痩(や)せ尾根(おね)を通って
時間が経つに連れて分厚い雲が減る中、私達は、雫様、私、赤光様の順に並んで山の中腹を登っていた。
山は1尺以上の雪で覆われているのだが、かんじきを履いているお陰で順調だ。
ただ、今は雪は降っていないものの、山を登るにつれ、徐々に風が強くなっている。
私は重さ魔法で黄色魔法を集め、体全体に纏う事で、風や寒さに耐えられるようにしていた。
先頭の雫様が、
「そろそろ、一旦下りや。
滑らんよう、気ぃ付けな。」
と注意喚起してきた。山は、単純に登るだけではない。
一度下ってからまた上がるという事は、よくある事だ。
赤光様が、
「かんじきでも、滑る時は滑りますからね。」
と雫様に同意する。私も、
「気をつけます。」
と返事をした。
雫様の先触れの通り、下り坂に入る。
なるべく滑らないよう、足元をしっかりと固めながら谷に向かって降りていく。
あまり一気に踏み固め過ぎると、崩れてしまう可能性もある。
このため、危険だと感じたら、すぐに別の所へと場所を変える。
2〜3町ほど下ると、また上りに変わる。
雫様が、
「ここまでは、雪山にしては上々やな。」
と感想を言ったのだが、赤光様が、
「まだ、1刻も歩いていませんけどね。」
と付け加える。私は、
「まだ先は長そうですね。」
と溜息をつくと、雫様が、
「当たり前や。
さっき、上り始めたところやしな。」
と言われてしまった。
何度か上り下りを繰り返すと、所々に山地肌が見える谷底に着いた。向かいの山は、ほとんど崖に近い傾斜がある。
周りを見ると、奇妙な事に木の枝どころか幹まで、一方向に傾いていた。
雫様が、谷に沿って移動をしながら次に登る山を確認し、
「この辺りは、難しいか。
少し行ってから、尾根まで登るで。」
と次の行動を教えてくれたので、私は、
「分かりました。」
と返事をした。
赤光様が、
「ここは、たまに風が吹き下ろすからな。
なるべく急ぐぞ。」
と嫌そうな顔をする。雫様は、
「そやな。
急ぐで。」
と言って、早足になった。少し進み、さっきよりはましな傾斜の崖が見つかる。
雫様は、
「ここなら、ええやろう。」
と言って、急斜面に向かった。
私が、
「ここを登るのですか?」
と聞くと、雫様は、
「本当は、もっとええ所があるんやけどな。
降りる場所、外してもうたからな。」
と苦笑い。そして、
「急いで登らんと、風に飛ばされるでぇ。」
と言うと、適当な木を掴みながら、ほとんど崖のような坂を上り始めた。
私も、
「分かりました。」
と肯定はしたものの、目の前は、見上げるような斜面。
──これは、もう壁だな。
そんな風に思いながら、私は気合を入れ直し、
「頑張ります。」
と言って、雫様の真似をして、曲がった木に手を掛け、上に向けて登っていった。
ある程度登り、多少、傾斜が弛くなった頃、谷底からゴーッと音が聞こえてきた。
先程赤光様が言っていた、吹き下ろしの風なのだろう。
真冬なら、粉雪がぶわっと舞うのだろうが、今はそういう季節ではない。
代わりに、折れた小枝が横を掠め、飛んで行った。
雫様が、足を止める。そして、谷底を振り返り、
「吹いたか。
巻き込まれんでよかったなぁ。」
としみじみと言うと、赤光も、
「そうですね。」
と安心した様子。
私は、
「何か、実感が籠もっていますね。」
と言うと、雫様が、
「そうや。
昔、小さい頃にここで遊んどって、風で吹き飛ばされてな。」
と答えた。私は、
「この程度の風であれば、吹き飛ばされるほどではないと思うのですが・・・。」
と首を傾げると、雫様は、
「そうか?
