巨大な雪熊
山を下っている時に見つけた洞穴に来た私達は、その中から出てきた1頭の闇猪を倒した。
私は佳央様に、
「申し訳ありません。
また、倒した闇猪の方をお願いしても良いですか?」
と確認すると、佳央様は、
「仕方ないわね。」
と言って、渋々、闇猪を亜空間に格納してくれた。
私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
とお礼を言ってから、清川様に、
「では、入りますか。」
と声をかけて洞穴に入ろうとした。
だが、清川様が、
「そうじゃの。
先ずは、山上が入って探ってくるがよいじゃろう。」
と言ってきた。佳央様も、
「そうね。」
と一言。私は何を心配しているのだろうと思いながら、
「もう、闇猪も倒しましたし、安全なのではありませんか?」
と確認すると、清川様は、
「そうか?
1頭とは限らぬじゃろうが。」
と呆れたように言ってきた。言われてみれば、他にもいるかも知れない。
私は、
「やはり、闇猪がいるのでしょうか?」
と聞くと、清川様は、
「猪は集団で子育てすると聞く。
恐らく、他にもいるじゃろうな。」
と答えた。私は、
「先程のが何頭もいるのだとすると、この洞穴を使うのは止めておきませんか?」
と提案した。だが、ここでまたしても風が出てきて、雪も降り始めた。
清川様は空を見上げ、
「ここは、確保したほうが良いじゃろうな。」
と言った。私は、この天気では仕方がないかと思い、
「・・・そうですね。」
と同意した。
恐る恐る、洞穴に入ってみる。
スキルで温度を確認しながら、3間ほど奥まで入ってみる。
特に、変わった様子はない。
私は、
「大丈夫のようです。」
と確認結果を報告すると、清川様から、
「もっと奥まで、ちゃんと確認せぬか。」
と文句を言ってきたのだが、
「いや、良いか。
向こうも、攻撃するつもりはないのじゃろう。
それに、闇猪と言えども、猪は猪。
臆病な性格でもある筈じゃからの。」
と考え直したようだ。そして、
「山上の息が整ったら、出発するかの。」
と付け加えたのだった。
洞穴の外の雪が、どんどん降り始める。
私は、
「これは暫く、外に出たくありませんね。」
と話すと、清川様から、
「じゃが、すぐに例の気配を見に行かねば、今日中に里まで戻れぬのではないか?」
と言われた。私は、
「佳央様、遅くなる旨、念話で連絡していただいても?」
とお願いしたのだが、佳央様は、
「こんな山奥よ。
ちょっと、難しいわね。」
と答えた。清川様からも、
「念話も、万能ではないからの。」
と同意する。だが、道を作っていた時、佳央様は更科さんと私を使って、かなり離れた先と念話で話した事がある。
私は、
「以前、佳織と私を並べて念話していました。
今回も、似たような事は出来ませんか?」
と質問したのだが、佳央様から、
「山頂なら、ひょっとしたら届くかも知れないけど、ここからは駄目ね。」
と答えた。清川様も、
「まぁ、そうじゃろうな。」
と同意し、私の顔を見て、
「ほれ、行くぞ。」
と言って、洞穴の外に出た。私の息が整ったと見たのだろう。
仕方なく、私もついて行く。
暫く歩くと、積もった雪の隙間から、赤い物が見えた。
私は、
「ちょっと、すみません。」
と断り、近づいて雪をはらうと、冬苺が見つかった。
私は、
「ちょっと、食べていってもいいですか?
少し、お腹に入れたいので。」
と聞くと、清川様から、
「仕方ないの。」
と苦笑いされた。
佳央様と私の二人、雪を払い除け、冬苺をもいで食べた。
片手一杯分くらいの冬苺を食べた頃、佳央様が先に食べるのを止めた。
清川様から、
「もう、良いか?」
と聞かれ、私はもう少し食べたかったのだが、
「はい。」
と答えると、清川様は、
「よし。
では、今度こそ、例の気配のところまで行くかの。」
と言って歩き始めた。
例の気配まで、かなり近くなる。
佳央様が、
「もうすぐね。」
と言ったので、私は、
「温泉にいるのでしたっけ?」
と聞くと、佳央様は、
「何とも言えないわね。
温泉の正確な場所までは、覚えてないから。」
と答えた。
気配を殺し、慎重に近づいていく。
清川様が小声で、
「そろそろ、見えてくるかの。」
と言うと、湯気のたった沢が見えてきた。例の大きな気配は、湯けむりの奥にある。
沢の近くまで降り、枯れすすきの奥から、沢を窺う。
靄で直接見ることは出来ないので、スキルを使い温度を見てみる。
すると、大きな気配の出ている所に、温泉で温まった大きな熊と思しきものがいた。
その図体は、狂熊王と同じくらいありそうだ。
スキルを使い、魔力を見てみる。
ぼんやりとしか見えない。今は、魔法を使っていないのだろう。
スキルを使い、闘気を見てみる。
ほとんど見えない。温泉で気が抜けているのか?
