騙(だま)されておる
少し雪が降る山中、蒼竜様と私は、倒した3頭の雪熊をどのように処分するか、相談をしていた。
蒼竜様が、
「では、山上。
全て埋めてから移動するゆえ、そこに穴を掘るように。」
と命令を出す。私は蒼竜様に、
「皮や爪も埋めてしまうのですか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「解体の時間がないゆえな。
何か不服か?」
と、またしても蒼竜様らしくない言葉で答えてきた。私は引っかかりを感じたが、口答えはせず、
「いえ。
そのようにします。」
と答えた。
──やはり、引っかかる。
違和感を感じていたら、似非役人が紫魔法を使って似ても似つかない姿に化けていた事を思い出した。
──今、目の前にいる蒼竜様も偽物で、実は紫魔法でそう見せているだけなのではないか?
私は、どこかで鎌を掛けようと思い、何かネタはないかと思いながら、穴を掘った。
倒した雪熊を穴に埋めた後、蒼竜様は、更に山奥に向かって歩き始める。
私は、
「これからどちらに?」
と尋ねると、蒼竜様は、
「次の雪熊に決まっておろうが。」
と言ってきた。私は、
「分かりました。」
と返したものの、つい蒼竜様を睨みつけてしまった。
山奥に進むに連れ、雪は小降りになったのだが、風は若干強くなり、雷の方も先程よりも音が近くなってきた。
雷魔法が集まり易くなるのは有り難いが、自分に落ちないか心配になる。
例の気配は、こちらが移動すると相変わらずついて来ていた。
暫く山道を行くと、私も雪熊の気配を感じられるようになった。
蒼竜様が、
「例年は、ここまで生息域が広くないのだがな。」
と呟いた。
普段なら、そうなのかと素直に信じるところだが、一度疑わしいと思うと、何もかもが疑わしく感じてくる。
私は、これは本当の話なのだろうかと疑いながら、
「そうなのですね。」
と相槌を打った。
だんだんと、雪熊がいる所に近づいてくる。
魔法を集め始めるなら、そろそろだろうと思った私は、
「ここの雪熊も倒すのですか?」
と確認すると、蒼竜様が、
「当然であろうが。」
と返事をした。私は、
「分かりました。」
と言ったが、胸の中の違和感は増すばかり。
また、重さ魔法で赤魔法、緑魔法、雷魔法を集め始める。
1頭づつの雪熊の気配が判る所まで、接近する。
今度の雪熊は、全部で4頭いるようだ。
その雪熊達、蒼竜様を恐れてか、急に移動を開始した。
私は蒼竜様に、
「更に山奥に向かっているようですね。」
と話しかけると、蒼竜様から、
「言われずとも、分かっておる。」
と少し怒鳴るように言われた。声の大きさが、不信感を増幅させる。
私は、
「このまま、向かうのですか?」
と確認すると、蒼竜様は、
「ここまで来たのだ。
追いかけるに、決まっておろうが。」
と叱りつけるように言ってきた。私は不愉快に思ったが、
「分かりました。」
とだけ答えた。
いよいよ、雪熊が見えてくる。
もう少しで追いつくと思ったのだが、突如、雪熊達が立ち止まった。
私は、
「どうしたのでしょうか?」
と聞くと、蒼竜様は。
「ここが目的地だったのであろうよ。
洞穴があるではないか。」
と答えた。私は、
「その洞穴は、どちらにあるのですか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「解らぬなら、行って見て来るが良い。」
と、またしても私の背中を突き飛ばした。
私は、
「何をするのですか!」
と怒ったのだが、蒼竜様は、
「何か、文句があるのか?」
と喧嘩腰。私はイラッときていたが、
「分かりました。」
とだけ返事をし、雪熊に向かって歩いた。
雪熊の方も気がついたらしく、4頭全てが私に向かって歩き出した。
私は、4頭もいて大丈夫かとも思ったが、先程、3頭を一度に倒した実績もある。
上手くやれば何とかかるだろうと思ったのだが、突如、その後ろから、とんでもない気配が涌いて出た。
今迄の雪熊とは違い、ただそこにいるだけで威圧されている気さえする。
私は、あれが山の主ではないのかと思い、後ろに振り返って、
「蒼竜様。
あれは、倒しては不味いやつなのでは?」
