聞き取り
竜帝城の中でも、最も大きな部屋、竜帝の間に通された私達は、赤竜帝がやってくるのを伏せて待っていた。
竜帝の間は、しんと静まりきっている。
赤竜帝の前に、先に三人の竜人が入ってくる気配がした。
この中の一つは不知火様、もう一つは紅野様の気配なのだが、最後の竜人は、私の知らない気配だった。
──いったい、どのような立場の人だろうか?
またしても、重い刑になるのではないかという不安が頭をもたげてくる。
銅鑼の音が鳴り、赤竜帝が入室する。
竜帝の間を、荘厳な雰囲気が支配する。
赤竜帝が直々に、
<<面をあげよ。>>
と告げる。
以前聞いた時よりも、声に威厳があるように感じる。
私は畏れ多く感じて、1寸にも満たない程しか、頭を上げられなかった。
知らない竜人の人が、
「これから、火山の件について聞き取りを行う。
決して、嘘偽りは言わぬように。」
と、これから行われる事を簡潔に説明し、
「それと、この場には赤竜帝もいらしておる。
くれぐれも、粗相の無いように。」
と付け加えた。
私と焔太様は、
「はい。」
「おう。」
と返事をした。大月様は、連れてきただけだからか、返事はしなかったようだ。
不知火様から、
「初めに、山上。
昨日の朝から何があったか、順を追って話せ。」
と命令が出た。
私は、不知火様とは何度も話した事がある筈なのに、
「ひゃおい。」
と緊張で変な声が出てしまった。慌てて、
「申し訳ありません!」
と謝る。
知らない竜人の人が、
「よい。」
と許してくれ、
「して、昨日の朝は?」
と改めて聞き直してくれた。
私は、
「はい。」
と返事をして、ひと呼吸置いた。そして、
「先ず、昨日は朝起きると、全身筋肉痛となっておりました。」
と話した。知らない竜人の人が、少し不機嫌そうに、
「その話は良い。
朝食の後の話をせよ。」
と言ってきた。私は、朝と言えば目が覚めてからと思うではないかと文句を言いたくなったのだが、それで機嫌が悪くなっては大変と思い直し、言葉を飲み込んだ。
私は、
「はい。」
と返事をし、
「朝食の後、私は筋肉痛を治すため、妻の佳織に回復魔法を掛けてもらっておりました。」
と朝食の後の話をしたのだが、また知らない竜人の人が、
「蒼竜が来たのであろうが。
そこから話せ。」
と叱りつけるように言ってきた。不知火様が、
「そう、苛立たずとも良いだろう。
そもそも、朝食の後からと言ったのは、お前ではないか。」
と指摘した。私もその通りだと思い、頷く。
すると知らない竜人の人は、
「そうだが・・・。」
と一言。続けて何かを話すのかと思ったのだが、私に、
「山上。
それで、蒼竜とは何を話したのだ?」
と改めて質問をしてきた。なんとなく、中途半端な印象。
きっと、後で不知火様と何か話すのだろう。
そんな事を考えながら、私は、
「蒼竜様が来てからのお話ですね。」
と念の為の確認を入れ、
「蒼竜様からは、開口一番、『また、仕出かしたそうではないか。』と言われてしまいました。」
と話すと、不知火様から、
「蒼竜がか?」
と訝しげに聞いてきた。
私は、
「はい。
ですが、蒼竜様は、作物の研究をしている花巻様を、紹介してくださるという約束をしに来ただけでして・・・。
今思えば、最初に言った『仕出かした』というのは、巻き込まれたという意味だったのだろうと考えております。
この件は、この後、『聞いた限りでは主ではなさそうだ』と見解を仰っておりました。」
と答えると、不知火様は、
「そうか。」
と頷いた。
赤竜帝が、
<<今年は、あれと同じ程度の個体が、何体も確認されておる。
主ではあるまい。>>
と畏れ多くも教えてくれたのだが、紅野様から、
「赤竜帝。
あまり、お話にならぬよう、お願い奉ります。」
と注意されていた。赤竜帝は、
<<そうであるな。>>
とばつが悪そうだ。
私は、
「ご指摘の通り、本日も同様の大きさの雪熊を討伐致しました。
が、この件は、別途、お話いたします。」
と断りを入れた。不知火様が、
「うむ。」
と頷く。
私は、
「蒼竜様とは、以上にございます。」
と締めくくった。
知らない竜人の人は、
「ご苦労。」
と言った。そして、休憩も挟まず、
「では、次に昼食の後の話をせよ。」
と言ってきた。恐らく、事前に佳央様や下女の人からも話を聞いているのだろう。
私は、
「はい。」
と返事をし、例の役人が来た時の事を思い出した。そして、
「確か、座敷で昼食を食べた後の事です。
下女の人が、使者の方が来たと呼びに参りまして。
その使者の人が、私一人だけ来るようにと仰せだと聞きました。
それを不審に思った佳央様は、私と一緒に会いに行くと言ってくれまして。
それで、二人で玄関まで会いに行ったのです。」
と例の役人と会うまでの話しをした。
知らない竜人の人が、
「うむ。」
と合いの手を入れてくれる。
私は続けて、
「玄関で、使者の方に会って挨拶をしました所、その役人は不機嫌そうに低い声で私の名前を確認してきました。
