横柄な役人が
本話には不快な部分があります。
嫌いな方はすみません。
朝食前の雑談が終わり、下女の人がお膳を運んでくる。
お膳の上には、山女魚を焼いたものと大根葉のお浸し、沢庵に、いつもの白いご飯と味噌汁が乗っていた。味噌汁には、白い玉のようなものが浮いている。
清川様が味噌汁を口にし、その白い玉を食べた時、一瞬だけ、眉が寄ったのが見えた。
私は不思議に思い、
「清川様、どうかなさいましたか?」
と確認すると、清川様は、
「いやなに。
とろろ汁にも、使われておったと思うての。」
と一言。横から更科さんが、
「あぁ。
そう言えば、すりおろした山芋に、卵を混ぜて作るんだったわね。」
と説明し、ようやく理由が分かる。まだ清川様は、卵を嫌気しているようだった。
朝食の後は、軽く雑談をして解散となった。
佳央様が竜帝城に出発した後、私は部屋に戻り、布団の上に寝転がっていた。
布団のすぐ横には、更科さんが座っている。
更科さんが私の体を触り、
「和人、どう?」
と聞いてきた。私は少しくすぐったさを感じながら、
「まだ少し・・・。」
と返事をした。すると、更科さんは、
「じゃぁ、もう少し、回復魔法、使うわね。」
と言って、私の体に魔法をかけ始めた。
私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言って、筋肉痛の違和感がなくなるのを待った。
1刻が経ち、途中、休み休み更科さんに回復魔法を掛けて貰っていると、佳央様の気配が近づいてくきた。
どうやら、竜帝城から戻ってきたようだ。
障子が開いたので、私は布団に寝たままで悪いなとは思ったが、そのまま、
「お帰りなさい。
佳央様。」
と挨拶をした。すると、佳央さまは、
「まだ、やってたの?」
と呆れたように言ってきた。更科さんが、
「思ってたより、疲れが溜ってたみたいで。」
と言うと、佳央様は、
「そうかもね。
昨日、社で立てなくなってたし。」
と納得している様子。私も、
「はい。
自分が思っているよりも、随分、疲れていたようです。」
と同意した。
私は、
「それで、竜帝城では何か聞かれましたか?」
と聞くと、佳央様は、
「昨日の状況を、軽くだけね。
大した事は、聞かれなかったわ。」
と答えた。私が、
「一応、例えばどのような質問を?」
と聞くと、佳央様は、
「普通よ。
いつ、どのようにして狩ったかとか。」
と答えた。私は確かに普通の質問だなと思い、
「そうですか。」
と頷いて、念の為、昨日の状況を頭の中で整理しようとした。
だが、佳央様から、
「昨日の今日だし、聞きたい事も、まだ吟味できてないんじゃない?」
と付け加える。私は、
「確かに、そうですね。」
と返し、整理せずとも答えられるだろうと思い直した。
だが、他にも聞いておきたい事はある。
私は、
「そういえば、私にも事情を聞きに来るのでしたよね?」
と質問すると、佳央様は、
「ええ。
向こうでは、今日、手が開いたら来るって言ってたわ。」
と答えた。更科さんが、
「また、蒼竜様が来るのかしら。」
と聞いたのだが、佳央様は首を傾げ、
「さぁ。
今回は、不知火様の所の誰かだと思うけど、私も詳しく聞いてないから。」
と知らない様子。私は、
「そうですか。
知り合いなら、気が楽なのですけどね。」
と言うと、佳央様も、
「そうね。」
と同意したのだった。
正午まで、残り半刻となった頃、蒼竜様が訪ねてきた。
清川様、佳央様、更科さんと私の4人で座敷に向かう。
座敷に入ると、蒼竜様が座布団に座って待っていた。
形式張った席でもないので、私は清川様よりも先に、
「こんにちは、蒼竜様。」
と挨拶をした。すると、蒼竜様は、
「こんにちはではない。
また、仕出かしたそうではないか。」
と少し楽しそうに言ってきた。私は、
「昨日の件ですか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「そうだ。」
と言う。私は、
「なるほど。
不知火様から、誰かを伺わせると聞いておりましたが、蒼竜様でしたか。」
と言うと、蒼竜様は、
「それとは別だ。
また、後で誰か来るのであろう。」
と否定した。私の早合点のようだ。
私は、
「そうでしたか。
それで、本日はどのようなご用件で?」
と不思議に思い確認すると、蒼竜様は、
「以前、作物の交配を研究している竜人を紹介すると言っていただろ?
