戯(たわ)けが
徐々に強くなってきた雪の中、私達は狼と交戦していた。
残っているのは、風上に3頭、風下には2頭だ。
元々風下にいた黒い狼は、私を襲って来た時に重さ魔法で突き上げ、後ろに飛んだので、今は風上にいる。
私に突き上げられて背中から落ちた黒い狼が、ゆっくりと立ち上がる。
そして、頭を振りながら、また私と対峙した。
狼の眼光が、先程よりも一段と鋭くなる。
狼は、姿勢を低く保ち、いつ飛び出してくるか分からない。
私は重さ魔法で黄色魔法を集め、全身に纏い自分を強化した。
佳央様が、
「後ろの雑魚はやっておくから。」
と言って、風下の方に移動する。
佳央様は竜人なので、狼に遅れを取るような事はないに違いない。
私は、
「宜しくお願いします。」
と言って、前の狼に集中する事にした。
黒い狼との、睨み合いが続く。
風雪で、視界が悪くなる。
私は少しでも情報を集めようと、スキルで魔法や温度、闘気を確認していった。
すると、黒い狼からも、微かに闘気が漏れ出ている事に気がついた。
──これなら、相手の位置が判るのではないか?
そう考え、私は漏れ出る闘気を見る事に集中する。
すると、他の2頭からもほんの少しだが、闘気が滲み出ているのに気がついた。
これならば、この雪でも相手の位置が分かる。
だが、油断は禁物だ。
相手は狼。この雪の中でも、向こうも私の位置が判っているに違いない。
注意していないと見落とす薄さなので、こちらの方が、逆に不利なくらいに違いない。
そんな事を考えながら、私はジリジリと目の前の狼達との間合いを詰めた。
腰を低く落とし、左足が前、右手は腰まで引いた姿勢をとる。
左手は、防御出来るように胸の位置まで上げる。
重さ魔法で、右手に雷魔法を集める。
あの黒い狼には、なるべく見えないように体の向きに気を配る。
黒い狼まで、残り約2間。他の狼までは、3間半といったところか。
狼は少しずつ下がっているのだが、いつ飛びかかってきても不思議ではない。
私の拳骨が届く距離は、せいぜい半間だろう。
仮に、この距離から黒い狼に突撃したらどうなるだろうか?
黒い狼を上手く仕留めたとして、私が動くのと同時に他の2頭も飛びかかってきたなら、避けられないだろう。
もう少し、間合いを詰めることにする。
徐々に間合いを詰め、後は畳一枚分の距離。残り2頭との距離も、約2間となった。
私は右手の拳骨を振り抜き、隠し持っていた重さ魔法で纏めた雷魔法を飛ばし、軽く後ろに飛び退いた。
狼達がそれを避け、間合いが1間半に戻る。
雷魔法は当たらなかった。が、地面に着弾するとバシュッ!っと音が出る。
狼達がそちらを振り向いたので、私は思いきって黒い狼に駆け寄り、めいいっぱい拳骨を落とした。
「キャユン!」
黒い狼が甲高い声で鳴いたが、頭が下がっただけ。
私は大きく後ろに飛び退くと、またしても、狼との睨み合いが始まった。
現在の間合いは、1間半くらいだろうか。
一撃で倒せなかったので、自分が弱体化している事を、改めて思い知った。
ここで後ろから、ドスリと物が落ちるような音がした。
佳央様が、後ろの狼達をやったのだろうか?
