赤竜帝が
竜の里の東門の軒下、焔太様と私は、縁台に座って雑談をしていた。
先程よりも風が強くなり、雪も少しとは言い難い程となる。
そのせいで、縁台に座っている私の所にも、偶に雪が舞ってきた。
四半刻ほど話していると、雪の中、久しぶりに感じる気配が近づいてきた。
笠を被って顔は隠れているが、大月様だ。
私は、
「これは、大月様。
お久しぶりです。」
と挨拶をすると、左手で笠を上げて顔を見せた大月様が、
「今回は、拐かされたらしいな。」
と少し笑いながら言ってきた。
私はムッとして、
「笑い事ではありませんよ。
昨日の昼から、今朝、山の中で舞茸を見つけるまで何も食べていなかったのですから。」
と文句を言うと、大月様は、
「すまぬ、すまぬ。
飯抜きは大変だったな。」
と軽く謝ったので、私も、
「いえ。」
と返した。
ひと呼吸おき、話を変える事にする。
私は、
「ところで大月様。
こちらにいらっしゃったのは、ひょっとすると、大月様が竜帝城からのお迎えだからですか?」
と質問すると、大月様は、
「うむ。
不知火様から、今回だけ行ってくれと頼まれてな。」
と答えた。以前も、大月様は蒼竜様から頼まれて、菅野村まで出向いていた。
私は、大月様はよく頼まれ事をされる人だなと思いながら、
「そうでしたか。」
と頷いた。『暇なのですね』という言葉は、飲み込んでおく。
大月様が門番さんに、
「立山、ご苦労だったな。」
と声を掛けると、門番さんは、
「恐れ入ります。
後は、宜しくお願いします。」
とお辞儀をした。どうやら、門番さんよりも大月様の方が身分は上らしい。
大月様は、
「うむ。」
と頷き、私に、
「では、行くか。」
と笑顔で言った。私は、
「はい。
宜しくお願いします。」
と同意し、門番さんに、
「お世話になりました。」
と会釈をした。
焔太様も、
「では、俺も行くか。」
と腰を上げると、大月様は、
「うむ。」
と頷き、竜帝城に向けて3人で、雪の中を歩き始めた。
普通は歩けば体が暖まるのだが、それ以上に風が冷たくなり、寒気がしてくる。
重さ魔法で黄色魔法を集め、体に纏って寒さ対策をする。が、それよりも風や体にくっつく雪の冷たさの方が強力らしく、どんどん体の熱を奪っていく。
私は、
「大月様。
申し訳ありませんが、蓑か笠はありませんか?
体が冷えるので、あると助かるのですが・・・。」
とお願いした。
すると大月様は、
「蓑か笠か。
すまぬが、今は持っておらぬ。」
と苦笑いし、自分の笠の紐を外し始めた。
私は慌てて、
「申し訳ありません。
無いなら、無いでよいのです。
大月様はそのままで。」
と先程のお願いを取り下げたのだが、大月様は、
「まぁ、まぁ。」
と言いながら、笠を脱いで私にポンと被せてくれた。
私は慌てて笠を手に取り、
「これでは、大月様に雪が積もってしましますし、着物も濡れてしまいます。
流石にこれは、お返しします。」
と言ったのだが、大月様は、
「そのような事、気にせずとも良い。
少々濡れても、小生は堪えぬからな。」
と答え、その笠を受け取らなかった。
私は、やはりもう一度返そうかとおもったのだが、折角のご厚意だからと考え直し、
「分かりました。
では、ありがたく使わせていただきます。」
とお礼を言って、笠を被り直し、自分の首に笠の紐を結わえた。
前のお役人と違い、今回はきちんと竜帝城に到着する。
門の横には、少し年は取っているが筋骨隆々でまだまだ現役という感じの、以前も話をした事のある門番さんが立っていた。
門番さんが、
「大月か。」
と挨拶をすると、大月様も、
「はい、吉田様。
ただ今、戻りました。」
と挨拶を返した。この門番さんは、吉田様と呼ぶらしい。
その吉田様が私をちらっと見て、
「踊りのを連れてきたか。」
と言うと、大月様は、
「はい。
それと、戸赤もおります。」
と返事を返した。焔太様と私も、ペコリとお辞儀で返しておく。
吉田様は、
「うむ。
では、竜帝の間に向かうが良い。」
とこれから向かうべき先を指示した。
──竜帝の間?
