ポーターの待遇改善が始まったときの話
先週もまた、ブックマークをつけてくださった方がいらっしゃいました。
大変ありがとうございます。
河原で横山さんや更科さん達と分かれた後、野辺山さん、田中先輩と私は、葛町の集荷場で杉並社長と合流した。予定にない野辺山さんも一緒に行ったが、杉並社長も『是非とも』と歓迎していた。
集荷場を出る前、杉並社長は、
「今日も、いつものあそこですか?」
と聞くと、田中先輩が、
「ああ。
いつもの丸膳だ。
あそこは料理も美味いし、酒も揃っている。
ぶっちゃけ、大杉よりも格の高い店がなんで葛町にあるのか謎だな。」
と返したところ、野辺山さんが、
「あぁ、それな。
元々、王都でも三本の指に入る料理屋の板長が引退して、地元に引っ込んだ時に作ったお遊びの店だったらしいぞ。」
と言って笑っていた。田中先輩は、
「あぁ、道理で。
でも、いろいろな冒険者について高級店にも行ったが、お遊びにしては美味すぎないか?」
と聞くと、杉並社長が、
「お遊びだからこそだと思いますよ、先生。
料理人も職人と一緒で、突き詰めればどれだけ遊び心を取り入れられるかだと聞きますし。」
と返した。私は、
「皆さん、仲が良いのですね。」
と聞くと、杉並社長が、
「まぁ、野辺山さんも僕も『田中先輩をポーターの呪縛から開放する会』の会員だからね。」
と答えた。すると田中先輩が、
「お前ら、まだそんなのやっていたのか。」
と迷惑そうに言った。野辺山さんは、
「そりゃそうだ。
ポーター差別は本当に根が深かったからな。
でも、まぁ、今じゃ残っている問題は、お前の嫁選びくらいだがな。」
と楽しそうに話している。田中さんは、ブッと吹き出しながら、
「おぃおぃ。
それはさすがに余計なお世話というものだぞ?
そこは自分で地道に探すさ。」
と言った。すると野辺山さんは
「お前な。
もう40も越えているんだぞ?
農家は別として、普通の冒険者は男は30前半、女で20後半で結婚するんだぞ?
まぁ、確かに金持ちほど結婚が早く、逆に金の無い奴ほど結婚が遅いか出来ないと相場は決まっているがな、田中が金が無いって理由だけで結婚できないってのもやはり、やるせないと思うぞ?」
と、真面目に意見を言っていた。杉並社長も、
「そうですよ。
それに、今の先生なら獲物を狩れば狩っただけ稼げますから、もう金が無いということもありませんよね?
私も妻子がいますが、先生も早くすべきです。
特に娘は目に入れても痛くないくらいに、本当にかわいいですよ?」
とニヤついていた。野辺山さんは、うんざりした顔をしながら、
「ここでこの話が始まると長くなるから、もうそろそろ移動しないか?」
と言って、話を途中で切り上げた。きっと、娘自慢が過ぎるとかそんな感じの理由で長くなりそうだったので先手を打ったのだろう。
丸膳に移動した後は酒も入り、先輩を肴に話は一層盛り上がっていた。
ちょっとだけ話の隙間が出来たので、私はいい機会だと思い、前からの疑問を聞いてみた。
「杉並社長、前から気になってはいたのですが、田中先輩はどうしてたまに『先生』と呼ばれているのでしょうか。」
すると杉並社長は、
「あぁ、聞いていなかったんだな。
実は僕も昔は冒険者を数年やっていたのだけどね、その一年目の時に先生に指導してもらったんだよ。」
と話し始めた。私はもう少し詳しく話が聞けると思った。だが、田中先輩が、
「そうだな。
あの頃、目を離す度に明実と二人であっちこっちでハメをはずしてな。
今思い出しても、迷惑極まりない奴らだったな。」
と言って、話を方向転換してしまった。ただ、杉並社長はあまりよい生徒では無かったようだが、こういう話を聞けるのは楽しい。杉並社長は私を見て笑いながら、
「あの頃は若かったので、怖いもの知らずでね。
そうそう、その頃、森の中でハメを外していたら魔物に襲われてね。
二人で仲良くする時は、腰にあるものを外したりするだろ?
その時も少し離れた所に武器を外していたので、それはもう、二人して絶対に死ぬなって思ったんだけどね、僕達を探しに来た先生に助けられた事があったんだよ。
もう、それ以来、先生には頭が上がらないんだ。」
と話した。田中先輩は、
「あぁ、そうだったな。
冒険者としては出来る方なのに、これだけは学習してくれなくてな。
あれ以来、ガチャガチャ鳴るようになったので探しやすくはなったが、結局半年の間に、少なくとも10回は助けたはずだな。」
と苦笑いしながら言った。杉並社長は、
「あの頃は、本当に有難うございました。
でも、助けていただいたのは、確か7回です。
ただ、これも不思議なもので、子供が出来てからかな。
少しはまわりが見えるようになって、もうああいう無茶なのはしなくなりましたよ。
・・・今、思い出しただけでも、本当にお恥ずかしい限りです。」
と返した。私は、杉並社長と田中先輩で数が合わないのは、田中先輩が概算で言ったからだろうと最初は思ったが、途中から、ひょっとしたら社長が知らないだけで、社長が知覚できないところでも助けていたのかもしれないなと思った。
野辺山さんは、
「子供が出来て、大人になったということだろうな。
ただ、気をつけろよ?
