出口の外には
暗闇の中、私は妖狐の助言により、壁に『このしたに重しをのせるべし』と書かれているのを発見した。だが、周囲に重しになりそうな物はない。
私は、どうしたものかと再び、途方に暮れていた。
もう一度、妖狐に頼ることにする。
目を瞑り、瞑想を始める。
暫くすると妖狐から、
<<小童よ。
少しは、自分で考えよ。>>
と嫌そうな声で話しかけられた。
私は、
「ですが・・・。」
と言い訳しようとすると、妖狐は、
<<何でも良いのであれば、小童がそこに立てばよいではないか。>>
と呆れたように言ってきた。
瞬く間に、解決する。
私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言うと、妖狐は、
<<今度は言えたか。>>
と返してきた。根に持っているのか?
私は片手で軽く拝みながら、
「前は、すみませんでした。」
と謝った。
ふと、妖狐に聞きたかった事があったのを思い出す。
私は、
「それと、少々お尋ねしたい事があるのですが、良ろしいでしょうか?」
と聞くと、妖狐は、
<<何じゃ?
言うてみよ。>>
と了承してくれた。私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言い、
「別件で恐縮なのですが、昨日、私を連れ出した似非役人についてなのですが。
妖狐は、どのような人相の竜人だったか、憶えていないでしょうか?」
と尋ねてみた。
妖狐は少し考え、
<<一応、見てはおる。
凡庸な顔じゃったかのぅ。>>
と答えた。どうやら、妖狐の方も出し抜かれたらしく、あまり覚えていないようだ。
私が、
「やはり、妖狐も駄目ですか。」
と言うと、妖狐は、
<<駄目とは何じゃ。
妾は、多少、緩んでおるとは言え、巫女に封をされておるのじゃぞ。
お陰で、外の世界を見るには、小童の目や耳を通す必要がる。
小童がしっかり見ておらぬと言うに、妾だけ見えておる筈が無いじゃろうが。>>
と文句を言われた。私はがっかりして、
「でしたら、仕方ありませんね。」
と諦めたのだが、妖狐は、
<<まぁ、待て。
これが解決せねば、辺鄙な所に閉じ込められるのじゃろうが。
少し思い出してみるから、待っておれ。>>
と協力してくれるようだった。
私は有り難いと思い、
「是非、お願いします。」
と期待して待った。
暫くして妖狐が、
<<待たせたな、小童よ。>>
と呼びかけてきた。
私は、何か分かったのだろうかと思いながら、
「いえ、大して。
それで、何か思い出せましたか?」
と返すと、妖狐は、
<<うむ。
先ず、凡庸な顔と思うた原因じゃがな。
これは、呪いが原因じゃ。>>
と答えた。私が、
「万年山様が仰った通りという事ですね。」
と指摘すると、妖狐は、
<<その通りじゃ。>>
と肯定し、
<<先ずは、呪いを解く前の状態を出すぞ。>>
と言った。すると目の前に、私を連れて行ったと思われる、凡庸な顔付きの似非役人が現れた。
私は思わず、
「人がっ!」
と驚いたのだが、妖狐は、
<<ここは夢の中なのじゃぞ?
このくらい、造作もない事じゃ。>>
と得意気に説明する。そして、
<<では、ここからが妾の本領発揮じゃな。
小童よ。
認識を戻すから、よく見ておるのじゃぞ。>>
と言ったかと思うと、似非役人の顔がぐにゃりと曲がった。
そして現れたのは、凡庸とは程遠いギラついた目つきと、ピンと横に伸びた髭。鼻の右下には、黒子もある。
私は訝しく思い、
「流石に、このような顔であれば、覚えていると思うのですが・・・。」
と言った所、妖狐は、
<<相手は、そういう呪いを使ったのじゃ。
変わって、当然じゃろうが。>>
と呆れたように言ってきた。だが、あまりにも違いすぎる。
私が、
「それはそうですが・・・。」
と言い淀むと、妖狐がムッとしながら、
<<信じぬならば、それでも良いぞ?>>
と言ってきた。私は、
「信じないとは言っていません。
ここで嘘をついても、妖狐に利はありませんから。
ただ、あまりにかけ離れているので、つい・・・。」
と言い訳すると、妖狐は眉を顰めつつも、
<<まぁ、良いじゃろう。>>
と許してくれた。私は取り敢えず、
「ありがとうございます。」
とお礼を言ったのだった。
質問も一通り終わり、私は目を開いた。
そして、妖狐が言ったように、例の文章の前に立ってみる。
──何も起きない・・・。
始め、私はそう思ったのだが、足元が少しふわりとして、ガックンと床が凹んだ。
そして、目の前の壁や床からカラカラと音が鳴り響き、文字の横の、床下から3尺ほどの高さまでの壁が、ゆっくりと横に滑り始めた。
薄暗い部屋へとつながる。
今度の部屋には、光がある。
いよいよ、出口が近いのだろう。
四つん這いになりながら、狭い部屋から薄暗い部屋へと入る。
何か置物の裏に出たらしかった。
後ろから、またガラガラと音が鳴り始める。振り返ると、壁が元の通りに閉じた。
これで、もう引き返せない。
私は、今、何処にいるのだろうかと不安になった。
慎重に、置物の前に出る。
すると、障子から光が差し込んでおり、その置物が何なのかが分かった。
──大きな竜の像だ。
他に三方やらなにやら、色々な神具もある。
私は、ここは竜が祀られている神社の中ではないかと思った。
なんとなく、罰当たりな気がしてくる。
私は、いそいそと社から外に出た。
外には、見知った気配があった。
蒼竜様だ。
私が近くに行くと、蒼竜様が、
「遅かったな。」
と声を掛けてきた。私が、
「申し訳ありません。
蒼竜様。
途中、風に吹き飛ばされて、一度戻りか掛けたり、散々でしたもので。」
と返すと、蒼竜様が驚いた顔をして、
「戻りかけたのか?