なら、谷底行ってみぃ。
ここより凄いで。」
と笑いながら言ってきた。そして、悪戯っぽく
「そや。
もし突風の中で立ってられたら、竜金1両やるで。
試してみ?」
と付け加える。竜金1両と言えば、そこそこの大金だ。
つまり、ほとんどの人は立っていられない程の風が吹くという事なのだろう。
私は、
「いえ。
怪我をしてもいけませんし、止めておきます。」
と返すと、雫様は、
「遠慮せんでもええで?」
とニヤニヤ顔だ。赤光様が、
「雫様。
今日は、時間もありませんので。」
と止めてくれたので、私はホッとして、赤光様に、
「ありがとうございます。」
とお礼を言った。
雫様が、
「なんや、つまらん。
けど、分かったわ。
今日は勘弁しといたるから、出発するで。」
と諦めてくれた。
私は、余計な事は言わないように気をつけようと思いながら、
「はい。」
と返事をした。
ひたすら雪の山を登り、尾根に出る。
雫様が、
「ここから尾根に沿って、山頂の方、目指すで。」
と行き先を指差した。
私が、
「山頂まで登るのですか?」
と確認すると、雫様は、
「いや。
途中で別の尾根に乗り換えてから、下るんや。
山に登るんが目的ちゃうからな。」
と返事をした。山頂の方であって、山頂を目指すわけではないらしい。
私は、
「分かりました。」
と納得すると、赤光様から、
「途中、痩せ尾根もあるからな。
落ちないようにしろよ。」
と注意された。
私は、この雪で大丈夫だろうかと心配になりながら、
「分かりました。
気をつけます。」
と返事をした。
尾根伝いに歩いていく。
足元がやたら、柔らかくてふわふわする所になる。
雫様が、
「そういやここ、今は雪で見えへんけど、笹が生えとってな。
冬はよう滑るから、気ぃつけや。」
と言ってきた。笹は背が低いので、雪に埋もれていたらしい。
私はゾッとしながら、
「はい。
気をつけます。」
と返事をした。
登ったり下ったりを何度か繰り返していくと、右も左も崖のような尾根に入った。
今迄も慎重に歩いていたが、更に慎重に足元を確認する。
踏んだ感触に少しでも違和感があれば、足の位置を変える。
そんな事をしながら歩いていくと、雫様との間が少し離れてしまった。
後ろにいた赤光様から、
「山上、遅れているぞ。」
と叱られる。だが、左右、何れも急斜面。
滑ってしまえば、必死だろう。
私は、
「分かりました。
少し、急ぎますが、慎重に歩きたいので多少はご勘弁下さい。」
と返事をすると、赤光様から、
「怖がりすぎだ。」
と呆れた口調で言われてしまった。
私は無理だと思いながら、
「申し訳ありません。
頑張ります。」
と謝った。
雫様が立ち止まり、
「少し待ったるから、ゆっくり来ぃ。」
と声がかかる。私はありがたく思い、
「分かりました。
かたじけありません。」
と返事をして雫様の所まで私なりに急いだ。
雫様に追いつき、また皆で歩き始める。
痩せ尾根も終わり、暫く行くと、雫様が、
「そろそろ、見えてくるなぁ。」
と声を掛けてきた。
──何が見えてくるのだろうか?
私がそうと思って質問しようとすると、その前に赤光様が、
「はい。
あの頂まで行けば、大岩が見える筈です。」
と返事をした。私が、
「大岩ですか。」
と反復すると、赤光様は、
「そうだ。
そこの隣には、山小屋と小さな祠があってな。
裏は、鎖場になっているのだ。」
と説明した。私は興味本位で、
「祠には、何が祀られているのですか」
と質問すると、赤光様は、
「この山自体という事になっているな。」
と答えた。
雫様が、
「山伏もおるで。」
と付け加える。私が、
「そんな山なら、有名なのですね。」
と言うと、雫様は、
「大鷺山っちゅうねんけど、知らんか?」
と聞いてきた。恐らく、雫様の故郷では、有名なのだろうが、私は聞いたことがない。、
私は、
「いえ。
申し訳ありません。」
と答えた。
ここで、私のお腹がギュルギュルと鳴る。
雫様は、少し笑いながら、
「まぁ、ええわ。
少し早いけど、そこで、昼飯にするか。」
と言った。赤光様も、
「そうですね。」
と同意する。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝り、ついでなので、
「それで昼食には、何を作るのですか?」
と聞いてみた。雫様も、
「どうなんや?」
と赤光様に質問をする。
赤光様が申し訳なさそうな顔になって、
「朝と同じです。」
と返事をすると、雫様は、
「本当に、他にないんか?」
と確認した。だが、赤光様は、
「無茶を言わないで下さい。」
と苦笑いした。本当に、朝食と同じ物しかないらしい。
なんとなくそのような気がしていた私は、
「ひとまず、私は腹に入れば、何でもいいので・・・。」
と苦笑いしたのだった。
(今回も随分と強引ですが)作中出てくる山伏は、山に籠もって修験道の験を修めた人です。
修験道は、奈良時代から山岳信仰と仏教の密教の山中での修行がごっちゃになって形成されていったそうで、平安時代に確立したのだそうです。一応、仏教の括りとされていて、江戸時代の頃は、修験道法度によって当山派(真言宗系)と本山派(天台宗系)のどちらかに所属する必要があったそうですが、どちらにも属さない山伏もいたのだとか。
・山伏
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・修験道
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