竜の里の門には
雪が薄く積もった山中、焔太様と合流した私達は、竜の里へと急いで帰っていた。
佳央様、私、焔太様、清川様の順に並んで、再び山を登っていく。
今はあまり雪も降っておらず、空も一時的に明るくなっているのだが、遠くに分厚い雲が来ているのが見える。
佳央様がちらりと私を見て、
「また強くなりそうね。」
と話しかけてきた。
雪の事か、風の事か。少なくとも、私の事ではないだろう。
私は、
「この空ですしね。
閉門までに帰らないといけないのに、困ったものです。」
と答えた。焔太様から、
「急いでいるなら、山頂から飛べばよかったのではないか?」
と指摘された。
清川様が、
「平時において、竜化はせぬ仕来りじゃ。」
と説明し、佳央様も、
「和人を乗せて飛ぶの、無理だから。」
と嫌そうに言った。
少しの間の後、焔太様が、
「あぁ、そう言えば、お前は小さかったな。」
と指摘する。佳央様は、
「そうよ!」
と少し不機嫌そうに答えた。焔太様が、
「和人だけなら乗せてやってもいいが、俺も二人はな。」
と愉快そうに笑った。
佳央様が、
「何がおかしいの。」
と文句を言うと、焔太様は意地悪そうな声で、
「拳骨のお守りも、大変だなと思ってな。」
と言って、また笑った。焔太様は、妖狐の件で佳央様が私の監視役になっている事を聞いているのだろう。
私が、
「佳央様には、いつも助けてもらってばかりで、感謝しかありません。」
とお礼を言うと、佳央様は私の顔をちらっと見て、
「そうね。」
と肯定した。
少し足がもつれ、体制を整える。
私は疲れてきたので、
「ところで、後、どのくらいで里に着きますかね?」
と話を変えた。佳央様は、
「ん?
そうね・・・。」
と言って少し考え、
「後、半刻くらいよ。」
と返事が来る。私は、
「こんなに急いでいるのに、まだ、そんなに掛かりますか。」
と苦笑いした。
2つ目の尾根に出て、下を見下ろす。
佳央様が、
「ここを下っていけば、元の社に出るわよ。」
と言った。私は少しでも休憩出来ないかと思い、
「ひょっとして、ここからなら里と念話が出来ませんか?」
と聞くと、焔太様が、
「念話で何を伝えるのだ?」
と聞いてきた。私が、
「今日、少し遅くなると伝えてもらおうかと思いまして。」
と答えると、焔太様が、
「なら、これから竜化して、門番に伝えておいてやろうか?」
と提案してきた。私は、
「いえ、私の妻が心配するかと思いまして。
後は、夕飯を準備してくれている人達にも。」
と返すと、焔太様は微妙な顔をしながら、
「そうか。」
と頷いた。
佳央様が、
「それじゃ、試してみるわね。」
と言って、目を瞑った。
焔太様が、
「俺は、これから雪熊の件を報告に行くから、先に戻るぞ。」
と言った。私は、
「先程の雪熊ですか?」
と聞くと、焔太様は、
「そうだ。
今年は、雪熊の当たり年ではないかという話があってな。
俺は牢から出る代わりに、その間引きと、雪熊王になる個体がいないかの調査をしていたのだ。」
と答えた。私は、
「それでしたら、私達もあれとは別のに遇いましたが、その話もしましょうか?」
と聞くと、焔太様は、
「助かる。」
と答えた。私は、
「では、お話しますね。」
と言った後、
「実は今日、あちらの山の向こうで大きな気配がありましたので、何か見に行ったのですよ。
そうしますと、途中、焔太様と合った辺りで1頭と、温泉の出る沢で大き目の雪熊と遇いまして。
どの魔獣かは判らないのですが、巫女様から、何か魔獣を狩るように言われていましたので、最初のは先に逃げられましたが、後の方は狩ったのですよ。」
と説明した。焔太様は、
「なるほど、大き目のを1頭、間引いたのだな。
確かに先程の魔法なら、多少大きめの雪熊でも仕留められるだろう。」
と頷いたので、私も、
「はい。
その通りです。」
と肯定した。焔太様は、
「分かった。
その旨も伝えておこう。」
と言って竜化し、すぐに、
<<では、またな。>>
と言って、竜の里の方に向かって飛んでいった。
佳央様が、
「途切れ途切れになったけど、何とか伝わったわ。
戻りましょ。」
と言った。
焔太様がいなくなったので、また、佳央様、私、清川様の順に並んで、山を下っていく。
暫くして、社まで到着する。
清川様が、
「では、山上。
筍じゃ。」
と言ったのだが、佳央様から、
「時間がないわよ?」
と止めようとしてきた。だが清川様は、
「そうじゃ。
早う、急いで、速やかにの。」
と掘る気の様子。私は問答するのも時間の無駄と思い、
「分かりました。」
と言って、竹林に向かって、青魔法を使った。
幾つか、地面が盛り上がる。
佳央様が、
「仕方ないわね。
もう、掘るわよ。
和人も。」