うちにも息子がいるが、まぁ、ヤンチャ盛りの7歳なんだがな。
つい、ああすれば良い、こうすれば良いと言っていたら、最近では、すっかり煙たがられて母親べったりだよ。」
と苦笑混じりに話していた。私は田中先輩の話の戻そうと、
「息子さんも、煙たがっているんじゃなくて、父親が元凄腕冒険者で、今も冒険者組合で地位を持っているので、小さいながらも気を遣っているのかもしれませんね。
とことでさっき、『田中先輩をポーターの呪縛から開放する会』という話が出ましたが、いったいどういう事でしょうか。
今の田中先輩を見ていても、特に何か制約されているようにも見えませんが、昔は何か制約があったのですか?」
と話をかえた。すると、野辺山さんは、
「その話か。
まぁ、本人も目の前にいるが、これは組織の問題でもあったから、俺から話してもいいか?」
と言った。田中先輩は、
「そういえば、俺もちゃんと聞いたことが無かったな。
ちょうどいい機会だし、土蜘蛛のころの話からいいか?」
と言った。すると野辺山さんが、
「あぁ、そういうのもあったな。
でも、俺たちの出会いは大雪狼の牙だろ?」
と言うと、田中先輩は、
「その話は、山上にはもうやってあるから飛ばしていいぞ。」
と言った。私は、
「確か、10年くらい前に半年だかに渡って大雪狼を追いかけて、なんとか牙を持って返ったという壮大な話でしたっけ?」
と言うと、野辺山さんが、
「そうだ。
あれはまさに10年前に・・・」
と語りはじめたとき、田中先輩が、
「いや、だからその話はしてあるから、土蜘蛛を討伐した後の話をだな。」
と話に割って入ってきた。野辺山さんは
「あぁ、もう分ったよ。」
と言った後、渋々と言う感じで土蜘蛛から話をはじめた。
「あれは大峰町の近くで災害級の土蜘蛛が出た時だったな。
田中が物資補給のためにポーターをしていたんだがな、あれはすごかったぞ?
若い冒険者が無理をしてやられそうになったのを見て、『闇飛ばし』で土蜘蛛の注意を逸らしたかと思うと、『影移動』で一気に土蜘蛛の近くに潜り込んで、『炎嵐』で頭を丸焼きにして倒すという超級冒険者も真っ青な芸当をやってな。
まわりの冒険者から頭一つ抜けていると、誰もが分かる働きをしたことがあったんだ。」
と、田中先輩の方を見てニヤニヤしながら話した。野辺山さんは続けて、
「それで、俺はあれだけ活躍したんだからガッポリだろうと思って、奢ってもらいに行ったんだ。
そしたらな、そんな金は無いって言うんだよ。
おかしいだろ?
討伐報酬を考えると、普通なら、家一軒建って余るくらいもらえるはずなんだぞ?」
と言って、杉並社長と私の顔を順繰り見てから、
「なのに、家賃とツケで消えたって言うんだよ。
家が買えるほどもらっておいて、家賃とツケってな。
どんだけ普段豪遊してたんだよって一瞬思ったんだが、そんなに遊んでいたら普通は耳に入るだろ?
なので何かの冗談だろうと思ったんだが、当時の田中は身につけているものも貧相だったんだよ。」
と話した。私は、災害級なら素材を売っただけでも大金が入るだろうから寄付でもしていたのかと思いながら聞いていた。
野辺山さんは、
「それで普通は聞かないんだが、いくら貰ったか聞いたんだよ。
そうしたらな、土蜘蛛のいるところまでの往復の日当しか出ていないって言うんだ。
で、どういうことかと聞くとな、ポーターの給料は日当制で、どれだけ活躍しても、逆にどんなに怠けていても、同じ日当だって言うんだよ。
それで、討伐した土蜘蛛の素材はどうしたのかと聞いたんだがな、そもそもポーターは素材をどこに持っていっても買い取ってくれないって言うんだ。」
そう言って、野辺山さんは、酒を含んで口を湿らせた。
私は先日田中先輩が素材を売っているのを見ていたので、なぜ買い取ってもらえないか不思議に思ったのだった。
野辺山さん:なのに、家賃とツケで消えたって言うんだよ。
山上くん:(災害級の素材を売ってこれなら、どこかに寄付したんだろうか・・・。)
杉並社長:(これ聞かされるの、もう5回目だよな・・・。)
田中先輩:(あの頃は日当だけだったからな・・・。過ぎてしまえばと言うが、懐かしいもんだな。)