竜の背中は
焔太様が握り飯の包みを差し出し、
「もう一つ、食うか?」
と聞いてきた。私は、
「いえ、それだと、焔太様の分がなくなりますので。」
と断ったのだが、焔太様は、
「まぁ、そうだが。」
と苦笑いした。そして、山の方を見ると、
「俺は、少し早いが、里に帰れば良いだけだ。
だが、拳骨のは今、食べたいんだろ?」
と確認してきた。焔太様の視線の先に、竜の里があるのだろう。
私は、
「ですが、やはり悪いですので。」
ともう一度断ると、焔太様は、
「そうか?
なら、無理にとは言わないが。」
と再び苦笑いした。私は、
「代わりに、お返しという訳でもありませんが、このような物がありまして。
生ですが、お一つ如何ですか?」
と懐から平茸を取り出すと、焔太様は、
「舞茸か!
季節も遅いのに、珍しいのを見つけたな!」
と嬉しそうに一塊受け取った。私は、
「平茸ではなくてですか?」
と首を傾けつつ確認すると、焔太様は、
「平茸なら、こんなにウネウネしていないだろうが。」
と茸の輪郭を指でなぞりながら言ってきた。私は、
「そうですか?
たまに、こんな感じのヒラヒラしたのがありますよ?」
と反論したのだが、焔太様は茸を手で割いてみせ、
「嗅いでみろ。
舞茸ではないか。」
と反駁する。
私は首を捻りながら、
「実家では、これも平茸と言っていましたが・・・。
別の名前があったのですか?」
と確認すると、焔太様は、
「・・・そういう事もあるか。」
と納得して頷き、
「これは、舞茸と言うのだ。」
と説明した。つまり、私の実家では、別の種類の茸と知らず、ずっと食べていたという事だ。
私は、これが毒茸でなくて良かったと思いながら、
「なるほど、覚えておきます。」
と返した。
焔太様は私から受け取った舞茸を、いそいそと懐に仕舞っていた。
突如、焔太様が、
「そうであった。」
と声を上げた。
どうしたのだろうかと焔太様を見ると、彼の表情が真剣なものに変わっていた。
私は、
「どうかしましたか?」
と聞くと、焔太様は、
「どうしたもこうしたもない。」
と言って一息入れ、
「拳骨の。
お前、里の外に出るには確か、監視役と付き添いが必要ではなかったか?
何で、ここに一人でいるんだ?」
と質問してきた。
言われてみれば、今の状況は、赤竜帝の言いつけを破った形となる。
まともに考えれば、罪は重いはずだ。
丁寧に説明しないと、死罪になっても不思議ではない。
私はどう説明したものかと頭を軽く振り、彼方此方見ながら、
「実は昨日の午後、屋敷にお役人様が来まして。
それで、私だけを連れ出して行ったのですが、そのお役人は白石様という方のお屋敷の地下牢に閉じ込められまして。」
と説明を始めた。焔太様が、
「地下牢?
だが、今、山にいるだろうが。」
と軽く眉根を寄せる。
途中、火山様の件もあったが、私は、今、山にいる事を説明するのが最優先と考え、
「はい。
それが、そこの牢の番人の方に殴られて気絶させられてしまいまして。
気がついたら、山の中に捨てられていたという訳です。」
と過程を省きながら説明をした。だが、焔太様は、
「その白石という奴は知らないが、役人が山には捨てないだろう。
さっきから視線も定まらないが、何か、誤魔化してないか?」
と尚も訝しげに聞いてきた。
私は、誤魔化していない事を伝えなければと思い、
「ですが、それで間違いありません。
ですので、すみません。
私を不知火様の所まで、連れて行ってもらえませんか?」
とお願いをし、
「直接赤竜帝に申し開きは、出来ないでしょうから。」
と付け加えた。すると焔太様は、
「まぁ、そうだろうな。
不知火様の所には、俺が連れて行ってやろう。」
と真剣に返し、
「それと、連れ添いもなく山を出歩いていた旨、ちゃんと上に報告するからな?
そこは、覚悟しとけよ。」
と厳し目の口調で付け加えた。私も事実は伝えないといけないと思っていたので、
「はい。
私からも、不知火様に伝えるつもりです。」
と言うと、焔太様は、顎に指を当てつつ、
「そうか。」
とようやく納得してくれたようだった。
雪熊を解体し、毛皮と爪だけ、回収する。
残りは穴を掘り、そこに埋める。
後片付けが終わり、私は焔太様と一緒に山の尾根まで上がった。
尾根まで登ると、少し強めの風が吹いていた。
ちらほらと、雪も降り始める。
焔太様が、
「この風だ。
少し、急いだほうが良いな。」
と言いつつ竜化した。
私は、
「焔太様は、ここから飛んで帰るのですね。
私は、どうやって降りればいいですか?」
と聞くと、焔太様は、首をこちらに向け、
<<今日だけだ。
普通は乗せぬが、背中にしっかりとしがみつけ。>>
と答えた。私は、空を飛べると思い、
「分かりました!