と確認した。だが、蒼竜様はニヤニヤ笑いながら、
「雪熊に倒してはならぬ個体など、ありはせぬ。
倒すが良いぞ。」
と言ってきた。そして、
「それとも、臆したか?」
と煽ってきた。私は、
「いえ。
ですが、私は確かに、確認しましたからね!」
と言って、その雪熊に向かったのだった。
突如、山奥で稲光が光り、遅れて大きな音が鳴る。
同時に、私が集めていた3つの魔法の内、雷魔法が異様に膨れ上がった。
重さ魔法で纏めてはいるが、球状の魔法からは、今にも雷魔法が飛び出しそうな勢いだ。
私は身の危険を感じ、まだ十分に距離が近づいていないにも拘らず、あの大きな雪熊に向けて魔法を放った。
先ほどと同じく、高速で魔法が飛んでいく。だが、この魔法は予定と違い、手前の雪熊にぶつかってしまった。
当たった雪熊を中心に、周りに大きな稲妻が飛び交う。
瞬間だけ遅れて、ドドンと雷が落ちたような音が響いた。申し訳程度に、水が蒸発するような音も聞こえてくる。
結果、先行していた4頭の内、命中した1頭と、隣りにいたもう1頭が雪に倒れた。
──残り3頭か。
私はそう思ったのだが、前方に残の雪熊2頭が、慌てた様子で逃げ出した。
だが、後方の雪熊が、私めがけて突進し始める。
もう一度、同じ魔法を準備しようとしたが、全力で走られては、十分な威力まで魔法が集まりきらない。
それでも私は、他に手が思いつかなかったので、赤魔法、緑魔法、雷魔法の3つを集める事に集中した。
雪熊が鋭い爪を頭上に振り上げる。
雷が鳴り、雷魔法がだけが膨れ上がる。
私は何も考えず、そのまま集めた魔法ごと、拳骨で雪熊の胸を殴りつけた。
眩い光と共に、ドンという爆音が響く。
眼の前が真っ白になり、音も聞こえなくなる。
まるで、雷に打たれた時と同じだ。
急に、昔、雷熊が狂熊王を倒した後の様子を思い出した。
雷熊はあれを打った後、雄叫びこそ上げたものの、暫く無防備な状態だった。
今の私は、視覚も聴覚も使えない
仮に、蒼竜様が偽物だったとするならば、今の私は、格好の獲物ではないのだろうか。
そう考えた私は、油断なく次の手が打てるように、また重さ魔法で赤魔法、緑魔法、雷魔法の3魔法を集め始めた。
少しして、周りの風景が戻り始め、音も聞こえ始める。
今のところ、偽蒼竜様は近づいてきていない模様。
だが、隠れていた筈の気配が、こちらに向かって駆けて来ていた。
まだ目がはっきりとは見えないが、蒼竜様の気配が、その気配を捕まえる。
その気配の主の竜人は、
「公儀である!」
と一言。蒼竜様は、ムッとした声で、
「何を!
こちらも、公儀である!
誰の命か答えよ!」
と返した。捕まった竜人は、
「玄翁様である。
そちらこそ、誰の命か!」
と怒り気味だ。蒼竜様が、
「赤竜帝である。」
と答えると、その竜人は、鼻で笑い、
「踊りの程度の小物に対し、そのような大物が指示を出す筈がなかろうが!
少し考えれば、分かりそうなものを。
貴様、騙されておるぞ!」
と言ってきた。
私が、
「騙されているというのは、どういう事ですか?」
と聞くと、竜人は、
「白々しい。
踊りのは、既に妖狐の盲信者ではないか。」
と当然のように答えた。どうやらこの竜人は、妖狐が私を通して蒼竜様を騙していると思っているようだ。
蒼竜様が、
「なるほど。
これは、面倒だな。」
と呟いたので、私は、
「私は、そのような事はありません!
それよりも、何が面倒なのですか!」
と抗議したのだが、蒼竜様は、
「山上が知る必要はない。」
と突っぱねた。
同じ突っぱねるにしても、普段の蒼竜様であれば、もう少しやんわりと断るはずだ。
私は、いよいよ蒼竜様が偽物ではないかと思ったのだった。
作中の公儀は、江戸時代においては、幕府や一部、藩を指しました。
元々、公儀というのは天皇や朝廷を指した言葉だったのですが、色々な経緯があり、江戸時代の頃には公権力という意味合いになったのだとか。このため、一部の藩も公儀と言っていたそうで、これと区別するために、幕府の事を大公儀と呼ぶ場合もあったそうです。
・公儀
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