天幕(テント)が
何処からともなく、ミシッと音が聞こえてきた。
──何の音だろうか?
私は、寝惚け眼をゆっくりと開いた。
──真っ暗だ。
暗くて何も見えないので、スキルを使い、温度を見てみる。
周りの温度が、極めて低い事が判る。
他には何か見えないかと思い、じっくりと周囲を眺めてみる。
何か、棒状の物がある事に気が付く。
手を伸ばして掴もうとすると、ガサリと音がして、すぐに布に拒まれた。
──そういえば、昨日は寝袋で寝たのだったか。
寝る前の様子も思い出し、あの棒は天幕の柱である事が判る。
うとうととしながら、暫くボーっと、その柱の辺りを眺める。
天幕の中は、夜明け前よりもなお暗い。恐らく空は分厚い雲で覆われ、星明りすらないのだろう。
そんな事を考えていると、ミシッと今度ははっきり、何かが軋むような音が聞こえた。
──この音は、何処から聞こえるのだろうか?
周りで軋む物と言えば、柱くらいしか無い。
私は、風の音もしないのに、どうして柱が軋んだのだろうと不思議に思った。
昨日の、天幕の様子を思い出す。
変わった事は、特に無かった筈だ。
そう思ったのだが、微かに柱が軋む以外の音もする事に気が付いた。
何処かで聞いた事のある音。
一体、何の音だったのか。
私は、実家で似た音を聞いたのを思い出した。
確か、この日も雪の降っていた。
次兄が古い天幕を借りてきたとかで、一緒にで遊んでいたのだったか。
急にどか雪になって、天幕に隠れたのだが、やはり、柱からミシミシと音がしてきた。
その音を聞いた、次兄は、
「壊したら不味い。
片付けるぞ。」
と言い出した。何かと思って尋ねると、次兄は、
「雪の重みで壊れるからだ」
と答えてくれた。
──つまり、これは天幕が雪の重みで潰れる前触れだ!
その事に気が付いた私は、目が一気に覚めた。
慌てて、寝袋から外に出る。
滅茶苦茶寒いが、それどころではない。
急いで身支度を整えると、見計らったかのようにベキッと嫌な音がして、天井が襲いかかってきた。
私は慌てて外に逃げようとしたのだが、逃げる間もなく、布が覆い被さってしまった。その向こう側は積もった雪だ。兎に角、重い。
──このままでは、死んでしまう!
そう思った私は、思い切って重さ魔法を使い、天幕を跳ね除けようとした。
だが、十分な手応えがない。
私は、そんなに積もっていたのかと思うと、愕然とした。
体中、まるで米俵でも載せられたかのように重い。
折れた天幕の柱が微妙な支えとなり、かろうじて息をする事は出来る。
私は、重さ魔法で黄色魔法を集め、自分に体に這わせた。
かろうじて、体が動く。
私はしめたと思い、天幕の出口まで這って移動をした。
入り口の布を、手でどけてみる。
案の定、天幕の入り口が雪に覆われていた。
外に出るには、これをかき分けないといけない。
この季節に降る沢山水を含んだ雪は、漬物石のように重い。
体温も、急激に奪われていく。徐々に、息苦しさも増してくる。
私は、どうやればここから地上に出る事ができるか解らず、途方に暮れた。
遠くでザクッ、ザクッと雪を掘るような音がし始めた。
──これは、何かで雪をどけている音か?