宜しくお願いします!」
と思わず嬉しくなって返したのだが、焔太様から、
<<言っておくが、この風だ。
景色が見られるとは、思うなよ。>>
と釘を刺されてしまった。私は、
「分かりました。」
とは言ったものの、少しは余裕があるだろうと思った。
焔太様の背中に跨がり、手を首に回す。
思ったよりも、手が滑る。
私は、その事を焔太様に伝えようとしたのだが、焔太様はお構い無しで、
<<乗ったな。>>
と言ったかと思うと、私の状態については気にもせず、突如、尾根から飛び出した。
山の木が、ぐんと小さくなる。
──振り落とされたら死ぬ!
そう思った瞬間、私は恐怖のあまり、目をしっかりと瞑って、焔太様から振り落とされないようにしっかりと首にしがみついた。
焔太様から、
<<絞まる!絞まる!絞まる!絞まる!絞まる!>>
と何か言ってきたが、私の方もそれどころではない。
「落ちる!落ちる!落ちる!落ちる!落ちる!」
と返すと、焔太様は、
<<離せ!離せ!離せ!離せ!離せ!>>
と、とんでもないことを言い出した。私は、
「無理!無理!無理!無理!無理!」
と文句を言ったのだが、ここで焔太様は、
<<死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!>>
と言ったかと思うと、急降下。急に小さくなった。
足が地面に付く。
私は恐る恐る目を開けると、前にも来た社がそこにはあった。
焔太様は、息も絶え絶えという感じ。
その焔太様は、
「拳骨の!
殺す気か!」
と叱りつけてきた。
私は不思議に思いながら、
「いえ、そんな事は。」
と返し、
「それにしても、息が荒いですね。」
と聞くと、焔太様から、
「お前が、首を絞めるからだろうが!」
と怒られた。
ふと、先程までの状況を思い出す。
あの時は必死で、思わず焔太様の首を力一杯しがみついた気がする。
私はそのまま気を失って落っこちたらと思うと、顔面蒼白になって、
「申し訳ありません!
手が滑って落ちてしまいそうで、しっかり首を掴んだのですが、絞まっていたとは思いませんでした。」
と頭を下げた。すると焔太様は、
「解ったなら、まぁ、いい。
次からは、もっと緩くしろよ。」
と謝罪を受け入れ、また次も乗せてくれるようだった。
私は、
「その時は気をつけますので、宜しくお願いします。」
ともう一度、焔太様に頭を下げた。
焔太様が、
「あぁ。
じゃぁ、里まで歩くぞ。」
と言ってきたのだが、私は、
「すみません。
少しだけお待ち下さい。」
と言って、竹林の方に移動し、重さ魔法で青魔法を集め、地面に放った。
ポコッと地面が膨らんだので、そこを重さ魔法で引き抜くと、筍が採れた。
同じようにして、3本ほど、引っこ抜く。
それを手に、私は焔太様の所まで戻ると、
「お詫びと言っては、何ですが・・・。」
と言いながらそれを渡した。すると、焔太様は、
「こんな事も出来るのか。」
と感心しつつ、
「折角だ。
頂戴しておこう。
炊き込みご飯も美味いし、いこみ筍も良いからな。」
と言って、嬉しそうに懐に仕舞った。
そして、
「では、今度こそ戻るか。」
と言って、竜の里に向け、私達は歩き出したのだった。
作中、山上くんが平茸と思っていたのは、実は舞茸でした。
舞茸は、近年ではスーパーの店頭にも普通に並んでいますが、人口栽培が始まる前まではそれほどメジャーな茸ではなかったそうで、幻の茸と言われるほど希少でした。ですが、その味の良さは知られており、「山で見つけると、踊りだしたくなるほど喜んだから舞茸という」という語源の説まであるのだそうです。
因みに、今昔物語集で舞茸を食べて踊りだす話があるそうですが、こちらは間違って幻覚作用のある茸を食べたのだろうとの事。ここで言う舞茸とは、別物なのだとか。
最近は江戸ネタのお休みが続いたので、(無理やり)もう一つだけ。
作中、いこみ筍というのが出てきます。
こちらは素人包丁からの出典で、摺った湯葉や山芋などをよく混ぜて筒状に切った筍に流し込み、大根を詰めて油で揚げた後、味醂醤油で煮て小口切りにした料理だそうです。
素人包丁と言えば、結構有名な江戸時代の料理書だと思うのですが、意外な事に、wikiには項目がありません。wikiは割と何でも載っている印象ですが、無い事もあるのだなと思ったおっさんでした。(^^;)
・マイタケ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%B1&oldid=87712816
・いこみ笋
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849060/3