よく、無事だったな。」
と言ってきた。
私が、
「どういう事ですか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「あそこには、外からの侵入者を阻むために、竜人をもひと呑みにするような大蛇を飼っておるのだ。」
と答えた。私はゾッとしながら、
「あの視線は、そういう事だたのですか。」
と言うと、蒼竜様は、
「視線か。
確かに、見られていたとしても不思議はあるまい。
それにしても、何事もなくて良かった。」
と軽く笑い、
「では、行くか。」
と歩み始めようとした。私が、
「出発する前に、少しお話をしても良いですか?」
と聞くと、私のお腹が鳴った。
蒼竜様は、
「なるほど。」
と納得し、
「握り飯を出すから少し待て。」
と言って、肩に掛けた竹で編まれた箱から弁当箱を2つ取り出した。
そして、弁当のうちの1つを私に手渡すと、
「もし、足りぬようならば、兵糧丸でよければ出すとしよう。」
と言った。私は、
「分かりました。」
と返事をすると、蒼竜様から、
「それと、既に予定の時間を過ぎていてな。
悪いが、腹ごしらえが終わり次第、出発する。」
と言ってきた。私は、
「分かりました。
なるべく早く食べるようにします。」
と返事をし、早速弁当を食べ始めたのだたt。
私は、弁当を平らげた後、
「急いでいる所、申し訳ありません。
私の方から1つ、お話があったのを忘れておりまして。」
と話を切り出した。蒼竜様が、
「話してみよ。」
と了承する。私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言ってから、
「実は先ほど、妖狐と話をする事が出来まして。
その時、私を連れ出した者の人相を聞いたのですよ。
すると、やはり呪いで細工をしていた事が分かりまして。
その認識の阻害とやらを解いてもらった所、ギラついた目つきに、ピンと横に張り出した髭の竜人になりました。
鼻の下には、黒子もありました。」
と説明し、
「これで誰か、分からないでしょうか?」
と確認した。蒼竜様から、
「呪いによる細工か。
ひとまず連絡するゆえ、暫し待て。」
と言って目を瞑った。念話をしているのだろう。
暇なので空を見上げると、相変わらずの分厚い雲が浮かんでいた。
蒼竜様の念話が終わり、
「伝えたぞ。」
と言った。
私が、
「それで、誰だか判かりましたか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「まだ分からぬ。
なにせ、竜の里には似た顔付きの者が多いからな。
だが、特定は出来ぬが、かなり絞り込めるだろうと言っておった。」
と答えた。私は、
「では、向こうへの滞在は・・・?」
と確認したのだが、蒼竜様は、
「無くなりはせぬ。
が、間違いなく縮んだであろう。」
と答えた。私は一瞬喜んだのだが、そう言えば、赤竜帝からは期限を言われていない事に気がついた。
私は笑顔のまま、
「それで、蒼竜様。
私はどのくらいの間、向こうにいる事になるのでしょうか?」
と確認してみた。すると蒼竜様は、気まずそうな表情で、
「決まっておらぬな・・・。」
と答えた。
私が、
「やはり、そうでしたか・・・。」
と溜息をつくと、蒼竜様は、
「まぁ、1年はかからぬであろう。
ゆっくりと構えて、待っておるが良い。」
と笑った。だが、人間の1年と竜人の1年では、意味合いが違う。
私は蒼竜様に、
「分かりました。」
と返事はしたものの、顔は苦笑いするしかなかったのだった。
今回は、どちらかと言うと戦国時代ネタになるのですが、作中、兵糧丸が出てきます。
兵糧丸というのは、丸く作った携帯食料となります。忍者食として有名だと思いますが、一般の足軽等も使っていたのだそうです。(出典注意)
製法は作る家々で違っていたそうで、それこそお家の秘伝となっている場合もあったのだとか。
あと、蒼竜様が持っていた箱は、振り分け荷物という物を想定しています。
2つの竹等で出来た箱を紐で結び、これを肩に掛けて旅をしました。
・兵糧丸
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・振り分け荷物
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