そう思った時、夜は赤光様が見張りをしていた事を思い出した。
私は、
「ここです!」
と思い切って声を上げたのだが、聞こえたかどうかもわからない。
私の目の前の雪に集中し、めいいっぱい、重さ魔法で雪を跳ね上げてみる。
すると、目の前の雪がズズズッと音を出して持ち上がり、また、戻ってきた。
雪を掘る音が近くなる。
私も重さ魔法で跳ね上げる。
外から、
「ウォッ!」
と声がすると同時に、新鮮な空気が入っていた。
私が、
「ここです!」
と叫ぶと、赤光様が、
「分かっている。
すこし、待っていろ。」
と言って、雪の中から掘り出してくれた。
赤光様の天幕に移動する。
天幕に入る前に、積もった雪を払っておく。
私が、
「助け出してくれたのは有り難いのですが、もっと早くなんとか出来なかったのでしょうか。」
と文句を言うと、赤光様は、
「俺も、ここまで積もるとは思っていなくてな。」
と苦笑いをした。そして、
「1刻くらい前に、急にどか雪が降り始めてな。
仕方なく天幕に入ったんだが、そのせいで外の様子が分からなくなっていたのだ。」
と付け加えた。私は、
「外の様子が分からないと、見張りにならないではありませんか。」
と文句を言うと、赤光様、
「そう言われると、返す言葉もない。」
と謝った。そして、
「だが、俺も何もしなかった訳ではないぞ。
音で、外の様子を警戒はしていたのだからな。」
と言い訳をする。私が、
「そうなのですか?」
とジト目で聞くと、赤光様は、
「だから、音がしてすぐに助けに言ったではないか。」
と主張した。確かに、初動は早かったように思う。
私は、
「それはそうなのですが・・・。」
と言葉を濁した。だが、もう少し文句を言わないと腹の虫が収まらない。
私は、
「それにしても、もう少し上手く設営されていれば、壊れずに済んだのではありませんか?」
と話を変えた。すると赤光様は、
「設営したのは、俺じゃないからな。」
とそっぽを向いた。否。雫様の天幕のある方を向いた。
私が、
「そういえば、雫様の天幕は無事なので?」
と聞くと、赤光様は、
「あ・・・。」
と今、思い出したようだ。
二人、慌てて外に出て、雫様の天幕の前に移動する。
上の雪を除けていると、中から雫様が出てきた。
雫様は、
「朝も早うから、人の天幕に何、悪戯しにきとんのや。
お前ら、小さい子供ちゃうやろが。」
と不機嫌な模様。私が、
「先ほど、私の寝ていた天幕が潰れましたので・・・」
と途中まで説明すると、雫様は、
「それで、仕返しに来たっちゅう訳か?」
と睨まれた。私が、
「いえ、天幕が潰れないように、雪を払っていました。」
と説明すると、雫様は、
「なんや。
そうなら、先に言いや。
山上、疑ってもうたろうが。」
と笑いながら頭を撫でられた。私は少し後ずさって、
「いえ、雫様が早合点したのではありませんか。」
と文句を言うと、雫様は、
「そやったか?」
と赤光様の方を見た。赤光様は、
「山上が言ったとおりです。」
と言うと、雫様は、
「そやったか?
まぁ、悪かったな。」
と一応、謝ってくれた。
私が、
「それはそうと、この雪です。
里まで、予定通り辿り着けそうでしょうか?」
と聞くと、赤光様も、
「難しいだろうな。」
と答えた。雫様が、
「そやけど、山上の天幕も壊れたんや。
行くしかないやろう。」
と深刻そうな顔。赤光様は、
「分かりました。
では、準備を始めましょうか。」
と言って、雪が降っているにも拘らず、これから出発の準備をする事となった。
雪が降る中、埋もれた雪から、借りた寝袋と壊れた天幕を掘り起こす。
掘って分かったのだが、雪はだいたい1尺くらい積もっていた。
赤光様が、
「これえを使え。」
と言って、かんじきを出してくれた。
私はそれを受け取ると、
「ありがとうございます。
これで、雪に埋もれずに歩けます。」
とお礼を言った。赤光様が、
「なに。」
と返事をする。
草鞋の下にかんじきを結わえ、準備を整える。
掘り出した物を赤光様に預けると、雫様が、
「ほな、行こか。」
と号令を出した。
赤光様が、
「これから、雪山だ。
気合を入れていけよ。」
と声をかけてきたので、私は、
「はい。」
と返事をした。
それにしても、一晩でこれだけ、良く積もったものだ。
雪山は、雪が積もれば積もるほど、難易度が上がると聞く。
私は、果たして無事に、雫様の故郷の竜の里まで辿り着ける事ができるのだろうか。
そんな事を考えながら、私は、先を進む赤光様の後ろについて歩いたのだった。
作中のかんじきは、雪や湿田の上を歩くための道具で、草鞋などの下に付けて使ったそうです。今回は、雪の上で主に使う『輪かんじき』を想定しています。
かんじきは縄文時代から使われていたという話もあるそうで、それ以前に大陸から伝わってきたかどうかは不明なのだとか。
ちなみに、今はプラスチック製のかんじきもある模様。履いている人は・・・、おっさんは見たことがありませんが。(^^;)
・かんじき
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・輪かんじき
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