私は後ろを振り向かず、
「佳央様が?」
と手短に確認した。すると、佳央様も、
「ええ。」
と手短に答えた。そして、
「そっちの灰色の方も、片付けとくわね。」
と一言。私は正直、黒い狼の方を引き受けてもらいたかったなと思ったのだが、
「お願いします。」
と頼む事にした。
突如、黒い狼が、
「ヲォォ・・・ォ・・・ン!」
と遠吠えをした。
風雪が強く、途中、途切れ途切れの鳴き声となったが、他の狼を呼ぶには十分に違いない。
私は大きめの声で、
「仲間を呼ばれました!」
と言うと、清川様も大きめの魔力も足した声で、
「やるなら、早うせい!」
と答えた。私が、
「ですが、この黒い狼は固くて!」
と短く説明すると、清川様から、
「そのための、鉈じゃろうが!」
と言われてしまった。
だが鉈は、最初に投げてしまったので手元にない。
探そうにも、雪でよく見えない。
私は、
「鉈は、お出かけです!」
と返したのだが、清川様から、
「お出かけ・・、な・・・・・おる!」
と、いよいよ風雪のせいで声が聞き取れなかった。
狼も気になるが、何を言ったかも気になる。
私は更に大きな声で、
「風で解りません!」
と返したのだが、清川様からは、
「その・・・、な・・・か・・・か!」
と解からない。私はもう一度、
「聞こえません!」
と言ったのだが、突如、
<<音、聞こえないみたいよ。>>
と私の頭に直接声が響いた。佳央様だ。
佳央様から、
<<和人は、黒い狼に集中して。>>
と指示が飛ぶ。
私は、
「はい。」
と答え、一先ず、目の前の闘気の動きを観察する事にした。
眼の前には、雪で見え辛くはあるが、薄っすらと3頭の狼がいる。
私が相手にするのは、この中の中央。黒い狼だ。
だが、黒い狼に私の拳骨は効かなかった。
──他に、何か手段はないか?
そう考えた時、雷熊が狂熊王を倒した時の一撃を思い出した。
重さ魔法で、もう一度右手に雷魔法を集め、真似る事にした。
雷魔法が集まるにつれ、黒い狼が、
「グルル・・・。」
とあからさまに警戒を始めた。
雪で、いよいよ視界が遮られていく。
風で、音も聞こえなくなってきた。
頼りは、スキルで見える薄い闘気のみ。
狼が、常に風上に立つべく、弧を描くように動く。
既に私達に正体がバレているのだから、狼達が匂いを気にする必要はない。
風の力も借りて突進してくると、思わぬ速さで襲われるかも知れない。
私も、狼が完全な風上に陣取らないよう、移動した。
と、ここで急に2つの闘気が消える。
そして佳央様から、
<<後は、その黒い狼だけよ。
さっさとやっちゃいなさい。>>
と指示が飛んだ。黒い狼以外は、佳央様が倒したらしい。
私は、
「分かりました。」
と返事をし、黒い狼と間合いを詰める機会を窺った。
風が凪ぎ、清川様から、
<<ここじゃ!>>
と指示が出る。
私は、それを合図に駆け出し、黒い狼との間合いを一気に詰めた。
向こうも私の動きに気が付き、こちらに向かってきた。
いつもの【黒竜の威嚇】を使い、右手の拳骨を思いっきり振るう。
黒い狼の両の手をかいくぐり、私の拳骨が鼻っ柱に命中。バチッと雷の音が鳴る。
が、私は黒い狼の勢いに押し負け、そのまま後ろに押し倒される形となった。
咄嗟に、重さ魔法で黒い狼を上方向に突き飛ばす。
狼が、宙を舞う。
また、風が吹き始め、狼が流される。
私は急いで立ち上がり、黒い狼の方を見た。
黒い狼の方も、ゆっくりと立ち上がっている。
───駄目だったか。
だが、私にこれ以上の案は思い浮かばない。
私は、他に手がないかと考えながら狼とにらめっこを始めた。
佳央様から、
<<もう少しね。>>
と思わぬ言葉が聞こえてきた。
私が、
「本当ですか?」
と聞くと、佳央様は、
<<ええ。
よく見なさい。>>
と答えた。
私は、半信半疑だったが、効いていると言うのならと、また右手に雷魔法を集めた。
黒い狼が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
私は、しっかりと黒い狼を見て、いつ飛びかかってきても良いよう、観察をした。
強い風が吹く度に、黒い狼の足がふらついている。
私は、今ならとどめが刺せると思い、狼に駆け寄ろうとした。
が、木の上から清川様から気合の入った声で、
<<来るぞ!>>
と教えてくれた。
私は、一歩踏み出したところで足を止めると、これとほぼ同時に黒い狼が飛びかかってきた。
これに合わせ、私は黒い狼に右手の拳骨を突き出す。
が、私の拳骨が当たる直前、黒い狼が少し左に変化した。
──しまっ!
