表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
422/681

埋める事になった

 曇天(どんてん)の下、私達は雫様の故郷(こきょう)の竜の里に向けて山道を歩いていた。

 起きた時は、天幕(テント)が潰れるほどの()()雪だったのだが、今はパラパラと降る程度になってきた。

 足元も、赤光様から()()()()を借りたお陰で、随分と楽に雪の上を歩けている。

 一見、順調に見えるが、実は大きな問題を抱えていた。


 それは、雪のせいで朝食を食べる間もなく出発した点だ。

 雪が降っていれば焚き火をする事も(まま)ならないのは解るが、何も食べずに動き始めるのは、流石(さすが)に辛いものがある。

 私は、どこかで倒れて野垂れ死ぬのではないかと思いながら、重たい足を動かしていた。



 雫様が、


「この近くに、洞穴(ほらあな)がある筈や。

 そのに着いたら、朝飯、作るで。」


と声を掛けてきた。


──なるほど、そういうつもりだったのか。


 赤光様が、


「そうしましょう。」


と返事をしたので、私も、


「そうしましょう。」


と同じく返した。



 暫く歩くと、洞穴が見えてきた。

 赤光様が、


「あれですね。」


と声を掛けると、雫様も、


「そうや。」


と同意する。そして、


「奥には狂熊が冬眠()とるから、静かにな。」


と付け加える。

 私はギョッとして、


「大丈夫なのですか?」


と聞くと、雫様は、


「普通は、あかんな。」


と笑った。

 私は、どうして大丈夫なのか聞こうと思ったのだが、赤光様が先に、


「お知り合いの狂熊(くま)なので?」


と質問をした。雫様が、


「そうや。

 熊五郎っちゅうんやけど、目がクリッとしとって可愛いいんやで。」


と答えると、赤光様は、


「そうでしたか。

 では、熊五郎が起きないよう、静かに間借(まが)り致しましょう。」


(うなづ)いた。

 私も狂熊には襲われたくないので、赤光様の意見に同意した。



 洞穴に入ると、赤光様は手頃な岩を集めて(かまど)を作り、亜空間から(たきぎ)を取り出した。そして、赤魔法(火魔法)で火を点ける。

 雫様は荷物から鍋を取り出し、水と小さな干し魚を入れて焚き火に。

 私はやることも無いので、


「それは?」


と質問すると、雫様は、


「煮干しや。

 知らんか?」


と答えた。私は、見た事がなかったので、


「干し魚は使いますが、このような小さな魚は使った事がありません。」


と正直に答えると、雫様は、


「確かに、山の方はそやな。」


と納得し、


「これ、海に泳いどる小魚を干したもんなんや。

 えぇ出汁になるでぇ。」


と教えてくれた。

 私は、


「海の方では、このような小さな魚も使うのですね。」


と言い換えると、雫様は、


「そうや。」


と頷いた。

 これに味噌を溶き、干飯(ほしいい)を入れて煮て、具のない雑炊(ぞうすい)が出来上がる。

 私が、


「少し、そっけないですね。」


と言うと、赤光様が、


「急で、食材の調達も(まま)ならなかったからな。

 せめて、(うさぎ)(きじ)でも出たら、()って(さば)いたのだが。」


と軽く謝られた。雫様が、


「確かにな。

 うちも、雅弘(まさひろ)から急に言われて、どつく(ひま)しかなかったしな。」


と、蒼竜様のご家庭の様子がヒョコリ顔を出す。

 私は思わず、


「蒼竜様を殴ったのですか?」


と聞き返すと、雫様は、


「うちらは・・・、ほら。

 新婚言うても、長い付き合いやからなぁ。」


と苦笑い。雫様は話を変えようと思ったのか、


「それにしても、赤光。

 もうちょっと、ちゃんとした食材、準備できんかったんか?」


と文句を付けた。

 赤光様が、


無茶(むちゃ)を言わないで下さい。

 釈放(しゃくほう)されてすぐ、この仕事ですよ?

