表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
423/680

痩(や)せ尾根(おね)を通って

 時間が経つに連れて分厚い雲が減る中、私達は、雫様、私、赤光(しゃっこう)様の順に並んで山の中腹(ちゅうふく)を登っていた。

 山は1尺(30cm)以上の雪で(おお)われているのだが、かんじきを()いているお(かげ)で順調だ。

 ただ、今は雪は降っていないものの、山を登るにつれ、徐々に風が強くなっている。

 私は重さ魔法で黄色魔法(身体強化)を集め、体全体に(まと)う事で、風や寒さに()えられるようにしていた。


 先頭の雫様が、


「そろそろ、一旦(いったん)(くだ)りや。

 (すべ)らんよう、気ぃ付けな。」


注意喚起(ちゅういかんき)してきた。山は、単純に登るだけではない。

 一度下ってからまた上がるという事は、よくある事だ。

 赤光様が、


「かんじきでも、滑る時は滑りますからね。」


と雫様に同意する。私も、


「気をつけます。」


と返事をした。



 雫様の先触(さきぶ)れの通り、(くだ)(ざか)に入る。

 なるべく滑らないよう、足元をしっかりと(かた)めながら谷に向かって()りていく。

 あまり一気に()み固め()ぎると、崩れてしまう可能性もある。

 このため、危険だと感じたら、すぐに別の所へと場所を変える。


 2〜3町(200〜300m)ほど下ると、また上りに変わる。

 雫様が、


「ここまでは、雪山にしては上々やな。」


と感想を言ったのだが、赤光様が、


「まだ、1刻(2時間)も歩いていませんけどね。」


と付け加える。私は、


「まだ先は長そうですね。」


溜息(ためいき)をつくと、雫様が、


「当たり前や。

 さっき、上り始めたところやしな。」


と言われてしまった。



 何度か上り下りを繰り返すと、所々に山地肌が見える谷底に着いた。向かいの山は、ほとんど崖に近い傾斜がある。

 周りを見ると、奇妙な事に木の(えだ)どころか(みき)まで、一方向(いっぽうこう)に傾いていた。


 雫様が、谷に沿って移動をしながら次に登る山を確認し、


「この辺りは、難しいか。

 少し行ってから、尾根まで登るで。」


と次の行動を教えてくれたので、私は、


「分かりました。」


と返事をした。

 赤光様が、


「ここは、たまに風が吹き下ろすからな。

 なるべく急ぐぞ。」


と嫌そうな顔をする。雫様は、


「そやな。

 急ぐで。」


と言って、早足になった。少し進み、さっきよりはましな傾斜の崖が見つかる。

 雫様は、


「ここなら、ええやろう。」


と言って、急斜面に向かった。

 私が、


「ここを登るのですか?」


と聞くと、雫様は、


本当(ほんま)は、もっとええ(とこ)があるんやけどな。

 降りる場所、外してもうたからな。」


と苦笑い。そして、


「急いで登らんと、風に飛ばされるでぇ。」


と言うと、適当な木を(つか)みながら、ほとんど崖のような坂を上り始めた。

 私も、


「分かりました。」


肯定(こうてい)はしたものの、目の前は、見上げるような斜面。


──これは、もう壁だな。


 そんな風に思いながら、私は気合を入れ直し、


頑張(がんば)ります。」


と言って、雫様の真似(まね)をして、曲がった木に手を掛け、上に向けて登っていった。



 ある程度登り、多少、傾斜が(ゆる)くなった頃、谷底からゴーッと音が聞こえてきた。

 先程赤光様が言っていた、吹き下ろしの風なのだろう。

 真冬なら、粉雪がぶわっと舞うのだろうが、今はそういう季節ではない。

 代わりに、折れた小枝が横を(かす)め、飛んで行った。


 雫様が、足を()める。そして、谷底を振り返り、


「吹いたか。

 巻き込まれんでよかったなぁ。」


としみじみと言うと、赤光も、


「そうですね。」


と安心した様子。

 私は、


「何か、実感が()もっていますね。」


と言うと、雫様が、


「そうや。

 昔、小さい頃にここで遊んどって、風で吹き飛ばされてな。」


と答えた。私は、


「この程度の風であれば、吹き飛ばされるほどではないと思うのですが・・・。」


と首を(かし)げると、雫様は、


「そうか?

