禅宗で指導に用いる法具だったのだそうです。ここで言う指導というのは、体罰的なあれです。
しっぺ返しは、竹篦で打った相手から反撃される(竹篦で打ち返される)様子から出来た言葉なのだそうです。言葉として出来上がるくらいなので、本来の意味でのしっぺ返しがちょくちょくあったのだろうなと思うおっさんでした。
・しっぺ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%97%E3%81%A3%E3%81%BA&oldid=86105752
・仏具
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BB%8F%E5%85%B7&oldid=90365130