私は、はいと返事をしたのですが、すぐに草履を履くように言われまして。
言われるままに、私は草履を履きました。」
と言って、ひと呼吸置いた。そして、
「佳央様も、草履を履き始めたのですが、ここで使者の方が、佳央様に来なくても良いと言いまして。
監視役だと伝えたのですが、その使者の方は『不要』とはっきり仰いました。
佳央様は、その理由を尋ねたのですが、呼ばれていないからとの事でして。
誰の指示かと尋ねると、不知火様だとはっきり申しておりました。」
と続けた。不知火様が、
「俺の指示ではないな。」
と断言する。知らない竜人の人が、
「そうか。」
と言うと、少し考え、
「して、その竜人の風貌は?」
と質問してきた。
私は、
「東門の門番さんにもお話したのですが、奉行所の同心のような格好をしておりました。
確か、腰の帯に、二本刺しと共に十手も突っ込んであったと思います。」
と説明すると、知らない竜人の人が、
「なるほど。
して、人相は?」
と聞いてきた。だが、門番さんと話していた時もそうだったが、やはり顔は思い出せない。
私は、
「申し訳ありません。
分かりません。
ですが、どこにでもいそうな顔だったと思うのです。」
と精一杯答えると、不知火様が、
「なるほど。
やはり、魔法を使っていたのかもしれんな。」
と指摘した。私は、
「もし、魔法であれば佳央様が気づいていたのではないでしょうか。」
と反論したのだが、不知火様は、
「見ても解らぬようする術もある。」
と反駁した。
私は、なるほどと思い、
「隠せるのであれば、そうなのかも知れません。
生意気な事を言って、すみませんでした。」
と謝った。知らない竜人の人から、
「仮にそうなら、これ以上聞いても何も出てこぬか。」
と不機嫌そうに言った。この様子では、佳央様や下女の人も覚えていなかったのだろう。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝った。だが、気になる事がある。
私は興味本位で、
「ところで、その顔を隠す魔法や、魔法を見えなくする術なのですが、どのような魔法なのですか?」
と質問をした。すると、知らない竜人の人から、
「そのような事、教える訳があるまい!」
と怒られた。だが、赤竜帝が、
<<山上ならば、仮の巫女の修行で習うのではないか?>>
と話に割って入ってきた。
知らない竜人の人は少し考えた後、
「確かに、その通りでしょうが・・・。」
と渋りつつも、私に、
「紫魔法を使うのだ。
ここから先は、仮の巫女の修行で聞け。」
と教えてくれた。
紫魔法と聞いて、とある可能性が頭を過る。
私は、
「でしたら、ひょっとしたら妖狐が見ているかも知れません。
次に会った時、見ていないか聞いてみようと思います。」
と報告し、
「ただ、夢でしか会えませんし、上手く会えるかも分かりません。
あまり、期待はしないで下さい。」
と付け加えた。
なんとなく、知らない竜人の気配が少し揺れる。
不知火様が、
「どうした?」
と指摘したのだが、知らない竜人は、
「どうしたではない。
妖狐は、竜の巫女様が封印したのではなかったか。
だというのに、周りが見えていると言っているのだぞ。
封印が緩かったのではないか?」
と確認してきた。不知火様が、
「竜の巫女様がなさった事だ。
何か、意図があるのではないか?」
と反論してくれた。知らない竜人は、
「そうとも限らないのではないか?
玄翁様も気にしてなさったくらいだ。」
と言うと、不知火様から、
「そうか。
で、どの程度見えるか、聞いているか?」
と質問してきた。
私は、
「どの程度見えているかは、聞いておりません。
ですが、巫女様が関わっているのです。
今の状態も、織り込み済みではないでしょうか。」
と憶測を話すと、不知火様は、
「そうか。
が、封じたにも拘らず、外の様子を窺えるというのもおかしな話。
一度、巫女様に見てもらってこい。」
と言ってきた。私が、
「見てもらうためには、先立つ物が必要となるかもしれないのですが・・・。」
と指摘すると、不知火様は、
「そうであったな。」
と明らかに苦笑いしている声で返し、見知らぬ竜人も小さく、
「ちっ!」
と舌打ちをしたのだった。
小ネタ続きで恐縮ですが、作中、紅野様が『お願い奉ります』と言っていました。
時代小説を読む人の中には、どうせ書くなら『お願い奉り候』ではないかと思った方もいらっしゃるのではないかと思います。
この『候』なのですが、室町以前は文語・口語共に使われていたものの、江戸時代の頃には、文語としては残るものの、口語としては死語となっていたのではないかという話があります。このため、江戸時代風と銘打っている本作では、(緊張して、文語と口語を取り違えている場合はありますが)『候』を常用しているキャラはいない・・・筈です。(^^;)
・候文
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