どういう訳か、そいつが山上と会いたいと言っておってな。」
とここに来た目的を話した。私は、
「作物の・・・。」
と少し考え、以前、番屋でそういった話があった事を思い出した。
私は、
「確か、・・・紅三郎様?
・・・名字は・・・、申し訳ありません。
思い出せません。」
と首を傾げながら伝えると、蒼竜様は少し驚いたように、
「うむ。」
と頷き、
「花巻 紅三郎だ。
名前まで伝えた記憶はなかったのだが、よく知っておったな。」
と感心した様子。私が、
「以前、番屋にいた見回りのお役人と話をしまして。
その人が、次に会った時に伝えておくと仰っていました。」
と説明すると、蒼竜様は、
「そうであったか。
ならばその役人、恐らく遠藤だな。」
と言ってきた。私も聞き覚えのある名前だったので、
「はい。
確か、遠藤様と名乗っておいででした。」
と同意する。
蒼竜様は、
「やはりそうか。
例の件も、向こうで話を聞いた限りでは、どうも主にはなっていなさそうだったからな。
すぐに、嫌疑も解かれるだろう。
どうだ。
明後日の友引にでも、行くか?」
と聞いてきた。蒼竜様の中では、どうやら私は、近い内に自由になれる公算のようだ。
私は少し安心して、
「そうですね。
清川様、如何でしょうか?」
と聞くと、清川様は、
「色々と知見を広める事は、良いことじゃ。
行って来るがよいじゃろう。」
と認めてくれたので、私は、
「ありがとうございます。
では、疑いが晴れておりましたら、行って参ります。」
とお礼を伝えた、蒼竜様にも、
「そう言う事ですので、宜しくお願いします。」
と明後日に約束を取り付けた。
午後になり、座敷で昼食を食べ終わった直後の事。
下女の人がやってきて、
「先程、山上様に使者が参られました。」
と告げた。私は、何故『使者』などという言い回しを使ったのだろうかと思いながら、
「どこか、他の座敷に待たせてあるのでしょうか?」
と聞くと、その下女の人は、
「いえ、迎えに上がったと申しておりましたので、玄関にてお待たせしております。」
と答えた。私は不思議に思い、
「こちらで、話を聞くと言われていたのですが・・・。」
と伝えたのだが、下女の人は、
「申し訳ありません。
私では、分かりかねます。」
と困り顔。佳央様が、
「分かったわ。
じゃぁ、私と和人で出るわ。」
と言ったのだが、下女の人は、
「山上様、お一人で、との仰せでした。」
とまた困り顔。佳央様は、
「でも、監視役になってるのよ。
ついて行かなかったら、赤竜帝の面目が潰れちゃうでしょ?」
と説明。下女の人は、
「分かりました。
では、先導いたします。」
と言って、玄関に向かって歩き始めた。
更科さんが、
「和人、早く帰ってきてね。」
と心配そうに言ってきたので、私も、
「はい。
なるべく、早く帰りますね。」
と返事をした。
何故か、清川様が険しそうな顔付きをしながら、私を見送っていた。
玄関に着くと、そこには奉行所の同心のような姿をした、見知らぬ竜人がいた。
私は、
「こんにちは。
本日は、お手数をおかけします。」
と挨拶すると、向こうの竜人も、
「うむ。」
と挨拶を返し、ドスを聞かせた声で、
「そちが山上だな?」
と確認してきた。
私は怖い人が来てしまったものだと思いながら、
「はい。」
と答えると、その竜人は、
「よし。
では、草履を履け。」
と普段接する竜人とは違い、横柄な態度で命令してきた。
