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再び雪熊と

 雪の積もった山中、私は2つの理由から、慎重(しんちょう)に足元を確認しながら、歩いていた。

 一つは、冬苺がなっていないか探す為、そしてもう一つは、ズボッと雪に足が()もれないようにする為だ。

 見上げると、昨日や一昨日(おととい)と同じく、分厚(ぶあつ)い雲が空を(おお)っていた。

 それにしても、雪に裸足(はだし)は辛い。


 一先ず、沢の方に向かって降りてみる。

 徐々に、雪が深くなっていく。

 ひょっとしたら、風で沢に雪が集まったからなのかも知れない。


 山を下っていると、随分と前に真ん中からへし折れた木を見つける。

 一体何があったのだろうかと思い、その木に近づいてみる。

 雷か何かが、この木に落ちたのだろうか?


 そんな事を思いながら見ていると、根元の方に、不自然に雪が積もっている所を見つけた。

 何だろうと思いながらしゃがんで見てみると、これはどうやら、何か大きめの(きのこ)(かたまり)のようだった。その上に雪が積もっているので、私は不自然に感じたようだ。

 雪を払うと、上面が黒い色が出てくる。


──少しヒラヒラしていて形は(いびつ)だが、恐らく、これは平茸(ひらたけ)だろう。


 私は、これで少しはお腹が(ふく)れると喜び、(しばら)く夢中になって平茸を採った。

 どうやって食べようかと思い、想像を膨らませる。

 茸は、火を通さないと(あた)る事がある。

 (あぶ)って食べるか、味噌汁にするか。


 だが、すぐに煮たり焼いたりするための(たきぎ)が無い事に気がついた。

 この辺りの枯れ枝は、全て雪で湿っている。燃やそうにも、火が()かない。

 それに、味噌汁を作る為には鍋も味噌も必要だが、当然、山中にある筈がない。


──これは、生で食べても良いのだろうか?


 そんな事を考えながらも、私は一先ず、平茸を懐の中に入れていった。



 これ以上、懐に入れて持ちきれない状態となる。

 私は、採りすぎたかと思いながら、また歩き出した。

 冬苺の他、薪になりそうな木も探すことにする。


 暫く歩くと、積もった雪が5寸(15cm)くらいになってきた。

 (かす)かに、川が流れる音が聞こえてくる。


──まともな水が飲める!


 そう思った私は、駆け足で沢に近づこうとして、足が(もつ)れて(ころ)んでしまった。

 もう、まともに走る体力も残っていないらしい。

 私はゆっくりと起き上がると、のろのろと沢に近づいた。


 沢に着くと、川から湯気(ゆげ)が立ち(のぼ)っていた。


──温泉か?


 そう思って川に近づき、手を浸けたのだが、暖かさは感じられなかった。


 寒い日の朝、川から湯気が出る事があるのを思い出す。

 川霧(かわぎり)と言ったか。


 私は手に川の水を(すく)うと、重さ魔法で赤魔法(火魔法)を集めた。

 水が、ほんのりと(あたた)かくなる。

 私はその水を飲んで、ほっと溜息(ためいき)をついた。


 先程の平茸を川の水で洗い、重さ魔法で赤魔法(火魔法)を集め、温めてみる。

 ひょっとしたら焼けるかと思ったのだが、私の力では、暖かくする事しか出来なかった。

 それでも、何もしないよりはましかと思い、(かじ)ってみる。

 すると、予想外にほんのりとした甘みが感じられる。


──いける!


 そう思った私は、せっせと懐の平茸を水洗いし、魔法で温めてむしゃぶりついた。

 半分くらい食べ、人心地(ひとごこち)が着くと、川の向こう側に、複数の大きな気配がある事に気がついた。


──また、雪熊か?