と言って、盛り上がった所に重さ魔法を使い、ポンポンと抜いていった。
私もそれに習って魔法を使おうとしたのだが、眼の前がくらっとなった。
私は、
「すみません。
もう、無理です。」
と宣言し、そのまま地面に腰を下ろした。
清川様が私に近づき、
「腹が減っておるだけか?」
と聞いてきた。私が、
「恐らくは。」
と答えると、清川様は、
「仕方ないの。
筍の礼じゃ。」
と言って、亜空間から何かを取り出した。
大福だ。
私に手渡し、
「ゆっくりと食べるのじゃぞ。」
と言った。一口、大福を食べる。
口の中に、小豆餡の甘みが広がる。
顔が緩み、私は自然と、
「ありがとうございます。
これは、大変、美味しいですね。」
とお礼と感想を言うと、清川様は、
「なに。」
と言った後、ニヤリ笑い、
「100文に負けておいてやるからの。」
と付け加えた。私は、
「!」
と絶句したのだった。
更に清川様は、
「ついでじゃ。」
と言って、回復魔法までかけてきた。
こちらについて、どのくらい金子を取るつもりかは、怖くて聞けなかった。
清川様の回復魔法のお陰もあり、大福を食べて水を飲んで一休みすると、私はある程度疲れがとれていた。
社から山道を下り始めると、雪が強くなって、視界も悪くなった。
山を下り切り、田畑の辺りに入ると、この雪が、今度はみぞれに変わる。
どんどん、体の熱が奪われていく。
思わず、くしゃみが出る。
佳央様から、
「早く戻って、暖かくしないとね。」
と心配されたので、私は、
「ありがとうございます。」
とだけ答えた。
黄色魔法を更に集め、竜の里に急いだ。
里の門に着くと、門番さんの他に、焔太様と、何故か不知火様まで待っていた。
門の軒下に入る。
みぞれが当たらなくなり、少し楽になる。
不知火様は、
「山上よ。
前にも捕まったばかりというのに、また、余計な物を狩ったそうではないか。」
とご立腹の様子。焔太様に話した事から、すぐに大き目の雪熊を狩った事だと目星がつく。
私は、
「ひょっとして、また揚屋ですか?」
と聞くと、不知火様は、
「いや、今の山上は巫女様の側だからな。
だが、屋敷で謹慎くらいはしていろよ。」
と答えた。清川様が、
「あの、大き目の雪熊の事か?」
と尋ねると、不知火様は、
「うむ。
どのような大きさだったか等、後日、屋敷に伺って話を聞かせてもらう予定だ。」
と答えた。清川様は、
「佳央が亜空間に入れておる。
後で、そのまま出してもらうが良いじゃろう。」
と言った後、
「よもや、資料と言うて、取り上げたりはすまいな?」
と不知火様を軽く見て牽制した。不知火様は、
「後で、返します。」
と答えた。だが、清川様は納得しなかったようで、
「山上よ。
そちは、これを売る予定じゃったな?」
と確認したので、
「はい。」
と答えると、清川様は、
「ならば、調べておる間、時間も経過するじゃろうな。
違うか?」
と不知火様を見た。不知火様は少し考え、
「戸赤ならば、どのようにするか?」
と焔太様に話を振った。焔太様は、
「えっ?
俺?」
と戸惑った後、
「熊なら、・・・肝は売れるが、取り調べている間に鮮度が落ち、価値も下がる・・・か。」
と独り言を呟くと、
「雪熊が、今の値段では売れなくなる。
その差額を保証しろって事でいいか?」
と確認した。だが不知火様は、
「それに、迷惑料も上乗せしろという事だ。」
と答える。不知火様、竜の巫女様達の手口をよくお知りの模様。
焔太様が、
「なるほど、世知辛い・・・。」
と感想を言ったのだった。
山上くんはその日、単にお腹をすかせただけでしたが、江戸時代には、本格的な食糧不足で100万人規模の餓死者が出る飢饉が何度もありました。
その一つに天保の大飢饉がありますが、この時、人口3200万人のうち、120万人もの餓死者が出たと言われています。洪水や冷害による大凶作が原因だったそうですが、特に東北地方の被害が甚大だったと言われています。
この天保の大飢饉を語源に持った、『てんぽ』という方言があります。この方言の分布地域は、東北、北陸、近畿、四国と広範囲に広がっています。この言葉の分布の広さからも、当時の被害の甚大さが垣間見えます。
ただ、意味の方は地域差があるようで、『甚だしい』とか『危険』という地域がある一方、地域によっては既に意味が転じてしまって、『大袈裟』とか『嘘』、『お転婆』と変わっている所もある模様。
もっとも、おっさんはこの方言を使っている所を見たことはありませんが・・・。(--;)
・天保の大飢饉
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・てんぽな
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