 なら、谷底行ってみぃ。

 ここより凄いで。」


と笑いながら言ってきた。そして、悪戯(いたずら)っぽく


「そや。

 もし突風の中で立ってられたら、竜金1両やるで。

 試してみ?」


と付け加える。竜金1両と言えば、そこそこの大金だ。

 つまり、ほとんどの人は立っていられない程の風が吹くという事なのだろう。

 私は、


「いえ。

 怪我(けが)をしてもいけませんし、()めておきます。」


と返すと、雫様は、


遠慮(えんりょ)せんでもええで?」


とニヤニヤ顔だ。赤光様が、


「雫様。

 今日は、時間もありませんので。」


()めてくれたので、私はホッとして、赤光様に、


「ありがとうございます。」


とお礼を言った。

 雫様が、


「なんや、つまらん。

 けど、分かったわ。

 今日は勘弁しといたるから、出発するで。」


と諦めてくれた。

 私は、余計な事は言わないように気をつけようと思いながら、


「はい。」


と返事をした。



 ひたすら雪の山を登り、尾根に出る。

 雫様が、


「ここから尾根に沿って、山頂の方、目指すで。」


と行き先を指差した。

 私が、


「山頂まで登るのですか?」


と確認すると、雫様は、


「いや。

 途中で別の尾根に乗り換えてから、下るんや。

 山に登るんが目的ちゃうからな。」


と返事をした。山頂の()であって、山頂を目指すわけではないらしい。

 私は、


「分かりました。」


と納得すると、赤光様から、


「途中、痩せ尾根もあるからな。

 落ちないようにしろよ。」


と注意された。

 私は、この雪で大丈夫だろうかと心配になりながら、


「分かりました。

 気をつけます。」


と返事をした。



 尾根伝(おねづた)いに歩いていく。

 足元がやたら、柔らかくてふわふわする所になる。

 雫様が、


「そういやここ、今は雪で見えへんけど、笹が()えとってな。

 冬はよう滑るから、気ぃつけや。」


と言ってきた。笹は背が低いので、雪に(うず)もれていたらしい。

 私はゾッとしながら、


「はい。

 気をつけます。」


と返事をした。



 登ったり下ったりを何度か繰り返していくと、右も左も崖のような尾根に入った。

 今迄(いままで)も慎重に歩いていたが、更に慎重に足元を確認する。

 踏んだ感触に少しでも違和感があれば、足の位置を変える。

 そんな事をしながら歩いていくと、雫様との間が少し離れてしまった。


 後ろにいた赤光様から、


「山上、遅れているぞ。」


(しか)られる。だが、左右、(いず)れも急斜面。

 (すべ)ってしまえば、必死だろう。

 私は、


「分かりました。

 少し、急ぎますが、慎重に歩きたいので多少はご勘弁(かんべん)下さい。」


と返事をすると、赤光様から、


「怖がりすぎだ。」


と呆れた口調で言われてしまった。

 私は無理だと思いながら、


「申し訳ありません。

 頑張(がんば)ります。」


と謝った。

 雫様が立ち止まり、


「少し待ったるから、ゆっくり()ぃ。」


と声がかかる。私はありがたく思い、


「分かりました。

 かたじけありません。」


と返事をして雫様の所まで私なりに急いだ。



 雫様に追いつき、また(みんな)で歩き始める。

 痩せ尾根も終わり、暫く行くと、雫様が、


「そろそろ、見えてくるなぁ。」


と声を掛けてきた。


──何が見えてくるのだろうか?


 私がそうと思って質問しようとすると、その前に赤光様が、


「はい。

 あの(いただき)まで行けば、大岩が見える筈です。」


と返事をした。私が、


「大岩ですか。」


と反復すると、赤光様は、


「そうだ。

 そこの隣には、山小屋と小さな(ほこら)があってな。

 裏は、鎖場(くさりば)になっているのだ。」


と説明した。私は興味(きょうみ)本位(ほんい)で、


「祠には、何が(まつ)られているのですか」


と質問すると、赤光様は、


「この山自体という事になっているな。」


と答えた。

 雫様が、


山伏やまぶしもおるで。」


と付け加える。私が、


「そんな山なら、有名なのですね。」


と言うと、雫様は、


大鷺山(おおさぎやま)っちゅうねんけど、知らんか?」


と聞いてきた。恐らく、雫様の故郷では、有名なのだろうが、私は聞いたことがない。、

 私は、


「いえ。

 申し訳ありません。」


と答えた。

 ここで、私のお腹がギュルギュルと鳴る。


 雫様は、少し笑いながら、


「まぁ、ええわ。

 少し早いけど、そこで、昼飯にするか。」


と言った。赤光様も、


「そうですね。」


と同意する。

 私は、


「申し訳ありません。」


と謝り、ついでなので、


「それで昼食には、何を作るのですか?」


と聞いてみた。雫様も、


「どうなんや?」


と赤光様に質問をする。

 赤光様が申し訳なさそうな顔になって、


「朝と同じです。」


と返事をすると、雫様は、


本当(ほんま)に、他にないんか?」


と確認した。だが、赤光様は、


無茶(むちゃ)を言わないで下さい。」


と苦笑いした。本当に、朝食と同じ物しかないらしい。

 なんとなくそのような気がしていた私は、


「ひとまず、私は腹に入れば、何でもいいので・・・。」


と苦笑いしたのだった。


 (今回も随分(ずいぶん)と強引ですが)作中出てくる山伏(やまぶし)は、山に()もって修験道の(げん)(おさ)めた人です。

 修験道は、奈良時代から山岳信仰と仏教の密教の山中での修行がごっちゃになって形成されていったそうで、平安時代に確立したのだそうです。一応、仏教の(くく)りとされていて、江戸時代の頃は、修験道法度(はっと)によって当山派(真言宗系)と本山派(天台宗系)のどちらかに所属する必要があったそうですが、どちらにも属さない山伏もいたのだとか。


・山伏

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B1%B1%E4%BC%8F&oldid=89034297

・修験道

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93&oldid=90002306

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