 そう思ったのだが、その中に、恐らくは焔太(えんた)様の気配も感じた。

 私は、ひょっとしたら竜の里まで連れ帰ってもらえるかも知れないと思い、近づく事にする。


 川から出ている雪の積もった岩を伝って、向こう側に向かって進む。

 途中、どうしても川に入らないと渡れない所と出くわす。

 思い切って、岩から水の中に足を()み出す。

 何となく、雪を()むよりも温かい。

 私は、もっと冷たいだろうと思っていたので、少しホッとした。


 急に深くなる所があるのではないか?

 そう思いながら歩いたのだが、意外にも膝が浸かったくらいで、向こう岸まで渡ることが出来た。

 水かさが少ないので、思ったよりも上流なのかも知れない。

 川から足を出すと、濡れた所があっという間に(つめ)たくなっていく。


 重さ魔法で赤魔法(火魔法)を集め、足先に使う。

 ほんのりと暖かくなる。

 だが、赤魔法(火魔法)を使うのを止めると、あっという間に元通り。

 私は、足を蹴るようにして水滴(すいてき)を飛ばした。


 少しだけましになった所で、焔太様の気配のする方に歩き始める。

 暫く歩くと、足元が赤く染まった。

 赤いと言っても、血の色ではない。

 私はひょっとしたらという期待と共に、雪を掘り返した。

 冬苺が出てくる。


──やった!


 私は喜びながら、(つぶ)れていない冬苺の(つぶ)を、口に含んだ。

 甘酸っぱさが、口に広がる。

 少し食べた所で、焔太様が移動しないか、気になり始める。

 名残(なごり)()しいが、仕方がない。

 私はここを離れ、再び焔太様の気配のする方に歩き始めた。



 暫く歩いて近づいていくと、気配の位置関係が分かってくる。

 どうやら焔太様は、前と同じく雪熊と戦っているようだ。

 相手の雪熊は、5頭くらい。

 その中の一つは、先日の雪熊と同じくらい大きな気配をさせている。


 途中から気配を(おさ)え、ゆっくりと近づく。

 気配が、残り4頭に減る。

 焔太様が、1頭倒したのだろう。


 先日やったように、火魔法(赤魔法)緑魔法(風魔法)、雷魔法を重さ魔法で集め、(まと)め上げながら前進する。

 焔太様と雪熊が戦っているのが、見えてきた。

 相手が4頭もいるというのに、焔太様は器用に戦っている。

 私は、最も危険な臭いのする、一番大きな雪熊の死角になるように位置取りをして近づいた。


 焔太様が私に気が付き、大きな声で、


「拳骨のか!

 手伝え!」


と呼びかけてきた。

 折角(せっかく)の段取りが、みんな台無(だいな)しにされた気分になる。

 だが考えてみれば、焔太様も冷静な判断が出来ないほど、切羽(せっぱ)()まっているのかも知れない。

 私は、


「分かりました!」


と返事をし、一番大きな雪熊に更に近づいた。

 十分に近づき、(くだん)の雪熊に向け、集めていた魔法を放つ。

 私は焔太様に、


()けて下さい!」


と声を掛けると、焔太様は、


「おう!」


と返事をし、さっと距離をとった。


 焔太様がギリギリまで相手をしてくれていたお陰もあって、一番大きな雪熊に命中する。

 雪熊を中心に(いく)つもの稲妻が飛び、遅れて大きな雷の音と、申し訳程度の水が蒸発するような音がやってきた。

 雪熊がどさりと、前に倒れる。


──残り、3頭。


 そう思ったのだが、焔太様から、


「止めをさせ!」


と言われてしまった。

 重さ魔法で黄色魔法(身体強化)を目一杯集めながら、右手から背中、両足に()わせる。

 右手の拳骨に力を集め、そのまま雪熊の頭に落とす。

 雪くまの気配は小さくなったが、無くなりそうな感じはしない。

 仕方がないので、雪熊の首に膝を置いて、重さ魔法も使い、首の骨をへし()った。


 その間に、焔太様がもう1頭、雪熊を仕留める。

 残り、2頭。

 私はもう一度、火魔法(赤魔法)緑魔法(風魔法)、雷魔法を集め始めた。

 焔太様から、


「別の手はないのか!