私は慌てて、
「はい。」
と返事をして、上がり框に腰を下ろし、草履を履こうとした。
隣では、佳央様も草履を履こうとしたのだが、その竜人は、
「黒山に用は無い。
山上だけ、参れば良い。」
と一言。佳央様が、
「和人の監視役を仰せつかってるんだけど?」
と文句を言ったのだが、その竜人は、
「不要だ。」
と突っぱねてきた。横目で様子を伺いながら、私は草履の紐を縛った。
佳央様が不快そうに、
「どうして?」
と聞いたのだが、その竜人は、
「呼ばれておらぬ者は、連れて行けぬ。
当然ではないか。」
と当たり前のように返した。佳央様が、
「誰の指示?」
と確認すると、その竜人は、
「これから取り調べなのだ。
不知火様に決まっておろう。」
と回答する。それは、そうだろう。
私は、
「不知火様には、いつも世話になっております。」
と話のきっかけになるかと思って言ってみたのだが、この竜人、
「そのような事は言わずとも良い。
早く、履かぬか。」
と苛ついている模様。そもそも不知火様の配下なら、普通、『そのような事』などと言うだろうか?
疑念が湧く。
佳央様が、
「そう言えばあなた、名前も名乗ってもないわね。」
と指摘したのだが、竜人は、
「下手人を捕まえるのに、名を名乗ったりなどせぬ。
また、主を倒したのであろうが。」
と罪状を上げた。私は草履を履き終わったので、立ち上がりながら、
「どれが主だったのですか?」
と確認したのだが、その竜人は、
「黙れ。
少しは、その立場を弁えよ。」
と言って、ぐいっと私の手を乱暴に掴み、引き寄せた。
そして、私の足を蹴って体を崩し、そのまま土間に引き倒される。私の頭を玄関の土間に押し付ける様に足で抑えながら、そのまま両手を掴み、あっという間に縄を掛けて締め上げてきた。
佳央様が、
「待ちなさい!」
と言ったのだが、その竜人一度振り向き、
「止めるなら、同罪だぞ!」
と威嚇しながら怒鳴りつけてきた。
締め上げた縄の端を掴んだ竜人が、私の体勢を気にすること無く、歩き始める。体が縄で引っ張られたので、私は引き摺られないように、慌てて体勢を整えながら、歩調を合わせた。
佳央様が、
「あなた、本当にお役人?」
と確認したのだが、その竜人は腰の十手に手を当てて見せ、
「そうだが?」
とムッとした顔をしながら佳央様を睨む。
佳央様が、
「何でこんなのが。」
と呟いたのだが、それが聞こえたらしく、その竜人、
「何か言ったか?」
と不快そうな顔。私は穏便に済ませようと、
「まぁ、まぁ。
佳央様、どうせ、すぐに開放されるのです。
ちょっと行ってきますから、待ってて下さい。
午前中、蒼竜様も主ではないと言っていましたし、何かの間違いに違いありあせん。」
と伝えたのだが、その竜人は、
「少しは黙れ。」
と言ったかと思うと、私の鳩尾に一発。私は痛くてしゃがもうとしたのだが、お構い無しで縄を引っ張る。
結果、私は引き摺られるようにして、お屋敷から外に連れ出されたのだった。
作中出てくるとろろ汁は、すりおろした山芋に卵を加え、醤油や出し汁を混ぜて伸ばした物を味噌汁に入れて具としたお味噌汁です。
江戸時代、駿河丸子宿の名物料理だったそうで、東海道中膝栗毛に出てきたり、松尾芭蕉に「梅若菜 鞠子の宿の とろろ汁」と詠まれたりしているそうです。
・とろろ
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