黒い狼が更に方向を変え、鋭い牙を剥いて襲いかかってきた。
私は、右手を突き出した勢いを利用し、そのまま倒れ込むように地面に滑り込んで避けた。
黒い狼が体を捻り、私に追撃を加えようとする。
そのまま地面を横に転がり、私はかろうじて攻撃を避ける事に成功した。
更に横にもう1回転転がり、片膝立ちにの体勢になって右手を握りしめる。
が、いると思っていた所に黒い狼がいない。
──狼はどこだ?
左右を確認。空も見上げたが、どこにもいない。
私はいよいよ焦って駆け出そうとしたが、足が縺れて上手く進めなかった。
私は更に焦り、木の陰にでも逃げ込もうと思ったのだが、佳央様から、
<<落ち着きなさい。>>
と言われた。私は大声で、
「ですが!」
と叫んだのだが、佳央様から、
<<後ろよ。>>
と呆れたように言われ、ハッとした。
振り向くと、よろよろと立ち上がるに立ち上がれなくなった黒い狼がいた。
先程のが、黒い狼にとっての最後の攻撃だったらしい。
佳央様から、
<<深呼吸なさい。>>
と指示が出て、言われた通り深呼吸をした。
だが、足が覚束ないとは言え、黒い狼の眼光は未だに強者のそれ。
私は油断せず、ゆっくりと黒い狼に近づきながら、右手に雷魔法を集める。
そして、視線を逸らさず、黒い狼の頭にしっかりと拳骨を振り下ろした。
バチッと音がし、ようやく黒い狼が地面に伏してくれた。
風雪が弱まり、他の狼も倒されているのが視認できた。
私は、
「ようやく終わりましたね。
佳央様も、ありがとうございました。
私と黒い狼とは実力伯仲だったようですので、灰色の狼を手伝ってくれて本当に助かりました。」
とお礼を言うと、佳央様はこちらに近づきながら、
「そう?」
と不思議そうに返した。
清川様がスタッと木から飛び降り、私達に近づいてきた。そして、
「山上よ。
私にも、言うべき言葉はないか?」
と催促してきた。私は少し考え、
「はい。
見守り、ありがとうございました。」
と返すと、清川様から、
「助言もしたじゃろうが。
戯けが。」
と怒られてしまった。
三人、少し笑う。
私は鉈を回収した後、
「この雪の中、解体しないといけないのですよね。」
と溜息をつきながら言うと、佳央様が、
「仕方ないわね。
私が、亜空間で運んであげるわよ。
後で、解体なさい。」
と言ってくれ。
私は、
「本当ですか?
物凄く、助かります!」
と言って収納しやすいように、倒した狼を一箇所に集めた。
ともあれ、これで獲物も狩る事が出来た。
私は、これで年末、金子が足りると良いなと思ったのだった。
今回も江戸ネタは仕込んが、何もないのもあれなので言葉の説明をひとつだけ。
作中、実力伯仲という言葉が出てきます。
この伯仲、力に大きな差がない事を言う言葉ですが、『伯』という字は長兄、『仲』という字は次兄の事なのだそうです。
昔は長兄最優先な印象がありますが、どういった経緯でこの意味に落ち着いたのだろうかと不思議に思うのは、おっさんだけでしょうか・・・。
・伯仲
山口佳紀『暮らしのことば 語源辞典』講談社, 1998年, 522頁
・伯仲
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・おじ
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