 それは、すぐに使えないだろうが!」


と怒られた。

 私は、


「確かにそうですがっ!」


と言いつつ、雪熊の1頭に近づいた。

 そして、先程の半分にも満たない内に、この魔法を撃ち込む。

 雪熊の周りに小さめの稲妻が飛び交う。

 遅れて、バチバチッという音と、申し訳程度にボシュッっという音が聞こえてくる。

 そして、この雪熊が倒れる。

 最後に私は、


「このくらいでも、気絶させるだけなら十分ですので!」


と続きを話した。焔太様は、


「そのようだな!」


と話しながら、最後の1頭を仕留めた。

 私も、自分が倒した雪熊の首の骨をへし折った。

 これで、5頭全部片付いたことになる。


 焔太様が雪の上に寝転び、息を整える。そして、


「ところで拳骨の。

 なんで、お前は一人なんだ?」


と聞いてきた。

 私は、


「そこなのですよ。

 私も、訳が分かりませんで。」


と説明しようとして、大きな音でお腹が鳴った。

 焔太様が、


「ひとまず、これでも食え。」


と笑いながら、熊笹(くまざさ)に包まれた弁当をよこしてくれた。

 私は、


「ありがとうございます。」


とお礼を言った後、(つつ)みを開けてみると、白い大きな(にぎ)(めし)が3つと沢庵(たくわん)が入っていた。

 私は、


「では、1つだけ、いただきますね。」


と言って、握り飯の1つを手に取り、焔太様に弁当の包みを返した。


 まともな(めし)は、昨日の昼以来。

 ありがたく握り飯に、かぶりつく。


 口の中に広がる、米と塩の味。

 思わず、顔が(ほころ)ぶ。

 握り飯をしっかりと咀嚼(そしゃく)すると、(わず)かに米と塩以外の味がある事に気がついた。

 とある、定番の具の存在を予感させる。

 更に食べ進めると、食べ()れた()っぱさと(しょ)っぱさが、その予感が的中した事を知らせてきた。


──梅干しだ。


 じんわりと、唾液(だえき)が出てくる。

 しっかりと米や梅を()みしめると、米の甘みが増したように感じる。


 梅干しの(たね)を口に含みながら、米を頬張(ほおば)る。

 米を全て胃に納め、指に付いた塩気(しおけ)()め取る。

 が、梅干しの入った握り飯の楽しみ方は、これで終わりではない。


 口の中の種を、舌で転がすようにしゃぶる。

 種の表面から、塩気が無くなる。

 更に、梅干しの種の、元々(へた)があった辺りを()ってみる。

 種の中から、少しだけ塩気のある汁が出てくる。

 こうすれば、もう少しだけ味を引き出せるというのは、次兄(つぎにい)から教えてもらったのだったか。


 ついに味のしなくなった梅干しの種を、木の根元に捨てる。

 最後の最後まで、握り飯を堪能(たんのう)し切り、満足な気持ちとなる。


 この一部始終を見守っていた焔太様は、


「拳骨の。

 なかなか種が出てこなかったな。」


と少し笑いながら言ってきた。

 私は、


「はい。

 実家のお作法ですから。」


と冗談半分で答えたのだった。


 今回も、江戸ネタは仕込めていないので、代わりに1点だけ。


 作中、山上くんは平茸(ひらたけ)(仮)を見つけて喜んでいまいた。

 ですが、残念ながら(きのこ)には(ほとん)どカロリーがありません。

 このため、遭難した時に確保する食料としては、いまいちなのだそうです。

 そもそも、茸の大半は食用ではないと言われていますし、食用とされている茸でも、生食はNGの場合が多いそうなので、怪しい茸は絶対に口にしないようにしましょう。(^^;)


・遭難

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%81%AD%E9%9B%A3&oldid=89503805

・ヒラタケ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%92%E3%83%A9%E3%82%BF%E3%82%B1&oldid=82369153

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