そこは、いつも赤竜帝と面会する時に行く部屋だ。
私は恐る恐る手を上げ、
「あの・・・。
不知火様がお呼びになったのでは?」
と聞くと、吉田様は、
「うむ。
元々はそうであったが、赤竜帝が顔を出したいと仰ってな。」
と予定が変わった様子。私は、
「そうでしたか。」
と返事をしたのだが、少し嫌な予感がしてきた。
大月様が、
「顔が強ばっておるぞ。
赤竜帝とは、何度もあっているだろう?」
と不思議そうに聞いてきた。
私はおどおどしながら、
「はい。」
と答えると、大月様は、
「では、何が心配なのだ?」
と怪訝そうな顔付きで聞いてきた。
私は恐る恐る、
「そのまま下手人という事は・・・。」
と確認すると、大月様は、
「どうして、ここで『下手人』が出てくるのだ。」
と眉間に皺が寄る。私は、
「お屋敷を連れ去られる時、お役人様から下手人と言われましたもので・・・。」
と答えると、大月様は、
「なるほど。
その点は、心配せずともよいであろう。」
と少し笑ってみせた。
吉田様も、
「雪熊の間引きにも、そこの某と参加したそうではないか。
考え過ぎであろうな。」
と同じく笑った。『某』と言われた焔太様が、
「戸赤です。」
と不機嫌そうに名乗る。すると吉田様は、
「今は良い。」
と焔太様を軽く叱りつけた。
私は二人が話している間、間引きすると下手人になる心配が減るのか不思議に思ったが、二人も否定するならきっと大丈夫なのだろうと思い直した。
そして、二人の会話が終わったのを見計らい、私は、
「下手人の件は、分かりました。
ならば安心ですね。」
と笑って見せたのだった。
大月様の案内で、焔太様と私は、竜帝の間まで移動した。
すれ違うお役人様と思われる竜人からの視線が、何となく突き刺さる気がする。
竜帝の間に、到着する。
大きな扉を大月様が開き、私達は竜帝の間に入室した。
中央まで移動すると、大月様から、
「小生と山上は一歩前に出るが、戸赤はここで伏しておくように。」
と指示を出した。焔太様が私の後ろになるのは、恐らく、付添だからなのだろう。
そう思ったのだが、焔太様は眉を寄せながら、小声で、
「まぁ、俺は出たばかりだからな。」
と呟いた。先日の戦いで焔太様は敵方だったが、その影響での席順だったらしい。
私は、焔太様の呟きは置いておく事にして、大月様に、
「分かりました。」
と返事をして、改めて大月様から指示された場所に正座をした。そして、そのまましっかりと頭を床に付ける。
大月様から、
「額を擦りつけずとも良い。
下げるのは、半ばより少し下げた程度で良いだろう。」
と言われた。私は、こんなに上げてもよいのだろうかと思いながら、言われたとおりに頭を戻した。
大月様が、
「それでよい。」
と満足そうに頷く。そして、
「戸赤は、逆に頭を上げ過ぎだ。
しっかり、下げぬか。」
と指示を出した。焔太様は、
「拳骨は、あれでいいのにか?」
と確認すると、大月様は、
「末席とは言え、山上は竜の巫女様の一派となる。
戸赤よりも上であるからな。」
と思いもよらぬ事を言い出した。
私は、
「そうなのですか?」
と聞くと、焔太様から、
「何で、お前が聞いているんだ?」
と逆に質問された。私は、
「いえ、末席である事は聞いておりましたが、焔太様よりも上というのは・・・。」
と苦笑いで返すと、大月様から、
「もう少し、自覚するが良いぞ。」
と言われてしまった。焔太様との上下関係は、どうやら私の方が上で合っているらしい。
大月様も私の横に並び、正座して頭を下げる。
横目で見ると、ほんの少しだが、大月様は私よりも頭を下げている気がする。
私は、大月様まで身分的には自分よりも下になるのかも知れないと思うと、だんだんと畏れ多い気がしてきたのだった。
作中、山上くんは、『蓑か笠はありませんか?』と大月様に尋ねましたが、この蓑は、稲藁等で作った合羽となります。
藁はストロー状になっていますが、この藁の中にある空気が断熱効果を生んで保温性があるのだそうで、藁の表面には撥水性もあるので、雨具にするには都合が良かったようです。
ちなみに、先程『藁はストロー状』と書きましたが、そもそもストローは藁の事で、本当に藁を使って酒などを飲んでいた事から、液体を吸う道具の意味も増えたのだそうです。
現代では、プラスチック製(や紙製)が主流ですが、SDGsの流れを受けて原点回帰し、一部で藁をストローとして使う動きもあるのだとか。
・蓑
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%93%91&oldid=89206964
・ストロー
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC&oldid=86751710
・straw
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=straw&oldid=1379911
・STRAW.TOKYO
https://www.straw.tokyo/