 誰にも(あや)しまれないように干飯を確保するだけでも、大変だったのですから。」


と珍しく反論したのだが、雫様は反駁(はんばく)する事なく、


「まぁ、そうか。

 すまん、すまん。」


と軽く謝った。赤光様も反論した割には怒った訳ではなかったようで、


「分かればいいのです。」


と軽く返した。



 雑炊を食べた後、妖狐から(そで)に何か()い付けられていると言われた事を思い出した。

 声に出すわけにもいかないので、(つたな)いが、地面に字を書いて伝える事にする。

 私が、


『すみません

 だまつて よんでください』


と書くと、雫様が笑いながら、


『何や』


と質問を書いた。私は、


『じつは、そでに だれかが

 むらさきまほうをしこんだ ようでして』


と書くと、二人が私の着ている着物を凝視し始めた。

 二人、不味そうな顔に変わる。

 雫様が、


『これ、あかんやつや

 居場所から周りの音まで、いろいろ伝わるやつやないか』


と書いた。一部の漢字を読めず、私は首を(ひね)ると、赤光様が気が付いたらしく、『いばしょ』等の()仮名(がな)を付けてくれた。

 私はよく気が付いたなと思いながら赤光様に二度ほど(うなづ)くと、雫様は、


『これから雅弘(まさひろ)に確認するから、ちょっと待ちな』


と言って、目を(つむ)った。蒼竜様と、念話をしているのだろう。


 暫くして、雫様は、


『山上、

 袖のを取るから、着物、渡し』


と書いた。すかさず、赤光様が振り仮名を付けてくれる。

 私は、重さ魔法で黄色魔法(身体強化)を集めて寒さを(しの)げるようにしてから、着物を脱いで渡した。

 焚き火があるとは言え、このような雪の降る日に褌一丁(ふんどしいっちょう)は辛い。

 私は、


『なるべくはやく おねがいします』


と書いた。

 雫様が着物の袖の部分を裏返すと、確かに白地に何かが書かれた布が()い付けられていた。

 赤光様が亜空間から(はさみ)を取り出し、雫様に手渡す。

 雫様は糸を1本切ると、丁寧に抜き取っていった。

 白地の布が(はず)れる。

 私が、


『そのぬのは どのように するのですか』


と質問すると、雫様は、


『一先ず ここに埋めて 放置や』


と書いて、洞穴の壁よりの所に小さな穴を掘り始めた。

 そして、白い布をそこに埋める。

 雫様は私に着物を返すと、


『書いた字、消したら

 出発するで

 早う 着いや』


と書いた。雫様は地面に書いた文字を消し、赤光様が焚き火の始末をし始める。

 私も急いで、着物を着る。


 準備が整い洞穴の外に出ると、雪はすっかり()んでいて、少しだけ日も射していた。

 雫様が先頭に立って歩き始める。私はその後に続き、最後、赤光様が続く。



 暫く無言で歩いていたのだが、雫様が、


「そろそろ、ええやろ。」


と言葉を口にした。赤光様も、


「そうですね。」


と肯定をする。

 私が、


「息が詰まるかと思いました。」


と言うと、雫様が、


「そやな。」


と肯定し、


「それにしても山上。

 よう、あんな薄いの見つけたな。」


()めてくれた。私が、


「実は昨晩、夢の中で狐と話をしまして。」


と言うと、雫様は、


「狐?

 ・・・あぁ。

 なるほどな。」


と少し笑い、


「虫の知らせっちゅうやつか。」


頓珍漢(とんちんかん)な事を言ってきた。始め、私は不思議に思ったのだが、そう言えば、私は雫様に妖狐に憑かれている事を話した覚えはない。


──これは不味(まず)かったのではないか?


 重ねて昨日、私は蒼竜様と話をしている気になって妖狐の名前を出したが、その蒼竜様も、実は赤光様が化けていた事を思い出した。

 私は、この二人に妖狐の件を話してもよかったのか、不安になってきた。

 赤光様から、


「すみません、雫様。

 他言無用(たごん)ではありますが、山上は今、妖狐が憑いているそうでして。

 山上を始末するかどうかで、もめているので、我等の竜の里に(かくま)う事になったのですよ。」


と説明した。どうやら、赤光様は先に聞かされていたようだ。

 赤光様は、


「蒼竜から聞いていませんか?」


と確認したのだが。雫様は、


「いや、聞いとらんなぁ。」


と言うと、私に、


「山上。

 今、そんな面白(おもろ)い事になっとんのか。」


と言われてしまった。私は、


「いえ、面白くも何ともありませんよ。」


と文句を付けたのだが、雫様は、


「まぁ、本人はそうやろな。」


と楽しげ。そして、


「しっかし、雅弘(まさひろ)も、知り合いの話なんやから、教えてくれてもええのになぁ。」


と付け加えた。私も、


「そうですよね。

 私もてっきり、雫様は蒼竜様から聞いて知っているものと思い込んでおりましたし。」


と話に乗っかった。

 雫様が、


「まぁ、善し悪しはともかく、雅弘はその辺、きっちりしとるからなぁ。」


と苦笑いをする。赤光様は、


「それが普通です。」


と言ったのだが、雫様は、


「確かに、そうなんやけどな。」


とまた苦笑い。納得していない様子だ。

 私は、これは一般常識なのかと不思議に思い、


「そうなのですか?」


と確認すると、赤光様は、


「ここだけの話と言って、広まっては不味いだろうが。」


と答えた。ここだけの話が勝手に広まってしまった経験は、私にもある。

 私は、


「そうですね。

 信用問題になりかねませんし・・・。」


と苦笑いした。

 雫様が、


「そういう事や。

 ただ、今回の件は、帰ったらどついたろう思うとるんやけどな。」


と楽しそうに笑う。

 私は、心の中で蒼竜様に手を合せながら、


「それは・・・、程々に。」


と返したのだった。


 本日も、小ぶりなネタをひとつだけ。

 作中、煮干しが出てきますが、これは皆様もご存知の通り、片口鰯(かたくちいわし)等の小魚を煮て干したものとなります。

 煮干しの明確な記述が見つかるのは江戸時代に入ってからだそうで、江戸中期には庶民が出汁とるのに使っていたそうです。

 それまで片口鰯は、干鰯のような田畑の肥料として使われていたようなので、どういった経緯(いきさつ)で出汁をとるのに使われるようになったのかは、不思議な所です。


・煮干し

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%85%AE%E5%B9%B2%E3%81%97&oldid=83754840

・第17回 日本のだし文化とうま味の発見  〜  第2章 「だし」の誕生と発達

 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/17/2.html

・干鰯

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B9%B2%E9%B0%AF&oldid=89003293

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