あの気配を観察するため、一番良く見えた温度で見る事にする。
私は小声で、
「熊でしょうか?」
と聞くと、佳央様も、
「そうね。」
と言った。
私は、
「これ以上は近づけませんし、もう帰りませんか?」
と提案したのだが、ここで突風が吹き、湯けむりが飛ばされる。
一瞬だけ、白い巨体に、鋭い大きな爪の熊が見える。
清川様が小声で、
「これは、ただの雪熊ではないじゃの。」
と言った。私は、
「まさか、これと戦えとは言いませんよね?」
と聞いたのだが、清川様は、
「その、まさかじゃ。
恐らく、これが巫女様の言っていた魔獣じゃろうからの。」
と戦わせる気のようだ。そして、
「ただ、これは一人では無理じゃろうな。
佳央よ。
しっかり手伝ってやれよ。」
と佳央様に指示を出す。佳央様は、
「分かってるわよ。」
と面倒臭そうに返した。
ならば、清川様は何をするのか?
私はそう思い、
「清川様は?」
と聞くと、清川様は、
「私も、手伝いたいのは山々じゃが、そういう訳にもいかぬ。
じゃが、怪我をした時は治してやるからの。
くれぐれも、致命傷は負うでないぞ。」
と申し訳なさそうに言った。こちらは、戦力になりそうにない。
私は、
「では、佳央様。
どうやって攻撃しましょうか。」
と聞いてみると、佳央様から、
「その前に、ちょっと気になってる事があるの。」
と言われた。私は、
「気になる事と言いますと?」
と合いの手を入れると、佳央様は、
「ええ。
確か、黒竜帝は和人に『全力で全ての魔法を使え』と言ったのよね?」
と確認した。私が、
「はい。」
と肯定すると、佳央様は、
「ひょっとして、黒竜帝が持っていた赤魔法と緑魔法を、重さ魔法で纏めて撃ってみろという意味だったりしない?」
と言ってきた。私は、どのようにすれば良いか、はっきりと聞いてはいなかったので、
「さあ?
どうなのでしょうか。」
と首を傾げて見せたのだが、清川様から、
「試してみてはどうじゃ?」
と勧められた。私は、巫女様から何か聞いていたのだろうかと思い、
「分かりました。
試してみます。」
と言って、重さ魔法で、言われた通りにする事にした。
すすきの影から、そっと沢に出る。
そして、赤魔法、緑魔法、ついでに雷魔法も集め、重さ魔法で纏め上げる。
場所柄なのか、赤魔法も緑魔法も、予想よりも集まりが良い。
徐々に、集まった魔法が金色に輝き始める。
すると、こちらに気がついたらしい巨大な雪熊が、のっそりと立ち上がり、こちらに近づき始めた。
後ろから佳央様が、
「それ、どのくらいまで行ける?」
と聞いてきた。私は、
「初めてなので、判りません。」
と答えると、清川様から、
「本来は、威力も判らずに使うべきではないのじゃがな。」
と苦笑いした。そう思うのであれば、勧めないで欲しい。
佳央様が大きな声で、
「来るわよ!」
と注意したかと思うと、突如、雪熊がこちらに向かって二足歩行で走りだした。
巨体が、ジャブジャブと水飛沫を上げながら、近づいてくる。
佳央様から、
「沢から出てきた瞬間に、撃ちなさい!」
と指示が出る。私は注意深く雪熊の動きを確認しつつ、赤魔法、緑魔法、雷魔法の方もギリギリまで集め続ける事にした。
清川様から、
「そこじゃ!」
と声がかかり魔法を撃とうとしたが、佳央様から、
「まだよ!」
と止められる。どちらを信じればと迷っている内に、雪熊が四足歩行に変わり、沢から前足が出る。佳央様から、
「ここよ!」
と声がかかり、儘よと集めた魔法を雪熊に向けて全力で放った。
沢山の緑魔法が集まったお陰か、予想外の速度で雪熊に飛んでいく。
それが雪熊ぶつかったかと思うと、その周りに無数の稲妻が飛び交う。
遅れて、雷のバチッという音と、焼け石に水をかけたようなジョワっという音が聞こえ、バタリと雪熊が倒れた。
佳央様から、
「一撃だったわね。」
と一言。私は慌てて、
「息は?」
と確認すると、佳央様は、
「もう無いわよ。」
と普通に答えた。本当に、一撃だったらしい。
気が抜けて、思わずへたりこむ。
黒竜帝が、全力で全ての魔法を使うと面白い事が起きるとは言っていたが、どうやらそれは、強力な攻撃魔法の撃ち方だったようだ。
清川様から、
「よくやったの。」
と褒められた。
だが、佳央様は落ち着いたもので、
「じゃぁ、これも仕舞っておくわね。」
と普通に聞いてきた。私は、少し呆然としながら、
「はい。」
と返事をしたのだが、佳央様は平時と同じ様に、淡々と亜空間に倒した雪熊を格納したのだった。
今回も江戸ネタは仕込めていませんが、それ以外で幾つか。
作中、冬苺が出てきます。
冬苺は、丸くて赤い粒が集まったような実で、食べると甘酸っぱいそうです。
ちなみに、現在よく食べられている苺は、南米と北米の苺を掛け合わせて生まれた品種が元になっていて、日本には江戸時代にオランダ船で入ってきたそうですが、当時は専ら観賞用だったのだとか。
もう一つ、話の中で念話は、山奥では使えないという話がありました。
これは、本作で念話は電波と似た原理で伝わる事を想定しているためとなります。
このため、回折はするものの、山上くん達は竜の里から幾つか山を超えた位置にいますので、竜の里との通信には使えません。
・フユイチゴ
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・いちごの原産地や歴史についておしえてください。
https://www.maff.go.jp/j/heya/kodomo_sodan/0209/01.html
・回折
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9B%9E%E6%8A%98&oldid=82262955




